明日の予定

 あのアカウント、本当に蓮子のものだろうか。

 

「なぁ、兄ちゃん」


 いつも素っ気ない返事ばかりで、イルカ以外はスマホ画面に夢中な蓮子が、あんなことを呟いているとは想像できないし。

 でも、水族館もそうだし、ぬいぐるみも、ナンパのことだって覚えがある。


「兄ちゃん? 聞いてる?」


 もう一度確認してみようかな。

 俺は心のどこかで、あのアカウントが蓮子のものであって欲しい、そう思っている。俺が蓮子の彼氏として相応しいのか。あんな無愛想な態度だと、不安になってくる。


「なぁ? ちょいちょい」

「え……」


 弟の清太せいたが、いつの間にか俺の服の袖を引っ張っていた。

 手元を見ると、俺は唐揚げを箸で掴んだままぼう然としていたことに気づいた。


 あのアカウントを見つけてからというもの、ずっとそのことが気になって、晩御飯の唐揚げがあまり入ってこない。


「聞いてる?」


 清太は少し眉を顰めていた。キリッとした眉だ。少し太くて、整ってる。そんな眉が八の字に曲がっていた。


「あ、ごめん聞いてなかった」

「だから、明日彼女が家来るから、兄ちゃんのゲーム機借りたいんだけど」

「ああ、なんだ、全然いいよ」


 弟の清太は中学2年生になって、彼女を作った。俺は会ったことないからどんな彼女なのか知らないけど、俺とは違って、一緒にゲームするってことは仲はいいみたいだ。


「じゃあ持って行くわ」


 弟はそう言って、そそくさと2階に上がって行った。


「ソフトはベッドの下にあるから」

「おっけい!」


 2階から弟の声が響く。

 俺は残りのから揚げを食べて、食器を台所に持って行く。


 食器を洗って片付けた後、風呂に入った。

 体を洗い流している時も、シャンプーで頭を掻いている時も、やっぱりあのアカウントが気になって仕方がない。


 それから俺は、風呂上りのポカポカな体で早々に自室に籠り、ベッドに寝転がる。そして、再び『レン』という鍵垢を開いてみた。


 すると、呟きが更新されていた。

 別に蓮子のアカウントだって決まったわけじゃないのに、なぜか緊張してしまって、思わずベッドの上で行儀よく正座してしまう。

 

 そして、恐る恐る見てみると、


『今日も手繋げなかったな……ずっと手が寂しい』


 その呟きを見て、俺の指の先は、自然といいねのボタンを押していた。


 付き合って1年経ってないにしても、未だに手を繋いだことがないのはどうなんろう。まぁ、俺が臆病なだけかもしれないけど。もっと積極的に、って思っていても、やっぱり蓮子が嫌がることはしたくない。

 もし、ポケットに入っている手を引っ張り出して握ったとして、蓮子が嫌な顔をしたらもう、立ち直れないかもしれない。


 繋げれるといいですねっ。


 気がつけば指が勝手に動いていて、そんなことを返信していた。


「手かぁ……」


 明日日曜だし、特に用事もないから蓮子が良ければどっか出かけたいな。それで、あわよくば手を繋げたら……。


『もしよかったら明日の昼、最近出来たイタリアンのお店があるから、一緒に行かない?』


 と、俺はさっそく蓮子にメールを送った。

 もう何度かやり取りしてるけど、やっぱり蓮子から返信が来るまで妙にソワソワする。既読がつくのはいつも速いけど、返信はかなり遅め。

 面倒臭いのかな、なんて考えて、ひとり落ち込むのは毎度のこと。


 俺はスマホを枕の上に置いて、デスクトップPCを起動させる。ゲームでもして気を紛らわさないと、毎秒ごとに返信が来てないか確認してしまって、他のことが考えられなくなる。


 恐らくだけど、1時間くらい来ないだろうな。いつもそのくらいで返信が来てたから、たまに1日経っても来ないこともあったけど。


 今頃、蓮子は何やってるんだろうな。

 ふと想像してしまったのが、お風呂に入る蓮子の姿だった。いや、見たことはないけど、時間帯的にそうかなと。

 

 そんなことを考えていると、やっぱり気になってついついスマホを手に取ってしまう。

 蓮子からの返信は来てなかったけど、あのアカウントからの返信は来ていた。


『明日は絶対に繋ぐよ!』


 明日か……。

 まだ蓮子から返信は来てない。

 凄くソワソワする。これで断られたらちょっと落ち込むな。

 それだと、清太は彼女を連れて来るし、邪魔にならないようにどっか行くしかないかな。

 と、断られること濃厚そうなので、どこ行こうかなと考える。そうしていると、蓮子から返信が来た。


 一気に心臓がバクバク鳴って、メールを開くのが怖い。ま、まぁ、断られたら、それはそれでまた誘えばいいだけだし……。

 俺は目を細め視界をぼやかして、それからメールを開いた。

 部屋でひとり何やってるんだろうと思いながらも、少しずつ目を開けていく。


『うん』


 20分ほどして来た返信は、とても素っ気ないものだった。

 いつもの感じだけど……。

 ちなみに断られる時は『むり』と一言だけだから、最初の頃はすごく落ち込んだのを覚えている。今もだいぶ落ち込むけど、最初の頃よりかは少し耐性がついたと思う。


 それにしても、『うん』って返すだけなのに、俺と食べに行くのそんなに嫌なのかな。それとも本当は断りたかったけど、うまい返事が思いつかなかったから、とか。

 できれば、風呂に入ってたから、返信が遅くなっただけだと思いたい。けどすぐに既読ついたしな。

 考えたら泥沼にはまりそう。


「でも」

 

 明日は蓮子とお昼。

 小学生の時の遠足前日のように、今日はもう眠れないかも。緊張で頭に血が通ってる感覚があって、目が冴えてくる。

 昨日も、水族館デート前日、緊張して全く眠れなかった。というか、蓮子と会う日はいつもこう。眠れても1、2時間くらい。

 あまり寝不足で行きたくないんだけど、でも不思議と、蓮子といる時は眠たいなんて思わないんだよな。

 

「明日こそ蓮ちゃんの手を繋ぐぞ」


 と、目標を声に出してみるけれど、今まで手を繋げてないことを考えると、明日も繋げないんだろうな。


「いや明日こそは……って、いつも言ってるよな」


 今頃、蓮子は何してるんだろう。

 帰りの電車でぐっすり眠ってたけど、緊張して眠れない俺とは違うんだろうな。


 眠れないことを見越して、俺はいつもより2時間早くベッドに寝転がって、眠気はどこかへ行ってしまったけれど、とりあえず目を閉じてみた。

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

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