アカウント

 突然だが、俺は蓮子のSNSアカウントを知っている。

 なぜって? それは、興味本位であるかなぁって思って探してたら偶然見つけた。

 俺に対してあんな不愛想な蓮子だが、ちゃんと友達はいる。その友達の1人は中学が一緒でアカウントも知っている。そこから辿っていたらそれらしきアカウントを見つけたのだ。


 アカウント名は『レン』。

 アイコンは水中からひょっこりと顔を出したイルカだ。

 最初は、レンなんていう名前はいっぱいいるし、まさかなとは思っていた。

 けれど、ある写真を見て確信に変わった。その写真とは、大きな水槽に泳ぐイルカを撮ったもので、その水槽に反射して蓮子と思しき人影と、どこかで見たことのあるイルカのイラストがプリントされたTシャツがかすかに写っていた。


 まぁ、そのアカウントは友達とどこか遊びに行ったことしかアップされていなくて、俺のことは一切触れられていないという悲しい現実。


 家に帰ってベッドに寝転びながら、蓮子のアカウントを眺めている。

 今日水族館に行ったこと、プレゼントしたイルカのぬいぐるみとかアップされてないかな、なんて淡い期待を胸に抱いたのが間違いだった。

 何も更新はされていなかった。何も呟かれてはいなかった。

 水族館に行ったくらいでは、蓮子の心は動かせないということか。

 

 過去の呟きには、友達と海に行ったのだろう強い日差しを受けて照りつける砂浜の写真がアップされている。残念ながら蓮子の水着姿は写っていないが……。

 ほとんどが友達と遊びに行ったことばかり。必然的にフォロワーも友達で固められている。ほんの少しだけ、俺のことを呟いてくれてもいいんじゃないだろうか。

 

 それにしても、なんで俺にだけあんなに無愛想なんだろう。友達には普通に接してるみたいだし、フォロワーを見る限り友達は多いみたいだし。


 と、そんなことを考えながら蓮子繋がりのアカウントをぞっていると、気になるアカウントを見つける。


 名前はレン。

 アイコンは真っ黒。

 ただ、鍵のマークが付いていて、非公開アカウント、つまりは鍵垢だった。こちらかフォロー申請を送り、相手がそれを許可しなければ見ることができないアカウント。


 気のせいだよな。同じ名前なのは気になるけど、レンなんていうアカウントは探せばあるだろうし、それに、蓮子の友達にレンって子がいるし、もしかしたらその子の鍵垢かもしれない。


 でもやっぱり気になるので、一応、許可してくれなさそうだけどフォロー申請を送ってみる。

 ちなみに俺のカウント名は『おじさん』だ。

 糸通しってあるよね、家庭科の先生がおじさんとか言ってるやつ。俺の名前にも糸ヶ浦って糸があって、糸繋がりで友達がおじさんって呼び始めたのがきっかけだ。

 アイコンもその糸通し。


 蓮子は俺がアカウントを作ってることは言ってないから、こうして蓮子のアカウントを見ているのも知らないはずだ。


 俺は蓮子のことをよく呟いている。

 デートに行ったことや学校が変わって会えないことなど、もちろん名前は出さず、彼女さんって呟いている。

 それによく友達が反応してくれるのだが、冗談でいつ別れんだ? とメッセージを送ってくるのがお決まりの流れ。


『彼女さんとデートしてきた。イルカショーでお互いびしょ濡れ』


 そう呟いた数十分後に友達から『お熱いことで』とDMが送られてきた。

 一応言っておくが、友達は男だ。アカウント名は『のっぽパン』。同じ学校に通う同級生で、全体的に細くて背が高く、眼鏡をかけていて、そして彼女はいない……。


『やる?』


 のっぽパンからDMでお誘いが来た。

 それはゲームを今からやらないか? ということ。


『もちろん!』

『おけ!』


 俺はさっそくデスクトップPCを起動させ、準備に取り掛かる。

 FPS視点の3人1組となって対戦するバトルロイヤルゲーム。


「もしも~し、聞える?」


 ヘッドセットに向かって声をかける。


「聞こえるよ~、さっそく行きますか」

「だね」


 こうして俺とのっぽパンはマッチングを開始した。


 結果を言うと、今日はなかなか勝てなかった。

 世界ランカーでもいたのか、全くキルできないまま終わってしまった。


「だめだなぁ、今日はちょっと流れが悪いなぁ」


 のっぽパンの溜息がかすかに聞え、トン、とコントローラーを置く音が続けて聞えた。


 俺は椅子に座ったまま背伸びして、スマホで時刻を確認する。


「もうやめよっか、そろそろ晩飯食わないとだし」

「おっけ~、じゃあまた」


 そう言ってのっぽパンは通話を切った。

 俺はヘッドセットを外し、隣のベッドに寝転がる。ずっと猫背でプレイしていたから、横になるとなんだか気持ちがよかった。


「んん〜」


 横になったまま腕を伸ばして背伸びすると、ぽきぽきぽき、と骨が鳴る音が聞えた。


 あと5分したら降りようか。

 なんてことを考えながら、机の上のスマホに手を伸ばす。少し横着して取ろうとしたものだから、危うく落としかけた。


 どうせ更新はされてないだろうけど。

 淡い期待と共に、蓮子のアカウントを見てみるも、案の定だった。


 そんな時、俺のアカウントに通知が来ていた。

 のっぽパンかな? なんて思いながら通知を開くと、


『フォロー申請が許可されました』


「まじで」


 思わず声が出た。

 鍵付きだから、てっきり身内だけなのかと思ったけど、そうじゃないらしい。


 ちょうどお腹が空いてきたことだし、これだけ見たら降りようか。

 

 俺はレンという鍵垢のアイコンをタップし、直近の呟きを見てみる。


『彼氏くんが水族館に連れてってくれた! イルカショーを一緒に見たよ! 何で私がイルカ好きなの知ってるの? いっぱい水浴びたけど、彼氏くんが守ってくれた。カッコよすぎだよ~』


 な、何だこれ……。

 他にも見てみる。


『イルカのぬいぐるみプレゼントしてもらっちゃった。絶対大切にする! 貰った時嬉しすぎて死ぬかと思った』

『私のこと心配して送って行くって、優しすぎるよ』


「……何だろう……」


 タイムリーだな。

 呟きを見ながらそんなことを思った。

 偶然かもしれないが、今日は蓮子と水族館に行ってイルカショーを見たし、イルカのぬいぐるみをプレゼントした。それに半ば断れながらも家まで送って行った。

 気のせい……?


 すごくモヤモヤとした気持ちに駆られて、下へ降りることなどそっちのけで過去の呟きにも目を通していると、俺はある呟きに手を止めた。


 それは……、


『デート楽しみ過ぎて早く来ちゃった。そのせいでナンパされちゃったけど、彼氏くんが「うちの彼女の知り合いですかって」助けてくれた。うちの彼女だって、そんなの照れちゃうよ~』


 うちの彼女の知り合いですか……。

 ナンパスポットとして有名なイベント広場で待ち合わせをした時だ。早めに来たはずなのに、すでに蓮子はそこにいて、知らない男に声をかけられていた。

 正直あの時、蓮子が俺以外の男と話しているのがものすごく嫌だった。

 まぁ、蓮子はあまり相手にはしていない様子だったけど。

 俺はその時、少し、いやかなりムッとした記憶がある。

 もしも、あの男がナンパじゃなくて蓮子の知り合いだったら。そう思って言ったのが「うちの彼女の知り合いですか」だ。


 これは……まさか……いや……う~ん……。

 気のせいじゃないよな。イルカショーもイルカのぬいぐるみも、うちの彼女の知り合いですかって言ったのも、全部俺だ。


 あり得ないはずだった。

 もしも不愛想レベルなるものがあるのならMAX100であろう俺の彼女──小糸蓮子が、こんなアカウントを作って、こんなにも、俺のことばかりを呟くなんて。


 いやいや、まだそうと決まったわけじゃない。

 けど、このアカウントが蓮子のものかどうか確かめてみたくなったのは、仕方のないことだと思う。


 

 

 


 

 

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