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ピンポン。
がば、と久美子さんが起きる。僕は呼吸を再開することが出来ずに全身を硬直させる。彼女が電気を付けた。僕は体を転がして、ふぅー、と息を吐き出す。勃起している可能性があったから、隠した。
「来たよ、晩御飯」
彼女が玄関に食事を迎えに行って、代金を払って、皿を二つ持って来る。
「千太も手伝って。スープもあるからね」
僕は返事をして立つ。やはり勃起していた。彼女が後ろを向いた隙にパンツのゴムに先端を挟んで、何となく分かり辛い状態にしてから、皿を運ぶ。彼女は気付いていないのか、気付いたけど無視してくれているのか、勃起には触れずに、ちゃぶ台を囲んで食べた。彼女は予想していたのに比してずっと淑やかに平らげて、僕は思っていた十倍以上の空腹だったことを、食べ始めてから自覚した。あっという間に食卓は皿だけになった。さっきまで彼女の声の雫を垂らしていたのが外からなら、食べ物は内側から僕を満たした。シンプルに、まるで物理的に、僕の空洞が半分くらい埋められて、自分の心の単純さに辟易しそうになる。だけど、これこそが彼女の狙っていた効果なのだから、強ち僕がイージーだと言う訳ではなさそうだ。きっと誰であっても多かれ少なかれ食べ物に埋められるのだ。そう考えたら今度は、自分が普通の人間の範疇を出ないことが突き付けられて、がっかりする。普通が一番とは思えない。
「食べたね」
「満腹です」
「後は寝るだけだよ」
「まだ宵の口です」
「乾燥が終わったら、家に帰りなよ。自分のベッドが一番いいから」
電気がついた部屋は部屋のサイズに収まっていて、もう外との連関は絶たれて、世界の中の小部屋に過ぎない。僕達はその中で喋る二匹で、今日はここではもう何も起きないことは自明だ。でも、次に来たときは分からない。彼女は再びテレビをつけて、二人でお笑い番組を観て笑った。直に乾燥は終わって、僕は着替えて部屋を出る。
「また来たいです」
「もちろん、おいで」
暗くなった知らない街を貫いて、僕は電車に乗る。あの部屋と自分の家とが空間で繋がっていることが上手く理解出来ない。久美子さんの部屋は特別で、僕の部屋はありふれている。だから二つの場所の間のどこかで空間に切れ目が走っている。それがどこなのかを捉えようとしながら乗降したけどついに見付けられず、僕は自分の家の前に到達してしまった。そこでは既に、僕の部屋に連なる空間が満ちていた。
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