3-1
容赦ない太陽の光、熱に焼け落ちずに耐えて、幼虫の抜け殻は同じ場所に、僕も、観察をしても全く動かない。これは死体なのだろうか。どこかに命を残しているのだろうか。掴もうかと手を近付けて、やめる。極限まで精巧に作られた人工の蝉の抜け殻と、命の器だった時代を経験した本物の抜け殻はやはり違うような気がする。周囲を探すと他の抜け殻がいくつもあって、僕はその一つ一つを地面に落とした。僕の彼だけが抜け殻として存在する庭にしたら、もう少しこの幼虫だったものが大切になった。
暴力とセックスだけで構成されているマンガが今のお気に入りで、昨日は翔さんにその興奮を伝えようとしたけど「俺はもうそう言うのは十分だよ」と苦笑されて、それでも僕は主人公に次々と降りかかるピンチとその解決、勝利と、まるでその報酬であるかのようなセックスにわくわくするのだと推して伝えた。「本能が溜まってるんだよ。千太、心で感じるものを摂取しようぜ、もっと」「それはそれでしているよ。ただ、今はこのマンガが面白いんだ」「女もので恋愛を延々するのも一緒さ、本能の欲求に従ってるに過ぎない」翔さんの苦笑いは少しだけ形を変えただけなのに、不敵になった。「恋は心が感じるものだよ」「そればかりじゃないさ」――僕が昨日の幼虫の抜け殻だけを落とさないのは本能によってではない。確固たる思想に則ったものでもない。
「これは心がしていることじゃないのかな」
そうかも知れないな、翔さんの声が聞こえる。抜け殻だけが浮き上がって見える。翔さんに話そう。きっと面白がってくれる筈だ。
述のいない家はいつもよりも広い。外泊は珍しいことじゃないけど毎回広い。居間に転がる。転がってみても何も変わりはしないから、マンガの続きを読みに部屋に戻る。僕は述がするように何か意見を作品に対して記したりはしない、感想はいつだってある、だけど、何故だか彼がしている形と僕の享受の仕方には差があるように感じる。パートナーの有無ではない、もっと個人の問題で、僕が劣っているとは思わないけど、彼の方がかっこいいような気がする。それとも、僕が外泊したときにも述は同じように広さを感じるのだろうか。僕達より前にこの家に住んでいたのは家族だったのかな、何人だったんだろう。人数が多ければ旅行とかじゃなければ家が空になることはなかっただろう。この家を出てから、それぞれ幸せに暮らしているだろうか。感じることのなかった広さをそれぞれの場所で感じているだろうか。僕はこの部屋を出るときに、幸せになることを確信して出るのだろうか。前の家族はどうだったのだろう。きっと述は確信して出て行く。でも、それはまだずっと先のこと、僕だってそうだ、夜になれば今までと変わらずに彼との生活が繰り返される。変わることなんてない。……翔さんはいつまで生きるだろう。
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