2-3
エレベーターに乗りながら、最後の晩餐と言う単語が何度も浮かんでは振り払って、でもきっとそうなるのだ、外に出れば強い日差し、特上握りを調達して病室に戻る。晩餐にもならない現実の想像に囚われながら小走りにドアを開けた。
「翔さん」
返事がない。僕はベッドに駆け寄って彼を揺り動かす。
「ん……」
「生きてる?」
「あ、すまない。うたた寝してた」
「お寿司買って来ましたよ」
僕の胸の内を悟ったように、困ったなって顔をするから、僕は「怒ってないよ。ほら、食べよう」とおみやげをテーブルの上に広げる。
「ちゃんと二人前買って来たな」
「一緒に食べた方が美味しいから。……ちゃっかりしてもいいかなって」
彼は笑う。今度こそ心と繋がった表情だ。
「その通りだ」
翔さんは美味い美味いと言いながら十貫をペロリと平らげた。別の色に満ちた表情はやはり笑い。
「これでいつでも死ねる」
「ジョークが黒すぎるよ」
「本気だよ。一緒に食べてくれてありがとうな。食事の暖かさってのは何を食うかより誰と食うかだよ」
「黙々と食べただけなのに?」
「そうさ。最近何か面白いことあったか?」
「蝉の脱皮を観たよ」
「じゃあ次は俺の脱皮だな。蝉は何になった?」
「蝉。僕が観てたから」
「そうだな。お前が観てたら、俺は何になるだろうな」
死体以外に何も浮かばない、困惑した表情が漏れた。彼はそれが嬉しかったらしく、いたずらっぽい顔をする。それでも僕は何も言えない。
「ま、何でもいいよ。見届けてくれ」
「見届けるよ。……そうだ、蝉の声なんだけど、歳を取って耳が遠くなったら、聞こえなくなるの? それとも、耳の内側で鳴り続けるの?」
「俺の耳は抜群に健康だよ。だから知識見識のレベルの話になるけど、そのどっちもある。ただ、耳が遠くなって聞こえる音は蝉の声とは限らないよ」
「それって選べるの?」
彼は意表を突かれた猫のような顔。
「選べないなぁ。自然な体の壊れ方は、運命としか言いようがないよ」
難聴に伴う幻聴、それに効く薬の本来の使われ方はうつ病に対してだということ、今の僕の一番面白いマンガ、最近のCMはつまらなくなったこと、落花生と土の位置関係、食べた寿司の味のこと、夕暮れ時に胸が苦しくなる理由、虹の色の原理、と話したところで翔さんが「疲れた」と言うので席を立つ。
「また明日」
「おう。気が向いたら来てくれ」
すれ違う看護師さんに挨拶をしながら病棟を後にする。アイスはどのメーカーのにしようか。指定がないってことはこだわりもないってことだから、僕の直感でいいだろう、立ち寄ったコンビニにある奴から選べばいい。遠くに入道雲が怒っている、追い付かれる前に行こう。
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