第54話 捨てられた土地

「ユキト~、むにゃむにゃ」


「ユキト、もぐもぐ」


目が覚めるとアンリとシンが俺にしがみつきながら寝ていた。この前の四大天使との戦いから二人は俺のベッドに潜り込んでくるようになった。


俺がいなくなると思って怖かったらしい。それは俺も同じだったから何も言えない。


この前の戦いから二月が経った。


ミナトは生きてるのが不思議なほどの重傷で未だに寝込んでいる。ミツキは数日で回復したがずっと不機嫌そうにしている。


ユウカのおかげで俺たちは助かったようなものだったが、当の本人はずっと暗いままだ。


神殺しの槍(ロンギヌス)も混乱していた。なにせ十三槍の隊長の中に裏切り者がいたのだから。こればかりは誰も予測できていなかったことだ。


信仰者というものが人間の中にいるとは言われていたが、誰も見たことはなくその存在はあまり信じられていなかった。それがまさか身内にいたとは。


神殺しの槍(ロンギヌス)としては大失態だ。身内の裏切りに気付けず、四大天使に逃げられ、主力が壊滅的な被害を負ったのだ。


上人と三原則は他方から責められた。特に聖十字協会(タナハ)からの当たりは強かった。隊長たちの独断専行により祓魔師が間に合わなかったこと、悪魔憑きの中から裏切り者が出たこと、叩くところは山ほどあった。


いくら独断専行であっても隊長格には十二使徒が付いていなくてはいけなかったことに対する叱責を塗りつぶそうという思いもあったのだろう。



そんな中俺は朝からヘイシのおっさんのところに呼ばれていた。


「よう、ユキト。ってかお前にしがみついてる二人はなんだ?」


俺に肩車状態でしがみついているアンリとおんぶ状態でしがみついているシンを見てヘイシのおっさんが聞いてくる。


「それは聞かないでくれよ。今回のことでこっちも色々あったんだよ」


「そ、そうか。まあ座れよ。てか座れるのか?」


「大丈夫大丈夫。コツがあんだよ」


俺は二人にしがみつかれながらうまいことおっさんの向かい側のソファに座る。


「じゃあまあ女の子たちはスルーして話を進めるぞ」


「ああ、頼む」


ヘイシのおっさんの話はあの日キョウコに連れられて去って行った四大天使の二人ウリエルとガブリエルのことだ。


「今回逃げられたことは痛い。次に降りてくるときにはあいつらは本来の力を取り戻しているだろう」


「てかそれについて聞きたかったんだけど、なんであいつら不完全なままで降りてきたんだ?何百年も待ってたんだろ、それならあとちょっと待つぐらいわけないだろ。それどころか残り二人の四大天使が降りてこれるようになるまで待った方がいい」


「連中は人間なんかその辺の羽虫と変わらないと思っているのが一つある。まあ舐めてるんだ。だがそれよりもあいつらが焦る一番大きな理由は一つしかない。神に限界が近づいてるってことだ」


「神に限界?神だろ。そんなもんあんのかよ」


「肉体的にはないだろーな。でも精神的はもうとっくに限界を迎えてる。限界だから全て終わらそうとしてるんだしな。それがいよいよ見ていられなくなるほどのものになってきたってことなんだろう」


「いよいよめんどくせーな、神」


「ああ、めんどくさいんだよ、神は。所詮天使も悪魔も人間も、みんな等しく神の被害者なんだよ。それを被害と思うかどうかの違いだけだ」


「神大好き連中は被害とは思わないってことか。それで?これからの話をするために呼んだんだろ?」


「今回のことで次は四大天使が万全の状態で勝負を決めに来るだろう」


「それはいつ頃なんだよ」


「ヒイロのばあさんの予知では342日後」


「、、、1年弱ってとこね」


「次こそ最終決戦、ラグナロクになる。だが今のままでは勝ち目がない。神殺しの槍(ロンギヌス)の戦力底上げが必要だ。なんでお前俺と一緒にちょっと海外行かね?」


「え?」






『猪突』隊舎、隊長室でユウカは1人落ち込んでいた。今回もユキトの力になれなかったことに。


ユウカはユキトの隣にいたい一心で猪の隊長にまで上り詰めた。隊長として肩を並べるようになってからはユキトを助けることができるようになったと思っていた。だが現実は足手まといに毛が生えたものでしかなかった。


『私はアンリじゃない。ユキトとずっと一緒にいるためには彼の横に並び立てる力が必要だ』


「そんな顔してると思ったわよ」


思いつめていたユウカに突如声がかけられる。焦って顔を上げるといつの間にか目の前に三原則の一人カエデ・ニイナが立っていた。


「か、カエデさん!?どうしてここに!?」


カエデは現状を包み隠さずユウカに伝える。


「では一年後の全面戦争に向けて準備をしなくてはいけないってことですね」


「そうそう、そういう感じ。それでユウカちゃん、ちょっと私と海外行かない?」


「え?」





決戦の時はヒイロによって通達され、それによって動き出す者たちもいた。猫とヘイシはイギリスへ、猪とカエデは中国へ、鼠と蛇はオーストラリアに送られた。


これは上人であるコウイチロウが決定したことだ。


「今回の戦いで、今の神殺しの槍(ロンギヌス)では最終決戦(ラグナロク)に勝利することはできないことが分かった。だから最終決戦(ラグナロク)に向けて力の底上げを行う。ヒイロ様の予言では最終決戦(ラグナロク)までは下級天使しか降りてこないらしいので、最低限の防衛戦力を残して、うちの主力を強化する」


ということで猫、猪、鼠、蛇が海外遠征に向かわせることになった。


猫にはヘイシ、猪にはカエデを、そして人に教わることなど絶対に嫌がる鼠と蛇は二人まとめてオーストラリアに向かわせた。


ほとんどの天使たちは日本を目がけて攻めてくる。


でもイギリス、中国、オーストラリアには20年以上前に降りてきた強力な神獣がいる。


この神獣によって各国は国土の一部を支配されているが、そこから動くことはないので半ば放置されている。


戦闘能力だけなら四大天使に匹敵するが、人型ではなくただの獣であるため、知能はない。ただその場所を巣として居座っているだけだ。


各国もなんとかしたいと思っているが、日本に頼むことはできなかった。神獣を倒して貰ったところで、国土の一部が神獣から日本の物になるだけだったから。それならまだ神獣に支配されている方がいい。故に20年以上の間、一度も日本が助けを求められることはなかった。


だが今回日本は自ら名乗り出た。領土を取り返した時にはその全てを返還するという契約までして。


今回の隊長たちの実力アップには最も効果的な訓練相手だ。日本にとっても各国にとってもどちらにも良い話だったのだ。


まずイギリスのエジンバラ周辺に居を構えている『ケツァルコアトル』。中国の広東省全域を支配している『麒麟』。そしてオセアニア大陸に根を張っている『ヨルムンガンド』。


この3体が世界に存在する神獣たちだ。


そして今ヒースロー行きの飛行機にユキトとヘイシが乗っていた。


「お姉さん!ワインおかわり!」


「おっさん、ずっと休むことなく飲んでんな。さっきからスチュワーデスの人めっちゃ嫌そうな顔してるぜ」


「そりゃそうだろ。こんなに止まることなく酒を頼み続けてるんだから。でも国際線は飲み放題だ。正義は俺にある」


「こんな事で正義って言葉使ってんじゃねーよ」


「まあお前も好きなもの頼め。食べ放題じゃないが経費で落ちる。なんなら酒を飲んでもいいぞ。黙っといてやるよ」


「はぁ?酒なんかとっくに飲んでるよ」


「あ、そうなの?あ、本当だ。お前めちゃめちゃビール飲んでんじゃん。よく俺に飲み過ぎなんて言えたな」


「まあそれはいいのよ。すいません、ビールお替り!」


「おい、お前もめっちゃ嫌な顔されてるじゃねーか」


「だからどっちも嫌な顔されるのはアレだから、おっさんに少し我慢させようと思ったんだよ」


「お前、めちゃめちゃだな」


「まあそれはいいや。で、聞いておきたいんだけど、神獣ってなんだよ?普通の人間には見えないんだろ?じゃあどうやって支配されてるの?」


「見えないから楽に支配されてるんだよ。というか見えないから簡単に諦められてるってことだな」


「どういうこと?」


「だってでっかい怪物が見えてたら国は無視できないだろう。だが見えないから放っておけるんだ。それに神獣たちは支配区域の生き物の生命力を奪い続けるが、殺すことはしない。連中にとっては家畜みたいな感覚なんだろう。だから神獣たちが支配する場所は作物が大して育たないし、人間や動物たちの体力も奪われて体調を崩しやすくなる。だが逆に言うとそれだけだ。不運で済ませられる。そしてそれが20年も続けばみななれるのさ。だがゆっくりと衰退していっている。国から見捨てられた土地ってことだな」


「なるほどな。だったら何か理由つけてみんな避難させた方がいいんじゃねーの?」


「そんなに簡単なことでもないのさ。どうしてもそこから離れたくない人間だって沢山いる。放射能に汚染された土地にだって頑なに住み続ける奴らだっているんだ。理由がハッキリしないならなおさらだ。そして国がそんな面倒なことをしてもメリットは一切ない。連中は穏やかな人柱なんだよ」


「そんなことが許されるのか?」


「許されるな。100人救うための10人の犠牲は許される。誰一人犠牲にせずに全員を救うなんて選択肢をする奴は国のトップに立ってはいけない。精一杯頑張ったけどダメでしたは通じないんだ。過程なんかどうでもいい。結果が全てだ。そして最高の結果じゃない。最悪の結果を回避する。これが政治だ」


「それならそれでいい。俺は政治家じゃないからな」


「ああ、そう。俺たちは悪魔憑きだ。という訳で飲もう」


「そうだな。考えてもしゃーない。酒が不味くなるといけない」


「「じゃあ、かんぱーい!!」」



二人はめんどくさい話をとっとと切り上げ、イギリスまで飲んだくれようと決めた。


この2人はそういう意味で気が合った。まあ悪い意味でだが。

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