第53話 裏切り者
今回の件において勝手な行動をしていた十三槍はもう一人いた。
『騎馬』隊長のキョウコ・フジワラだ。
彼女に憑いている悪魔ラプラスの能力は実は『未来視』ではない。
ラプラスの本来の能力は『模擬実験』。キョウコはこの力を使って何度も未来をシュミレーションして起こるであろう事柄を予測する。
つまり未来を見ているのではなく、起こりうる可能性を全て洗い出し、それらの起こりうる確率を割り出し未来を予測しているのだ。
自信をもって予測できるのが大体10秒先まで。その辺までならそこまでの選択肢は生まれない。
何百何千何万通りというシュミレーションを時間が止まった中で行える。まあ止まる時間は脳内時間だが。これがラプラスの能力『模擬実験』である。
つまり未来をわかっているわけではない。起こりうる選択肢とそれぞれの確率が割り出せるだけ。これをキョウコは『未来視』として神殺しの槍(ロンギヌス)に伝えている。
なぜ能力を偽っているのか。それは―
「このパターンは5番手ぐらいであまり確率が高くない未来だったけど、何となくこうなりそうな気がしてたのよね。じゃあ私の神殺しの槍(ロンギヌス)としての生活もここまでね。四大天使たちを助けないと。神のために」
彼女が裏切り者であったから。キョウコは始めから神のために動く信仰者だった。
人の中でも極稀に神、天使、悪魔の存在を知り、更に神の望みが世界の終わりだと知ってなお神を崇める人間たちがいる。そう言った人間たちは信仰者と呼ばれる。
キョウコもまた信仰者の一人。たまたま神の存在を知り、目的を知り、そして悪魔との適性があっただけだ。物心ついた時から母に教えられてきた神への信仰心が揺らぐことはなかった。その母を殺したのが神が放った天使だと教えられた時でさえも。
『人は自然に抗ってはいけない。自然にとって害になるのならば人の方が死ななくてはいけない。それが神が作られたこの美しい世界よ』
食事の時も眠る前も抱き締めてくれる時も何度も聞かされた母のこの言葉はキョウコにとってもはやこの世の真理である。
だから母が神のせいで死んだと言われても、むしろ誇らしかったぐらいだ。母は神のために死ねたのだと。
『よかったね、お母さん。私もお母さんの様に神のためになれるように生きていくよ』
これが母の死を聞かされた時のキョウコの心からの言葉だ。
そして熱心な信仰者の中には稀に神からの言葉『神託』が送られることがある。
キョウコの元にも神託が降りた。
声ではない。意思。神の望みが自然と理解できる感覚。自分が世界と一つになったかのような、途轍もない全能感。これを味わって、神に平伏さない者はいない。
元々信仰の深かったキョウコからしてみれば人生において間違いなく最大となる感動。どこまでも心地よい涙が止まることはなかった。永遠に流し続けていたいと本気で願うほど。
それからキョウコは真剣に悪魔憑きとしての修行を始めた。神殺しの槍(ロンギヌス)で要職に登りつめ、来たる四大天使降臨の際に神の力になる。これがキョウコが神から求められたことだったことだったから。
そしてキョウコは十三槍『騎馬』の隊長までなった。
「神よ、今こそあなたのために準備してきた力を使わせていただきます」
正気を失い狂戦士のようになった『騎馬』隊員十数人がキョウコの後ろから現れる。
「さあ、あなた達、神のために一人残らず死んできなさい。生き残ることは許しません」
「「「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」」
*
ミナトとミツキの合わせ技が止まることなく繰り返され、いよいよウリエルとガブリエルの再生速度が追い付かなくなってきていた。
「はぁ、早く死んでくれないかなぁ。飽きて来たよ」
一方のミナトはまだ全然余裕である。
この光景を見て敵も味方も等しく思った。四大天使のうち二人は今日この場で消えるのだと。
だがそうはいかなかった。
「「「「うがぁぁぁぁ!」」」」
どこから現れたのかわからない悪魔憑きたちが次々にミナトへと飛び掛かってくる。
「はぁ!?なんだ!?こいつら!」
ミナトもまた気付くことができていなかった。
飛び掛かって来たのは正気を失った『騎馬』の隊員たちだ。意思がなくただただ機械的に襲い掛かって来ていたのでミナトも気付けなかったのだ。
「クソ!なんだ!?こいつら」
ミナトが驚いたのは気配がなかったことだけではない。自分を抑え込んでくる平隊員たちが一人残らず完全に悪魔墜ちしていた。そして脳のリミッターも外れているらしく、全員が目から血を流しながら尋常じゃない力でミナトにしがみついてくる。だがこの出力で動き続ければ彼らは恐らく一時間と持たずに死ぬだろう。
「自分の部下を使い捨てですか?馬!」
押さえつけられながらもその奥に立っているキョウコをミナトは睨みつける。
「そうね。使い捨てが一番有効に使えるはずだと思うのよ」
キョウコは悪びれることなく当たり前のようにそう答える。
「有効に使えるってなににとってだ!」
「え?そんなの神に決まってるじゃない」
そう言って笑みを浮かべたキョウコを見てミナトは大体理解し、そして吐き気がした。
「信仰者だったということか。はぁ、初めて会ったが信仰者っていうのは皆あなたみたいな顔で笑うんですか?」
「何が言いたいの?」
「気色悪くて吐き気がする。出来ればもう二度と見たくないのでこれからは仮面でもしててもらえますか?」
「挑発のつもり?」
「いや、やっぱり生皮を剥がしてしまった方がいいか。さあこっちに来てください。顔を肉団子のようにしてあげますから」
狂った悪魔堕ち十数人に取り押さえられながらもミナトは余裕の笑みを浮かべてキョウコを見る。
「鼠、さすがにそれは強がりにしか見えないわ」
ミナトの言葉に一瞬怒りを覚えたキョウコだったが、ミナトの姿を見て一気に冷静さを取り戻した。
「早くこっちに来てくださいよ」
「そんな安い挑発には乗らないわよ。ていうかあなたは自分の心配をしたら?このままだとあなた絞め殺されるわよ。そいつら死ぬまで力を緩めないし」
「ぐぁぁ!!!」
「ほら、今何本ぐらい骨折れてるの?このままスクラップみたいにされちゃうんじゃない?」
「スクラップにされたってあなたの生皮をすべて剥いで殺してあげますよ」
バキッ!ボキッ!
「ぐぁ!」
今も現在進行形で次々と骨を折られながら、脂汗を流しながら、それでも引きつりながらも必死に、ミナトは不敵な笑みを浮かべる。
「さすが鼠ね。そこまでやせ我慢できるなんて驚きよ。まあ見習いたいとは全く思わないけど。という訳で私の仕事はここまでよ。上人にはお世話になりましたって伝えておいて。伝えられたらでいいけど」
キョウコは未だ再生の途中にあるウリエルとガブリエルを連れて天界へ続く門へと入っていく。
そして門は閉じると同時にその場から消え、完全に天使たちはその場からいなくなった。
「くそっ!ぐぁぁ!」
―ベルゼビュート!食らい尽くして!―
ミナトにしがみついて万力のように締め付けていた狂戦士たちはユウカによって何も残さずベルゼビュートの胃袋の中へと消えた。
リミットを外され、限界を超えた力を使い続けていた元騎馬隊員たちはもうほとんど虫の息だったため簡単に飲み込むことができた。
しかし連中が消えた後にボロ雑巾の様に残されたミナトは全身の骨が隅々まで砕かれまさに虫の息と言ったところだった。
少し離れた所ではミツキもまた力尽きている。そして十三槍最強の男であるユキトは意識はあるもののとても戦える状態ではない。
そう、今回の戦い。万全の準備をした状態で始まったもの。最終的には完敗としか言いようのない結果で終わった。
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