第43話 総力戦

俺たちは体育館で演劇を見る。内容は友に裏切られて家族も国もすべて失う愚王の話。学園祭でやるか?と思うほどの救いのない話だった。誰がこんな話をやろうと言ったんだろう。おそらくサイコパス野郎だな。


「親友の裏切りっぷりが面白かったのだ!」


「裏切られた王様、面白かった」


「切ないお話だったわね」


「最後のシーンは泣けたよ」


俺にはかなり胸糞悪い話だったが、他の四人は割と楽しめたらしい。女心はよくわからん。


「さあ最終日の終わりは後夜祭でフォークダンスだよ!」


ナナセが元気よく俺の手を引いた。最終日?あれ?今日って一日目じゃ。、、、いや、そうか最終日だな。勘違いしていた。


ナナセに連れられて校庭に出るとキャンプファイヤーを囲んで生徒たちが踊っていた。まるで何かの儀式のように。


俺はその輪にナナセと一緒に入っていく。俺たちは踊った。踊ったことのない踊りだったが、不思議と昔から踊っているかのようにスムーズに踊れた。


あれ?そういえばアンリたちはどこに行ったんだろう?


「ユキト君」


「え?」


「天使が落ちてくるよ」


「は?」


「ほら」


ナナセが空を指さすと凄まじい気配を持った天使が落ちてくる。


「えへへ、久しぶりの下界だぁ!色々変わってて新鮮!」


人型女天使が無邪気に俺たちを見下ろしていた。







「ガブリエル、お前の羽根は実態を取り戻したようだな」


「うん、だから行ってくるよ。あんまり気が進まないけど全部殺しちゃえばいいんだよね?」


「ああ、その通りだ。お前の気が本当に進まないかどうかはわからないがな」


「何が言いたいのかな?」


「、、、何でもない。好きにやってきていいぞ。ここからは小細工はなしだ」


「えへへ、じゃあ一番おいしそうなのはボクがもらうよ」


その愛くるしい顔には似つかわしくない下卑た笑みをガブリエルは浮かべる。


「まもなく俺たちの羽根も実態を得る。だがお前の羽根が実体化したなら降りて遊んで来い」


「言われなくてもそうするつもりだったよ。てか指図しないでくれない?」


ガブリエルがミカエルに向けて殺気を向ける。


「悪かった。だがちゃんと神のために働けよ」


「そうだね~」


ガブリエルはちゃんとした返事はせずに下界に降りて行った。


はるか昔、神のもとには13人の天使がつかえていた。その13人こそが始まりの天使である。今残っている四大天使のミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエル。そして悪魔に堕ちたものが9人。まず元13天使のリーダーだったルシファー、そして彼について神に歯向かった天使たち。サタン、ベルゼビュート、マモン、リヴァイアサン、ベルフェゴール、アスモデウスの7人。彼らは七つの大罪と呼ばれた。そのあと自分の野望のために神に歯向かったアバドン、そして最後はアスタロト。アスタロトはルシファーがいなくなった後、神に一番愛された天使であった。しかし彼もまた神を裏切った。


神はそれからもう誰も信じなくなった。だから残った四大天使のことも信じてはいない。


アスタロトが神を裏切った理由はそれこそ神が自分に依存していると感じたからだ。人間同士ならばまあいい。同じ立場だから。しかし自分が作ったものに依存するというのは、神にも世界にも未来がないと確信できた。だからこそ反旗を翻したのだ。父にもう一度立ち上がってもらうために。だがこれは逆効果でしかなく、余計に神を狂わせていった。


半分以上の天使が裏切ったにも関わらず最後まで残った四大天使は神の忠臣と言っていいだろう。だがガブリエルが最後まで神を裏切らなかったのは忠義のためじゃない。


神の側についた方がより多くの人間を殺せるから。ガブリエルは心の底から人間を愛していた。神なんかよりも。だから神が作った寿命なんてあやふやなもので死なせたくなかった。ちゃんと自分の手で無残に殺してあげたかったのだ。







さっきまで俺は何をしていた?突然この場所に連れてこられたような感覚だ。だが現状は割と理解できた。見上げた先にいるのは間違いなく四大天使だ。


「君、ボクが四大天使だってわかるんだね。さすがアンリ・マンユの悪魔憑き」


「それだけのオーラだ。俺じゃなくてもわかる」


「そうか。でも君が一番最初に殺さなくてはいけない人間であることは変わらないよ。アンリ・マンユの悪魔憑きユキト・ハイイロ君。ああそうだ。ボクも自己紹介しておくよ。ボクは四大天使の一人、純の天使ガブリエルだよ」


「純の天使ね。俺にはイカレたサイコパスにしか見えないけどな」


「それが穢れなき純粋な姿ってことだよ」


目の前のにこやかで可愛げさえある天使だが、その目は死んでいた。いや生きていないと言った方が正しいのかもしれない。俺たち人間をその辺の石ころと全く変わらないと言った感じで見下ろしていた。この女にとって生き物とそうでないものにさした違いはないんだろう。


なのに大事なおもちゃを見る子供のような目でも俺たちを見てくる。これが純粋なのであれば神は初めから狂ってる。


「それにしてももっと人間がいると思って来たのに、君しかいないんだね。もっといっぱい殺してあげたかったのに。まあいいか、あとで探して殺せば。どんな殺し方をしてあげよっかな~」


ガブリエルに言われて気付いたが、さっきまでフォークダンスを踊ってたはずの生徒たちはいつの間にか消えていた。まあなんでかはわからないが、今はとりあえず有難いと思っておこう。大分やりやすくなった。


「おい、ガブリエル。なんでお前もう俺を殺したあとのこと考えてるんだよ。お前はここで俺に殺されるのに」


「え?君がボクを殺す?アハハハ!調子に乗ってる人間も面白くて好きだよ。でも人間が天使に勝つことは不可能だよ?」


「はぁ!?俺たちは多くの天使を殺してきたし、三天使の一人だって殺したぞ」


「ああ、あれらは天使じゃない。ただのまがい物だよ。三天使はボクらの模造品。他の天使は更にその量産型でしかない。本物の天使は原初の13人だけ。そのうち悪魔に堕ちてないのはボクたち四大天使のみ。だから今いる本物の天使はボクたち四人だけってことさ」


そう言った瞬間にはガブリエルは俺の前にいて、満面の笑みで俺の腹を殴りつけた。


「ごはぁ!」


俺は盛大に血を吐きながら校舎の壁に叩きつけられる。


「ほら、人間なんてすぐに死んじゃうんだよ?」


顔を上げると目の前でガブリエルが俺を哀れそうに見下していた。


「ごほぉ。だから悪魔と手を組んだんだろーが。がはっ!」


俺は血を吐きながらガブリエルを見上げる。


―来い!アンリ―


「もういるのだ。ユキトをこんな目に合わせたあの天使は惨たらしく殺してやる」


俺はアンリと同化する。今回は最初から魔神モードだ。出し惜しみして勝てる相手じゃない。


―山本五郎左衛門、お前は俺だ―


「わかっている」


すると後ろから悪魔と同化して全身甲冑姿のヘイシのおっさんも歩いてくる。


「おっさんいたのかよ」


「当たり前だろ。四大天使が降りてきたんだ。そこに俺がいなくてどうするんだ。はぁ、待ちわびたぜ。やっとこいつらを殺せる」


こんなに好戦的な顔をするおっさんは初めて見た。だが今はそんなことを言ってる場合じゃない。目の前には神の最高戦力がいるのだから。


「ああ、甲冑の君は前に来た時に戦った悪魔憑きだね」


ガブリエルはヘイシのおっさんを見て楽しそうに笑う。


「覚えてたか。まあどっちでもいいがな」


「そういえばもう一人の男は?あのルシファーがついていた人間」


「あいつはお前んとこのミカエルに殺されただろーが」


「そうだったっけ?それは残念」


アンリはずっと正座してたから足が痺れて四大天使は降りてこないとか言っていたが、5年前に奴らは痺れを切らして降りて来た。足が痺れたまま。

その時に四大天使を追い返したのが、上人ウンリュウ・スメラギ、三原則ヘイシ・ヤマガタ、同じく三原則カエデ・ニイナ、そして窮鼠隊長ノリムネ・イシガミだ。


だがその戦いでノリムネのジジイは死んだ。


「おっさん、こいつがジジイを殺したうちの一人でいいんだな」


「ああ、止めを刺したのはミカエルだが、四大天使は全員がノリムネの仇だ」


「わかった。ぶち殺してやる」



―力を寄越せ ルシファー―


―呑み込め リヴァイアサン―



覚悟を決めて戦おうとしたところで、後ろからミナトとミツキもやってくる。


「なんだー。ルシファーいるじゃーん」


「おいルシファー。あいつが父さんを殺したうちの一人か?」


『ああそうだ。あれがノリムネを殺した四大天使のうちの一人だ』


「、、、そうか。嬲り殺してやる」


「ジジイの敵討ちには興味はないが、あの天使は旨そうだ」


『主、奴は私と同格だった天使の一人です。どうかお気をつけて』


「おい、リヴァイ。俺を心配しているのか?」


『まさか。我を屈服させた主に心配などご無用でしょう。ただの激励にございます』


「はは、そうかよ」


今学校には隊長格が結構な数いる。ガブリエルにとってそんなことはどうでもいいんだろう。だがそれはあまりにも俺たちを舐めすぎだ。


「私も忘れないでね、ユキト」


すでにベルゼビュートを身に宿したユウカもやってくる。


「私も戦える」


その横にはシンも立っていた。


―遊ぼうぜ 酒呑童子―


―悪さして 茨木童子―



更に鬼の姿となった猿とヒロコさんが来た。



―私を飛ばせて カラス天狗―



そして空にはユメが飛び上がる。祓魔師たちはこの場から人払いをし、結界を張ってくれているだろう。残りの十三槍の隊員たちもガブリエルが無意識に連れてきてしまった天使たちを退治するために動いているはず。



つまり総力戦だ。

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