第41話 ホラーじみた恋バナと究極のデミグラスソース

神殺しの槍(ロンギヌス)の体制が変わったことによって、聖十字協会(タナハ)でも会議が開かれていた。


もう一度12使徒の割り振りを考えようということだ。


今まではこんな感じだった。


第一使徒セイヤ・センエイ 鼠担当 

第二使徒ナル・スメラギ 蛇担当

第三使徒コウタ・ハセガワ 牛担当

第四使徒ミナミ・エレルカ 戌担当

第五使徒二ルラ・ハンセ 猿担当 

第六使徒ジュンコ・ヒライシ 虎担当

第七使徒ヨシコ・カグラザカ 鳥担当

第八使徒インゼ・キキキ 馬担当

第九使徒ヤイタ・ヒスレ 猪担当

第十使徒アヤコ・マエサキ  兎担当

第十一使徒キョウヤ・カワサキ 辰担当

第十二使徒ゴウシ・ヒライシ 羊担当

十三番目スズネ・イチノセ 猫担当



「で、どうするよ」


今回議長を務めるのは『四元素』の一人、『風』のシュウゲツ・ユキミヤだ。教皇はうるさいだけの老害でしかないのでシュウゲツが無理やり引っ込ませた。


飾りだけの長『教皇』の下には『四元素』と呼ばれる四人がいる。そしてその下に『十二使徒』がいるのである。


四元素の役割は上人と三原則の悪魔の監視だ。ちなみにシュウゲツは上人についている祓魔師だ。コウイチロウに代わっても継続のようだ。


「シュウゲツさんのようにこのまま据え置きでもいいんじゃないですか?」


セイヤがめんどくさそうに答える。早く帰りたいようだ。本当に戦闘以外に興味のない男である。


「まあでも相性とかあるだろ。変わりたい奴がいたら受け付けるよって話。今回隊長が変わったのは牛と犬だな。それと他の隊でも移動願いがあるやつがいたら一応意見聞く。ないなら終わりだ。帰るぞー」


シュウゲツも早く帰りたかった。


だがそんな空気を読まずに手を挙げる者が一人。


「私とミナミさんが替わったほうがいいと思います」


意見したのは虎担当の第六使徒ジュンコ・ヒライシだ。


「理由は?」


「今回犬の隊長になったのはユウジロウ・ササキですよね。確か悪魔はファウストで能力は『万能貧乏』。ミナミさんでは過剰戦力じゃないでしょうか?ミナミさんの恩恵はかなり強力です。だから前隊長のシンイチ・イチジョウに付けられていました。ですが今回のユウジロウ・ササキなら私の恩恵と相性もいいですし対応可能です。だったらミナミさんにはより強力な虎を任せた方がいいのでは?」


「確かにそう言うことになるか。ミナミはどう思う?」


「私はどちらでも構いません。誰につこうがやることは変わらないので。ただ殺すだけです」


第四使徒のミナミは強い。そしてめんどくさいことに興味がない。『悪魔の臭いが強くなったら斬り殺す』彼女にとってはそれしかない。仕事中は余計なことを考えない。これが彼女の仕事スタイルだ。だがこれは仕事の時だけであって、別に冷たい人間という訳ではない。むしろプライベートでは明るい方だ。


プライベートと仕事はきっちり分けるタイプで、今日もこのあと高校時代の友達と飲む約束をしている。


「じゃあ犬と虎の担当入れ替えな。他に意見がなかったらこれで終わるぞー」



・・・



「じゃあ終わり!」



こうして会議はあっという間に終わった。使徒たちが足早に会議室から出ていく中、一人テーブルの下でガッツポーズをしている女がいた。ジュンコ・ヒライシである。



『やった!やったわ!それっぽい理由をつけて犬の担当になれた!これでユウジロウ先生の傍にいられる!』


ジュンコは控えめに言っても歓喜していた。そもそも彼女にとって聖十字協会(タナハ)とか神殺しの槍(ロンギヌス)は始めからどうでもよかった。


今回ジュンコが進言したのはただ単純にユウジロウの傍に行きたかっただけ。ジュンコは22歳、ユウジロウは38歳、年はかなり離れているが二人には繋がりがあった。



まあ繋がりというか5年前、東京第3高校でユウジロウは教鞭をとっていたことがあり、ジュンコはその教え子だった。


そしてユウジロウはジュンコにとって憧れの存在になった。理由は単純。一目ぼれだ。それからジュンコは五年間ずっとユウジロウを思い続けてきた。なんなら追って来た。軽いストーキング行為をしてきた。そんなジュンコはテンションが上がり、同級生で同じくユウジロウの生徒だった第四使徒アヤコ・マエサキを居酒屋に呼び出していた。


「で、どう思う?アヤコ!」


「てかあんたそんな理由で四元素に意見したの?」


「でも言い分は間違ってなかったでしょ!?」


「まあそうかもだけど。でもそうか、まだ好きだったんだ。ササキ先生のこと」


「好きに決まってるでしょ!私の運命の人よ!」


「あんた結構しっかりしてるのにたまに怖いわよね」


「私についての感想はどうでもいいのよ!ユウジロウ先生とどうやったら親密になれるかって話よ!」


ジュンコは珍しくテンションが上がっており、ハイピッチでビールを飲み干していた。


「傍には居れるかもしれないけど、結局祓魔師と悪魔憑きだからあんたはササキ先生を殺す立場なのよね」


「うん。これって何かロミオとジュリエットみたいじゃない?」


好きな人と自分のことをロミオとジュリエットに例えだす女は相当ヤバいなとアヤコは戦慄を覚える。


「まあとりあえず焦らない方がいいんじゃない?これからはいくらでもチャンスがあるんだから、じっくり距離を詰めていった方がいいと思う」


「確かに!あんたいいこと言うわね!」


アヤコは学生時代を思い出す。ジュンコは優秀な生徒だったがユウジロウのこととなるとかなりヤバくなっていた。そんな感じの残念女子だったのだ。


「それにしてもあんなに好きだったササキ先生の祓魔師になれたんだからよかったしゃない!」


「よし!アヤコ、飲むわよ!今日は私のおごりよ!」


「うん、そういう感じなら望むところよ!さっきまでのホラーじみた恋バナに耐えた甲斐があったわ!」


「なんか言った?」


「何も言ってない!いいから飲むわよ!」


この日、というか翌日の朝まで飲みまくった二人は歩いて帰れる状態ではなくなり、先輩のナルを呼んだ。


「もう二人ともこんなになるまで飲むなんて!何があったの!?」


「ナルさ~ん、私にも春が来たんですよ~」


「え、春?今秋だけど?」


「ナル先輩~。私は秋だってわかってますよ~。キモい話聞いた代わりに飲みまくっただけです~」


「もう、2人共何言ってるかわからない!とにかく帰るよ!」


ナルは先輩として自分よりも大きい後輩二人を担いで帰ったという。







なんか隊長が急に代わって十三槍の中でなんかごちゃごちゃしてたらしいと風の噂で聞いていたが、マジでどうでもいい。本当は周りからハッキリと聞かされていたが、なんとか風の噂程度になるまで自分の中で薄めた。というか無視した。


どうせまた七家とかでもめてるんだろ。マジで本当に心から興味がない。他所でやってくれって感じだ。だからこそ俺は完全に十三槍のことを忘れて、柄にもなく学祭に向けて物凄くやる気を出していた。


「おあがりよ!」


俺は究極のデミグラスソースを作るために試行錯誤していた。

うちのクラスは学園祭で簡単な洋食店を開く。そこで提供するデミグラスソースを作っている。うん、マジで暇だった。

でもやってみると割とのめり込んだ。今では味見係たちを集めて毎日試作品を振る舞っている。


「超絶美味いのだ!さすがユキトなのだ」


味見係1号アンリ。何を食べさせてもこれしか言わない。気になって醤油だけ出してみても同じことを言っていた。


「うまい!ユキトさすが」


味見係2号シンもこれしか言わない。だが醤油を舐めた時は「ユキト、これは醤油」とはっきり言った。1号よりは頼りになる。


「ユキトが作ったものを食べられるなら私は何だって幸せ!」


味見係3号のユウカもこれしか言わないが、幸せそうだから今はいいかな。


「早く死んでください」


味見係4号は毎回きっちり全部食べ切ったあと、毎回こう言う。何しに来てるんだこの子は。もちろんスズネだ。


うん、味見係にまともなのが一人もいない。


俺もそれなりに研究しながらデミグラスソース作りをやってるわけだし、そろそろちゃんとした感想が欲しい。


でもうちの味見係にそれを求めるのは不可能だろう。ということは5号を見つける必要がある。


と思って探していると5号はすぐ見つかった。『千鳥』のユメだ。ということで早速食べさせてみた。


「おいしいんじゃないかな~?でもよくわかんない。普段お菓子しか食べないから、私」


5号は一番ダメだった。その場でクビにした。


「デミグラスソースとしてはしっかりしてると思うけど、酸味が少し強いかしら。それにもっとコクが欲しいわね。ケチャップを入れ過ぎなんじゃない?コクを出す方法は自分で考えなさい」


6号でやっと当たりが来た。彼女はヒロコ・ニイミ先輩。猿のところの副隊長だが、猿の隊には似合わないしっかりとした人だ。なんの抵抗もなく先輩と呼べる数少ない人間の一人である。


ちなみに今までは生徒会副会長だったが、シンイチさんの突然の自主退学(ということになってる)によって今は生徒会長として忙しくしてる。だからダメ元で味見役を頼んでみたんだが、快く引き受けてくれた。そして的確な意見まで。


「あざっす!もっと研鑽してみます!」


ちなみに1号から4号の反応はいつもと同じだった。彼女たちにははなから期待はしていない。呼ばないとごねるから参加させているだけだ。


それはそうとコクか。要するになんかだし的なものを入れた方がいいのか?それとも、、、。俺は一人になって調理室にこもっていた。


「なに真面目に学生やってんだよ」


せっかく何かひらめきそうだったのに不良が話しかけてくる。


「学生が真面目に学生やって何が悪いんだよ」


「神殺しの槍(ロンギヌス)と聖十字協会(タナハ)の間でごたごたしてるぜ?」


不良が、というかミツキが、バカには決して似合わない真面目な顔で言ってくる。


「ごたごたしてたところで俺たちに何ができるよ。特にお前は超絶バカなんだから。こう言うのは腹黒ミナトあたりに任せときゃいいんだよ」


「バッ、、、まあいいか。確かに俺はバカだしな」


珍しくがミツキがバカと言われたことに怒らなかった。それどころか認めた。


「自分がバカなことをやっと理解したか。一つ賢くなったじゃないないか!今日からお前は超絶バカから超バカに進化したぞ!」


「なんだそりゃ!ぶち殺すぞ!」


ここまで言えばさすがにいつも通りキレてくる。でもまああなんかこっちの方が安心するな。


「それにこう言う時間もないとな。なんのために戦ってるのかわからなくなっちまう。こうやって変わらず学生やってたいから戦ってるのに、戦えば戦うほど遠ざかっていくんじゃ本末転倒だ。だからこうやって帰りたい場所を噛みしめてるんだよ。そうじゃないと土壇場で生きるのを諦めてしまいそうだからな」


「、、、そうかよ」


「お前はどうなんだ?」


「なにが」


「帰りたい場所はちゃんとあるのか?」


「、、、さあな」


「ないって言わないならそれでいい。てかお前俺のデミグラスソース味見してけよ!」


「はぁ!?」


まあ期待は一切してないけど一応ミツキの意見も聞いてみることにした。


「俺はこういう洋食はあんまり食わねーからよくわからねーが」


ほらね。


「コクが足りない感じがするな」


ん?


「それに酸味の強さも気になる」


あれ?


「よりまろやかに、そしてコクを与えるとなると。そうだな、白味噌なんか使ってみたらどうだ?白味噌の甘味が味の角をとり、風味がコクを深めてくれると思うぜ」


え、こいつ何いきなりそれっぽいことペラペラしゃべりだしてんの?


「ちょうど白みそもあるじゃねーか。このぐらいでいいかな」


ミツキは調理室にあった調味料の中から白味噌を見つけ出し、俺のデミグラスソースに投入して煮込んでいく。


「ほら、食ってみろよ」


そう言って小皿にのせたデミグラスソースを俺に渡してくる。あれ?今これ何起こってるの?ないないないない!!!不良が実は料理上手いとかそんなべたな展開、ないないないない!


ないに決まっている!ユキト!何を恐れることがある?味見して「まっずー」って言いながら飛び上がるお決まりの展開だ。そもそもあいつなんて言ってた?白味噌入れろって?ぷくくくー!デミグラスソースって洋食なんですけどー!そして白味噌って和食なんですけどー!これだから素人と不良は困る。奇をてらうことしか考えつかないんだから。料理ってそんなに甘いもんじゃないんだよ?


俺は幼馴染のよしみでバカに現実の厳しさを教えてやろうと一口舐めてみる。



~~~


寒い夜に優しく抱きしめてくれた母のぬくもり。

逆上がりが出来た時に頭を撫でてくれた父の大きな手の平。

子供の頃に結婚しようと指切りした幼馴染の少女の笑顔。

泥だらけになって歩く友達との帰り道。


~~~



ちょっとまって!なんか偽装された記憶が流れ込んできたんだけど!てかこのデミグラスソースマジで旨いんだけど!


ちょっとまって!ちょっとまって!おかしいおかしいおかしい!


「ちょっと待てよ!おかしいだろ!料理なんか作ったことないお前がなんで最高のデミグラスソース完成させちゃってんの!?」


「はぁ!?『大蛇』隊舎で隊員たちに飯作ってんのは俺だぞ?」


「え、そうなの?」


「孤児院の時もジジイと一緒にてめぇらの飯も作ってやってただろーが!」


「え?あれってジジイの邪魔をしに毎回行ってたんじゃねーの?」


「お前、俺を何だと思ってんだよ!」


ただの不良だよ!馬鹿野郎!


「覚えてろよ!俺は俺なりのやり方でお前のデミグラスソースを超えてやる!才能を努力が超えるところを見てやがれ!」


「いや、努力でも俺が勝ってるだろ。ガキの頃から料理してんだぞ?」


「だまれ!屁理屈いうな!出てけ!俺はこれから一人になってデミグラスソースの深淵に辿り着くんだ!」


俺は調理室からミツキを押し出す。そして調理室の鍵を内側から閉める。


「絶対ミツキのデミグラスソースを超えてやる」


この時俺はそう誓った。

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