第26話 ミナトとルシファー

天使討伐に各隊が向かって留守にしている本部会議室には本部に残った5人の隊長たちが座っていた。




いつも通り上人が上座に座っている。




「上人、なんでユキトの意見を却下したんですか?」




まずはミナトが口を開く。




「北海道に規模の大きな天使の軍勢が現れると予知が出た。出現箇所を考慮した場合、少数先鋭の『灰猫』を向かわせるのが最善だと判断した」




「どう考えてもこれは誘いですよね。おそらく狙われているのはこの本部だ。ならば最強であるユキトは残しておくべきだったのでは?北海道に不安要素があるなら、隊長を二人送ればいい。それで問題ないでしょう。ただの天使の大軍相手にユキトは過剰戦力。しかも中央から最も離れた場所へ行かせるのは完全なる愚策では?」




ミナトは上人を睨みつける。




「狙いが本部だというのは猫の見解だ。信憑性はない」




「天使との戦いにおいて予知以外に信憑性のあるものなど一つもない。ユキトが進言したのは最悪のパターンだ。それならばそれに備えるのが我々ではないのですか?それとももうボケたんですか?」




ミナトは涼しい顔で上人に意見するが、その腹の中は煮えくり返っていた。




「おい、ジジイ。俺は猫も鼠も嫌いだ。死のうが生きようがどうでもいい。だがお前のようなやつのせいでどちらかを失うことがあったら、本当に殺すぞ?」




ミツキからオーラが吹き上がる。




「二人とも落ち着け。俺たちだけで何とかなると判断してのことだろう。そうでしょう?上人」




牛が割って入る。だが上人は黙ったままだ。




「ただあなたの判断が間違っていたとしたら上人の座からは降りてもらいたい」




「儂に上人の座から降りろじゃと?どの口で言っておる!」




「しょうがない。あなたが自らの意思で上人であることを辞めないならば、その時は俺も鼠と蛇に与する。師匠、あんた死ぬことになるぞ?」




牛もまた真剣な顔で上人を見る。




「勝手にせぇ」




「私もです。今回に関しては納得のいかないことが多い。上人、あなたの裏切りを疑われてもしょうがないのでは?」




ユウカもまた賛同する。




「儂が裏切る?寝言は寝て言え」




上人からもまた凄まじいオーラが立ち昇る。




「俺の妹に殺気を向けないでもらえますかね。殺しますよ?」




特にどっちにつくとかは考えていなかった狗だが、上人がユウカに殺気を僅かに向けた瞬間に凄まじい殺気を上人へ向ける。




いつ殺し合いが始まるかわからないような状況。皆がピリピリしているところでルシファーがミナトに話しかける。




『ミナト、めんどくさいのが近づいてきてるぞ』




「そうか。じゃあ殲滅するよ」




『勝手にしろ』




「じゃあお前の力は勝手に使わせてもらう。あと僕に指図するような発言は止めろ。殺すぞ?」




『勝手に使え。俺はお前を見てるだけだ。ただお前も俺に指図するな。殺すぞ?』






「どうした?鼠」




ミナトの変化に気付いた上人が聞く。




「やはり今回のは本部を叩くためのものだったみたいですね。ルシファーが感知しました。天使の大軍がここ目がけて降りてきてます」




「なに!?」




「本当か?ミナト」




ミツキの目が輝く。




「多分各地に現れてる天使とは比べ物にならないほどの数だ」




「いいねぇ。退屈してたんだ。ぶっ殺してやる」




「待て!蛇!そんなことがあるわけ―




「うるせぇよ、じじい。戦場は自分で決める」






―呑み込め リヴァイアサン―






上人の制止を振り切って巨大な龍が空に昇っていく。




「上人、ごちゃごちゃ言っている場合ではなくなったな。我らも行く」




『暴牛』隊長コウイチロウ・ササキの言葉によって隊長たちは皆会議室から出ていく。




「く、くそぉ!どういうことだ!!!」




誰もいなくなった会議室で上人は一人机をたたく。






一人で飛んで行ったミツキとは別に隊長たちは自分の隊舎に戻り、戦争の準備を始める。




そんな隊長たちをよそに一人ミナトは今回の本命がいる場所へと向かう。ビルが立ち並ぶ隙間を通っている路地。そこにはアバドンとサマエルがいた。




「一人で来たか。傲慢なお前らしいな」




「僕は初対面のはずだけど?はぁ、ルシファー、お前の知り合いみたいだぞ」




『・・・』




「我とともに神からこの世界を奪おう。もうあの神は完全に壊れている。今ならたやすい。我の配下となれ」




『・・・ミナト、あの耳障りな声を止めろ』




「悪魔が僕に命令するな。だがこいつは殺す」




突如ミナトに黒い翼が生える。




「ルシファーは話したくないみたいだけど?」




「ならば直接話そう。貴様を殺してな」




「僕を殺す?調子に乗るなよ。悪魔ごときが」




ミナトは自分がいる場所に炎があった時まで大気を巻き戻し、炎の塊をアバドンに向けて放つ。




「人間ごときが調子に乗るな!」




アバドンは火球が自分のもとに届く前にかき消す。




だがもうミナトは目の前にはいなかった。




「悪魔なんか人間の道具でしかないんだよ。道具が口を開くな」




アバドンの背後からミナトの声が聞こえる。ミナトは後ろからアバドンの頭を掴み投げ飛ばす。




アバドンはビルに叩きつけられる。




「アバドン様!」




サマエルがすぐさま助けに向かう。だがサマエルが差し出した手をアバドンは払いのける。




「我に手を差し伸べるな。殺すぞ」




「す、すみません」




アバドンの怒気を受けてサマエルは距離をとって深々と頭を下げる。




「今回だけ許してやる。次はないぞ」




「はっ!」




「今は我の頭を掴んだあの無礼な人間を殺す。手を出すな」




「わかりました」




ビルにぶつけられ瓦礫の中から姿を現したアバドンの顔は怒りに歪んでいた。




「全て壊してやる」




アバドンが地面に触れた瞬間辺り一面の建物が崩壊していく。そしてその破壊の波はミナトへと一直線に向かってくる。




『おい、ミナトの小僧。アイツの能力は『破壊』だ。触れたものをただただ壊していく。かなり取り返しのつかない能力だから全開で使うことはないが、今はお前にキレ過ぎて加減を忘れている』




「はぁ、悪魔ってのは一人残らず迷惑な存在だ」




ミナトはその場から飛び立ちアバドンへと向かっていく。




「死ね、害虫が!」




アバドンは辺り一面に破壊の力を使う。次々と崩壊していくビルの瓦礫に巻き込まれミナトは生き埋めとなる。




辺り一面が更地にされたところで瓦礫の中からミナトが這い出して来る。ミナトは血塗れの痛々しい姿であった。立ってるのがやっとといった感じだ。




「はぁはぁ、めちゃくちゃするね」




「まだ生きてたか。今楽にしてやる」




再びアバドンは力を解放し、この街をミナトもろとも消し去るつもりだ。だが辺り一面が破壊されたことで逆にミナトは動きやすくなる。回復においてはミナトの右に出る者はいないが、攻撃面ではそこまでの評価はされていない。しかしそれは攻撃力がないわけではない。彼の攻撃はベタ踏みしかできない扱い辛いものだからだ。




「お前は絶対に殺すよ」




ミナトは『可逆』の力を全力で使う。




『可逆』の能力は凄まじいが、コントロールが難しい。だがコントロールなど考えずに全開で使えたなら、ミナトに敵はいない。




アバドンの『破壊』とミナトの『可逆』がぶつかり合う。




アバドンが片っ端から破壊していくのに対してミナトはその事象を巻き戻していく。






だがこのぶつかり合いはアバドンに軍配が上がる。所詮ミナトはルシファーに借りている力だ。全力のアバドンに勝てるわけがない。




体中が崩壊しだしているミナトはかろうじて立ちながらアバドンを睨みつけるが、もうただ立っているだけ。もうミナトに力は残されていない。ミナトには。






「力を全部寄越せ」




ミナトはルシファーに語り掛ける。




『・・・』




だが返事はない。




「はあ、わかってた。言ってみただけだよ。さあ、かかってくるといい。天使ども。僕が殺してあげるから」




ミナトとルシファー、彼らの契約は特殊だ。




ミナトが悪魔憑きになると決め、悪魔降ろしの儀式を明日に控えた夜ルシファーは現れた。




「なんで呼んでもないのに悪魔が!?」




幼かったミナトはそれなりに驚いた。




「明日俺はお前に憑いてやる。だが誰かに指図されるのは俺のポリシーに反する。だから先に来てやった」




「なんだよ、それ」




「願いを言い合うのが契約だ。お前の願いを聞かせろ」




「そんなの決まってる。家族に害をなすものはすべて排除する。一人たりとも失わない」




「そうか、了承しよう」




「お前の願いは?」




「不敗。俺は負けることを許さん」




この場で二人の契約は結ばれた。ミナトの願いは守り切ること。ルシファーの条件は不敗、敗北を許さないということだ。そして最後に一言付け足す。




「もちろん神にもだ」




この日から二人の関係が始まった。




ミナトはただ力が欲しかったから、ルシファーはただの暇つぶし。そうして始まった関係はもう10年を超えた。その年月の中で互いに認め合ってはいる。だが基本的には仲が悪い。それは互いに傲慢ゆえだ。

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