第17話 三原則ヘイシ・ヤマガタ

「な、何が起こったの!?」




あり得ない出来事にヨフィエルは動揺する。




「なかったことにしたんだよ」




タケシとキョウコのそばに一人の男が立っていた。無精ひげを生やした40代ほどの男。




ポリポリと頭を搔きながら一瞬でタケシとキョウコの傷も”なかったこと”にする。




「し、師匠!!!」




驚いてタケシが起き上がる。




「強くなったじゃねーか。タケ」




男はタケシの頭を撫でるが、タケシは悔しそうな顔で見上げる。




「でも勝てませんでした、、、」




「そうだな。じゃあ次は勝て」




「は、はい」




現れた男の名はヘイシ・ヤマガタ。タケシの師匠であり三原則の一人でもある。本部に寄り付かない放浪者として知られている。それでも三原則に入れられている理由はただ一つ。純粋に、ただ純粋に強いからだ。




「タケシか。久しぶりだな」




「五郎さんも久しぶりっす」




ヘイシの横にいつの間にか立っていた鎧武者に向けてもタケシは挨拶する。




「ヘイシ、あの天使はまあまあだな。同化するか?」




鎧武者がヘイシに聞く。




「いや、あの程度に手の内を見せるのは悪手だろ」




「そうか。ならいい。好きにやれ」




すぐに鎧武者は退いた。ヘイシなら問題ないとわかっているのだろう。一応聞いてみただけだった。




「まあ今回の目的は救出であって討伐じゃないしな」




「見逃すつもりか?」




「追い払うって言ってくれよ。そもそもこの程度は十三槍で対処できないとこれからの戦いの役に立たない。大人が若者の成長のチャンスを摘むのは野暮だ」




「そうか」




ヘイシに憑いているのは『山本五郎左衛門』。彼もまた常時顕現型の悪魔だ。常時顕現型の悪魔の特徴の一つとして同化していなくてもその力の一端を使うことができるというのがある。ヘイシはその力の一端だけで目の前のヨフィエルを追い払おうとしているのだ。




「さっきからこの程度、この程度と言ってるのは私のことかしら?」




痺れを切らしたヨフィエルが怒りに震えながらもヘイシに尋ねる。




「文脈的にそうだろう」




ヘイシの答えを聞いてヨフィエルの怒りはMAXになる。




「舐めるんじゃないわよ!私は七天使の一人ヨフィエルよ!」




「知ってるよ。だけど4大天使ではないよな。それなら対して警戒する必要もない。俺は三原則だぞ」




ヘイシは激昂するヨフィエルに対して何とも思ってないかのように淡々と答える。




「死になさい!!!」




「安心しろ。俺はお前をここで殺す気はないから。それは今度俺の弟子たちがやる。それじゃあ長話してもアレだ。そろそろ帰ってもらおうか」




「訳の分からないことをほざくなぁぁぁ!!!」




ヨフィエルが物凄い勢いで突っ込んでくるが、ヘイシはその場から動こうともせずにタバコに火を点ける。そしてタバコに火が付いた瞬間、ユフィエㇽはその場で地に落ちる。




「な、なにこれ?」




地面に落とされたヨフィエルはそのままうつ伏せで地面に張りつけられたようになっていた。




「まあ大人しくしなよ。どうせもう何もできないんだから」




ヘイシは紫煙をくゆらせながらゆっくりとヨフィエルの前にしゃがむ。




「き、貴様!!!」




「四大天使が降りてくるのはいつだ?」




「そんなこと教えるわけがないだろう!」




「そりゃそうか。じゃあ伝言頼むよ。お前らのその偉そうな翼をむしってなぶり殺してやるってな」




「何を!!!―




ジュッ




ヘイシが煙草を地面に押し当てて火を消した瞬間、ヨフィエルはその場から消える。




ヨフィエルを消したヘイシはゆっくりと立ち上がり、再び煙草に火を点ける。




そしてヨフィエルの爆撃によって立ち込めていた砂煙の中へと消えていった。




「し、師匠!」




猿は引き留めようとしたがその場で力尽きて倒れる。身体の傷はなかったことになっても精神はそうはいかない。




この日、ヘイシの登場というイレギュラーなことによりヨフィエルを追い払うことは成功した。しかし悪魔の扉(ディアボロス)、『猿公』、『騎馬』は揃って多大な被害をこうむることになった。




生き残ったのはタケシ・サトウとキョウコ・フジワラの二人だけ。




だが今回の人型天使との戦闘においてはアメリカもこれぐらいの被害は覚悟していた。だからタケシとキョウコはアメリカ側から感謝されて日本行きの飛行機に乗ることになった。




しかし機内での二人は黙ったままだった。




そろそろ成田空港に着地すると放送が流れた時にやっとキョウコが口を開いた。




「何があったの?あなたが倒したわけじゃないわよね?それに私たちの傷は?」




キョウコは誰とも話したくない気持ちだったが、これだけは聞いておかないとと思い日本につく前に猿に尋ねた。




「ヘイシさんが突然現れた。それで俺たちの傷をなかったことにしてヨフィエルを退けた」




「三原則が!?」




「はい」




確かにそれなら今の状況にもある程度納得がいく。でも―




「でも退けたということは殺したわけではないのね」




「あの人はお前たちで倒せって言ってたよ」




「はぁ、さすが三原則。めんどくさい人ね」




三原則のこういうところが嫌いなんだとキョウコは唇をかむ。




「俺もそう思うっす」




「完全に私たちの負けね。部下を失って私達だけおめおめと日本に帰るのは、、、気が滅入るわ」




「それは俺もです。でも部下たちに拾ってもらった命。重くなっちゃいましたね」




「そうね。簡単に投げ出すには重すぎて、、、もう持ち上げられないわ」




作戦達成して日本に帰国した二人の隊長だが彼らには達成感など1ミリもなかった。


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