第15話 三天使サマエル
しばらくして俺は目を覚ました。
こうなった俺を戻せる人間は限られている。おそらくミナトが戻してくれたんだろう。
「ユキト!大丈夫か!?」
アンリが泣きそうな顔で俺を見てくる。
「大丈夫だ。心配かけたな」
「また我のせいで、、、」
「頼んだのは俺だ。気にしなくていい」
そう、いつだって頼むのは俺だ。
「しかし!」
「気にしなくていいんだ。俺はアンリに感謝している。これからもずっとだ」
「ユキトー!!!」
アンリが泣きながら抱きついてくる。アンリにも辛い思いをさせた。今回の同一化はアンリの奥底にある”絶対悪”を呼び覚ますもの。アンリが一番嫌がる行為だ。それを俺が頼んだのだ。アンリが断らないことを分かっていて。卑怯な行為だ。
「ごめんな」
「謝るな!これしかなかったのだ!でも、でも怖かったのだ!」
アンリはそんな俺を決して責めようとはしない。そしてそれもわかっていた。俺は本当にズルい男だ。そしてそんなズルい俺はこう答えるのだ。
「ありがとう」
「うわぁぁぁん!ユキト―!!!」
*
目覚めた俺は緊急で開かれた会議に呼ばれる。
話によると人型の天使が現れたのはここだけではなかったらしい。アメリカ、テキサス。ドイツ、デュッセルドルフ。
「2か所とも一夜にして人口の5分の1を失ったそうじゃ」
上人が苦々しい顔で言う。
「向こうの悪魔憑きは対応できなかったんですか?」
最初に上人に尋ねたのは暴牛のコウイチロウ・ササキだ。
「お主らもわかっている通り、海外の悪魔憑きはこの国ほど強くない。この”日の出る国”は特別な場所なのじゃ」
なぜか日本の悪魔憑きの元には強力な悪魔が降りてくる。そして天使が攻めてくる頻度も他の国と比べて10倍ぐらい多い。仮説はいくつかあるがはっきりとした理由は未だにわかっていない。
ただ悪魔たちは皆この国を日本ではなく”日の出る国”と呼ぶ。だからこそ今上人はそう呼んだのだ。まあこの辺は祓魔師の変わり者二ルラ辺りに任せておけばいい。
「それでもウチより悪魔憑きの総数は多いはずです」
「それでも対処できなかったということだ。そして今回、人型天使の出現において各国から我らに派遣要請が来ておる」
牛の言葉に対する答えを持っていない上人はそのまま話を続ける。
「へぇ、ただで海外旅行か。いいじゃねーかよ。ドイツでビールでも飲みてーぜ」
猿が暢気なことを言いだす。
「いや、派遣するのはアメリカだけじゃ」
「それじゃドイツは?」
「ドイツに現れた天使はデュッセルドルフを襲った後、どこかに消え、未だに見つからないらしい」
「それでも一応ドイツにも送ったほうがいいんじゃねーのか?」
「ドイツ支部が要請を出しておらんのだから勝手に派遣できるものではない」
「ちっ!アメリカよりドイツに行きたかったぜ」
猿とジジイだけで話が進んでいく。
「で、どの隊が行くんだよ」
めんどくさいからもう聞いた。確率は低いが『灰猫』が選ばれたら、全力で反対しなくてはいけないから。海外なんて絶対行きたくない。
「今回は2隊を送りこむ。まずは『窮鼠』、そして『騎馬』を派遣するつもりじゃ」
ああ、よかった。俺たちじゃなかった。そもそも隊員が引きこもり一人だけの隊にそんな遠征が命令されるわけないか。
「上人、僕以外を派遣してほしいですね。今、猫と蛇から離れるのは僕にとって一番あり得ない」
「これは上人である儂の決定だぞ?」
「またこの問答ですか?前も言ったはずです。この件に関して口答えするなら殺すぞと」
上人のじいさんとミナトが睨み合う。これはガチなやつだな。本当に今すぐ殺し合いが始まりそうなほどの。
「上人、俺が行きますよ。だから二人とも落ち着いて」
そんな時に手を挙げたのは『猿公』の隊長タケシ・サトウだ。
「しかし!」
「まあまあ上人、天使を殺してきさえすれば誰でもいいでしょ」
猿はそう言ってにっこりと笑う。
そんな感じでアメリカに派遣されるのは『騎馬』と『猿公』に決まった。
本当にウザいぐらいミナトは俺たちの傍にいようとする。だが確かに今はいてくれないと俺も困る。あいつがいないと本気で戦えない。
「ユキト、具合はどうだい?」
会議が終わるとミナトが話しかけてくる。
「大丈夫だ。ありがとうな」
「俺も世話になった」
ミツキも会話に入ってくる。ミツキもミナトに治してもらっていた。
「大丈夫。二人は僕が絶対に守るから何も心配しなくていい」
ミナトは笑顔でそう言ったが、笑顔の奥にあった目は完全にイカレていた。おそらくこいつは俺たちを守るためなら世界を壊すんだろう。そしてそれは俺たちとの友情とかじゃない。こいつにそういうのはない。こいつは只々ノリムネのじじいを妄信しているだけだ。
「、、、わかったよ」
気味の悪い目をもう見ていたくなくて俺は話の途中で切り上げて帰ることにする。
「おい」
そう思ってたらミツキに呼び止められた。
「ミナトの気味の悪さは昔から知ってる。話はそこじゃねぇ。お前、あの天使を倒したんだろ?どうだった?」
「記憶がねぇ。理性を失って戦ったからな」
「、、、そうか、じゃあいい」
そう言ってミツキは振り返る。こいつはわかりやすくて助かる。きっと自分が倒せなかった相手に我慢できなかったんだろう。そもそも満身創痍の状態だったんだから気にすることはないのに。それでもミツキ・ミダレという男は気にする。
誰よりも誇り高い男だ。自らに負けを弱さを認めない。だからこいつは強い。
はぁ、ちょっとは元気づけてやるか。
「でも結果的にお前が負けたやつに俺が勝ったことになったな」
俺がニヤニヤ笑いながらそう言うと、背を向けていたミツキが振り返る。
「はぁ!?俺は負けてねぇよ」
「そうだったけか?」
バカにしたように言ってみる。
「お前はいつだってムカつくな」
「自分の落ち度を俺に八つ当たりしてんじゃねぇよ」
「お前こそ今この場で殺してやっていいんだぞ?」
この辺にしとくか。これ以上やると本気で怒る。
「はぁ、煽って悪かったよ。ヘトヘトなんだ。なんかまあお互い無事でよかったな」
「ちっ!さっさと身体を治せ。調子が狂う」
「そうするわ。じゃあな」
ミツキは返事はせずに去って行った。ミツキには悪いがなんか今のやり取りで、ちゃんと戻ってこれたんだなと実感できた。
*
サマエルはデュッセルドルフを攻撃した後姿を消した。天界からも感知されないように完全に気配を消して。
彼は今イギリスの山奥で悪魔召喚の儀式を行っていた。そして彼は呼び出す。かつて自分を従えた偉大なる天使を。
―おいで下さい。アバドン様―
魔法陣から現れた悪魔は中央に置かれていた人間の死体に入り込み、立ち上がる。
「お久しぶりです」
サマエルは跪く。
「よくやった。神は?」
アバドンは自分の身体の具合を確かめながらサマエルに尋ねる。
「壊れたままです」
それを聞いてアバドンは呆れたようながっかりしたような顔で口を開く。
「無様だな。それなら世界は俺たちが貰うとしよう。ついて来い、サマエル」
色々な感情を押し殺してアバドンは前を向く。
「はい!私は神ではなく貴方様に仕えておりますので!」
サマエルは嬉しそうな顔でアバドンの後について行く。
「神と人間の戦いか。バカバカしい。悪魔、天使、神、人間。どうでもいい。その括りの中でしか物事を考えられないから世界は狭くなる。俺がこの世界をもう少し広くしてやる」
アバドンはそれこそが自分の役目だと思っていた。天使だったころから。変わったのはあの頃は神のためにそれを為そうとし、今は自分のためにそれを為そうとしているということだけだ。
「ついて行きます!」
サマエルは嬉しそうにそして誇らしげにアバドンの後ろを歩いていく。
この日、天界においてもサマエルの反応が消える。サマエルの居場所を特定できなくなったのだ。
そしてこの2人はしばらく姿をくらますこととなる。
人間側の被害もそれなりだが、神の軍勢の被害の方が重大だ。七天使のうちの一人が殺され、一人が行方不明になったのだから。残りはアメリカで暴れているヨフィエルのみ。
そして神殺しの槍(ロンギヌス)から猿と馬がアメリカに派遣されてくる。
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