第14話 悪

話を今に戻す。




ユキトもアンリも意識を失い、そこには”悪”がポツンと立っていた。




「なんだ?その姿は」




ザドキエルは何が起きたかわからないといった顔で呟く。




「悪だ」




そう言った瞬間ユキトは一瞬でザドキエルの前に移動し、殴り飛ばす。




「ごはっ!」




ザドキエルは膝をついて血を吐く。




「はぁはぁはぁ、なんだこれは。なんだこれはぁぁ!!!」




今ザドキエルと相対しているモノの中にはユキトとアンリのどちらの意思も存在していない。




これはアンリの根源である『絶対悪』そのものなのだ。アンリがずっと苦しめられてきて、アンリが嫌悪する彼女の本質だ。




アンリが自我を持つ前のただのアンリ・マンユ。悪という概念。




「なぜ悪魔ごときが私に!!!」




アンリは正確には悪魔ではない。基本的に悪魔とは天使が墜ちた姿。神に逆らった天使のことだ。




だがアンリ・マンユは元天使ではない。つまり神に創られたものではない。神がいることで生まれた存在。光があれば影が生まれる。正義があれば悪が生まれるのだ。




そうして自然と、だが必然的に生まれた存在が悪神アンリ・マンユなのである。




悪とは何か?光射さない本来の姿。照らされる前の原点。名をつけるまでもないただそこにあったモノ。だが神が照らした時に初めて名前が出来た『悪』と。




そしてむき出しの『悪』はザドキエルに尋ねる。




「問。悪とはなんだ?」




「あ、悪とは神に反抗する者のことだ!」




得体のしれない目の前の存在に恐怖を感じながらもザドキエルは必死に声を張り上げる。




「否。悪に反抗したのが神。悪とは意志の介在しない原初の世界そのもの」




「神より先に在ったとでものたうち回るつもりか!」




「是。すべては闇から生まれた。何もない暗闇から全てが生まれた」




「光があるから闇があるのだ!」




「否。闇がなければ光は必要ではない。照らす必要があったから光は生まれた」




ユキトはザドキエルに向かって歩いていく。




「必要があったのであればやはり神は正しい!!!」




「是。光は闇を照らした。しかし光が弱まればまた顔を出す」




「ならばさらなる神の光で闇を消し去るのみ!」




「否。闇を消し去るのは不可能。なぜならすべて消え去れった後に残るのは闇だからだ」




何の感情もこもっていない声で『悪』淡々と答える。機械的に答えを出す目の前の存在にザドキエルは目の前がドンドンと暗闇に覆われていくような恐怖感を覚える。




「うわぁぁぁぁ!!!」




その闇を跳ねのけるようにザドキエルは羽根を全開に広げ、光を身に纏う。これに大した意味はない。それでもザドキエルは暗闇を、悪をもう見ていたくはなかったのだ。




「意味不明。どれだけ光を強くしようとも、消えれば結局闇が残る。闇を消すことはできない」




「戯言を抜かすな!悪魔がぁぁぁ!神の裁きを受け入れろ!」




耐えられなくなったザドキエルは声を張り上げる。だが『悪』からの答えは予想していないものだった。




「なぜ?」




「はぁ?」




「なぜ神の裁きなんかを受ける?神とは人と天使の創造主というだけ」




「その創造主の意に反するということは裁きを受けるということだろう!」




「悪は神に創られた存在ではない。光が薄まれば闇がそれを飲み込む。道理。神を消し去ることになるとしてもそれが道理」




「今のは神を殺すということを言ったのか?」




ザドキエルが怒りに震えながら聞き返す。




「自然とそうなると言った。それが道理だと」




何を聞かれているかわからないと言った感じで『悪』は答える。




「貴様ぁぁぁ!!!!ここで消え失せろぁぁぁ!!!」




痺れを切らしたザドキエルが激昂しながら剣を振りかぶって『悪』へと飛び掛かっていく。




「その程度の光では『悪』は照らせない」




次の瞬間ザドキエルは闇に飲み込まれこの世から完全に姿を消した。




「『悪』とはただそこにあるもの。光が消えた時にただそこに」




ザドキエルを消し去っても何の感情もなく『悪』はそこにただ在るだけだった。そしてただあるだけで光を飲み込んでいく。『悪』は別に光を消そうと思っているわけでもない。ただそこにあるだけで光を、正義を、命を飲み込んでいくのだ。













なんの感情もなく、ただそこにいるだけで世界を闇に還していっている『悪』の元に一人の男が正面から歩み寄ってくる。




「またそんなになっちゃって。特に今回はヤバすぎだよ。ユキトもアンリも感じられない。これが悪そのものなのかな?まったく毎回連れ戻す僕の身にもなってよ」




『窮鼠』隊長のミナト・イシガミだ。








数時間前




「ミツキと戦った人型の天使が来たそうですね」




ミナトは上人の元を訪れていた。




「ああ」




上人は渋い顔をしながら答える。




「それに今対応しているのは誰です?『灰猫』ではないでしょうね?」




「猪が破れ、猫が引き継いだ」




それを聞いたミナトの空気が変わる。




「猫が動いているのであれば、僕はこれから自由ですね」




「しかし!」




「僕が神殺しの槍(ロンギヌス)に入るときに結んだ契約。猫と蛇に限り僕は自由に加勢できる」




「そうだが、そう易々と許可は」




ドン!




ミナトは上人の座っている机を叩き壊す。その表情はいつものニコニコしたような顔ではなく、血走った目を見開いた別人のような顔だった。




「黙れ。ミツキの時の二の舞はごめんだ。僕はあなた達なんてどうでもいいんだ。大切なのは先生が残したもの。邪魔するなら本当に皆殺しにしますよ」




ミナトは本気の殺気を上人にぶつける。




「、、、わかった。『灰猫』に加勢することを許す」




「偉そうな言い方ですね。まあいい。ありがとうございますと言っておきましょう」




「今回は許すが、お前も猫も我儘がどこまでも通じるとは勘違いしないことだ。儂がお前らを皆殺しにしてやってもよいのだぞ?」




上人からも本気の殺気があふれ出す。




「じゃあ戦争でもしますか?僕たちと」




にっこり笑いながらミナトは剣を抜く。




「はぁ。もういい。さっさと猫のところへ行け!」




「ありがとうございます。命拾いおめでとうございます」




「それはお前の方じゃ」




「強がりを」




「お前の強がりほどではないわ」














そうしてミナト・イシガミはユキトの元へとやって来たのだ。ただの『悪』となってしまったユキトの肩にミナトは優しく手を置く。




「よくやった。もう休みな」

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