第12話 ザドキエルとベルゼビュート

「あのお嬢様。私はいつまであの男の祓魔師でいないといけないのでしょうか?出来ることなら任務の間もお嬢様のお傍にいたいのですが」




ユウカ・イチジョウとスズネ・イチノセがいつものように仲良く二人で下校していた。




「でもスズネはユキトを止められる唯一の人間として13人目に選ばれてるじゃない。文句を言うなら聖十字協会(タナハ)に言いなさい」




「それは毎日言っています」




「毎日言ってるんだ、、、」




「でもあの上層部の老人ども一向に耳を貸さないのです」




「そうなんだ、、、。でもスズネはワクチンに選ばれたのだから」




「忌々しい。聖剣に選ばれていればお嬢様のお傍にいられたのに」




「まあまあ、スズネ。これでも私はあなたに感謝してるのよ。あなたのおかげで、、、その、、ユキトと一緒にいる時間が増えたんだから」




「お嬢様のことは尊敬していますが、男の趣味はあまりよくないですよね」




顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言うユウカとは対照的にスズネは酷く冷めた声で返す。




「スズネはわかってないのよ!ユキトの良さを!あの時だってあの時だってユキトはいっつも私を守ってくれたわ!」




「たしかにいいところは知りませんが、あいつのことはわかってるつもりですよ。長い付き合いですので」




「あっ、、、そ、そうよね。スズネの方が付き合いは長いんですものね」




「あ、すみません!お嬢様!」




さっきまでキラキラした目をしていたのに一気にテンションが下がったユウカにスズネが焦って駆け寄る。




「慰めなくていいわ、、、」




スズネは13番目に選ばれたと同時にユキトと引き合わされ、悪魔の力を使うときはユキトの傍いるよう言われた。




ユウカがユキトと出会うのはその3年後となる。




「お嬢様!人との関係とは長さではなく密度です!その点ではお嬢様の方が私よりユキトと深い関係を築いているかと!」




「そ、そう?」




「絶対にそうです!」




このようなやり取りが常日頃から繰り広げられていて、スズネはユウカの恋心を消すことが出来ずにいるのだ。




そんないつもの帰り道。ルーティン化されている話題。ただ真っすぐ歩くだけの道。暑くも寒くもない空気。だが今日はそこに一つ付け加えられた。




「悪魔の気配だ。お前も前の奴と同じか?」




目の前に人型の天使が立っていたのだ。




「スズネ!結界を!」




「はっ!」




目の前の異様な空気を放つ天使を見てユウカはすぐにスズカへ指示を出す。




「なぜお前らはそうやって他の人間に隠そうとする?」




「親がカスだと知れば子は傷つくでしょう?」




ユウカは冷や汗をかきながらも虚勢を張る。




「貴様らはまたしても神を侮辱するか!」




激昂するザドキエルを見ながらユウカは冷静に考える。




おそらくこの人型の天使は『大蛇』と博多でやり合った天使だろう。明らかにこれまで相手にした天使とは格が違う。そう確信したユウカはスズネに次の指示を出す。




「これは私の手にも追えないかもしれない。スズネ、増援を呼んできて!」




「ですが、お嬢様を置いてなど!」






―うるさい。交代だ―






スズネはその場から消え、入れ替わるように一人の男が現れた。




男の名はヤイタ・ヒスレ。ユウカに付いている祓魔師だ。




「ヤイタ、ありがとう!でも―




「ああ、相手は『大蛇』の隊長を瀕死に追い込んだ人型天使のようだな」




「だから限界まで力を使おうと思う。いよいよの時はお願い」




「ああ、だからこそ早めに来た。思い切りやれ。ちゃんと俺が殺してやる」




「ありがとう」






―喰らい尽くしなさい、ベルゼビュート。私ごと―






ユウカは巨大なハエのような姿になって空に飛び上がり、全身から瘴気と悪臭を振りまきだした。




「醜いな。まさに悪魔だ。よくそんな物に憑かれて平気でいられるものだ」




汚いものを見る目でザドキエルはユウカに視線をやる。




『今、ユウカの身体の主導権を握っているのは我だ』




「ベルゼビュートか。地獄に堕とされてもまだ神に抗うか?」




『神?あんな老害どうでもいいわ。我は抗っているのではない味方しているのだ。人間に。この少女に』




「同じことでしょう!その女もろとも死になさい!」




『へぇ、ずいぶんと生意気な口を利くようになったじゃないか。ザドキエル』




「なっ!」




『我はお前よりも上位の天使であったことを忘れたのか?』




「うっ!だが見たところ完全に顕現できてないよう。そのハエの姿が何よりもの証拠です!」




『子供だったお前がずいぶん賢くなったではないか』




「バカにするな!」




『確かに今の我ではお前に勝つことは無理であろう』




「だったら―




『だが時間稼ぎはできる』




「何を言っている!?」




『かかってこいと言ってるんだよ。クソガキ』




「舐めるなぁ!!!!!」




巨大なハエとザドキエルがぶつかり合う。




「ちっ!ぶつかるたびに聖気を奪われる!」




『ああ、それが我の暴食の罪。触れるものすべてから力を奪ってしまう。これが神から捨てられた理由だ』




「神から捨てられた?あなた達が神を裏切ったんでしょう!」




『そうか。幼かったから知らないのか』




「何を言っている!」




『神は臆病でな。自分に迫る者から地位を剥奪し捨てた』




「そんな話信じられるか!」




『別に信じてもらいたいわけではない。お前の反応を見たかっただけだ。所詮お前も信じていたものを疑う勇気を持たぬ弱き者ということが知れた』




「何を言ってる!?もう黙れぇぇぇ!!!」




『もうすぐ黙るから安心しろ。我は時間稼ぎ。相手をするのは別だ』




「何を言っている!」






ドン!






ザドキエルが叫んだ瞬間、空からユキトが降りてくる。




「ベルゼビュート。あとはもう大丈夫だ。ユウカを解放してやれ」




『わかっている。お嬢は解放する。ところでお前、お嬢と番いになる気はないのか?』




「毎回聞いてくるな、それ」




『お嬢はそれを望んでいるようだからな』




「そう言うのは勝手に言ったらダメなんだと思うぜ?」




『そんなこと知らん。我はお嬢の幸せを願っているだけだ』:




「、、、もう少し考えさせてくれ」




『まあいいが、お嬢を泣かせることがあるならば我の全てをもって貴様を殺すぞ』




「、、、わかってるよ」




『ではあとは任せよう』




そう言った瞬間にベルゼビュートは地獄へと戻り、ユウカはハエの姿から元の姿に戻る。




「大丈夫か?ユウカ」




「、、、ユキト。そっか、見られちゃったか。この醜い姿は見られたくなかったんだけどな」




「どんな姿でもお前は綺麗だよ。絶対に綺麗だ」




「そんなこと言われたら嬉しすぎて倒れちゃうよ。えへへ」




そう言ってユウカは気を失う。




「ヤイタ、ユウカを連れてこの場から離れろ。お前の能力なら可能だろう?」




「わかった。だが1人で大丈夫なのか?」




「1人じゃなきゃダメだ」




「わかった。後は頼んだ!」




ユウカを抱えてヤイタはその場から消える。






「貴様、私に単体で挑むつもりなのか?」




「いや二人だ。アンリ!」




「任せるのだ!」




アンリはユキトに憑りつき二人は一つになる。




「ちっ!アンリ・マンユか。忌々しい悪神め!」




ユキトはザドキエルに向けて剣を構える。




「私は七天使が一人ザドキエルだぞ!!!」




「知るかよ」




ユキトとザドキエルはぶつかり合う。













「人型の天使が暴れている模様!相対してるのは『灰猫』のユキト・ハイイロ隊長!!!」




本部もあわただしく動いていた。




人型天使の襲来に気付くことができたのはユウカが向かわせたスズネのおかげだ。スズネの知らせを聞いて本部は動き、『灰猫』が動いた。




そんな功労者であるスズネは今拘束されていた。




「放せ!私はユキト・ハイイロの祓魔師だぞ!」




「わかっています。ですがしばらく大人しくしていてください」




「なぜだ!!!」




「ユキト様が本気を出されると言いました。『灰猫』が本気を出すということは周囲の人払いを行えということです。それには祓魔師も含まれます」




「そんなこと!」




「聖十字協会(タナハ)との契約でも決まっていることです。だから今は大人しくしていてください。そして共に祈りましょう。ユキト様の勝利を」


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