第8話 『大蛇』隊長ミツキ・ミダレ
とりあえず天使たちは皆殺しにできたみたいで俺は神殺しの槍(ロンギヌス)の施設の医務室で目を覚ます。
「はぁ、無茶しないでよね」
起き上がるとミナトが呆れながら座っていた。
「マジかよ。俺お前に回復されたの?」
「そりゃそうでしょ。隊長格が倒れたって言うんだから神殺しの槍(ロンギヌス)で一番の回復能力を持つ僕が呼ばれるに決まってる」
「お前に回復されるのって怖いんだけど」
「大丈夫。安心してよ。戻し過ぎてないから」
「お前の能力怖いんだよ」
「せっかく回復してあげたのにお礼の言葉はないのかい?」
「別にお前が何もしなくても数日眠ったら回復する程度のものだったろ。逆にお前こそ何のつもりだ?」
「そうかもしれないけど、とりあえず回復してあげたんだから、そんな目で見ないでよ」
「お前の善意にはいつだって裏がある。正直に言えよ。俺は幼馴染だぜ?お前の本当の顔なんてとっくに知ってる」
「はぁ、ここは合わせてほしかったんだけど。空気読んでよ」
「そういうのめんどくさいからさっさと要件を言えって言ってんだ」
「じゃあ言おうか。シンだっけ?あれを渡してほしいんだよ」
いつも通りニコニコしてるが本気で言ってることはわかった。
「どおりで中途半端に回復されてるわけだ」
「悪い様にはしないよ、ユキト。僕の方がアレをより有効に使えるってことだ」
「お前のそういうところが俺は嫌いなんだよ」
「今は好き嫌いの話じゃないよ、ユキト」
「そうだな。生きるか死ぬかの話だ」
「本気かい?」
ミナトの空気が変わる。
―アンリ!―
―ユキト!―
一瞬でアンリが俺に憑く。
「死にたいなら殺してやるよ、ミナト」
「、、、はぁ、死にたくはないよ。だから一旦その殺気は抑えてくれないかい?」
ミナトは両手をあげて降参の態度を示す。
「先に殺気を向けてきたのはお前だろうが」
「殺気ぐらいなんてことないじゃない。僕の力じゃ君を殺せないんだから」
「殺せなくても壊すことは出来るだろーが」
「、、、そんなことするわけないじゃないか」
真顔でミナトが答える。
「どーだか」
ミナトに憑いている悪魔は『ルシファー』。能力は『可逆』。ありとあらゆる事柄を巻き戻していく。今回俺の傷を治したのは、正確には治したのではない。戻したのだ。
その力を全力で使えば人を胎児どころか受精卵以前にまで戻せる。つまりシンとは逆の意味で怖い男なのだ。こいつの近くによるのは『窮鼠』連中だけ。近くにいるだけでいつ殺されるかもわからない男のそばに自らの意思で居続けているんだから頭がおかしいとしか思えない。
でも『窮鼠』の連中は心の底からミナトを慕っている。
「お前って催眠術とかも使えたりする?」
「使えるわけないよ。そもそも催眠術って本当に効くの?」
「マジかよ。第一声で催眠術自体を疑うって、完全に無実のやつじゃん。じゃあ窮鼠の連中はなんであそこまでお前に心酔してるんだよ」
「ああ、そういうこと。催眠術なんて眉唾なものより、思考を誘導しアメと鞭の与える加減を適正に保てば人間なんか簡単に他人を崇拝するようになるさ」
「お前っていっつもさらっとすげぇこと言うよな」
「太古の昔から自分を神と誤認させてきた人間達がやってきた方法だよ。そんな大昔の技術、現代を生きる僕たちが使うのなんて簡単だろう?何を驚くことがあるの?」
「うーん、お前の人間性にかな」
「まあその辺はいいじゃない。ただ僕が君を心配しているのは本当だよ?僕はノリムネ先生が残したものを守ると誓ったんだ。つまり僕が守りたいのは世界じゃない。君たちなんだ。その為なら世界なんて別に滅ぼしてしまっても構わない」
ミナトは真剣な目で俺を見る。
「お前のそういうとこは嫌いじゃねーよ。俺と似てるからな」
「という訳でユキトと揉める気はないんだ。ユキトを心配しただけのこと。ユキトがそこまで頑ななら、僕は無理やりシンを奪う気はないよ」
「そうかよ」
「ただ気を付けてね。これは本気だよ。ひたすら気を付けてね。もし充分に気を付けてないと判断した場合は、その時は僕は本気で不安分子を排除するよ。シンもそこのアンリでさえもね」
「はぁ、わかったよ。心配かけて悪かったよ」
「そう言ってくれると思っていたよ。じゃあ僕はもうこれで行くよ」
にっこり笑ってミナトは病室から出ていった。
「アンリもう大丈夫だ」
アンリが俺から出て肩車の位置に現れる。
「あいつはいつも何を考えてるのかわからないのだ!」
「あいつは一番最初からノリムネのおっさんの孤児院にいたやつでな。誰よりもおっさんを慕っていた。そしておっさんが死ぬ間際に言った『みんなを頼む』って言葉に呪われてるんだ」
「呪いか?我も得意なのだ!」
「そう言うのとは違う呪いだよ。自分で自分にかけるような」
「自分で自分に呪いをかける?、、、意味が分からないのだ!」
「分からなくていいよ。チョコでも食べながら帰ろう」
「それは名案なのだ!チョコが食べたくて震えていたところなのだ!」
「そっか。待たせて悪かったな」
「大丈夫!ユキトだから許してやるのだ!」
「ありがとよ」
*
ユキトが回復してアンリと家路に着こうとしているころ、六番隊『大蛇』は九州にいた。天使の大量発生がヒイロによって予言されたからだ。
今回博多空港に降り立ったのは『大蛇』隊長のミツキ・ミダレを含め計16名。内聖十字協会(タナハ)から派遣された祓魔師が8人だ。
「隊長、灰猫の隊長は大丈夫ですかね?天使との戦いで負傷したとか。隊長は幼馴染なんですよね」
ミツキに声をかけたのは副隊長であるタダラ・メンリだ。
「あのカスが天使との戦いで傷なんか負うかよ。まためんどくせーもんでも守ったんだろ。それにもう一人のカスが回復しに行ってるんだろ?それなら何の心配もねぇよ」
ダルそうにミツキは答える。
「窮鼠の隊長も幼馴染でしたっけ。そんな三人が全員『13槍』の隊長なんてすごいですね!」
「すごいのはあの二人だけだ」
「え?」
「なんでもねーよ」
ミツキはコンビニで買った弁当を食べながら空を見上げる。
「というか隊長よく塩カルビ弁当を立ったまま空港の前で黙々と食べられますね」
「この方が時間かからなくていいだろうが。それにしても食欲が失せる光景だな。もぐもぐ」
「もうすでに多くの人間が喰われています」
「だろうな。天使がうじゃうじゃ飛んでやがる」
天使は人を存在ごと喰らう。喰われた人間は完全に消えるのだ。産まれたことも生きてきたことも存在した事実自体がデリートされる。
天使に喰われた人間の存在を知覚できるのは、天使と関わりを持った者のみ。天使に傷つけられても生き残った数少ない人間たちだけだ。
故に一般人は自分たちが滅ぼされようとしていることにさえ気付けない。明日もし人口が半分になったとしても元々そうだったと思うだけだ。
喰われた人間が生み出したこともすべて無かったことになるため違和感を覚えることもできない。概念、考え、金、建物、物語、音楽、絵画、彫刻、その他諸々、全てだ。
「その中に子孫とかも入ってたら、とっくに世界滅んでて楽だったのにな。もぐもぐ」
「隊長!縁起でもないこと言わないでくださいよ!それだけが人類の唯一の救いなんですから」
「でも生み出したものって言うなら一番大きいのは子孫だろう―が」
「多人数で生み出したものは全員が喰われなければ失われないということなのでは?」
「でも俺もお前も両親を喰われてるだろ」
「生み出した多人数の範囲にもう死んでしまっている祖先も入っているのではというのが有力な見解ですね」
「神でも死んだやつまでは殺せねーのか。じゃあ死後の世界なんてないんだな」
「私にそこまでは、、、」
「その方がすっきりしていい。よし、飯も食い終わったしキモい天使どもをぶち殺すか」
ミツキは食べていた弁当の容器を投げ捨てる。
「ちょっと隊長!ポイ捨てはダメですよ!」
「じゃあお前が捨てとけ。俺はもう行く」
タダラはゴミを拾いに走り、腹ごなしが済んだミツキは血走った目で空を飛び回る天使たちを睨みつける。
「ちょっと待ちなさいよ!」
そんなミツキの元に背の小さい女の子が駆け寄ってくる。
「ちっ!ほら行くぞ!さっさと用意しろ!」
「もう!私の方がお姉さんなんだから少しは敬いなさいよ!」
「黙れ、ちびっこ」
「ちびっこ言うな!」
少女のような見た目だが彼女はミツキに付いている祓魔師ナル・スメラギ。23歳の大学院生。専攻は農学。身長は145センチ、幼い見た目をした女性だ。
「ったくお前はトロいんだよ」
「トロい言うな!」
彼女はトロい。
「お前が寝坊して飛行機もギリギリだったんじゃねーか!シャキッとしろよ」
「それは、、、ごめんだけど」
彼女はポンコツだった。
「とりあえず傍に来い!悪魔を降ろす」
「わかった」
ナルはミツキの腕に抱きつく。
ポヨン
「ちっ!お前のその駄肉、毎回イライラすんだよ!押し付けてくんな!」
体は小さいが胸はデカい。
「しょ、しょうがないでしょ!近くによらなきゃいけないんだから!」
「振り落とされるなよ」
「うん!」
ナルは腰に携えた刀に手を当てる。そしてこの残念なロリ巨乳こそ聖十字協会(タナハ)十二使徒序列第二位ナル・スメラギである。
―呑み込め リヴァイアサン―
『御意、我が主よ』
悪魔が憑いた瞬間ミツキは巨大な龍となって背にはナルを乗せて空を泳ぐように登っていく。
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