第5話 神が捨てたもの

渋谷道玄坂、その路地に入って行ったところにある駐輪場。




裸の子供が一人倒れていた。




自転車を取りに来た会社員が声をかける。




「君、どうしたんだい!?」




その瞬間40代ぐらいだった会社員は急激に老けていき最終的には土に還った。ただその顔は幸せそうだった。




次は20代の女性、30代の男性、50代の女性、10代の男性、エトセトラ。裸の子供に関わろうとした者たちはことごとく土に還った。幸せそうな笑みを浮かべて。




10人ほど土に還したところで子供は目を覚ます。




「お腹空いた」




片っ端から10人殺したとは思えないほどあどけない顔をした子供は、産まれ落ちて最初に感じた空腹という感覚を愛おしく抱きしめた。

















俺、アンリ(睡眠中)、スズネは電車で渋谷へ向かう。






「アンリ、起きろ。仕事だ」




「まだまだ食べられるのだ!ん?ここはどこなのだ?」




「寝言逆じゃね?ここは渋谷だよ。ほらあそこに首がもげてる滑稽な犬の像があるだろ?」




「おお!確かここにはおいしいクレープ屋さんがあったのだ!」




「そう、仕事が終わったら買ってやるよ」




「やったーなのだ!」




「では行きましょう。正確な位置は私が聞いているんで」




「案内してくれ」






スズネに案内されて俺たちは道玄坂を登っていく。ある程度まで登ったところでアンリが口を開く。




「この奥で10の命が短時間で消えている」




珍しくアンリが神妙な声で言った。




「アンリ、連れて行ってくれ」




「わかったのだ」




俺たちが路地裏の駐輪所に辿り着くとそこには10歳にも満たないような子供が裸でポツンと立っていた。真っ白な髪と肌、真っ赤な目。アルビノってやつだろうか。余りにも綺麗すぎて気持ち悪かった。




「こいつなのだ」




「だろうな。おいガキ。何してんだ?大志以外のもの抱いてんじゃねーだろーな」




「私?私はお腹空いた」




「それで人でも食ってるってことか?」




「人を食う?私は人を幸せにしている?はず。ただ幸せにするとお腹が空く」




「なに言ってんだ、こいつ」




ちょっと意味が分かんなくてフリーズしているといかにもな感じのおばさんが駆け寄って来た。




「ほら、お腹空いてるんだったらこれ食べなさい。そこのコンビニで買って来たから」




多分俺たちが到着する前にこいつに接触していたのだろう。




「おい、ババア!そのガキに近寄るな!」




「何よ、いきなり!不良なの?ほら、食べなさい」




「だから近づくなって!」




「子供がこんなところで裸でお腹を空かせてるのよ!きっと虐待を受けてるんだわ!ご飯を食べさせたら警察に連れて行かないと」




「おいしい」




いつの間にかガキはおにぎりを食べ終わっていた。




「ありがと」




「どういたしまして」




「お礼する」




ガキがそう言った瞬間、ババアは急速に年老いていき、死に、土になった。幸せそうな顔をして。




「なんで消えた?幸せにしたはずなのに!もっと一緒にいたかった!」




ガキは自分がやったことが分かっていないのか土になったババアを見て泣き出した。




「何なんだ、こいつは」




「さっさと排除した方がいいのでは?今まさに人を殺すところを見たので」




「ちょっと待て。今考えてる」




「何を考えることがあるんですか!」




「そうそれ。何を考えることがあるのかを考えてる」




「ふざけているなら私が斬ります!見たところそこまで戦闘力があるわけではない。私でも殺せるでしょう」




「スズネ、ちょっと黙れ」




ウザいことを言ってるスズネを睨みつける。




「うっ!」




「ダメだ、わかんねぇ。アンリ、力を貸してくれ」




「そのために我がいるのだ。ご主人様よ」




「ご主人様はやめろよ」




「たまにはいいであろう!」




アンリが俺に憑く。そしてもう一度目の前の子供と向き合う。











―人が好きだ―




―自分の子供なんだから―




―自分にはない不完全さが愛おしい―








―私は完全ではなかった。それに気付いてから人の不完全さが酷く醜く見えるようになった―




―いらない。こんな出来損ない―




―何もいらない。世界なんていらない。自分なんていらない―








―人は子が生まれただけで涙を流すのか。私は彼らを生み出した時に泣いただろうか―




―花は綺麗なのか。そんなこと思ったことなかった―




―なぜ人は殺し合う。胸が苦しい―




―それでも人は愛し合う。殺し合っては愛し合う。訳が分からない。でも分からなくてもいいと初めて思えた―




―人間に生まれてみたかった―




―矛盾した考えだな―











アンリと一緒に入った子供の深層心理は神のものだった。




「どう思う?アンリ」




「恐らく神が無意識に切り捨てた感情が長い年月をかけて形を持ったという感じなのだ」




「そうか。何となくわかった。じゃあこれは連れ帰る」




「え?どういうことですか!?」




スズネが食いついてくる。




「このガキを保護するってことだよ」




「そんなことが許されるとでも!?」




「これは『灰猫』としての決定だ。反対するなら殺す」




「それに私が従うとでも?私は祓魔師ですよ」




「言ったろ。従わなきゃ殺す」




「祓魔師は対悪魔に特化した戦士ですよ。だからこそあなた達悪魔憑きの抑止力としてこうやって派遣されている」




「わかってるよ。じゃんけんみたいなもんだからな。悪魔は天使に強く天使は人に強く人は悪魔に強い。人の力を最大限まで極めた祓魔師は悪魔に相性がいい。だが祓魔師は悪魔に完全に支配されたものしか斬ることを許されない。逆にお前が斬りかかってくるなら俺は今ここでお前殺してもいい」




「ですが神の気配を持つ者を保護をするなど許されません!」




「それは俺が神殺しの槍(ロンギヌス)の本部に還ってから裁かれることだ。今この場ではお前に俺を斬る権利はない」




「、、、責任はとってくださいよ」




「わかってるよ。アンリ、このガキの自由を奪ってくれ」




「お安い御用なのだ」




俺は神からはぐれたこの子供を生かして本部に連れ帰ることにした。この子供を通して俺は知りたくなった。人間は神の望み通り滅びるべきなのか、それとも神の手から離れた後に未来があるのか。

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