第2話 13本の槍
本部は東京の地下に作られており、各地に地下へ続く隠しエレベーターが配備されている。
「ユキトさん、お疲れ様です」
受付の女の子が出迎えてくれる。名前はミラ。看板受付嬢だ。
「我も帰還したのだ!」
「アンリさんもお疲れ様です」
「苦しゅうないのだ!」
神殺しの槍(ロンギヌス)は人と悪魔が神と戦う組織である。
だが200年たった今はそこまで使命感に燃えている者も少ない。天使たちに家族を殺されて行き場を失くしここで戦うしかなくなったやつの方が多いだろう。
「ユキトさん、皆さんお集まりですよ!」
「はぁ、わかってるよ」
俺は本部地下13階の会議室へと向かう。今日は定例会議。
神殺しの槍ロンギヌスの戦闘員は13の隊に分けられる。通称『13本の槍』。月に一度、各隊の隊長たちが集まって会議が開かれる。これが一番めんどくさい。
俺が会議室のドアを開けるとすでに俺以外は全員集まっていた。
「ユキト、遅いよ。次は遅れないようにって前回も言ったよね」
このニコニコした優男が一番隊『窮鼠』の隊長、ミナト・イシガミ。さわやかすぎて嫌いだ。
「ちょっと天使の退治に手こずったんだよ」
「お前が手こずったりするかよ!下手な言い訳はやめろ!」
声がでかくて人相の悪いこの男が六番隊『大蛇』の隊長、ミツキ・ミダレ。うるさくて嫌いだ。
「もういいでしょ。さっさと始めてさっさと終わりましょ。私早く帰りたいのよ」
どこぞのキャバ嬢みたいなカッコをしてる派手な女が八番隊『牧羊』隊長、キララ・ニシノミヤ。当たりが強くて嫌いだ。
「私もキララちゃんと一緒で早く帰りたい~」
ギャルみたいなウザそうな女が十番隊『千鳥』隊長、ユメ・キリュウイン。ウザくて嫌いだ。
「僕も早く帰りたいんだけど」
目に隈を作った眠そうな少年は四番隊『脱兎』の最年少隊長、ユグリ・ツツキバヤシ。ガキのくせに偉そうで嫌いだ。
「おいおい!せっかく久しぶりに集まったんだ。楽しくやろーぜ!」
陽気だが見た目に何の特徴もない男は九番隊『猿公』隊長、タケシ・サトウ。このテンションが嫌いだ。
「猿は黙れ!耳障りだ!」
「何だと!?」
タケシと揉めているのは十一番隊『狗神』隊長、シンイチ・イチジョウ。なんかクールすぎて嫌いだ。
「あんたらそうやってすぐもめだすの止めてくれない。ウザいから」
呆れながら髪の毛をいじってる女が七番隊『騎馬』隊長、キョウコ・フジワラ。なんか気難しそうで嫌いだ。
「全く、集まるたびに揉めよって。どうしようもない連中だ」
腕を組んで呆れている男は二番隊『暴牛』隊長、コウイチロウ・ササキ。なんかお堅そうで嫌い。
「どうでもいいから早く始めよーぜ!なあゲン!」
「・・・」
不機嫌そうに隣の男に話しかけたのが三番隊『猛虎』隊長、コウセイ・キリュウイン。そんな彼の言葉に返事をせずに、でもしっかり見るとほんの少しだけ若干頷いたような気がする様に見えなくもなかったのが五番隊『臥龍』隊長、ゲン・スメラギ。虎はオラオラ系で嫌い。龍は無口のレベルが度を越してるから嫌い。
「上人もお待ちかねよ。早く座りなさい、ユキト」
穏やかな笑みを浮かべながら俺に指図してくる女は十二番隊『猪突』隊長ユウカ・イチジョウ。俺にやたらとお姉さん感を出してくるのが嫌いだ。
そして円卓の一番奥に座っている白髪に白ひげだが眼光の鋭い爺さんが『上人』ウンリュウ・スメラギ。この13番隊の総大将である。何考えてるかわからないから嫌いだ。
「猫、さっさと席に付けい」
要するに俺はこの場にいる全員が嫌いってことだ。
「はいはい」
そして俺が十三番隊『灰猫』隊長、ユキト・ハイイロだ。
*
この日の会議もいつもと変わらなかった。各隊の近況報告。俺には特に関係ないことだ。怠い時間を終えて俺とアンリは帰路につく。
「ふわぁ!よく寝たのだ」
もちろんアンリは最初から最後までしっかり寝ていた。しっかりいびきもかいており周りの視線が痛かった。
「やっと起きたか。てか寝るんなら毎回ついてこなくていいんだぞ」
「いつも言っておるが、我は絶対にユキトから離れんぞ!ふんす!」
「ああ、そうだったな」
「それに『灰猫』にはユキトと我だけだしな!」
そうなのだ。他の隊は隊員がいっぱいいるんだけど、十三番隊『灰猫』には俺とアンリ、あと一応副隊長が一人いるが引きこもりで、もうしばらく会ってない。そして他に隊員はいない。
つまり動けるのは俺とアンリだけなのだ。
「ユキト!」
さっさと帰ろうと思ってたのに後ろから駆け寄ってくる奴がいた。一番隊『窮鼠』の隊長、ミナト・イシガミだ。
「ちっ!なんだよ。俺はさっさと帰りたいんだよ!」
「つれないじゃないか、ユキト。俺たちは同じ孤児院で育ち、同じ師に習った大親友じゃないか!」
「途中まではあってるけど、大親友ではねぇから」
「またまたぁ!」
こいつとアンリはなんか似てるんだよな。というか気付くといつの間にかアンリは俺の肩の上でもう眠りについていた。こいつどれだけ寝るんだよ。全くもって羨ましい生き物だ。
「で、何の用だよ」
「つれないなぁ」
俺とミナトは互いに親を天使に殺されて同じ孤児院で育った。そしてそこの院長が先代の一番隊『窮鼠』の隊長だったことから、俺たちはその人のもとで悪魔憑きとしての修行をした仲ではある。一応。
「いいから何の用だよ」
「ちょっと待て!俺もまぜろよ!」
「なんでお前まで!」
声がでかくて人相の悪い六番隊『大蛇』の隊長、ミツキ・ミダレまで来る。ミツキも同じ孤児院で同じ師に習ったうるさいバカだ。
だからまあ俺たち3人は幼馴染ということになるが、決して仲は良くない。
「ミツキにも言おうと思ってたから丁度いいよ。僕の隊の部下に占いが得意な子がいるのは知ってるよね」
「知らねーよ。皆さんご存じみたいな言い方してんじゃねーよ。調子乗ってんじゃねーぞ」
「占いってなんだよ!」
「うわ!やば!こいつ占い知らないってよ!ミナト!二人でこのバカミツキを全身全霊を込めてバカにしてやろうぜ!」
「なんだとてめぇ!」
「もうやめてよ、2人共。このままごちゃごちゃ言うなら両手両足引きちぎるよ?」
「いや、やっぱお前の感じが一番怖いんだって」
「なんでこいつこういうこと笑顔で言えるの?心どうなってんの?」
「とにかく話は聞いてもらうよ」
ミナトの話によると、隊員の占い師が予言をしたらしい。ちなみに彼女が占いを外したことは一度もないという。
彼女の予言はこうだ。
『新たな存在がこの東京に現れる』
・・・
「新たな存在ってなんだよ?」
「さあね」
「お前呼んどいてさあねってなんだよ!」
「まあ今の世界にいない新たな存在ってことは神でも天使でも悪魔でも人でもないなにかってことじゃないかな」
「おいおいまだ増えるのかよ。もうとっくにキャパ超えてんぞ」
「そしてこう続いた『そのニュービーを見つけるのは灰色の猫』と」
「おっ!お前じゃねーか、ユキト」
「おい、俺じゃねーか」
「そうなんだよ。だから気を付けておいてねってユキトに言っておこうと思ってさ。何かあったらすぐに僕たちに言ってね。助けになるからさ」
「おもしろそうだから俺にも言えよ。笑いに行ってやるからよ」
「持つべきものは幼馴染だな。ぜって―言わねぇ」
「ちょっとユキト!」
「わかってるよ、本当に何かあれば連絡する。だが心配はいらねぇよ。俺たちは灰猫だ」
ミナトとミツキと別れ、俺たちはホームへと戻る。
我らが灰猫の本拠地『灰猫荘』だ。他の隊の本拠地はずいぶん立派なものらしいが俺たちの本拠地はこの下宿だ。管理人は俺。
「お、家に着いたのだな。むにゃむにゃ」
ちょうどアンリも起きたみたいだ。俺とアンリの部屋は101号室。隣の102号室には一応うちの副団長が住んでいるが、めったに部屋から出てこない引きこもりだ。まあ奴に憑いている悪魔の能力なら家を出る必要もないのかもしれないけど。
そして103号室、一階上がって201、202、203号室、この4部屋は空き部屋だ。
本来なら灰猫の隊員を住まわせる予定だったのだが、今のところ新たに団員は入っていない。まあ俺とアンリのせいなんだけども。
アンリは幼女の姿の時は無害だが、俺と同化した時には周囲に厄災を振りまく。ざっくり言えば近くにいると不幸になるってことだ。だから俺たちの傍で戦えるものは少ない。
俺たちと一緒に戦えるのは、悪魔への耐性に特化した祓魔師、アンリが息を吐くように振りまく厄災を跳ねのけられる強者だけだ。
だからうちの副団長は引きこもりの給料泥棒なのにただただ強いからここにいる。
「ユキト!今日の晩御飯は何なのだ!?」
「今日はレトルトカレー甘口だ」
「やったのだ!我は甘口が大好きなのだ!」
「知ってるよ」
「ふふ、だからユキトは好きなのだ!」
アンリは悪神だから周りに影響を与えてしまう。曲がりなりにも神なのだ。だが壊れなかった。というか壊れないための自己防衛本能なのかもしれないが、アンリは人間と同じ程度の寿命で死ぬ。死ぬというのは少し違うか。ふりだしに戻るといった方が正しい。100年ごとに生まれ変わるのだ。その時前の100年の記憶は無くなり、また1歳からその生をスタートする。だからこそ悠久の時を生きながら壊れずに済んでいるのだ。
アンリは俺の前に現れた時にこう言った。
『もう1人は嫌なのだ』
アンリ・マンユと契約した俺は人間側の最高戦力、そして人間側最大の危険因子となった。
「もぐもぐ、おいしいのだ!やはりカレーは甘口に限るのだ!」
「そうだな」
「ユキトと一緒にいるようになってから我は毎日幸せなのだ!こんなのはきっと生まれて初めてなのだ!前の記憶はないけどきっとそんな気がするのだ!」
「そりゃよかった。ほれ、もっと食え!」
「おう!いっぱい食べるのだ!」
言葉通りアンリはカレーを10杯食った。本当にいっぱい食ったな。さすが悪神。度を越えてやがる。
お腹いっぱいになったアンリは涎を垂らしながら眠りだした。あんだけ寝てたのにまだ寝れるとはこいつえぐいな。
これが俺たちの生活だ。こんな何でもない生活を、甘口カレーをお腹いっぱい食べられる生活を続けていくために俺たちは神を殺さなくちゃいけない。
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