第26話 メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」 ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団
人生で最初に聴いたメンデルスゾーンの曲と問われれば、圧倒的に「バイオリン協奏曲」と答える人が多いだろう。
僕もまたその一人だ。
そしてその多くはチャイコフスキーの協奏曲とカップリングされていて、その二つの曲の
だが、ペーター・マークという指揮者の演奏を聴いてからというもの、僕に取ってメンデルスゾーンの最も心惹かれる曲はこの「スコットランド」(と「フィンガルの洞窟」)になった。
曲の素晴らしさもある。それは間違えない。だが、この演奏・・・。オットー・クレンペラー、ヘルベルト フォン カラヤン、リッカルド ムーティなど著名な演奏家による演奏を聴いた後でも、僕に取って「最高の演奏」は依然としてこの指揮者と管弦楽団の組み合わせなのである。
なんと言えば良いのだろう、メンデルスゾーンの楽譜に内在する叙情性、若々しさ、瑞々しい感性、そうしたものが全てここにある。メンデルスゾーンそのものを
それでいて彼の指揮は第4楽章にはロンドン交響楽団の管の高音が割れるほどに激しく荒ぶる・・・ああ、そうこの旋律こそはあのスコットランドという隠れようもない平坦な土地に吹く嵐なのだ。作曲家の感性と題材になった土地の風土の景色、それらをこの指揮者は僕らに全て与えてくれる。
ちなみにCD盤には3年前に収録された「真夏の夜の夢」の抜粋(4曲)が収録されているのだけど、レコードでは8曲が録音されているので「抜粋」の抜粋と
その「真夏の夜の夢」には、例えばクレンペラーの演奏(こちらは10曲揃っている)があってこれも名盤の誉れ高いものであり、これは端然とした良い演奏である。10曲揃っているし、一般的にこの演奏が勧められるのには何の不思議もない。ただ、もし欠けているものがあるとしたら、「フレンドリーな丁寧さ」であり、それがマークの演奏に感じられる、そしてメンデルスゾーンにとっては「とても重要な要素」なのだと思うのだ。
ユダヤ系の名家であり富豪でもあったメンデルスゾーン家に生れたフェリックスはその出自の故に迫害を受けることもあったらしいが、祖父や父の惜しみない愛情(金銭のバックグラウンドを持つ愛情はとりわけ人を保護するものである)と配慮(キリスト教への改宗とその証左としての『バルトルディ』の家名:もっとも本人はさして
ユダヤ系である事を苦痛におもっているようには見えないが)を一身に浴び、またその神童としての才能を
そうした音楽家の真情ともっともシンクロする指揮者がペーター・マークなのだ、と僕は思っている。クレンペラーのような立派な演奏にも確かにメンデルスゾーンは耐えられる。だが、作曲家自身内心「そんなに立派にしなくてもいいんだけどなぁ」と呟いているような気がするのだ。特に「スコティッシュ」のような交響曲だと、クレンペラーの演奏は「丁寧さ」はあるけど「フレンドリーさ」に更に欠ける演奏になる結果、ブラームスのように響くときがあって、それは作曲者の意図から離れているように感じるのだ。
一方で出だしは丹念に聞こえるムーティの指揮はやがて、繰り返される旋律が「冗長と散漫」に変化していくのが不思議である。「真夏の夜の夢」の夢のようにメンデルスゾーン自身が短いインターバルで「場面転換」をしてくれないと、演奏によってはどこかのっぺりとしてしまう危うさがメンデルスゾーンの曲には内在していて、その匙加減が難しい。その印象は楽章が進むほどに深まり、厚みを増すために加えられた筈のホルンの音は少しずつ鈍重さへと変容していく。ムーティの指揮の本質はそこには無いはずで、何かの「罠にはまってしまった」演奏に思えて仕方ない。
それに比較するとカラヤンの演奏はやはり「上手い」。曲全体の俯瞰といい、楽団のコントロールといい、カラヤンはやはり侮れない実力の持ち主である。一時は「猫も杓子もカラヤン」だった世評が「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」みたいな雰囲気で「カラヤンを褒めるとは素人」みたいな雰囲気になっているのは一体どうしたことだろう。結局素人というのは同調圧力にやたら屈する人々であって、褒めるにしろ貶すにしろ自分の意見などどこにも無い人々の事である。リヒャルト シュトラウスやチャイコフスキーの幾つか、ホルストなどの音楽に於いてのカラヤンの演奏は他を圧倒するものがあるし、これらメンデルスゾーンの交響曲なども一流の演奏の一つである。
とはいえ、マークの演奏を凌駕するかと言えばやはり「ケミストリー」の点でそこまでではない。最近よく
メンデルスゾーンはユダヤ系というだけで、とりわけワーグナーを始めとしたグループから攻撃を受け、一時評価が著しく下がったという。近年、少しずつ再評価されていると言うが、演奏回数が多いとは言えない。僕自身、「宗教改革」を一度、無言歌を中心としたピアノの演奏会を一度、聴きに行ったことがあるだけだ。「結婚行進曲」で有名な二人の作曲家がメンデルスゾーンと彼を誹謗したワーグナーであることは皮肉な事実である。
終戦後、ナチスの協力者と言われ演奏を制限されたフルトヴェングラーは2年後裁判を経て無罪とされユダヤ系のバイオリニスト、ユーディ メニューインと共演、その2曲が「(ドイツを代表する)ベートーベン」と「(ユダヤ系の音楽の神童であった)メンデルスゾーン」だったのは象徴的なできごとであった。
世界各地で紛争が起こりつつ今、この世界にもう一度メンデルスゾーンの平和な音色が響くことを望む。どこかの独裁者が人殺しの集団に「ワグネリアン」という名を付けたのは作曲家の奇矯な性格を別として「ワグナーの音楽そのもの」を愛する音楽愛好家に対しての愚劣な挑戦だと僕は思っている。(ちなみにこの御仁は自分のやっていることを棚に上げてよその国をナチス呼ばわりするとんでもない愚か者であるが)
May peace prevail on the earth. メンデルスゾーンの音楽の響きにはそんな言葉が似合うように思える。
レコード
*メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調、作品56<スコットランド>
序曲<フィンガルの洞窟>、作品26
ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団
キングレコード<ロンドン> GT 9033
CD
*FELIX MENDELSSOHN
Symphony No.3 in A minor, op.56"Scottish"
'Die Hebriden' Overture('Fingal's Cave')
A Midsummer Night's Dream-excerpts
London Symphony Orchestra PETER MAAG
DECCA 443 578-2
参考
レコード
*モーツアルト 交響曲 第38番 ニ長調、K.504<プラーハ>
クラリネット協奏曲 イ長調、K.622*
ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団
*ジェルバーズ・ド・ペイエ(クラリネット)
キングレコード<ロンドン> GT 9057
CD
*FELIX MENDELSSOHN
Symphony No.3 in A minor, op.56"Scottish"
Symphony No.4 in A major, op.90"Italian"
New Philharmonia Orchestra/RICCARDO MUTI
EMI CDM 7 69660 2
*Felix Mendelssohn-Bartholody
Symphony No.3 in A minor, op.56"Scottish"
Symphony No.4 in A major, op.90"Italian"
Philharmonia Orchestra/Otto Klemperer
EMI CDM 7 63853 2
*FELIX MENDELSSOHN BARTHOLDY
5 SYMPHONIEN
BERLINER PHILPHAMONIKER/HERBERT VON KARAJAN
DEUTSCHE GRAMMOPHON 429 664 2
*Felix Mendelssohn-Bartholody
A Midsummer Night's Dream -Incidental music, Op.61
Philharmonia Orchestra/Otto Klemperer
Heather Harper soprano/Dame Janet Baker mezzo-soprano/Philharmonia Chorus
EMI CDM 7 64144 2
(coupled with Johann Straus II "Die Fledermaus" & Franz Liszt "Piano Concerto No.1 E Flat, S124 : piano by Annie Fischer)
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