第14話 アルバン ベルク バイオリン協奏曲

 この曲に初めて注目したのは実はレコードやCDではなく、Gasteig(ガスタイク)におけるミュンヘンフィルの定期演奏会での時である。指揮はチェリビダッケだったのだが、バイオリニストの名前が全く思い出せない。リーフレットはどこかに処分してしまったようで手持ちにない。

 少なくとも非常に著名なバイオリニストではなかったのは確かだ。だが、巨匠とそのソリストによる演奏はまるでこの曲を「腑分け」していくような見事な演奏だった。概してテンポが遅めのチェリビダッケではあるが、この演奏も「早い」演奏ではなかったが、遅い、とは全く感じなかった。中学校の時に鮒を解剖したときのような新鮮な驚きと若干の恐怖、「いのち」のようなもの、既に30年近く経つので曖昧な記憶になりつつあるけれど「衝撃的」だったという思いだけは未だに生々しい。

 現代音楽のバイオリン協奏曲としては、かなりポピュラーになっているこの曲は意外と録音も多く、僕は4つの演奏を保有している。このいずれもが実はチェリビダッケの演奏を聴く以前に購入した物で、結果としてはそのライブ演奏には達していないという事になってしまうのだが、逆に「別の演奏で目を開かされたからこそ」曲の真価を知ることが出来、立ち戻るって演奏を見直すという事も可能な筈だ。

 先ずは、この中では1番最初の録音(1971年)、バイオリニストにシェリングという大物を迎えたクーベリックとバイエルン放送交響楽団の演奏を聴いてみる。骨太なバイオリンに意思の強いオーケストラの組み合わせはそれなりに説得力のある演奏である。だが・・・作曲後36年という時を経て、この演奏は「現代」音楽のままである。シェーンベルグの「浄夜」の項でも書いたが、この時代のシェーンベルクとかベルクには、やはり調性を軸にした「壁」が存在し、その壁を感じさせない演奏と、壁に阻まれる演奏が存在するような気がしてならない。クーベリックは現代音楽にも意欲的だったようで、このCDでもシェーンベルクを二曲併録しているのだが、音楽的には正統的な古典の演奏者であろう。

 その意味で一番期待したのはやはりブーレーズの録音(1984年)である。これは、あのチェリビダッケとは違う意味で優れた解釈で、曲の構造そのものに対するかなり透明な読み込みがなされている指揮である。チェリビダッケを「腑分け」とするならこれは「回路図」みたいな演奏である。ただ惜しむらくはズッカーマンのバイオリンが余りにも歌いすぎで、饒舌なところだ。彼の演奏スタイルその物を批判しているのではないが、どこかメンデルスゾーンの協奏曲を弾いているようなスタイルと音色がやはりこの協奏曲では「邪魔」に思えるのである。

 逆にアンネ・ゾフィー・ムターの演奏(1992年)はかなりバイオリンは「語る」のだけど、すぐれて説得力の強い演奏である。この差は曲に対する洞察の深さに存在するのではないかと思う。チェリビダッケの演奏が「指揮者のperspective」で完結していた演奏だとすれば、こちらはバイオリニストのperspectiveに主導された演奏であった。とはいえ、こちらはオーケストラが多少煩うるさい。バランスの取れた演奏というのはなかなか難しい物だ。

 その点、パールマンが小澤征爾と行った録音(1978年)はバランスの点ではかなり良い。パールマンは繊細な音色でこの曲を一貫して弾いており、とかくダイナミクスの必要な曲では「弱い」感じが寧ろこの曲ではフィットしている。小澤征爾は無理に肩肘を張らずに演奏していて、あえて「壁」を越えようとしなかったのが幸いしているように聞こえる。では、これがベストか、と問われると、唸ってしまうが、誰にとっても比較的聴きやすい演奏であることは確かだ。

 個人的にはムターのバイオリンが一番、好きであるが・・・残念ながら手持ちの演奏ではあのチェリビダッケによる演奏を超えるものはなかった、というのが正直なところである。

 ただ、こうやって名手たちの演奏を聴いていくと、この曲の良さは更に分かってくる。調性はないものの、それに代る何かが、この曲の「痛切さ」を醸し出してくれているのだ。曲に付された「Dem Andenken eines Engels(ある天使の想い出に)」という献辞けんじが19歳で夭折ようせつしたマノン・グロピウス(ベルクがとても可愛がっていた少女)に宛てられた物であり、また結果的にこの曲がベルクにとって「白鳥の歌」になった」という背景がそこにあるのは否定しないけれど。

 クラッシック音楽の愛好家以外にも広く膾炙かいしゃして欲しい曲である。


*ALBAN BERG

Concerto for Violin and Orchestra

HENRYK SZERING, violin Symphonie-Orchester des Bayerischen Rundfunks

RAFAEL KUBELIK


with Concerto for Piano and Orchestra op.42* / Concerto for Violin and Orchestra op.36**

(ARNOLD SCHOENBERG)

ALFRED BRENDEL (*piano), ZVI ZEITLIN (**violin)

Deutsche Grammophon 431 740-2


*ALBAN BERG

Violinkonzert

ANNE SOPHIE MUTTER, violin Chicago Symphony Orchestra

JAMES LEVINE


 with (all violin by Mutter)

WOLFGANG LIHM >>Gesugene Zeit<<

orchestra and conductor : same as above

IGOR STRAVINSKI Concerto en re

Philharmonia Orchestra PAUL SACHER

WITOLD LUTOSLAWSKI Partita Chain 2

BBC Symphony Orchestra WITOLD LUTOSLAWSKI (piano PHILLIP MOLL)

BELA BARTOK Violinkonzert Nr.2

NORBERT MORET En reve

Boston Symphony Orchestra SEIJI OZAWA

Deutsche Grammophon 445 487-2


*ALBAN BERG

Violinkonzert "Dem Andenken eines Engels"

Itzhak Perlman Violine,

Boston Symphony Orchestra Seiji Ozawa


with (all violine by Perlman)

IGOR STRAVINSKI Concerto en re fur Violine und Orchester

orchestra and conductor : same as above

MAURICE RAVEL Tzigane

New York Philharamonic Zubin Mehta

Deutsche Grammophon 447 445-2


*ALBAN BERG

Concerto for Violin and Orchestra

Pinchas Zukerman, Violin

London Symphony Orchestra PIERRE BOULEZ


with (all conducting by Boulez)

Chamber Concerto for Piano and Violin with 13 Wind Instruments (*)

Three Orchestral Pieces, Op.6

BBC Symphony Orchestra

(*) Saschko Gawriloff, violin Daniel Barenboim, piano

SONY SMK68 331


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