第112話
空や周囲は緋色に染まっていた。もう直ぐ日が沈む。リディアは廃墟となった教会の前で座り込み佇んでいた。
「リディア様、身体を冷やします」
ハンナがブランケットを肩から掛けてくれた。温かい。
「ありがとう……」
ディオンは来なかった。あれから、何刻もの間待ち続けている。だが、人一人現れない。たまに鳥の羽ばたきと風が木々を揺らす音が聞こえるだけだ。神聖な教会も廃墟になれば、どこか薄気味悪さを感じる。薄暗くなれば尚更だ。待ち人は来ない上、段々と心細い気持ちになってきた。
「リディア様……。もう間もなく日が沈みます。一旦屋敷へ戻られませんか」
嫌、此処で待つ……そう言おうとしたが、思い直し素直に頷いた。
後少ししたら来るかも知れない、そんな事を考えるとこの場から離れたくない。だがもしかしたらディオンの身に何かあったのかも知れない。何となく胸騒ぎを感じていたのだ。
リディアはハンナに促され馬車へと乗り込んだ。
屋敷に帰ると、何故かシルヴィとフレッドがいた。シモンと何やら話している様子だ。
「リディアちゃん‼︎」
リディアに気が付き、慌てた様子で駆け寄って来た。
「あのね!国王陛下が大変な事になって、リディアちゃんのお兄様が大変で、兄さんも王妃様から命令で大変で、兎に角大変な事になっちゃって」
シルヴィの脈略のない物言いに、話が全く見えない。分かった事は、何か大変な事が起こったらしいと言う事だけだ。
取り乱すシルヴィを宥め落ち着かせ、場所を応接間へと移した。
「ディオンが」
冷静さを取り戻したシルヴィから改めて話を聞き、リディアは動揺を隠せないでいた。
「そんなの、あり得ない……」
今朝、国王が遺体で発見された。明らかな斬り傷があり、殺害されたと分かったそうだ。そして側にはディオンの物と思われる短剣が落ちていた。無論普通の短剣ではなく、グリエット家の家紋入りであり、兄が持っているのを目撃した事があるとの証言が上がったそうだ。
それらを元にディオンへ容疑が掛かり、直ぐに兵等がディオンを捕らえに向かったそうなのだが……。
「それでね、聞いた話では……その際にリディアちゃんのお兄様は弁明すらせずに、その、逃げたらしくて……」
「そんな……」
それは非常にまずい状況だ。逃げたとなると、例え無実であろうと認めたと同義と判断されてしまう。無論ディオンもそれは分かった上なのだろう。それでも逃げざるを得なかったのだ。そうしなくてはならなかった理由……例えば、捕まれば有無を言わせず殺される……とか。
「まだ見つかっていないみたいなんだけど……兄さん達がね、行方を探してるのよ」
クロディルドからの指示で、白騎士団長であるリュシアンに命令が下された。シルヴィの話によると、ディオンだけでなく黒騎士団ごと姿を眩ませているらしい。
「リディア嬢はご存知か分かりませんが、白騎士団と黒騎士団は主人が違うんです。王家と不仲である神殿の支配下にある黒騎士団が、国王陛下が暗殺された直後姿を消したとなると、これはかなり深刻な事態と言えて」
リディアはフレッドの話の途中にも関わらず席を立った。こんな所でのんびり話している場合ではない。
「リディアちゃん⁉︎」
「私、行かなくちゃ……。私、ディオンに会わないといけないの‼︎」
リディアは部屋を飛び出ると馬車まで走る。そしてそのまま乗り込んだ。シルヴィとフレッドも慌てて付いて来た。
「待って、リディアちゃん。何処に行くの?」
「それは勿論……えっと、その…………」
感情のままに部屋を飛び出したまでは良いが、そう言われて見ればリュシアン達さえ行方を探しているのに、リディアに見当がつく筈もない。瞬間思考が停止する。
「大丈夫です。ここは僕に任せて下さい」
フレッドが自信満々に言った。
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