第111話
リディアは経過観察をするという事で、あれから十日程充てがわれた城の一室で過ごした。ディオンはあの日から姿を現していない。
『俺を信じて待っていて欲しい』
そう言い残し、部屋から去って行った。一体どうするつもりなのだろうか。何の音沙汰がない事に一抹の不安を覚えるが、リディアは大人しく兄を信じて待っていた。
その間、様々な面々が見舞いに訪れた。シルヴィやフレッド、マリウス……それに王妃と王太子。
シルヴィ等が来た時、始め気まずい空気が流れた。自分の血筋、マリウスの助言や兄の失言……何を話せば良いのか戸惑った。多分シルヴィも同じ気持ちだと思う。
沈黙の中、俯き加減だったシルヴィが意を決した様に顔を上げ『リディアちゃんは、リディアちゃんだもの。血筋とかマリウス殿下が仰っていた事とか、リディアちゃんのお兄様の考えとかそう言うのは関係ないわ。私はリディアちゃんが、今も昔も、これからも大大大好きだから!……私は何があろうと、リディアちゃんの友人で、味方だからね』
そう言ってくれた。そう話す彼女は頬を染め、瞳が揺れていた。
その姿に彼女が悩んだ末、自分の元を訪ねて来てくれたのだと分かった。嬉しかった。ただこれからの事を考えると複雑な気持ちにもなる。リディアは唇を噛み締めた。
次の日見舞いに来たマリウスは、相変わらず悪びれる事もなく淡々と話していた。『血は繋がっていないけど、僕とは実質従兄妹の関係と言う事になる。これからはお兄様って呼んでくれても良いよ』本気とも冗談とも取れる事を話し一人笑っていた。これには苦笑せざるを得ない。本当に困った。
更にその日の午後、王妃のクロディルドは王太子のセドリックを引き連れ訪ねて来た。
マリウスから、話さない様にと釘を刺されていた事もあり、クロディルドにはマリウスから聞き知った事は伏せた。何となく気まずさを感じる中、クロディルドは終始怖い程和かで、リディアをひたすらに労り帰って行った。
そして十日目の朝。ようやくリディアは自邸へ帰る許可が下りた。
ディオンはやはり姿を現さなかったが、グリエット家の馬車が代わりに迎えに来ていた。リディアが中へ乗り込むと意外な人物が乗っており、目を見張る。
「ハンナ、どうして」
腰を下ろす前に馬車はガタンと揺れて動き出す。まるで急いでいる様に感じた。
「リディア様、危ないですからお座り下さい」
何時もとは何処か雰囲気が違う様に見えるハンナの言葉に、大人しく従い向かい側に腰を下ろした。
するとハンナはリディアを凝視してきた。その顔は、眉根を寄せ、どこか切なそうな何とも言い難い。
どうしたのかと訊ねようとした時、カーテンの隙間から覗いた景色に違和感を覚える。何時もと違う。見慣れない景色だった。
「ねぇ、ハンナ。何処に行くの?」
「これを……ディオン様からです」
そっとハンナはリディアの手を包み込む様にして握ると、紙切れを握らせた。
それを広げ見ると、ディオンの筆跡で町外れの教会へと来る様にとだけ書いてあった。
記憶が正しければ町外れの教会は今は使われていなく、廃墟になっている筈だ。
「リディア様、こちらをお持ちください」
ハンナは更に自分の横に置かれていた鞄をリディアへと差し出して来た。
「私の独断と偏見で、荷造り致しました。苦情は受け付けません!」
そう言って笑った。
「どうかお幸せに……。私にはこんな事しか出来ません。まだ、御恩も返せていないのに……申しわけ、ございま……」
笑みを浮かべていた筈のハンナは、瞳からぼろぼろと涙を溢していた。
「ハンナ恩なんて……私はそんな風に思った事はないわ。ハンナがいてくれて、本当に良かった。お母様が亡くなった時、お兄様が屋敷を出た時、お父様が亡くなった時、婚約して屋敷を出た時も、ずっと私の側ににいてくれた……私を一人にしないでくれた。本当に、心強かったの。いつも、私の側で、私の味方でいてくれて……ありがとう」
ディオンからの言伝とハンナの言葉で改めて実感する。
これから先、ディオンとの逃亡の日々が始まるのだ。
自分で選んだ道だ。後悔はない。だが、これからはハンナやシモン、シルヴィ達だっていない……。
少しの寂しさを打ち消す様に、リディアはハンナに抱き付くと暫くそのままでいた。
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