第113話

「ちょっと、本当にこんな場所にいる訳……」


シルヴィはフレッドの袖を強く引っ張る。


リディア達が着いた先は石造の見張り台だった。此処は城下町の先の森を抜けた場所に位置しており、辿り着くのに少々時間を要した。夜に屋敷を出て、着いた頃には空が白んでいた。


「……」


物音一つせず、静まり返っている。暫しリディア達は立ち尽くし、息を呑む。些か不気味だ。



「ね、ねぇ、誰もいないじゃない!どう言う事よ!大丈夫です。僕に任せて下さいって言ってたわよね!」


シルヴィがフレッドの肩を掴み激しく揺さぶる。


「ちょっ、やめて下さいよっ」


その光景にリディアは苦笑した。辺りを見渡す。本当に静かだった。鳥の鳴き声と、少し冷たい風の音、朝焼けに染まる空だけが視界に広がっている。


その時だった。コツッ、僅かだが確かに音が聞こえた。リディアは音の聞こえた方向へと徐に走り出す。


「あ、リディアちゃん⁉︎」


いきなり駆け出したリディアの後をシルヴィとフレッドは追って来た。一瞬の事だったので正確な方向は分からない。周囲を見渡しながら、目標をひたすらに探す。


見張り台の内部へと入り、階段を上った。

途中踊り場の所で階段が枝分かれしている。リディアは立ち止まり、悩む。


「シルヴィちゃん、私こっちに行くから!シルヴィちゃんとフレッドさんはそっちお願いします‼︎」


「え、ちょっと、一人で行くの⁉︎」


リディアは当てずっぽうで左の階段を選び上がる。悩んでいる場合じゃない。勢いを付けて上がりきると、外に出た。


その瞬間だった。

キーンッ‼︎剣と剣の擦れる音がした。リディアの目前にはディオンと、リュシアンがいた。二人は剣で斬り合いをしている。


リディアは暫し、立ち尽くした。これは以前の様な試合ではない。正真正銘の斬り合い……殺し合いだ。感じた事のない二人の剣幕に圧倒され呆然とする。


「ディオ……」


ようやく絞り出した声は掠れており、風に掻き消されてしまった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




完全に自分の失態だった。


リディアと落ち合う予定の前夜に、ディオンは身支度を済ませ屋敷を出た。黒騎士団の宿舎の一角にある団長室で最後の仕事を済ませて、そのまま眠りに就いた。誰かが起きる前にと、夜が明ける前に出立しようと考えていたが、その前に外が騒がしくなった。


数人の足音がした後、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。こんな時間に騒々しい。只事ではない。

するとそこには数人の部下を引き連れた白騎士団長であるリュシアンが立っていた。


『ディオン・グリエット。貴殿を国王陛下殺害の容疑で拘束させて貰う』


一瞬何を言われたのか分からず、思考が止まった。国王殺害などと、寝耳に水だ。


『国王陛下が、何者かに殺されたのか……』


『何を白々しい事を。貴様が殺した証拠は上がっているんだ』


そう言いながらリュシアンは、短剣をディオンへと見せた。


『これが、陛下の傍に落ちていた』


それはグリエット家の家紋の刻まれた短剣だった。グリエット侯爵の所有物だ。だが厳密に言えばディオンの物、ではない。先代のグリエット侯爵、ディオンの父の物だ。父が亡くなった際に紛失したと記憶しているが……何故今更。


『これを貴様が所持しているのを目撃したとの証言は取れている。言い逃れは出来ないぞ』


なるほど。どうやら自分は何者かに嵌められたらしい。おおよそ見当は付く。国王を殺害などの芸当が出来る人物はあの女くらいしかいないだろう。王妃だ。


まあ、心当たりは大にある。差し詰めリディア殺害を目論む国王も、リディアを渡さない自分の事も邪魔でしかなく、この機に纏めて片付けようと言う魂胆だろう。


『……』


本当に自分は運が無い様だ。


何故今日だったのか……後一日遅ければ……もう少しでリディアを連れて逃げられたものの。

そんな下らない事を考えてしまう。


現実逃避しても仕方がない。

さて、どうしようか。このまま此処で応戦するのは得策ではない。なら逃げるか……。逃げてどうする?なら大人しく捕まり、弁明でもするか?まあ、有無を言わず殺されるだけだな。


最善策を頭の中で練るが、良案は浮かばない。ディオンが剣を抜いた瞬間だった。廊下がまた騒がしくなる。白騎士の援軍でも来たかと、悪運しかない自分を笑しかない。


だが、部屋に入って来たのは……。


『剣を下ろせ。ここが何処か分かっていての振る舞いなのか』


ルベルトやレフを始めとした黒騎士団員等だった。


『この男を庇うならお前達も同罪に』


リュシアンが言い終える前に、ルベルトとレフは剣を抜いた。他の団員等も狭い部屋の中に一気に雪崩れ込んでくる。流石に圧倒的な数の違いにリュシアン達はなす術もなく逃げ帰って行った。


『お前が国王を殺したか否かは分からない。正直言って興味もない』


随分な物言いだと鼻を鳴らす。


『それでも俺達の指揮官は他の誰でも無い、お前だ。王妃に従うつもりはない。だから俺達はお前に付いて行くと決めた。ディオン、いや、団長殿?』


良い上司ではなかった。威圧的で傲慢な態度、自分至上主義な勝手な男だと自覚しながらも、そう振る舞い続けた。それなのにも関わらず、そんな人間に付いて来るだと?理解に苦しむ。


『莫迦な連中だよ……。こんなろくでもない上司なんてさっさと見限れば良いものの。それとも早死にしたい莫迦ばかりなの?……後から後悔するなよ』


その後、黒騎士団員等は分散して逃亡した。目的地で生きて会う事を誓って。


ディオンは一人馬に跨り、走り出した。本当ならどうにかしてリディアと連絡を取りたかったが、こんな状況では到底無理だ。態勢を立て直し、別の機を伺うしかない。


追手から逃げながら馬を走らせ、森を抜けた。見張り台が見えた。そこでリュシアンと再び対峙する事となった。




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