第169話 お茶会で、兄貴がみんなとおさらいだ
「食事会のあとのお茶会にも参加してくださった皆さんありがとうございます。
主催である妹のショコラが片付けを含めた諸々の根回しの為に不在となっておりますので、彼女の代わりに兄である私ガノンナッシュが挨拶を務めさせて頂いております」
そんな挨拶から始まった立食形式のお茶会ではあるが、不満の声は特にない。
食事会に参加していた面々の多くはショークリアを理解しているからだ。
途中で、平民の親たちの姿が少しずつ減っていたのも、この場にいる全員が気づいていた。
「さて、色々と気になっているコトなどがあると思います。
どうぞ皆様、お茶請けやお茶を口にしながら耳を傾けて頂ければと。
お茶請けは、この場の為にショコラがレシピを考案したマカロンというお菓子です」
しかもわざわざお茶会に平民の中でも、しっかり出来ている者を誘うような言い方をしていることから、居なくなった人たちについて語る場がこのお茶会である――と、だいたいが察していたのである。
何より、会場内にはその姿を消していた大人たちがいるのだから、ここではショークリアが仕掛けた色々の種明かしの場であるのだろう。
まぁ中には、お茶会に行けばショークリアの新作が出てくるだろうと踏んでやってきている者もいるかもしれないが。
「今回、ショコラが企画した食事会。その本来の目的――貴族の皆様には事前にお伝えしている通りであります。
そして、食事会の途中でお屋敷の中に案内させてもらった平民の皆様。不安にさせて申し訳ありませんでしたが、その後しっかりと説明をさせていただいた通りです」
そこまで告げてから、ガノンナッシュは、自らもお茶を口に含みマカロンを口に運ぶ。
サックリとした軽い口当たりと、
ガノンナッシュが口にしたことで、会場にいる者たちも口に運び出す。
そこかしこから感嘆の声が漏れ、感想を言い合っている様子を伺い、それらが落ち着きだしてから、ガノンナッシュは再び口を開いた。
「今回ショコラが主催した一番の理由はクラスメイトたちの様子から……という点がありました。
それを受けて、私が独自に調べたところ、同様の問題が学園内だけに限らず、貴族平民問わず……それどころか裏社会の犯罪組織に属する新入りや若者たちにすら波及している問題であることが判明したのです」
敢えていち参加者として扱ってくれといってお茶会にも参加を表明していた国王は、ガノンナッシュの言葉に目を鋭く細めた。
「かつての状況が良かったのか悪かったのか――という是非はさておくとしまして。
戦争以後、貴族や犯罪組織の幹部などによる平民たちへの理不尽な振る舞いの軟化しました。それにより私と同世代の子供にとっては、脅威や畏怖の対象としての感じ方が薄れているのです」
国王キズィニーとしても、食事会の時に、親世代と子世代の脅威の感じ方の差のようなものは何となく見て取れていた。
だが、いくら貴族の理不尽が軟化したからといって、そこまで弁えない者がでるものだろうか。
そんな国王キズィニーの疑問は、ガノンナッシュがすぐに解消するような説明をした。
「それらを実感できる立場や仕事に近しい者ならいざしらず、そうでない者たちからすると、聞かされた内容と現実の差のせいで、遠い過去あるいは物語の中の出来事のように感じてしまっているのでしょう」
そう言われてしまえば、そうかもしれない。
しかし、それでもやはり納得のできない部分もある。
そんな国王キズィニーの心中を代弁するように、王子キズィニーが訊ねた。
「ガナシュ。君の調べた内容に異を唱える気はない。
だが、どうして親世代と子世代でそこまで感覚がズレるんだ?」
「殿下の疑問はもっともです。ただ、それは実感や責任――そういった視点を持っている者の視点とも言えます。
弁えなかったらどうなるのか――その実感が、今の世代の目の前にないんですよ。
だから、礼儀作法や筋の通し方を知らぬままでいるコトがどれほど危険なのか結び付かないんです」
言われて国王キズィニーは腑に落ちた。
なぜ結びつかないのか――その疑問を抱いてしまう時点で、相手側の視点を全く理解できていないということなのだろう。
「そしてこれは貴族もそうです。
自分よりも上位の貴族を相手にする場合。あるいは、上級貴族令息が中級貴族当主などとやりとりする場合。
状況は様々ですが、子供だからこそ大人から大目に見て貰っている――という部分を理解できず、弁えない令息令嬢が増えています。
子供だから大人の世界を理解しないで良いとでも思っているのか、両親や一族の派閥や、他家との力関係などなど、そこを無視し、階級だけ見比べて平然と振る舞っている者は学園にも少なくない」
ガノンナッシュの言葉に、参加している貴族の大人たちは大半が顔を顰めた。
一方で、トレイシアやメルティア、ハリーサなどの子供たちは心当たりのある顔をする。
そんな子供たちの様子を見たからこそ、大人たちは事実なのだと実感する。
「ガノンナッシュ殿。貴族にしろ平民にしろ、どうしてそのようなコトになっているのか、心当たりはありますか?」
さすがに気になったのだろう。
宰相がガノンナッシュに訊ねた。
それはそれとして、宰相はよほどマカロンが気に入ったのか口元にマカロンのカスがちょびっとついているのだが、敢えて触れないのも優しさである。
さておき、宰相より問われて、ガノンナッシュは考える素振りを見せた。
実際のところはショークリアと話し合った結果で、答えは出ているのだが、こういう時は演出も必要だ。
「あくまでも私なりに考えた結果となりますが」
そう前置いて、宰相がうなずくのを確認してから答える。
「戦後処理も終わり、平和になったから――でしょう」
ガノンナッシュの答えに、宰相が返事を窮したように動きを止めた。
それを見て、トレイシアがガノンナッシュに訊ねる。
「戦争こそ終結はしましたが、それでもまだ北のラインドア王国とは睨み合っている状態ですよ」
「それもまた見えている人の視点なのですよ、トレイシア殿下」
「どういうコトでしょうか?」
「ラインドアとの関係を本格的に悩むのは、そこに隣接した領地をもつ我が辺境チーキン領やそこから国境沿いに連なる領地の者たち。
そして、政治――特に外交や国境の砦などに務めている貴族。あるいはそういう状況に関わる騎士や兵士、商人や何でも屋などです。
それ以外の多くの貴族や平民にとっては、睨み合いなんてものはどうでもいいんです。自分の生活に直結しない問題というのは往々にして、気にしない物ですので」
「そんなコトは……」
否定しようとして、心当たりがあったのだろう。トレイシアも言葉を止めた。
それを見ていたリュフレが、手にしたマカロンを一口囓ってから訊ねる。
「ガナシュ。君とショコラ嬢ちゃんの言い分は分かった。
だが貴族であれ平民であれ、子供との感覚のズレみたいなのは整える機会はあったはずだ。なのに蔓延している理由はなんだ?」
「それに気づかなかったからですよ」
「どういうコトだ?」
訝しむリュフレに、ガノンナッシュは言葉を選ぶように答えた。
「親が弁えた視点を持っているからこそ、子供も弁えているだろうと思い込んでいたから――というのが一番の理由です。
身分問わず学園に入学するには最低限の礼儀作法が必要なのはご承知の通り。その礼儀作法のテストを突破できるだけ身についているのであれば、当然そこに結びついているだろう脅威や畏怖も理解しているモノだと親は考えてしまった。
ところが、その視点を持っていない子供からしてみると、礼儀作法というのは学園の入学や授業でやる、面倒くさい作法でしかないんです」
そうガノンナッシュが告げると同時に、特に平民たちの参加者が「あー」と理解したような反応を見せる。
恐らく彼らは心当たりがあるのだろう。
「なので、手っ取り早く『礼儀作法の失敗』と『畏怖や脅威』を結びつける為、食事会を開催し、出来てない子のご両親をこちらのお茶会にご招待した次第です」
ニッコリとガノンナッシュが笑った。
ショークリアの好戦的な笑みとは異なる、けれども同類のような顔。
穏やかで優しくて、それでいて油断ならない凄みを持つ笑みだ。
「食事会の途中でこちらへとご招待した方々に関しましては、先にも説明した通り、本日は当屋敷で二泊してもらいます。お帰りになれるのは明後日の夕方頃となりますが、それまでは貴族の休日の生活を体験して頂こうと思っておりますので退屈はさせませんよ」
ガノンナッシュのその説明で、ショークリアが魔導瓶を配った本当の理由を察した者たちは、余りの荒療治っぷりに苦笑するしかなかった。
「どれだけ言われても、学習した礼儀作法をロクに使いこなせなかった場合、どうなるか――今日も明日も帰ってこない両親に何を思うか。
そこで何も学習しないのであれば、学園に通うだけ無駄なので、退学して貰う予定であるコトは担任の先生や、ここにいる保護者の皆さんも承知されておりますからね」
親のいない二日間、子供がどういう生活をするのか不安ではある――という顔をする保護者たち。
だけど、それとは別にあまりにも子供が迂闊で礼儀作法が出来てなかったのを目の当たりにした為に、素直に受け入れている。
だからこそ、どこからも不満は出ていないのだ。
「――とまぁそんな感じです。皆様の気になられているコトの解答にはなりましたでしょうか?」
最後にそう締めて、ガノンナッシュはお茶を啜るのだった。
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