第168話 食事会終了!でも真のネタバレは後日な!


 みんながアイスクリームを食べている間に、砕いた殻を鍋に放り込んで強火で炊き上げていく。たっぷりと出汁を取り、調味料で味を調える。


 それをレードルですくって小皿に入れるとショークリアは口に含んだ。


 濃厚な大螯の風味が口に広がり鼻腔を抜けていく。

 カニとエビの良いところを合わせ、生臭さを抜いたような芳醇な香りは、これだけでメインを張っても良いほど力強い味わいだ。


 少量の塩と、少量の香辛料で調えただけなのに、奥深い甘みと、複雑でいながら、シンプルな「旨いだろ?」という問いが舌を叩く。それこそ大螯の旨味と香りが、舌を太鼓に叩いているかのごとくだ。


 味見したところは問題はなさそう――どころか最高の味になっていたので、ショークリアは小さくうなずいた。


「あれを持ってきて頂戴」


 近くにいた使用人に声を掛けて新しい水筒を持ってこさせる。


「こちらは母マスカフォネが造った新しい水筒型の魔導具です。

 見た目は金属製の細長い筒ですが、内側に特殊な加工を施してあります。さらに筒の底に魔宝石をセットし魔力を補充するコトで、中のモノの温度と品質を一定に保つという効果を持っております」


 まさに前世であった魔法瓶だ。

 この魔法瓶の場合、魔宝石の魔力がなくならない限りは温度と品質を保てるという点で、こちらの方が優れているとも言える。


 もっとも、前世の魔法瓶と比べた時、こちらの方が価格はえぐいほど高いのが欠点か。


(魔宝石もさるコトながら、金属加工技術が低いから量産しにくいのと、魔導具として必要な術式を刻み込むのが難しい形状してるらしいって聞いたから、仕方がねぇかもしれねぇんだけどよ……)


 しかも現状はこの五百ミリリットルほどのサイズのモノしか作れない。

 もう少しサイズのバリエーションを増やしたいところではあるが、技術的には大きくは出来てもこれ以上小さくするのは難しいそうだ。


 サイズはともかく、ショークリアとしてはもう少し値段を抑えたいのだが、商人たちと相談した適性価格が、完全に貴族向けの値段となってしまっている。

 

 それこそ前世の金額で例えるなら、五百ミリサイズのペットボトルドリンクの価格を倍にして、お尻にゼロを三つ付け加えたぐらいの金額が、この魔法瓶一本当たりのおおよその価格だ。


「こちらに、この殻で作ったスープを注ぎます。

 お持ち帰りになられたあとも、フタを開けなければ温度は維持されますので、是非とも今日の夕食のお供にでも添えていただければと思います」


 説明に合わせて、ショークリアと料理人たちが、スープを布で漉しながら筒へと入れていく。


「筒の底の魔宝石が切れない限りは繰り返し使えます。

 使い終わったら内側を良く洗った上で、しっかり乾かし再利用してくれて構いません。

 こちらは、母から皆様への見本品の提供として差し上げます」


 そう言ってショークリアがマスカフォネに視線を向ければ、彼女は優雅に微笑んで一礼してみせる。


「こちらはすでに商人の皆様と相談し、『魔導瓶』という名称にて魔導具ギルドへと設計図を登録した上で、量産と販売の態勢が整えております。少々お値段が張りますが、お気に召したのであれば、正式販売後に購入して頂ければ幸いです」


 水筒――魔導瓶を受け取った面々が、それをしげしげと眺めている。


「父上、母上。解体するなら家でやりましょう。

 中のスープを持ち帰らずに捨てるおつもりですか?」


 さっそくガルドレットとその両親がなにやらやりとりしているが、そういうのはある程度予想済みだ。


 配られていくスープ入り魔導瓶の様子を見ていると、モルキシュカが声を掛けてくる。


「ショコラ」

「なに?」

「販売開始いつ?」

「モカにしては食いつきいいわね。来月か再来月辺りの予定だけど……」

「大量買いさせてもらう」

「え? そんなに気に入った?」

「これがあると、引きこもりが捗りそう。食堂でいっぱいスープ貰えば、しばらくの間は食堂にいかずに……ご飯が食べれる」

「スープ以外も食べなさいね?」


 気に入ってくれるのはありがたいが、そういう方向に使われるとなると、妙な罪悪感が生まれてしまう。


「人は便利になるとダメになると聞くけど、その天啓がモカって感じよね」


 横で聞いていたヴィーナが苦笑しているが、ショークリアも同感である。


「そういえばクラスのみんなにも配るの?」

「むしろ主目的はそっち。今日は夕飯が食べれない子もでるだろうしね」

「え? どういうコト?」


 ヴィーナは目をしばたたくが、モルキシュカは即座にショークリアの言葉の意味を理解した。


「全く、荒療治なのか甘いのか」

「ほんと、どういうコト?」


 首を傾げるヴィーナに、モルキシュカが平民のクラスメイトたちの方を示す。


「向こうの保護者たちが減ってるでしょ?」

「言われてみればそうね」

「お屋敷に案内された保護者は、今日は家に帰れないってコト」

「……! あー、そういうコトか」


 そこまでいくとヴィーナも理解したようだ。


「調子に乗ってやらかした場合の疑似再現ってコトね。あとで返すとはいえ、敢えてここでは説明しない……と」

「そういうコト。だからヴィーナもモカも、みんなには言わないでよ」


 二人にしっかりと言い含めてから、ショークリアは会場を見回す。

 スープ入り魔導瓶が全員に配られたのを確認したところで、今日はお開きだ。


「皆さん、本日はご参加ありがとうございました。

 協力してくださった貴族の皆様には、ささやかながらお茶会の用意もございます。

 お時間ございましたら、お屋敷のサロンにご案内いたしますわ」


 これも計画の一端だ。

 言ってしまえば、貴族サイドとクラスメイトの動きをここで一度分断する。


 もちろん、単に切って終わりではない。


「商人の皆様もご一緒にどうぞ。情報収集したりや、売り込みたいモノがあったりするのでしょう?」


 さらに――


「クラスメイトの保護者の皆様もご興味がありましたらどうぞ。

 ただ、こちらのお茶会は完全に貴族のお茶会となりますので、礼儀作法が厳しく見られてしまうコトはご理解を」


 ――こうすれば、マーキィやイズエッタの両親も参加しやすいことだろう。


 そうして、ショークリアは丁寧な言葉で結びの挨拶を終えると、一礼した。


 同時に使用人たちが動き出し、参加の是非を確認してくれることだろう。


(とりあえずは、一息ってな……。まだ完全には終わってねぇんだが)


 何はともあれ後片付けだ。

 使用人たちから台ふきんを貰って、自分が使っていた台を拭き始めると、メルティアが声を掛けてきた。


「ショコラも片付けをするの?」

「ええ。私は貴族であると同時に料理人ですからね。

 特に今日は料理人としてここに立った以上は、料理人の矜持として、準備かはじめて片付けまで――その全てをやり通します」

「我が家の厨房の料理人は、準備と片付けを部下に任せてますけど」


 メルティアの言いたいことは分かる。

 ショークリアもそれにうなずいてから、片付けの手を止めずに答える。


「もちろん、それが必要な場面もありますよ。必要なモノを必要な量、それらを常に作り続けるお屋敷の厨房や、食事処の厨房などでは役割分担も重要ですから。

 でも今回は私個人が望んでやっているコトなので。食材や調理器具の調達や手入れ、片付けというのは、騎士や何でも屋にとっての武具や道具の調達や手入れ、片付けと同じなんです」


 そこはショークリアにとって譲れないところだ。

 貴族だから他人にやってもらって当たり前――というのもあまり得意ではない感覚なのだが、それでも必要であるなら受け入れている。


 だが、料理となれば自分の趣味だ。コダワリだ。

 その準備や手入れの労力まで他人にやらせるのは、趣味だのコダワリだのとは言えない気がするのである。


「ショコラって真面目なのね」

「真面目……かどうかは分かりません。でも、そうですね――筋を通さずにはいられない……が近いかもしれません」

「筋を通す――か。なるほど嫌いではないわね」

「メル姉様もそういうところありそうですしね」


 ショークリアに言われて、メルティオは少しキョトンとした顔をしてから、破顔する。


「そうね。言われてみるとその通りだわ」


 笑ったあと、これ以上はショークリアの邪魔をしてしまうと判断したのだろう。


「お茶会。参加させてもらうわ」

 

 そうショークリアに告げると、その場を颯爽と去って行った。


「うし。テーブルとテーブル周りに殻なんかは落ちてなさそうよね?」


 大螯の殻は硬く鋭い。

 小さいカケラでも大怪我に繋がるので、それらをしっかり確認してうなずく。


「次は洗いモノっと」


 そうしてショークリアはテキパキと片付けを続けていった。




 一方、クラスメイトたち――


「エドモン殿、我々は商人としてお茶会に参加したいと思っております。

 ですので、子供たちや不慣れな親御さんたちをお願いしたいのですが」

「わかりました。こちらはお茶会に参加するつもりはありませんでしたので」

「助かります」


 エドモンとクロクレンはお互いに二言三言やりとりを交わすと、自分の子供たちへと向き直る。


「イズエッタ。ミンツィエさんたちと一緒にみんなを呼びまとめてくれ」

「マーキィ、イズエッタ嬢たちに協力して、クラスメイトとその親御さんたちをここへ」


 そうして集まったクラスメイトやその親御さんたちへと、エドモンは声を掛ける。


「マーキィの父エドモンだ。

 みんな、居なくなってしまった人のコトが気になるのは重々承知だ。

 だがこの場においては、騒ぐコトなく案内に従って退場しなければならない場面だ」


 不安げにうなずく彼らに、クロクレンが補足するように告げる。


「イズエッタの父クロクレンです。私は妻はお茶会に参加してきます。

 その際に、分かるコトがあれば調べておきたいと思いますので、不安かと思いますがエドモン殿に従って皆様は退場してください。余計な動きは逆効果になってしまうかと思いますので」


 キッチリとした服装に加え、食事会の最中も色々と教えてくれた二人だ。

 そんな二人がここまで言うのだから従おう――そういう空気のおかげで、ゴネる者は出ないようだ。


「ではエドモン殿、ダニサ殿。よろしくお願いします」

「クロクレン殿とジアーリャ殿もお気を付けて」


 お互いに夫婦の名前を呼び合って、挨拶を交わす。


 そうしてメイジャン家の敷地から出ると、ショークリアが用意してくれていた馬車が複数台待っていた。

 それに乗せてもらって、貴族街と平民街の中間にある広場で下ろしてもらう。


 エドモンたちからしてみるとそこでようやく一息だ。

 御者の方々に挨拶をし、帰るのを見送ったところで、息子のクラスメイトたちへと向き直る。


「さて、ここで解散だ。

 なにか困ったコトがあれば、マーキィ・ボウヤンの家である『八尾はちお金鹿きんか亭』にくるといい」


 そう告げた時、イズエッタが挙手をした。


「エドモンさん。私からもよろしいでしょうか」


 問われて、エドモンがうなずくと、イズエッタも皆に告げる。


「マーキィさんの家が遠かったり、行きづらいなと思ったら当家ブリジエイトに来て頂いても構いません。

 何か困ったコトがありましたら一人で悩んだりムリをしたりせず、まずは我々の家を訪ねてきて、相談してください。

 どんなに夜遅くとも対応いたしますので」


 カンの良い人はまるで夜に何か困ったことが起こるのでは? と感じる言い回しなのだが、気疲れしてしまっている面々で、それに正しく気づける者はいなかった。


「では、ここで解散しましょう。

 今日は色々と初めてのコト尽くしで疲れたと思いますので、ご自宅でゆっくり休んでください」


 エドモンの音頭で、クラスメイトとその保護者たちは解散。

 これにて、貴族の友人にお呼ばれした食事会は、一応の終わりを見せるのだった――


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