第167話 〆に冷たいアレってのは良いよな!
平民サイドの様子をチラ見しつつ、ショークリアはデザートの準備を始めていく。
気がつけば、調理に興味津々な面々が、かぶりつきのように調理台近くまでやってきている。
それをどうしたものか――とショークリアは少し考えたが、これから作るモノに火も刃物も使わないので、まぁいいかと気にしないことにした。
「さてと、やりますかね」
大きなボウルに砕いた氷を敷き詰め、そこに細かく砕いた大量の岩塩を振りかける。
それから今度は小さめのボウルを用意すると、そこに牛乳を思わせる水分を蓄えたヤシの実のようなモノ――クリムの実の果汁を注ぐ。
さらに、注いだクリムの果汁に、同じくクリム果汁で作った生クリームと、バニラに似た香りのハーブを乾燥させてすり潰したモノ、砂糖を加えていく。
その様子を見ていたガルドレットは不思議そうに訊ねてくる。
「ショコラ。氷に塩を掛けたのはどうしてだい?」
「原理は分からないのですけれど、こうするコトで氷が周囲を冷やすチカラが増すの」
「ほう」
うなずくガルドレッドの背後には、彼の両親も同じような顔をしてうなずいていた。
(似たもの親子ってか)
胸中で笑いながら、ショークリアはクリム果汁の入った小さなボウルを、大きなボウルに用意された氷の上に乗せた。
「調味料を加えたクリム果汁を冷やすの? それなら魔術でもいんじゃない?」
「気持ちは分かるんだけどね……それだと必要な硬さにするのが難しいのよ」
ヴィーナの疑問に答えながら、ショークリアはクリム果汁をパシャパシャと掻き回し始める。
「なるほど……すでに実戦済み」
「そりゃそうよ。ちゃんと試して美味しかったモノしか、こういう場所で出せないでしょう?」
モルキシュカにそう答えながらも、身体強化で疲労軽減させた腕を動かし続ける。
クリム果汁をかき混ぜつつも、ショークリアは平民たちの方の様子を窺う。
ショークリアのクラスメイトたちが集まって、なにやら話し合いらしきモノが行われているようだ。
イズエッタやマーキィが中心になっているようなので、両親がいなくなった理由や原因などについての共有がされていることだろう。
(さて、あとはそれがどうなるコトやら……って感じだが)
どもあれ、そこまで理解できる面々が増えてきているようなのは悪くない。
(しかし、魔術は便利だな。身体強化のおかげで延々掻き混ぜてても疲れにくいし、結構な速度が出せるから、手早くできるのはありがてぇ)
実際、手応えを感じる程度には固まってきている。
前世だったらもうちょっと時間が掛かっていたことだろう。
「あれ? クリム果汁が……固まってきている?」
「そうよ。空気を含ませながらゆっくりと固まらせて作るの」
ガルドレットとモルキシュカは興味深そうにボウルの中を覗いている。
ヴィーナは、料理の工程そのものよりも、完成したあとの味に興味がある様子だ。
ちなみに、ショークリアが前面に立って目立っているのだが、背後では料理人たちだけでなく、一部の戦士たちも協力して同じモノを作っている。
ショークリアの速度に合わせるには、体力的にも魔力的にも、料理人だけでは厳しいのだ。
「お嬢様なんでこの作業延々と手早くやってられるんだ……」
「戦士団の自分らでも結構キツく感じるのに……」
背後から何やら聞こえてくるのはとりあえず無視だ。
ボウルの中身がだいぶ固形化してきたのを確認してから、ショークリアが顔を上げると、メルティオとガルヴリードがマーキィと何やらやりとりしている。
状況は不明ながら、ショークリアとしては冷や冷やモノの光景だ。
だが、問題が発生した様子がなく、ショークリアの従姉妹達はその場を離れていく。
(マーキィが上手くやったか。これなら全員は無理でも、ある程度は大丈夫そうかもしれねぇな)
こっそりと安堵の息を漏らし、アイスクリームへと変じてきたボウルの中身を、これで最後とばかりに一気にかき混ぜた。
「こんなものかな?」
良い硬さにまで固まったのを確認したショークリアは、それを小さな皿に盛っていく。
ディッシャーなどがあるワケではないので、あの丸い形状には出来ないが、ジェラートっぽい見た目にはなった。
小皿に盛られたバニラアイスクリームに、事前に用意されていたカットフルーツが添えられ、客人たちへと配られていく。
それらが全員の手に届くよりも先に、ショークリアは説明を始める。
「皆さん、こちらの甘味はアイスクリームというモノです。
色々と解説したいところではありますが、氷と同様にすぐ溶けてしまうモノとなっております。
その為、美味しく召し上がって頂く為には――少々貴族の慣例からは外れてしまいますが、手元に届き次第、すぐに口に運んで頂ければと思います」
とはいえ、さすがに自分より身分の高い者より先に口にするのはためらってしまうことだろう。
ショークリアはそれを心得ていたからこそ、陛下の手元に届くと同時に、声を上げたのだ。
陛下もそれを理解したのだろう。
手元に届くなり、即座に反応をして見せた。
「そういうコトであれば、頂かせて貰おう」
すぐに口に運び――そして、陛下は驚きの声を上げる。
「なんと冷たい……甘い雪を口に運んだかのようだ……。
これは確かに溶けてしまっては勿体ない。皆、ショークリア嬢の言う通り、手元に届き次第、食べるべきだ。そちらの者たちもな」
これで、平民達も貴族たちを待つことなく口に運べる。
意図を汲んでくれた陛下に小さく会釈をすると、彼はお茶目なウィンクを返してきた。
そして、次々と感嘆の声が漏れて広がっていく。
「まさに陛下が言う通りだ。甘い雪原……それを口に運んでいるかのような冷たさだ」
「冷たいだけではありませんわ。なめらかな甘さと濃厚な風味に、優雅な香り……それが口の中でやわかく溶けて広がっていく感覚がたまりませんね」
「しかしこれはどういうコトだろうな? ショークリア嬢はクリムの果汁をずっとかき混ぜているようにしか見えなかった。どうすればアイスクリームになるのだ?」
「それにただ冷やすだけなら、それこそ氷のようになりそうなものですしね」
当然、不思議そうな声もあがってくる。
「ん~~♪ ショコラ、わたしこれ好きよ!」
上機嫌に声をあげるヴィーナにショークリアも笑みを返す。
モルキシュカも言葉は発していないものの、黙々と口に運んでいるので、お気に召したのだろう。
見回せばメルティオとガブルリードも喜んでくれているようである。
「メルティオ! これはすごいな!」
「ええ、本当に。レシピ……教えて貰えないかしら?」
もちろん、平民たちの方も、商人やクラスメイトたちが冷たくて甘いアイスクリームに盛り上がっているように見えた。
「冷たっ!?」
「甘いわ!」
「すげーうまいぞ、これ……」
「こんなもの初めて食べますな!」
先生に関しては、美味しい美味しいと口にしながらちょっと涙を流しているようだ。
「うぅ……美味しい、美味しいにゃー……。
今年は貴族の皆様は優しいし、気遣ってくれるし、言うコト聞いてくれるし……こんな美味しいモノまで……うにゃー……」
(……マジで今度、下町の飲み屋とかで奢ってやった方がいいのか、あれ……?)
愚痴や不満を聞いてあげた方がいい気がするのだ。
(この辺りじゃ少ない、
そんなことを思いつつ、視線を正面に戻すと、ガルドレットがキラキラした笑顔を向けてきており、思わずショークリアは顔を顰めた。
「さてショコラ。そろそろ解説とかしてくれないかな?」
ニコニコとガルドレットが訊ねてくる。
わりと有無言わせぬ迫力があるのは、彼の――というか彼の家の持つ知識欲のせいだろう。
とはいえ、全員がアイスクリームを一口は食べているようなタイミングなので、ちょうど良いのも確かである。
「では、皆様が口にされたようですので、簡単に解説を」
小さく咳払いをしてから、ショークリアは会場に視線を巡らせる。
「単純に冷やし固めた場合――皆さんが想像されている通り、ただ凍ったクリム果汁が完成するだけです。
ですが、先ほどのように何度もかき混ぜて、空気を加えながらゆっくりと冷やし、凍らせていくコトで、ふわふわと滑らかな口当たりのアイスクリームになっていくのです」
「なるほど……だから、氷の持つ冷やすチカラを塩で高めた上で、ボウルをセットしてかき混ぜてたのか……」
ショークリアの解説に、会場のあちこちから、思案するようなうなり声が聞こえてくる。
恐らくはアイスクリームに関して色々と考えていることだろう。
メインで作ってきた大螯の料理と比べると、一見単純だから、あれこれ想像しやすいというのもあるのだろうが。
「さて、大人の皆様にのみ、もう一品ございます」
子供達からは不満げな声があがるが、敢えて無視する。
「本日、子供のための勉強会を兼ねた食事会に協力してくださった皆様への、私からのささやかなお礼となります」
それを口にすると、さすがに子供たちも文句は言えなくなる。
そろそろ食事会も終わりにさしかかっているので、クラスメイトたちへのネタバレの意味もあった。
「今食べて頂いたバニラアイスクリームのおかわりになりますが――これに、
お酒が得意ではない方には、砕いた
大人たちは、それぞれ好みの方を選び、おかわりを口に運ぶ。
「これはイドナルブのおかげで深みと濃厚さが増し、贅沢な味わいになりましたな」
「ドノーモラも良いですよ。カリカリとした食感と香ばしさに僅かな塩気が、アイスクリームの風味と実に心地よいです」
それぞれに楽しむ大人たちの様子を見ながら、ショークリアは次へと移っていく。
「さて、大人の皆様が甘味を味わっている間に、私はもう一品作らせて頂きますね。
こちらの料理は、持ち帰れる形にしますので、是非ご自宅にて味わって頂ければと思います」
そう告げて一礼したショークリアは、大螯の殻をバキバキと砕き始めた。
「加工すれば武具にもなる殻をああも簡単に……!?」
「しかし、殻を砕いて一体何を……?」
目の細かい網で作った袋に、出来るだけ小さく砕いた殻を詰めていく。
「大螯に限らず、カニやエビのような甲殻類と呼ばれる生き物のうち、食べるコトが可能な種類のモノは――その殻もまた美味しいのですよ」
ショークリアの説明に会場がざわめいた。
「もちろん。甲殻類と呼ばれる以上は、相応の強度があるので、簡単に食べられるモノではないのですけれど。
そもそも大螯の殻なんて、皆様が仰る通り、武具になるほど頑丈ですからね。一口サイズに砕いたとはいえ、これを口に入れたら、口の中がズタズタになってしまいますから」
笑顔でそう口にするが、だからこそますます解せないと、みんな首を傾げた。
「なので、殻は食べません。食べませんが、殻の味をしっかりと楽しめる料理にしていきます」
そう言ってショークリアは、殻の詰まった袋をそれぞれの料理人へと手渡していく。
「では、最後の調理を始めますね」
告げて、彼女と料理人たちは、自分のところにある鍋の中に、殻の詰まった袋を放り込むのだった。
=====================
ショコラとはあまり関係ない話題で申し訳ないのですが
作者の別作品
【魔剣技師 バッカス】の書籍2巻が2024/8/9に発売されます٩( 'ω' )و
実は裏設定的に喧キラと同じ五彩神世界の物語ではありますので
ご興味有りましたら、よしなにお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます