第163話 焼きガニってのもうめぇよな
(……順番間違えたかなぁ)
そんなことを思いながら、巨大なハサミから身を取り出していく。
最初にハデなことをすることで、まだシャンとできてないクラスメイトたちの意識を料理に向けようという意図があったのは確かだ。
まぁ圧倒的なインパクトによる力量差のマウントとも言うかもしれないが。
(真面目にコースで考えるなら、味の濃いテルミドールは後するべきだったけどな)
そうでなくとも、初めて見る人たちへの、大きな期待感を煽るという手法として見るなら、テルミドールは悪くなかった。
魔術による調理と、それによって作り上げてられていく料理への期待感
これはライブクッキングという手法だからこそ煽れるものだろう。
実際――
「次は何を見せてくれるのだろうな」
「目の前で作る。いつものコトながらワクワクしますね」
ショークリアのライブクッキングの経験者たちはそんな感じで楽しそうだ。
「目の前で食材が料理になっていくというのはこんなにも刺激的な体験なのですね!」
「わざとハデにやっているというのを理解していても興奮してしまうな」
――初めて来る人たちも楽しんでくれている。
それを思えば、テルミドールを見せたのは悪くはなかったとは思う。
コースとしての順番と、やりたいことを一致させられなかったのは、ショークリアの実力不足によるものだろう。
その反省は後日するとして、今は目の前の料理に集中する。
「よし。取り出せたっと」
上手いこと取り出したハサミの身を、ほぐすようなことはせず、適当なサイズにカットしていく。
「網の準備は?」
「出来てます!」
初めて国王陛下が来たときにも使っていた、ワイングラスのような形をしたバーベキューコンロ。
それの上に乗せられた焼き網の上に、今し方カットしたハサミの身を乗せていく。
ショークリアがこれから作ろうとしているのは、シンプルな焼きだ。
網の上で適度に焼き、軽く焦げ目を付けたものに、塩を振りかける。
何度か
豪快さはなく、派手な演出もなく、ただシンプルに焼くだけだ。
それでも、あまり調理風景を見たことのない人たちにとっては、十分に興味を引く光景のようである。
「お皿の準備できてます」
「ええ! 焼き上がったのを乗せていくわ!」
焼き上がったものを皿に乗せ、くし切りにした
「二品目は単純に焼いて塩を振っただけのモノとなります」
その言葉を口にすると同時に、どことなく会場内のテンションが下がるのを感じたショークリアは、言葉を付け加える。
「非常に簡単な調理法ですが――私自身がいくつか試した上で、このハサミの肉を食べるなら、この方法であると確信した食べ方です。
お好みで、添えてあるエノミルの果汁を搾りかけても美味しいですよ」
聞いていた人たちがそれをどう思ったのかは分からない。
だが、とりあえずは食べてくれるならどうにでもなるだろう――ショークリア自身が我ながらだいぶ楽観視が入っているなぁ……と思っていたりするが――と考えていた。
テルミドールの時と同じように、陛下がまずそれを口に運ぶ。
「おお! 何という甘みと旨味……! テルミドールがハデで様々な風味が混じり合う動の美味とするならば、こちらはただただ白いこの身の美味しさだけが口の中に広がる静の美味だッ!」
噛みしめながら天を仰いだ陛下は、ハサミの肉を飲み込んでから告げる。
「さぁ皆、食べるといい! そちらの者たちもだ。
単純ながらテルミドールとひけをとらない味わいになっているぞ!」
興奮した様子でそう告げた陛下は、エノミルの果汁を搾ってハサミの肉にかけてから、口へと運ぶ。
「エノミルの酸味がサッパリとした風味を作り出すな。だが、塩だけの時以上に甘みを感じる。ただ焼いて、塩を振り、エノミルの果汁を軽くかけただけで、こんなにも美味しくなるとは……!」
「もう、そんな子供のようにがっついて……」
「年甲斐もないコトをしている自覚はあるのだがな……美味しいモノとなると止まらなくて困る」
妻に声を掛けられ、陛下は苦笑する。
だが、妻・ウェスタは小さく首を横に振り、焼きハサミを口に運んだ。
「気持ちはわかりますわ。貴族なのに料理をするなんて――などと思っていましたが、ショークリアさんを見ていると、その感覚もまた、狭い了見がまかり通ってしまっているだけなのではなかいかと……そう思います」
「食事前、平民への挨拶の時に少年へ言っていたな……いつまで小さい世界にいるのか、と。
あれを聞いて我々は優しいコトだと思ったが、実際は違うのかもしれん。
この場に集まった……いや、この国に住まう人間全員が、自分の知る世界が小さいコトに気づくべきなのかもしれんな……」
本人にその意図があったかどうかは分からないが――と、陛下は付け加える。
それに、ウェスタも同意した。
「あなたは気づかれていますか?
女だからと冷遇され、私やトレイシアの護衛を辞した二人の騎士が、この家の警備をしていたコトに」
「もちろん。それだけでなく、この家には従者ではなく警備騎士として、ふつうに女性騎士が配備されているようだしな」
「狭い了見から外を見る――ショークリアさんは、いえ……この辺境メイジャン家は、狭い了見の外を見据えているのでしょうか?」
「さてな。そこは分からん。謀反の意図がなく、王家へ、国家へ、利益を生んでくれるのであれば、真意は分からなくてもいいと思っているのでな」
「お塩が高くなっているそうですものね」
「そういうコトだ」
減塩料理はそういう意味では渡りに船だ。
だが、辺境メイジャン家と、そこに協力しているゴディヴァーム家が、いつから気がついて、どこまでこの状況を想定していたのかは分からない。
「減塩料理の普及は応急処置にすぎない。
それでも、その応急処置の手段を王家へと流してくれている以上、それを活用できねば王ではあるまい」
「私たちもご協力しますわ」
「頼りにしている」
そう笑って、二人は大螯に肉を口に運ぶ。
「こんなに美味しいのに、王宮では食べれそうにないのが残念ですわね」
「調理方法もそうだが……大螯を捕まえてくるのが、まず難しそうだからなぁ……」
あの堅そうな身体を、ショークリア以外の料理人がどうやって料理するというのだろうか。
「カミーティア様にも是非召し上がって頂きたいのですけれど」
「キズィニーがショークリア嬢に包んで欲しいと頼んでいるのではないか?」
「それもそうですわね」
仲良く笑い合いながら、国王夫婦は焼きハサミを食べていくのだった。
「親父、塩があんま掛かってないのに、めちゃくちゃ美味いな」
「減塩料理……そうか、これは美味い素材で塩の味を楽しむのでは無く、少量の塩で素材の味を引き立てる料理というコトか」
マーキィが声を掛けるも、父はどうにも料理に集中してしまっているようだ。
焼きハサミは美味しいものの、なんとも落ち着かない心地で、マーキィは周囲を見回す。
母は他の保護者たちのところで談笑しながら食べている。
礼儀作法を教えるのも兼ねているのだろう。
イズエッタの方へと視線を向けると、イズエッタの父親らしき人と、まん丸い印象のおじさんが談笑している。
(談笑しているのに、まるで戦闘中みたいな気配あるの何でだ……?)
マーキィは知る由もないことだが、イズエッタの父とピタオは笑顔で談笑する裏で、情報交換なども行っていた。
それでいて、商人として相手の隠している札を探り合っているのである。
男二人のやりとりの近くにいるイズエッタとミンティエはなんとなく居心地が悪そうだ。
丁寧な仕草で周囲を見回し――そしてマーキィと目があった。
(いや視線で助けを求められても)
その視線が助けを求めるモノだと分かったのだが、マーキィのチカラでどうにかできそうになくて、無理という意思表示に肩を竦める。
そこへ――
「あ、マーキィ!」
――やや大きい声を上げ、ぐるぐるメガネの少年ガリアが駆け寄ってくる。
友人のその様子に、マーキィは思わず顔を顰めてしまった。
「ガリア」
小さく、だけど鋭く友人の名前を口にする。
「え? なに?」
「この場がどこであるかを
「え? え?」
こちらの言葉の意図が伝わらなかったのか、ガリアは困ったような顔をして戸惑っている。
ショークリアの挨拶や、イズエッタやミンティエの立ち回りを見れば、少しは分かるだろうに――そう苛立った時、ふと気づく。
(そうか……ショコラやイズエッタはずっとこんな感じでおれたちを見てたのか……)
苛立って怒鳴りつけて、見捨てたって不思議ではないのに、丁寧に諭すように、ずっとマーキィたちを守るように立ち回っていたのだろう。
(……ほんと、バカかよ、おれたち……)
それでも、まだ間に合う。
少なくともこの食事会の目的は、自分たちの為であることくらいはマーキィも察せったのだ。
「ガリア」
「な、なに?」
「ショークリア様やイズエッタさんに、これまで何を言われてきた?」
「どうしたのマーキィ? 急にショコラさんのコトを……」
みなまで言う前に、皿を持っていない方の手で、ガリアの口を鷲掴みにした。
ショークリア筆頭とした、貴族の方々からは見えないように、背を向けながら。
「ショークリア様だ。この場で彼女を愛称で呼ぶコトは許されない。そういう話をおれたちは散々聞かされてきたはずだ」
そう告げると、ガリアは口を押さえられた状態のまま不思議そうな顔をする。
ガリアとは長い付き合いだ。その視線だけで、何を思っているのかは分かる。
「おれたちが今までどれだけやばい橋を渡ってたのか気づいたんだよ。
ショークリア様とイズエッタさんが、そのやばい橋が崩れないようにずっと支えてくれていた」
心の底からの思いを口にしたのだが、ガリアの反応はイマイチだ。
調子に乗っていた自分の影響をガリアは受けすぎているのだろう。
もどかしい。
大事な友人であるガリアを守りたいのに、ガリア本人があまりにも無自覚すぎるし、マーキィの言いたいことを理解してくれない。
ガリアを怒鳴りつけたいが、それはこの場でやるのはマズい。
貴族の反感を買ってしまうことそのものが、この場ではアウトなのだから、目立つようなお説教はだめだ。
大きく深呼吸して、とにかく伝わるだろう事柄だけを選別して伝えることにする。
「大声を上げるな。ショークリア様が寛大でも、あちらで食事をしている皆さんが寛大であるとは限らない」
「でもあそこにマーキィと楽しくケンカしていた人もいるよ?」
「指差すなバカッ」
口から手を離し、ガリアの指を
「頼む……頼むから迂闊なコトをしないでくれ、ガリア。
ここは貴族の領域なんだよ。
「……マーキィ、どうしちゃったの? なんか変じゃない?」
「この場ではいつも通りが一番マズい場所だからな。それに気づいてない連中が本当にやばいんだよ」
気づいてくれガリア――そう祈りつつ、マーキィは少し話題を変えることにした。
「……ところで、おれのコトを探してたのか?」
「そうなんだよ!」
「声がデカい」
「あ、ごめん」
キリキリと胃が痛み出してきたのは、マーキィの気のせいだろうか。
「あのね。ボクの両親しらない?
気がつくと居なくなってたんだけど」
「え?」
問われて、マーキィは周囲を見回す。
よく見ればガリアだけでなく、他の生徒もガリアと似たような様子で困っている姿があった。
(やばいな。大声をあげて両親を探し始めたら、それこそ最悪な事態になる)
頭を使うのは得意ではない。
だが、だからといって仲良くなってきたクラスメイトたちが、貴族の不況を買って面白くない状況になるのを見てられない。
自分の頭が使い物にならないなら、使えるものを借りるべきだ。
それを躊躇ってられる状況ではないだろう。
「ふぅ」
小さく息を吐くと、マーキィは顔を上げた。
すぐに父の方へと視線を向け、小さくだけど鋭い声で呼びかける。
「親父」
「ん?」
「緊急事態だ」
瞬間、父は料理人の顔から、マーキィもあまり見た記憶のない顔に変わった。
恐らくは、何でも屋としての顔なのだろう。
「何があった?」
「ガリアの両親を筆頭に、数人の生徒の両親の姿が消えた」
マーキィの言葉に父が目を細めた時、ガリアが何かを言おうとする。
即座に、マーキィはガリアの口を押さえた。
「大声をあげようとするな」
その様子を片目に、父は周囲を見回しながら真剣な表情で自分の顎を撫でるのだった。
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