第161話 でっけぇザリガニどこから食うか
「さて、みなさん。大変お待たせ致しました。
これより料理を始めたいと思います。もちろん、いつものようにライブクッキング形式です!」
ライブクッキングという言葉自体は無かったのだが、ノリでこれを使ったら浸透してしまった。
その為、一部の貴族やお金持ちの間では、目の前で料理人に料理をしてもらうことが一種の娯楽になりはじめているそうだ。
毒味だなんだと、口に届くまでに時間がかかる上流階級の人々からすると、目の前で作り上げられ、あつあつのうちに口に運べることそのものが嬉しいという面があるのかもしれない。
目の前で作って貰うという形式上、毒の危険性が減るというのもあるのだろう。
ともあれ、ショークリアとしてもみんなの前で料理をすることそのものは嫌いではない。
こうやって人を集めて時々ライブクッキングをするのも楽しい。
「今日の食材はこちら」
いつものように母から借りたクローゼット型の
取り出した時に、会場の一部がザワめく。
「お、親父……なんであのクローゼットから、クローゼットと同じくらいの魔獣が何体も出てくるんだ?」
「そうか、マーキィは初めて見るんだったな。あれは神具だ。人の理では理解できぬ現象を引き起こす。
恐らくあのクローゼットは、見た目を無視した大きさのモノや、量あるモノを収納できるのだろうな」
「あれが……神具……」
聞こえてくる会話は、だいたいがマーキィ親子と似たようなモノだ。
(まぁそりゃあ驚くか。
しかしまぁ、マーキィは目を輝かせてやがんなー)
同じようにガヴルリードも目を輝かせているようだが――
(ガヴル兄ちゃんはあれだな。クローゼットよりも、この魔獣の方に興味ありって感じだよな)
周囲を軽く見回し、ショークリアは台の上に置いた魔獣を示す。
取り出した魔獣は、前世で言う大型犬――アラスカン・マラミュートやチベタン・マスティフぐらいの――サイズのザリガニに似た甲殻類。
その殻は青みがかった緑色をしている。
「名前は、
ガルド様に協力して頂き、調達してきました」
「そうは言っても、ショコラのように上手に倒せなかったのですが。
……というのも、倒すのは簡単な相手なのですが、後に食べるコトが前提となると途端に難易度があがるのですよ。
私の手持ちの技では、粉々に粉砕するか、攻撃に毒を付与するか……が主になってしまうので」
名指しされたガルドレットは、謙遜するようにそう笑う。
それに対して彼の両親やガヴルリード、商人……そして何より客人たちの護衛騎士たちが感心したような様子だ。
特に騎士たちは、興味深そうである。
同じ魔獣でも、目的が異なれば討伐方法も変わっていくのだ。
その実感や感覚のようなものは、彼らにこそ伝わりやすいのだろう。
「そして、
討伐時に切り落としたハサミを見せると、またも会場内がザワめく。
やはり、身体の半分くらいはあるハサミは迫力があるのだろう。
「本来は手伝ってくれる料理人たちと一緒に調理していくのですが、この大螯に関しては、柔らかい関節部分であってもかなりの硬度があります。
なので、まずは私がこれを解体していきたいと思います」
そう告げて、ショークリアはミローナから愛剣を受け取ると、それを構える。
「せいッ!」
魔力を剣に乗せ、虹色に輝かせながら、軽やかに、舞うように剣をふるっていく。
瞬く間に切り落とされていく足と、小さい方のハサミ。
当然、一片たりとも下には落とさない。
落ちそうなものは剣の腹で受け止め、優しく弾いてテーブルの上に戻した。
本体は後ほど解体するので、まずはここまでだ。
剣をミローナに渡して、ショークリアは一度みんなの方へと向き直って、小さく一礼。
それだけで、温かい拍手が寄せられる。
そんな中、とある少年が大きな声で名前を呼ぶ。
「ショコラ!」
「どうされましたガヴル様?」
「お前と手合わせがしたいッ! あ、もちろん今ではなくていいぞッ!」
途中でメルティアにつつかれたのだろう。慌てて、言葉を付け加えた。
「今度時間のある時にでも是非。
殺し合いは好みませんが、互いを高める為の手合わせは大好きですので」
「約束だぞ!」
はちきれんばかりの笑顔を浮かべるガヴルリード。
年上のはずなのだが、妙に弟というか子供というか、そんな感じがして微笑ましく感じてしまう。
恐らくは、メルティアもそうなのだろう。
だからこそ、二人は仲良くやっているのかもしれない。
「それでは、料理をしていきます。
……といっても、殻が硬いのでどうしても私一人で捌いていく形になってしまうのですが」
そう言いながら、ショークリアは包丁を構えるとそれに魔力を乗せ、大螯の足の関節を切断していく。
さらに今度は、足を開くように半分に。
半分に切り分けられた足から、料理人たちが身をこそぐように取り出していく。
身体と比べると細い足だが、それでも人間の腕程度の太さはある。
「あの青緑の身体からは想像がつかないほど美しい肉を持っているのだな」
「鮮やかな赤と白の身。どのような味がするのだろうか」
料理を楽しみにしている人たちはそういってソワソワしだした。
楽しみにしてくれているのだと思うと気合いが入る。
「取り出した肉を小さめに切ったりほぐしたりします。
それをほかの人にしてもらっている間に、私を含めた料理人たちは、別の作業をしますね」
そう告げると、ショークリアたちは弱火にかけた鍋にバターを入れて溶かし、小麦粉を入れて混ぜ合わせていく。
一度火を止めると、クリムの実の果汁――前世のヤシの実に似た木の実で、中身はほぼ牛乳と同じ味と成分の果汁が詰まっている――を注ぎ、ダマにならないように混ぜ合わせる。
なめらかになるまで混ざったら、中火にかける。
そこに
「ここに、先ほどほぐした大螯の身を入れていきます」
そうしてひと煮立ちしたら、鍋を火から下ろした。
「これを先ほどの足に戻していきます」
足殻の形状上、左右の端から漏れ出しかねないので、切った
最後に、上へたっぷりとチーズを乗せていく。
「本当はここから焼き窯などを使うのですが、今日はちょっと別の方法で仕上げます」
ショークリアたちは、身を戻し終わった足を、別に用意された板が鉄網で作られたテーブルのようなモノの上に並べていく。
そして、ショークリアはその鉄網テーブルへと両手を掲げる。
この料理の為だけに作り出した術式を魔力帯に記述していく。
そしてその術式を発動させる上で必要な、神への祈りも刻み込む。
祈るべき神は――
火の子神。熱の子神。水の子神。食の子神。
――その四柱。
「食の子神クォークル・トーン……!?
魔術を使うのに刻む込む祈りに、
驚く誰かの声が聞こえる。
(まぁそうだろうな。ふつうは魔術を使うのに食神に祈る必要はあんまねぇもんな)
だが、魔術を使って料理を仕上げるにあたって、かの食神へ祈るかどうかで、成功率に雲泥の差があったのだ。
「キュイッション・ア・ラ・フランメ!」
発動の引き金とした魔術名を口にする。
同時に、鉄網のテーブルが火柱に包まれた。
これがショークリアの編み出したオリジナルの魔術。
名付けるならば、調理用魔術だ。
食神の名を刻んでいる為、調理目的以外で発動させても、思ったような効果がでない。
この派手な火柱も、人間が触ったところで、軽い火傷を負う程度。
言ってしまえば、調理中の不注意程度のダメージしか発生しないのである。
だが――対象が料理である場合に限り、別だ。
本来は二百度ほどのオーブンで二十分~三十分ほどかけて火を通すのだが、この魔術を使えば一分ほどで終わる。
どうしてそんな短時間で終わるのかは、編み出して数日ではまだわからないのだが。
ともあれ、火柱が収まると、そこには完成した料理が並んでいる。
熱によって殻は赤くなり、乗っていたチーズは美味しそうな焦げ目と共に溶けている。
ホワイトソース、チーズ、そしてエビに似た香りが混ざり合った芳醇な匂いが周囲に漂いだす。
完成品を皿に乗せ、仕上げに
「大螯の足のテルミドール、完成ッ!
とても熱い仕上がりになっているから、食べるときは気をつけてくださいませ」
皿に乗せられ、料理が配られていく。
「ショークリアさん。どうして殻が赤くなっているのかしら?」
料理を受け取ったガルドレットの母親が不思議そうに、そして好奇心に目を輝かせながら訊ねてくる。
「実はよくわかりません。
ですが、大螯に限らず――それどころか魔獣に限らず、エビやカニのような甲殻類と分類される生き物の場合、、熱を加えるとその殻の色が変わるようですわ。基本的には赤が多いようです」
「興味深いお話ありがとう存じます。私の知識がまた一つ深まったかのようです」
「そうであれば光栄です」
受け答えをしながら胸中でショークリアは苦笑する。
(ガルドの両親ってほんと好奇心の塊みたいな人だよな)
ともあれ、ガルドレッドの母とやりとりをしているうちに、みんなへと料理が配られたようだ。
それを確認してから、ショークリアは告げる。
「では皆様、大螯の足のテルミドール。是非とも味わってくださいませ」
○ ● ○ ● ○
「いやいや。まさか魔術を使うのに儂の名を刻むだなんてねぇ……。
祈られちまったなら、チカラを貸してやるしかないのだけど。
まさか料理の為の魔術だなんて笑っちまうじゃないか!
そして料理の為の魔術となれば、儂の祝福を本気で与えてやらなきゃ名が廃るってもんさね!
食事を作る上でどうしても必要な時に、必要な効果が出るように祝福してあげるけどね、それが食に関係ないなら効果を激減する。そんな形にしてやるから、存分に使っておくれよ、お嬢ちゃん?」
マッチョババァな姿をした神様は、大笑いしながら上機嫌で、自分の名前を刻む魔術にチカラを貸しているようである。
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