第160話 挨拶だけでもハンパなく疲れるぜ


 ぼちぼち、平民たちの参加者がやってくる。


 受付をしてくれている従者たちが、まずは最初にショークリアに挨拶するように説明してくれている。

 なので、両親が作法に詳しくなくても、まずはショークリアのところへ来るはずだ。


 そうして最初にやってきたのはミーツェだった。


「ショークリア様。本日はお招き頂きありがとうございます」


 さすがは先生だ――ショークリアは胸中で安堵するようにしながら、その挨拶に返事をする。

 

「ミーツェ先生もよく来てくださいました。

 今回の食事会は授業の延長なので、先生として振る舞って頂いてかまいませんよ?」

「ムリです」


 かぶせ気味に即答された。


「こんなにすごい方々がお見えになられているなど、正直思っておりませんでしたので……」

「みなさん、今回の企画意図を理解した上での来訪なので大丈夫ですよ?」

「ムリですにゃ……そう言われても無理なんですにゃぁぁぁ……許してくださいにゃぁぁ……」


 これまでつきあってきて気づいたのだが、ミーツェは余裕が無くなってくるか感極まってくると、語尾が猫になる。


 猫系の獣人アニマ族だからか、それとも単なるミーツェのクセなのかは分からないが――ともあれ、意図せず追いつめてしまったようだ。


「す、すみませんミーツェ先生。

 無理ならいいです。ほんと。先生を困らせるつもりは微塵もなかったんです」

「い、いえ……こちらこそお見苦しいところを……」

「美味しい料理を出すコトは保証しますので、楽しめるところは楽しんでいってくださいね、先生」

「本当にショークリア様の優しさが骨身に染みますにゃ……」


 しみじみとそう言いながら、ミーツェは一礼してショークリアの前をあとにする。


 続いてやってきたのはイズエッタだ。ミンティエも一緒のようである。

 ミンティエの実家が王都から遠いことを考えると、イズエッタの両親が彼女の保護者を兼ねてくれているのだろう。


(厳しそうなミンティエの両親が一緒にいるのを許可してるんだから、最低ラインはクリアしてるんだろうな)


 勝手に納得しながら、ショークリアはイズエッタたちからの挨拶を受ける。

 ミンティエの言葉遣いや動きがだいぶ良くなっているのを思うに、相応に勉強したのだろう。


「イズエッタのご両親。ミンティエのコトも一緒に見て頂いたコト、感謝しますわ」

「恐れ入ります。ですがそれもミンティエさんのがんばりあってこそ。

 我々などより彼女のがんばりを褒めていただければと思います」

「ええ、そうね。ミンティエ――貴女ががんばってくれたコト好ましく思うわ」


 ショークリアがミンティエにそう告げると、ミンティエは少し勢いよく一礼する。


「お、恐れいります。それと……その、ショコラ……ショークリア様にはお礼とお詫びを申し上げたく」

「なにかしら?」

「イズエッタと共に、感謝とは人知れず我々をお守り頂いているコトです。

 お詫びは、気づいていながら、お二人に声を掛ける勇気が無かったコトです。

 お二人のように、自分の顔にあんな傷がついたらって……そう思ったら……」

「お礼も謝罪も受け取るわ。

 でもね、そんなに自分を追いつめてはダメよミンティエ。

 全員が全員、私やイズエッタのマネなんて出来ないもの。だから大事なのは、自分が出来るコトを、出来る範囲でやるコトなの。

 全部に協力してくれる必要はないわ。できる範囲で私たちに協力をしてちょうだい。

 今の貴女であれば、言っている意味は分かるわよね?」

「……はい。ありがとう存じます、ショークリア様」


 ミンティエが今、どういう感情でいるのかは分からない。

 それでも、涙を湛えて応えてくれたのだ。それを信用しないわけがない。


「ではイズエッタもミンティアも、そしてご両親も楽しんでいってくださいね。美味しい料理を出すコトは保証しますので」


 そうして、イズエッタ一行も一礼して、ショークリアの元をあとにした。


 そのあともクラスメイトたちの家族と、合間合間にそれ以外にも招待状を出した平民たちが挨拶しにくる。


「いやぁ、とんでもない人たちがおりますねぇ」

「こればっかりは想定外に想定外が重なったのよね」


 裏貴族のドンも、表の顔であるピカオで挨拶にきた。


「まぁこっちも裏社会の礼儀ってやつを知らない若いのや新入りが増えてるからさぁ、参考にさせてもらいますよォ」

「場所や職業問わず、なんかそんな感じなのね。今って」

「かもなぁ」


 苦笑しながら、ピカオは一礼してショークリアの元から離れていく。


 そうやって次々やっていく平民たちを捌きながら、ショークリアは会場を見回した。


(はやいタイミングで挨拶にくるクラスメイトたちは、だいたい大丈夫そうな奴らだったな……その辺の連中もだいたい挨拶終わったっぽいから……ここからだよな……)


 どうか、変なバカが出ませんように――そう祈っていると、ショークリアの元へ、マーキィ一家がやってきた。


「あー……えーっと……」


 本来マーキィがここで挨拶をする必要がある。

 招待状には『是非、ご両親もお誘いください』と書いてあった以上、両親はあくまでも、マーキィが誘って連れてきたお連れ様なのだ。 

 

「今日は、お誘い……いや誘ってくれてありがとう」

「なんで言い直した方が砕けてるのかしら?」


 思わず苦笑してツッコミを入れる。

 同時に、何となくマーキィが考えていること分かったので、付け加えた。


「マーキィ。普段砕けた相手に敬語を使うコトは別に恥ずかしいコトではありませんよ。敬語を使うコトが屈辱と思っているのであればそれも間違いです」


 何となく前世の不良たちのあれこれを思い出す感じだ。


(敬語を恥だと言うやつ、一定数いたよな。なんて言うか敬語を使うとナメられると思ってるやつ。

 まぁ前世の俺も人のコト言えねぇんだけど)


 それでも、今世においてはお嬢様として生まれ、その必要なこととして礼儀作法を学んできた。


 だからこそ言えることがある。


「仮にマーキィが敬語を使うだけでナメられる界隈にいるのであれば、その界隈はその程度の矮小な界隈であったというだけです。

 本来、敬語や礼儀作法などは、貴族であろうと平民であろうと――何なら平民同士であっても必要なモノ。

 それをバカにするというのであれば、それは単にそのナメる世界から外を知らない世間知らずの集まりにすぎません」


 そこで言葉を切り――むしろ、とつけてショークリアは続ける。


「貴族や、裕福層の平民からすれば、敬語も礼儀作法もロクにできないやつをこそ、下に見る。ナメ回すどころじゃないくらいナメるわよ?」

「そう……なのか?」

「そうよ。平民同士、何でも屋同士、なんなら裏社会に生きる悪人や犯罪者同士でも敬語や礼儀作法が必要な時がある。

 マーキィは高ランクの何でも屋を目指しているんでしょう? ならもっと広い視野を持ちなさい。

 いつまで低ランクのまま場末の飲み屋でクダ巻いているような馬鹿連中と同じ場所にいるつもり?」


 このやりとりを見ていた貴族たちは、最後通牒にしては優しいな――という眼差しを向ける。


 だが、ショークリアとしては別に最後通牒のつもりはない。

 ただ単純に、マーキィの思いこみを正したかっただけである。


 マーキィは言葉の意味を吟味するように、真っ直ぐショークリアの目を見つめている。

 その視線に対し、思わず目線をズラしたくなる衝動に耐えながら、しばらくの間そうしていると――


「ふぅ……」


 マーキィが大きく深呼吸をした。


 背筋を伸ばし、しっかりとしショークリアを見、告げる。


「改めて、挨拶をさせてください」

「どうぞ」


 キリっと表情を引き締めるマーキィ。

 

「本日はお招き頂き、ありがとうございます」


 まだまだ荒いが及第点はあげられる挨拶に、ショークリアは胸中で安堵する。

 この瞬間から完璧に出来るとは思っていないし、何なら挨拶以外の面ではまだまだであることだろう。それこそ、この辺りの敬語や礼儀作法に対する思い込みや勘違いだって完全に解消されたりはしていないはずだ。


 それでも、まずは挨拶がちゃんと出来た。そのことは褒めるべきだろうと、ショークリアは考える。


「大変結構。この食事会中、それを忘れないようにお願いします。

 学園の入試にある礼儀作法を突破できているのですから、最低限のモノは身についているはずですよね?」

「お、おう……いや、はい。がんばります……」


 少し自信なさげなのはご愛敬だろう。

 とりあえず、この場は大丈夫そうなのでショークリアはマーキィの両親へと視線を向けた。


「声を掛けるのが遅くなりましたね。マーキィのご両親。本日は来て頂いたコト感謝します」

「こちらこそお招き頂きありがとうございます。基礎科クラスの子供たちを格別お目を掛けて頂いておりますこと、この場でお礼を言わせてください」

「至らぬ愚息がご迷惑をおかけし、しかもそれを救って頂いたと伺っております。妻のお礼とあわせまして、この場でお礼と謝罪をさせて頂きます」


 下町の定食屋夫婦とは思えないほどしっかりとした挨拶だ。

 それを見ているマーキィがポカンとしてしまっているほどに。


「ご両親には理解して頂けているようで安心しております。

 この場にはお子様もご両親もともどもに不慣れな方も来ているかと思います。せっかく来ていただいたお客様にこのようなコトを頼むのは心苦しくはありますが、お二人にはマーキィだけでなくそういった方を気に掛けていただければと思いますわ」

「もちろんでございます。しばらく使っておらず少々錆付いてはおりますが、そのような私たちでよろしければ喜んでお受けいたします」

「妻の言う通りです。むしろそういう者たちの為にこのような場を作って頂けたコトに感謝を」


 そうして三人は一礼し――マーキィは見たことのない両親の姿にびっくりしすぎてて礼をしなかった為、母親に無理矢理にやらされていた――、ショークリアの元をあとにした。


 このあとも、クラスメイトや平民の招待客が挨拶にくる。

 都度、クラスメイトたちには注意と苦言、上手くできているなら褒めるなどをして長めに尺をとってしまった為に、時間がかかってしまった。


(ふつうの食事会だったら平民にどれだけ時間かけてやがる――って怒られるわな……この場にいるのが理解ある貴族だけでほんと良かったぜ)


 それでも来てないクラスメイトもいる。

 受付で来た人のリストを作って貰っているので、それと照らし合わせれば無断で欠席したクラスメイトたちもすぐに分かることだろう。


(なんかもう疲れたから解散してぇ気分だが……こっからが本番だ。

 つきあってくれた貴族のみんなの為にも、しっかりと料理してやろうじゃねーか!)


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