第159話 あ、はい。その可能性は考慮してた。


 茶の日。前世でいう土曜日にあたる日。

 予定していた食事会の日だ。


「いやぁ、晴れてよかったわ」


 天を仰ぎながらショークリアが思わず口にする。


 綺麗な青空の広がる晴天。

 大人数が集まってくることを思うとエントランスでは難しいので、庭を使った立食パーティにする予定だったので、ひと安心だ。


 以前、トレイシアたちに振る舞った時は、演出として調理器具の準備から始めたが、今日は最初から用意しておく。


 とはいえ、ライブクッキングはやる。

 大螯おおハサミの解体ショーなら、盛り上がることは間違いないだろう。


 ミローナを含む屋敷の従者や使用人たちとともに、庭にあれこれセッティングしていると、従者の一人が慌ててショークリアの元へとやってくる。


「お嬢様!」

「どうしたの?」

「トレイシア殿下より、至急の手紙が届きました」

「シアから、至急?」

「こちらです」


 何やら嫌な予感を覚えつつ、ショークリアは手紙の封を切った。


「…………」


 そして、中身に目を通して思わず天を仰いだ。


「お嬢様?」


 心配そうな声を掛けてくる従者に、ショークリアは訊ねる。


「シアからの遣いはまだいる?」

「はい」

「なら、すぐに返事を書くから待ってもらって。それから、ミロ!」

「すでに用意はできております」


 ミローナの名前を呼ぶと、彼女はすでにお手紙セットを用意していた。


「テーブルあるし、ここで書いちゃうわ」


 そうして、ミローナから手渡されたお手紙セットに文字を連ねていく。


 トレイシアからの手紙の内容はシンプルだ。


 要約すれば――

《私の保護者も参加したいって言い出したんだけど、良い?》

 ――である。


 前後に当日になっての連絡に対する謝罪や、保護者の我が儘に対する愚痴などが書いてあったが、そこは流し読みした。


(シア……それをオレの立場でダメって言えるワケねぇだろッ!!)


 少しは自重しろ国王陛下――とは思うものの、ショークリアにどうにかできるものでもない。


 トレイシアの文字も少し困ったような戸惑ったような感じなので、彼女も動揺しているのかもしれないのが、ささやかな救いだ。


(一応、今回の食事会の目的とかそういうのはちゃんと説明しておくように書き添えておくけどよ……大丈夫か、これ……)


 親がいるからといってコントロールできるものではないのだ。


(いや、むしろ平民の貴族に対する感覚が少しずつズレてきているんだってコトを考えるキッカケにはなるか……?)


 王様がくるとなると、どうなるのか――それが全く持って見当がつかないというのは頭が痛い。

 マーキィたちクソガキどもがどこまでやらかすのかと考えると、胃も痛い。


 だが、ここでジタバタしてもどうにもならないので、参加人数が増える程度の感覚で準備を進めるしかない。


 小さく嘆息しながらショークリアは手紙の文末を結ぶ。

 インクが乾いたのを確認してから、封筒に入れて、封をした。


「ミロ、これをシアの遣いの人に」

「かしこまりました」


 そうしてミローナの姿が見えなくなったところで、準備をしていた従者の一人が代表して訊ねてくる。


「何かご変更などが発生いたしましたか?」

「人数が少し増えるくらいよ。当初より三人……いえ、五人くらい増えるつもりで、準備を進めて」

「かしこまりました」


 陛下と宰相だけと想定して、他に誰か連れてこられるとまずい。

 多少は余って良いので、多めに準備しておくべきだろう。


 余ったら兄やガルドレット、ガヴルリードが食べてくれるはずだ。自分も食べる。

 何なら参加者の持ち帰り用として包む方法もある。


「今まで一番でたとこ勝負になる気がする」


 あるいは、なるようになれ――か。

 どちらであれ、今日がパーティ当日なのだから乗り切るしかない。


(ヨウヘイジャー……参加者じゃなくてガードマンに回した方が良かったかもなぁ……)


 それすら後の祭りだ。

 パーティを企画した時点では、こんなことになるなど読めるハズもなかったのだから。



 ――とまぁ、途中で頭を抱える手紙は届いたものの、概ね順調に準備は終わった。



 ぼちぼち招待客がやってくる来る頃合いだな……と、ショークリアがミローナたちとともに身構えはじめる。


 そうして最初にやってきたのはトレイシアだ。


「……いつもお招きありがとう。ショコラ」

「……あー、うん。来てくれてありがとう、シア」


 そして、二人で微妙な顔のまま挨拶を交わす。


「面倒かけてすまない、ショコラ」

「殿下も良くおいで下さいました。それと、面倒に関しましてはお気になさらず」


 トレイシアの兄――キズィニー十三世は良い。招待状は出している。

 問題は、二人の背後にいる大人だ。しかも三人。


 ともあれ、挨拶しなければならない。


「ようこそいらっしゃいました、キズィニー陛下。ドリンコンド宰相」

「うむ。無理を言ってしまったが断られなくてよかった」

「陛下の無茶につきあわせてしまって申し訳ありませんね」


 二人の言葉にショークリアは小さくうなずき、それから陛下と宰相の後ろにいる女性を見やる。


 その意味に気づいた陛下が、笑った。


「紹介しよう、ショコラ嬢。

 こちらはトレイシアの母。つまり私の妻であるウェスタだ」

「はじめまして、ショークリアさん。

 ウェスタ・レイト・ニーダングです。あなたのコトはトレイシアから良く話を聞いているわ。

 今日は飛び入りで参加を許可してくださって、ありがとう」

「お初にお目にかかりまウェスタ様。ショークリア・テルマ・メイジャンです。本日はお越しいただきましてありがとう存じます」


 ウェスタはトレイシアによく似た女性だ。

 トレイシアが穏やかに成長していけばこのような見目になるのではないだろうか。


「お三方とも今日は楽しんで頂ければ幸いです。ただ、シア様から聞いているかと存じますが、ただの食事会ではないので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが」

「それは構わぬ。承知の上で来た」

「むしろ、私たちも詳細を知りたいと思ったのです」


 三人とも承知の上のようだ。

 それなら、あまり無茶や理不尽な振る舞いはしないだろう。


(ウェスタ様は初めて合うから、確信みたいなモノはねぇんだけどよ)


 ともあれ、とんでもない人たちがやって来ようとも、やるべきことは変わらない。


 案内を屋敷の従者と交代し、ショークリアは次の招待客を待つ。


 貴族宛の招待状と、平民宛の招待状で、来訪時間を少しズラして表記してある。その為、貴族の招待客が先に集まってくれるはずである。


 次に来たのはリュフレだ。


「よう、来たぜショコラ嬢。しかしわざわざ招待状をくれるとは思わなかったな」

「出さなかったら出さなかったで、怒りますでしょう?」

「まぁな。おまえの手料理を食べる機会は逃したくないってのは間違いない……しかしなぁ……」


 殿下兄妹はともかく、どうして陛下夫妻がいるのか――ということを目で訊ねてくるリュフレに、ショークリアは肩を竦めてみせた。

 だいたいそれで察したようだ。


「そういえば、プラネリテ様は?」

「ん? ああ、母上はハリーサと一緒に来るそうだ。

 この場に来る貴族はだいたいは事情を知っているだろうが、一応はハリーサの後ろ盾で教育を施していると、示しておきたいとさ」


 なるほど――と、うなずいて、ショークリアはリュフレの案内を従者に頼む。


 リュフレに続いて、ガルドレットとその両親、モルキシュカとその両親、ハリーサとプラネリテ。


 さらに続けてくるヴィーナは一人での参加だ。


 メルティオとガヴルリードも二人揃ってではあるものの、両親は来ない――というようりも、メルティオの采配で呼ぶのを控えたのだろう。


 二人の関係するメイジャン本家と、ショークリアの出身である辺境メイジャン家の折り合いは悪いので、それが正解だろう。


 そのうち挨拶――穏やかにはいかなそうだが――した方がいいのかもしれないが。


(ま、そこは親父とお袋の判断だわな)


 ショークリアが悩むのも違うだろう。


 貴族の招待客が一通り揃ったのを確認し、時計を見る。

 そろそろ、平民の招待客も来る頃だ。


(イズエッタたち以外は、どうなるんだかなぁ……)


 それでも、敢えてホストの貴族という態度を崩す気はない。

 招待客の貴族に身内や気安い相手が多かったから、たいぶ崩していたものの、パーティが始まればショークリアは常に貴族として振る舞うつもりだ。


(さて、どうなるコトやら――)


 美味しい食事は提供するが、それが最後の晩餐にならないように、気をつけてもらいたいものである。

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