第158話 相談する奴、調達する奴
「こなかったらどうしようかと思ってました」
ショークリアが招待状を配った翌日の放課後――ミンツィエ・オウメリオンがイズエッタの部屋を訪ねた。
すると部屋の扉が開くなり、イズエッタは待ちかまえていたかのようにそう笑って、ミンツィエに問う。
「他の方は?」
「いるわ。男子だからエントランスで待ってもらってる」
「全員?」
「二人だけ。もう一人にも声を掛けたんだけど、ご両親に連絡するのも、食事会に行くのも面倒だって」
「……そう」
小さく嘆息するイズエッタの様子に、ミンツィエは何故か背筋が冷えた。
正直言ってしまうと、ミンツィエは何故イズエッタに相談しなければならないのか――という点においての理解は及んでいない。
だが、わざわざショークリアがそれを口にしたのだ。常日頃の彼女の言動や行動を思うに、意味がないことを指示する人ではない。
そう判断してミンツィエはイズエッタに相談をしたワケだが、その判断は間違っていなかったようだ。
ただ、ミンツィエとしては、理解が及ばないなりに理解しているところもある。
「あの……。今更と思われるかもしれないんだけど」
「どうかしました?」」
「イズエッタさんとショコラさんが、私たちの目に見えないところで何らかの矢面に立たれているようなのに、協力できていなくて申し訳なくは思ってはいるのよ?」
二人の顔の傷。
クラスメイトのやらかしに対する筋を通すために、傷で許して貰ったという言葉。
それがずっと気になっていた。
実家の管轄農地は村に対してかなり大きい。その為、村人だけでなく外部から人を雇って農地を管理している。
ミンツィエの父は、雇い主としてそんな外部から雇った人を守る義務があるのだ――とよく言っていた。その言葉を二人の顔の傷を見ると思い出すのだ。
「分からないなりに、それを感じ取っていたと?」
「そうよ。でも協力すると自分もケガをする必要があるのでは――と、二の足を踏んでしまって……」
それが恐くて、ミンツィエは言い出せなかったのだ。
彼女ら貴族として、大店の商人の娘として――人の上に立つ為の教育を受けてきているだろう二人にしか分からないような、クラスメイトになったからこそ守る義務のような……そういうモノがあるのだと、何となくは分かっていたのだが。
「本来、このケガは無用なモノだったのよ。みんながちゃんと礼節の授業で習ったコトを守っていれば、ね」
「貴族というのはそれほどの?」
「ミンツィエさん。地元でのご実家のチカラがどれほどのモノかは存じませんが、貴族からしてみれば、数多ある農家の一つでしかありませんよ」
「え?」
「ですがチカラを持っている以上、あなたの地元に貴族が来た時、貴方の家と村の責任者の両家が、ショークリア様や私のように矢面に立つ必要があります」
ぎゅ――と、思わず制服のズボンを強く握る。
それは村人たちが貴族に対して何かやらかしたのであれば、父や村長が怪我をしてでも筋を通す必要が出てくるということだろう。
「ですが、貴方の村の方々はみんな――訪ねて来た貴族様が……それこそ国王陛下であったとしても、『なんだあのハデなおじさんは?』くらいにしか思わないコトでしょうね。
そんな特大の不敬を村人一人がやらかしてしまえば、怒った王侯貴族の方のチカラで村ごと更地にされても文句が言えないのですよ」
「……ッ!」
言われて、ミンツィエは奥歯を噛みしめる。
言われ放題であることに腹を立てたのではない。心当たりがあるのだ。
村の人たちならするかもしれない――と、僅かでも思ってしまった時点で、イズエッタへの反論なんて出来なくなる。
「ショークリア様と私が顔の怪我で済んだのは、ショークリア様が相手側の貴族様に謝罪し、罰を受けるという筋を通したからに過ぎません。
ショークリア様が何もしなければ、該当の生徒は礼を失した振る舞いに怒った貴族様に首を
「その失礼をした生徒は、お二人に?」
「感謝も何もされませんでしたね。そもそも私たちが矢面に立ったというコトの意味も理解してないようでした」
「そう……ですか」
父や自分はまだ村の外に意識を向ける機会がある。
そもそも外から来た人たちの言動や行動は、ところどころで村の人たちとズレているのだ。
その理由を色々と聞いてみると、村と村の外の違いのようなものが見えてくる。
外から雇った人たちや、時々やってくる何でも屋の人たち――彼らは村の誰よりも頭が良かったり、ケンカが強かったりすることが多い。だが村の人たちは、村で一番の方が上だと思っている節がある。
「ショークリア様のように平民に寄り添ってくれる貴族ならいざ知らず、そもそも平民の存在そのものを嫌っている貴族がおります。
そういう方が村を訪ねて来た時に、正しい対応ができますか?」
「たぶん――いえ、絶対に出来ない……」
自分もそうだ。
村では村長よりも発言権のある豪農の家の娘。だから偉そうにできたし、好き勝手できた面は多々ある。そして村ではそれが許されていた。
だが――
村の外では、学園では、自分もただの平民の一人でしかない。
そういったわがままが許されるのは貴族だけであり、貴族に対してその態度をとることは危険行為なのだ。
そして、それを自覚せずにやらかしてきたクラスメイトたちを、ショークリアとイズエッタは影でずっと守っててくれたのだろう。
先生や、ショークリア、イズエッタなどが授業で口を酸っぱくしてちゃんと礼儀や礼節を覚えて対応できるようにしろと言ってきた意味が、ここで急に理解に至った気がした。
礼儀作法はある程度、習っている。
だから、ミンツィエは背筋を伸ばした。
スカートではないので左手は腰に当て、右手は左胸のやや上に。
頭を下げるのではなく、膝を曲げる。
貴族令嬢だけでなく、平民の富豪令嬢も共通して行う、礼の一つ。
いつか必要になるだろうと、入学以前から両親に仕込まれていた挨拶だ。もちろん授業でも何度か練習しているものである。
それをここで完璧にやらなければならない――と、ミンツィエの直感がそう叫んだ。
「こちらの不勉強による諸問題を、人知れず解決に奔走して下さっていたコト、感謝いたします。
それと同時に、そのように奔走するお二人に気づかず負担を掛けていたコトをこの場でお詫び申し上げます」
「楽にしてください。そのお礼は私にではなくショークリア様に。できれば食事会の時にでも披露して頂けると助かります」
イズエッタの纏っていた空気が明らかに軟化した。そのことに、ミンツィエは小さく息を吐く。
「理解にさえ至ればミンツィエさんは問題ないだろうと思っていたのですが、どうやらその直感は間違ってなかったようですね」
「招待状も、食事会も、こちらを試す為――なのね?」
「ええ。ショークリア様も私も、これ以上はかばいきれないの。切り捨てる対象を選ぶ時が来たと思って、色々とね」
「今日来なかったノーギス・コムラスさんは見限る、と?」
「まだ見捨てないわ。ギリギリまでは待つように言われているから。
とはいえ――昨日は私が不在だったから仕方がないけど、今日来なかった時点で見込みは余りないと思ってます」
「……でしょうね」
恐らく、ミンツィエの両親は貴族対応ができるのだろう。そして自分はそれを仕込まれた。仕込まれてきたはずだった。
だが、実践できなかった。あるいは両親の言う貴族への敬いや畏れというモノが実感できてなかったからだ。
それどころか、村で胸を張ってた時と同じように胸を張り続けてきた。それも誇りで胸を張るのではなく、ただただ尊大に張っていただけだ。それでは、見限られてしまっても無理はなかっただろう。
「イズエッタさん」
「はい」
「授業以外で礼節の勉強をしたいのですけれど、協力してもらえないかしら? 付け焼き刃でも、ないよりはマシよね?」
「では今日から食事会当日まで、放課後は共に過ごしましょう。
私も実家の方で学園の基礎講習よりも上の作法を学ぶ為の教師を手配したところです。共に学ぶ用意はしてあります」
「それって……」
「ミンツィエさんはキッカケがあれば、こちら側になれるだろうとは思ってましたので」
どうやら自分はそれなりに評価されていたらしい。
自惚れられるほどのことではないだろうが、嬉しいのは間違いなかった。
「エントランスで待っている他のお二人は渋々と行った様子だけど?」
「まぁそうだとは思います。改められるなら良し、ダメなら見捨てる……それだけです」
厳しい――とは思うが、学園を卒業する頃に自分たちは成人なのだ。
成人になると同時に思考が切り替わるわけがない。成人までに思考を切り替えていかなければならない。
「貴族たちにとって学園は成人の準備をする期間……だったかしら。それは平民である私たちも同じってワケよね」
思わず口にする言葉に、イズエッタは小さく首を横に振る。
「もっと重いモノだと私は思っております。十三歳ともなれば私たち平民はすでに家業の手伝いを始める年頃でしょう? その最初の期間をフイにし、わざわざ家族が学費を支払い学園に入れてくれたコトの意味を、私たちはもっと噛みしめるべきです」
「……そうね。実感してるわ」
まだ間に合うはずだ。
この僅かな間のイズエッタとのやりとりは、ミンツィエが、これから正しい立ち回り方を覚えて行こうと、そう思うに十分なやりとりだった。
一方その頃、王都近郊にて――
大きな池のある雑木林の中で、ショークリアの声が響く。
「ミロッ、そっち行ったわ!」
「おまかせ下さいッ!」
ショークリアに返事をしてミローナがターゲットを見据える。
姿を見せたのは
それに向かって、二刀のナイフを逆手に構えたミローナが飛び込んでいく。
飛び出してきた泥土の絡まり魚が魔術を使うよりも早く、ミローナは優雅な動きで素早くナイフを閃かせた。
もちろん、血を浴びるようなことはしない。
「さっすがミロ!
それとガルド、向こうから
次はちゃんとお願いねッ!」
「わかってる! いやぁただ退治するのと、食材として調達するのだと、難易度が段違いだね」
ただ倒すのではなく、あとあと食べるのだから、可能な限り可食部を残して倒さなければならないのだ。
そういう経験があまりないガルドレットは、勝てる魔獣が相手でも苦戦してしまう。
「
「ありがたい助言だ。それはそれで難しいんだけどねッ!」
近くの池から飛び出してくるのは――ショークリアの前世で例えるならば大型犬サイズのザリガニだ。
大バサミという名の通り、片側の手は自分の体躯の半分くらいはあるハサミになっている。反対側の手は、体躯相応のハサミだ。
甲殻類だけあって殻も硬いので、関節以外への物理攻撃の効果が薄い。
ガルドレットの手札であれば、殻ごと粉砕して退治することは可能だ。そういう意味では、容易に倒せる相手ともいえる。
だが、ガルドレットの手札というのは、触れた場所を粉々に粉砕したり、掲げた手から猛毒の液体を撃ち出したりするような魔術や彩技が多いのだ。
素材や食肉目的の狩猟と、すこぶる相性が悪い。そのことを、ショークリアの食材集めに付いてきて初めて気が付いた。
(実践に勝る経験はないというけど、本当だね)
大螯がガサガサと音を立てながら足をせわしなく動かしてガルドレットへと向かってくる。
(あれだけ大きなハサミだ。取り回しは良くないはず)
破壊力だけはあるだろう。
しかしそれは、挟まれたり振り回したりの攻撃を受けた場合。
(大きいハサミを潜って、そちらへと回り込むッ!)
振り回される大ハサミを身体を丸めて躱しながら、横へと回ったガルドレットが剣を振るう。
ガジャリ――と金属同士が擦れ合うような音が響くが、気にせずに剣に魔力を込めて振り抜く。
「よしッ!」
間接を切り裂き、大きなハサミが腕ごと宙を舞う。
「ガルドッ、そこから中へと剣を突き立てて上へ振り抜いてッ!」
「任せろッ!」
言われた通りにすぐに剣を突き刺し、魔力を込めて上へと振り抜く。
内側から殻を切り裂き、剣が外へと出る。
「こっちもッ!」
同時に、ショークリアが反対側の腕を斬り飛ばし、同じように剣を突き入れ振り上げる。
「下方向にもッ!」
「わかったッ」
もう一度左右から剣を突き入れ、今度は下に切り裂くことで、首を落とした。
「首を落としたに動いているのか……」
首が落ちたのに足が動くのを見て、ガルドレットが驚いた顔をする。
それに、ショークリアはなんてコトのない顔をして答える。
「水辺の魔獣や、虫系の魔獣ではよく見る光景よ」
「そうなのか。やはり現地で現物に触れるというのは貴重な経験だね」
ショークリアが川潜みの大螯を回収するのを見ながら、ガルドレットは新たな知に触れられたことを神に感謝する。
「まだ足りないわね。ガルド、ミロ。二人ともまだ行けるわよね?」
「もちろん」
「はい」
「なら、もうちょっと付き合って!」
そうして、三人でしばらくの間、魔獣狩りを続けるのだった。
なお、学園に戻った時――
「お嬢様ッ!」
「坊ちゃんッ!」
「魔獣狩りに行くならッ!」
「我々に声を掛けてくださいよッ!!」
「ミローナも出かける前に一声かけてくださいッ!」
「そもそも何で黙って街の外に出てるんですかッ!」
――三人は、ショークリアとガルドレットのそれぞれの護衛から、めっちゃお説教される未来が待っている。
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