第157話 それぞれの帰宅と招待状
「ただいま」
イズエッタが家に帰ると、年輩の女性使用人が慌てて顔を出してきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。
事前にご連絡いただければお出迎えを……って、そのお顔は!?」
「気になると思うけど、今は気にしないで」
「そう言われましても」
困り顔の使用人に笑いかけ、イズエッタは頬の痣を撫でた。
「これ、特殊なお化粧なの。ワケがあってしばらく付けておく必要があるだけだから。実際の怪我じゃないから、安心して。ね?」
「そ、そうなのですか……。
詳しくはお聞きしませんが、お怪我でないようなら……」
イマイチ納得したワケではなさそうだが、引き下がってくれたことにイズエッタは安堵する。
「お父様はいるかしら?」
「はい。今は書斎におります」
「なら、部屋に荷物をおいたら顔を出すので、先触れをしておいてくれないかしら?」
「かしこまりました」
そうして自分の言葉通り、イズエッタは自室に荷物を置く。
荷物から、ショークリアから貰った招待状を手に、父の書斎へと向かう。
コンコンと部屋の扉をノックすれば、父から
「イズエッタです」
「おお。待ってたぞ。入ってくれ」
応えれば、中から喜色に満ちた父の声が聞こえてきた。
失礼します――と口にして、中へ入れば、父が両手を開いて歓迎してくれる。
「色々と気になるコトはあるが、まずはお帰りイズエッタ」
「ただいまお父様」
お互いに抱き合って言葉を交わしあい、離れたところで父は難しい顔をした。
「さて、まずは顔の化粧について聞いていいか?」
「そうですね――それに関連した別のお話を先にしたいのですが、良いですか?」
「ふむ。構わないぞ」
父の言葉に、イズエッタは手にしていた招待状を差し出した。
「基礎科のクラスメイトであるショークリア・テルマ・メイジャン様からの招待状です。私宛ではあるのですが、是非とも参加可能ならば両親も一緒に――とのことです」
「……そうか」
重々しく父はうなずき、すでに封は切ってある封筒から、招待状を取り出す。
封が切ってあるのは、これがイズエッタ宛だからだ。
招待の直接の対象がイズエッタである以上、手紙を最初に確認するのはイズエッタでなければならない。
送り主の目がないところとはいえ、そういうところもイズエッタは抜かりなくこなしていた。
「一緒に参加してくれますか?」
「もちろんだ。貴族からの招待ともなれば、否とは言えん。
しかし、両親もどうぞ――という以外はふつうの招待状のようだが、これがどうお前の顔の化粧と関わってくる」
「まず大前提として、ショークリア様は平民の視線に寄り添った上で、貴族としての振るまいができる大変すばらしい方である――と前置きします」
「ふむ」
「そしてこの痣は、そのショークリア様に殴られてできた――という風に、ショークリア様と口裏を合わせております」
「……お前が殴られる必要があった場面で、化粧を施すコトで殴らずにいてくれた、と」
「はい。ご自身は、別の貴族の方と話を付ける為に、刃物らしきもので顔に傷をつけられていました。あれはお化粧ではなく本物かと」
「……二人の顔の傷と招待状……関連はあるのか?」
「はい。非常に重要な繋がりがあるんです――」
イズエッタは顔の傷の経緯と、自分とショークリアが抱いている懸念などについて、説明する。
それを聞き終えた父は、小さく頭を抱えた。
「そのガキどもは、ショークリア様とお前の顔の傷を見たのだろう? どういう反応をしていた?」
「ショークリア様も私も、傷に対してどうしたのか訊ねてくる人たちにこう答えました。
このクラスの人が無礼なやらかしをしたのでその謝罪と筋を通すため、ショークリア様は失礼をしてしまった貴族に、私はこのクラスを代表してショークリア様に、顔に傷をつけてもらった……と」
理解をしたクラスメイトたちは一斉に悲痛な顔をしたのだが、そうでない生徒たちはキョトンとしていた。
「恐らくは自分のやらかしは自分に返ってくるモノだと思っているのでしょう」
「一面としては正しいがな……間に責任者が入ってくると、話が変わってくる。
ショークリア様はクラスの代表として、お前はクラスの平民代表として、その責任を果たしたワケだが、理解ができてない者が少なからずいるわけか」
「誰もそんなコト頼んでない――も一緒に抱いていそうです」
イズエッタの言葉に、父は大きく嘆息した。
よもやそこまでとは思わなかったのだろう。
「……そうか、それで両親を呼んでの食事会か」
「貴族からの招待状の意味も理解してない方が多かったですからね。
これが基礎科一年クラスの貴人三女神による最後通牒であるコトを理解している方が少ないくらいですよ」
「最後通牒、か……。一緒にお前も切り捨てられるのか?」
「それはありません。拙くとも正しい対応ができるのなら、多少の無礼は許してくれる方です。
今回の食事会も、恐らくは言葉遣いや態度のようなところではなく、貴族を含む目上の立場の相手を正しく敬えるか……などの最低基準を満たして欲しいのだと思います。
今回の食事会でそれすらロクに出来なかった方は、申し訳ありませんが貴族の方々だけでなく、私を含むふつうに振る舞える者たちも、彼らを見限るつもりです――あるいは、ショークリア様はそういう方々は退学処分になるように根回ししている可能性もあります」
「なるほど。見捨てるにしてもお優しい見捨て方だ」
ショークリアやイズエッタが見捨てるということは、学園でどれだけやらかそうが、全てが自己責任となるということだ。
話し合いで落としどころを見つけて筋を通す。
それを本人だけでやるしかなくなるのだが、そういう振る舞いしか出来ない者たちに、出来ることではないだろう。
そうなると必然的に、他の貴族生徒に対して何かやらかして、家族まとめて一族郎党が処刑されてしまう可能性というものゼロではなくなってしまうワケだ。
そういった出来事を防ぐ意味でも、ショークリアは彼らを退学させることだろう。
何より、両親を呼ぶというのは、普段の彼らの行いを両親に見せることで、その退学を両親に納得させる為なのではないだろうか。
「話を聞く限り、ショークリア様とは懇意でいるコトは商会としても利があるか」
「ショークリア様はお忍びで何でも屋もやられております。
何でも屋として活動されている際は、うちの何でも屋向けの店舗を贔屓してくださっているそうですよ」
「ほう。それは光栄だな」
「お父様もご存じの何でも屋ですよ。美食屋の二つ名を持つ、まだ若い女性何でも屋ショコラ――それがショークリア様のもう一つのお顔です」
「なんと!」
父が思わず声を上げる。
「なるほどメイジャン家はメイジャン家でも、辺境メイジャン家の方だったか。
しかも、美食屋ショコラ本人とは、いやはや……」
「食事会では中央貴族の間で密かに流行りだしている最先端の料理をショークリア様自らが包丁を握り振る舞ってくださるそうです」
「ほう! ますます行かないという選択肢はなくなるな。
ドレスはどうする? 多少高くつこうとも急いで新調してもらうか?」
「急いでもらうにしても、新調するには時間が足りません。
ですので手直しでいこうかと。寮へ戻る前に一着選んでいきますので、それを使ってお願いします」
「了解だ」
そうして話は食事会に向けての準備から徐々に学園での出来事にかんする雑談へと変わっていく。
途中から部屋を変え、母を交えると、夕飯の席でさらにお喋りを咲かせるのだった。
「ただいまー」
「なんだい、休日以外に帰ってくる気はないんじゃないかったのかい?」
マーキィが自宅の食事処に入るなり、母親がそう笑った。
お客さんも一緒になって笑うことにマーキィは憮然としながら、くしゃっと折れ曲がった招待状を母親に渡す。
「なんだいコレ?」
「なんかうちのクラスの貴族が食事会するからとかいって渡してきた。
めんどクセーけど、両親に見せろとか言ってたから……」
「この大馬鹿がッ!」
ごちん――と、母親の拳骨が落っこちる。
「いってー……ッ!?」
涙目になるマーキィに対して、話を聞いてたお客さんたちも苦笑を浮かべた。
「坊主、お前……この店潰す気か?」
「え? 何で?」
近くで聞いていたお客さんの言葉に、マーキィは頭を押さえながら首を傾げる。
「おばちゃん、マジでこのガキちゃんと
来週になってメシ食いに来たら、店の前におばちゃんたちの首が三つ並んでたとかシャレにならないからな?」
「分かってるよ。さすがにちょっと、首筋に包丁が当たってる気分になってるからね!」
お客さんにそう答えると「アンタぁ、アンタぁ、ちょっといいかい!」と豪快に声を上げながら厨房へと引っ込んでいく。
「坊主、少なくともちゃんと招待状を持って帰ってきたのは偉いぞ。
持って帰って来ないでお前が食事会に欠席したら、この店のメシがもう食えなくなってた」
「なんでだよ?」
「その疑問を口にしている時点でマズいんだよ。招待状、誰宛だった?」
「オレだけど」
「ちゃんと読んだか?」
「教室で食事会の説明してから渡された奴だから、いちいち読む必要ないんじゃね? 会場に入るときに見せればいいんだろ? 一応、両親に見せろとやたら言ってたから持ってきたけど」
「封が切られてなかったらその時点でダメだけどな。
礼節としては、
「は? 読むならいつ開けようがなんだろうが同じだろ?」
マーキィとその近くにいるお客さんのやりとりを聞いていた他のお客さんたちも顔色が悪くなっていく。
そのやりとりを見ながら好き勝手にやりとりしているお客さんの中で、マーキィの耳には気になるやりとりが耳に入った。
「
「版図作り?」
「料理作ってる親父さんの何でも屋時代の二つ名。人の手の余り入ってない山や森の地図を作るのが上手くてそう呼ばれてたんだよ。
今でこそぽっちゃりしてるおばちゃんも、現役時代の親父さんの片腕としてちょっとはならしてた女何でも屋だったんだぜ。
二人とも王侯貴族からの覚えも良くて、お偉いさんのパーティとかに結構呼ばれてたんだとぜ」
ざわざわする店内で、そんな会話を耳ざとく聞いていたマーキィは、思わずそのテーブルに飛びついた。
「親父、二つ名持ちの何でも屋だったのッ!?」
「何だ知らなかったのか?」
「知らなかった! なんか知ってるコトあったら――ぐぇ」
グイグイとお客さんに迫るマーキィだったが、その襟首を父親に捕まれて言葉を止める。
「店を手伝え、マーキィ。
今日は早めに店じまいをして、それが終わったら緊急の家族会議だ」
「な、なんだよ。邪魔すんなよ!」
「黙れ。こうやって邪魔を出来るものこれで最後になるかもしれん瀬戸際なんだよ」
普段の迫力を越えた有無言わさぬ殺気じみた迫力に、マーキィは口を噤んでうなずいた。
そして、親父はマーキィを襟首を掴んで猫のようにぶら下げながら、店内を見回す。
それから、お客さんたちに一礼してから、ぶっきらぼうに告げた。
「明日からしばらく店を閉める。財産を切り崩してでも身なりを整えなきゃならんしな。
お貴族様の食事会のある次の銀の日を越えたあと――店を開けられるようなら、また贔屓してくれや」
「無事に乗り切れよー!」
「坊主にしっかり教え込めよ!」
「来週! また食いにくるから! 店開けておけよおっさん!」
初めて見る人も、常連さんからも、様々な声が飛んでくる。
悲壮感と激励が支配する見たこともない店内の空気に飲まれ、マーキィは目を白黒させる。
「そういや坊主、すごい何でも屋になりたいって言ってたよな?」
「あ、ああ……」
状況についていけず混乱するマーキィに、何でも屋らしきお客さんが声を掛けてくる。
「ヨウヘイジャーって名前のここ一年くらいで一気に名を上げた五人組パーティが、その食事会に招待されたらしい」
「なんで?」
「理由なんか知るかよ。ともあれ参加しているんだから丁度いいじゃねーか。
腕利きの何でも屋が貴族の食事会に呼ばれた時、どう立ち回ってるか。その目で見てこい。
それでもなお態度が改まらないってーなら……なぁ親父さん」
「そうだな。足でも壊して何でも屋なんて目指せないようにする必要があるかもしれんな」
「え……」
割と本気で言っている父親の言葉に、思わず目を見開く。
襟首を掴まれたまま父を横目で見てみるが、父の顔からマーキィは何も読み取ることはできなかった。
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