第156話 仲良くってのは意外と難しい


 クラスメイトたちに招待状を出した日の午後。

 ショークリアは魔術科の自由授業を受けに、第一修練場へとやってきていた。


「やぁショコラ。学園内で会うのは入学式の時以来かな?」

「あ。ガルドのコト忘れてた」


 そこで挨拶をしてきた友人に、ショークリアは割と素でそんなことを口走ってしまった。


 とはいえ、そこは紳士ガルドレット。

 穏やかな微笑のまま、首を傾げる。


「何か悪巧みでもしているのかな? 今からでも混ざれる?」

「もちろん。この授業が終わったあと、時間ある?」

「あるとも」


 楽しそうにガルドレットがうなずいたところで、教師が姿を見せた。

 ここからは授業の時間なので、続きはまたあとだ。


「ふむ。まだ入学から一週間ほどだからな。初めての顔ぶれも少なくないか」


 現れた教師は、細身で神経質そうなメガネの男性だ。

 魔術士らしからぬ、ビジネススーツを思わせる格好をしている。


 彼は常に眉を顰めているのではないかと思うような顔つきで、修練場をぐるりと見回す。


「今日の授業を担当するコールボット・エチョク・ミルコグリエだ。名前が覚えづらいならコールでいい」


 メガネのブリッジを押し上げながら、そう名乗った。


「私の授業に限らず、魔術科の自由授業は理論と実践を同時進行させていく。ついてこれぬ者は容赦なく置いていくので、そのつもりで」


 渋い声で、穏やかに語るコールボットだが、内容はかなり容赦がない。


「さて、さっそく授業を始める。

 まずは魔術の基本的な使い方だ。既に知っている者にとっては重複する内容だろうが、知らぬ者ために説明する。

 知っている者も、大人しく聞いていろ――」




 コールボットの説明を聞きながら、ショークリアは内心で納得していた。


(あー……なるほど。何となく感じてたコトは間違っちゃいなかったワケだな)


 ショークリアが他人が魔術を行使するのを見ている時、術者を中心に魔力が帯状に展開しているのが、ぼんやりと見えていた。

 実際、それは魔力帯キャンパスというものらしく、魔術を行使するにはそれを広げる必要があるらしい。


「ちなみに、この魔力を広げる準備行動に『魔力帯キャンパス』という名称が付けられたのはごく最近だ。それこそここ一年ほどのな。そのせいでまだ馴染みのない者がいるくらいだ。

 だが、これまでは『魔力を広げる』『魔力を帯にする』など人によって表現が異なっていて、相手によって認識の齟齬などが生じて面倒だったんだが、名称がついたおかげで通じやすくなったのはありがたい」


 広げた右手の人差し指でメガネのブリッジを押し上げるのがクセなのだろうか。

 解説の合間合間で、何度かそういう仕草をしているのを見ている。


「先生、聞いてもいいですか?」


 話の区切りのタイミングで、生徒の一人がコールボットに訊ねる。


「ん? 何だ? 授業に関係する内容であるなら、構わんぞ」

魔力帯キャンパスという名称がついたのはいつ頃で、どのような方がつけられたのですか?」

「良い質問だ」


 メガネのブリッジを押し上げ、口の端を僅かにつり上げる。もしかしたら、これがコールボットの笑みなのかもしれない。


(……だとしたら感情が表に出なさすぎだよなぁ……)


 あまりにも淡々としすぎている教師に苦笑しながら、ショークリアはコールボットの説明に耳を傾ける。


「提唱したのは女性の魔術士だ。天才なのは間違いないが、評価されずにいる不出世の天才という奴だろう」

「え? 魔術士なのに女性なんですか?」


 男子生徒の一人がぽろりとこぼした言葉に、「それだ」とコールボットが指を差す。


「女だからなどというくだらぬ理由であの叡智のすべてが却下されていたのだ。私はそれが我慢ならなない」


 これまで通りの淡々とした感じだが、どこか熱を感じる。

 それだけ、コールボットが憤っているということだろうか。


「ともあれ、魔力帯キャンパスとは遠い異国の言葉で、絵を描く為の紙を指す言葉だそうだ。

 何も描かれていない白紙の魔力帯キャンパスに、術式と祈りを刻み魔術を描いていく。実にらしい命名だとは思わないか?」


 淡々とした調子のまま、だが熱弁を振るっているかのように語るコールボット。

 ショークリアはその内容に、僅かに目をすがめた。


(……ん?)


 何かが記憶に引っかかっているような感覚。


(そういや、去年辺りにオフクロから『遠い異国の言葉で、無地の紙などを意味する言葉を何か思いつきませんか?』なんて聞かれたな……)


 おや――と思っていると、コールボットが答えを口にした。


「命名者の名前はマスカフォネ・ルポア・メイジャン。

 リモガーナ家からメイジャン家に嫁いだ女性で、私の学生時代の知人でもある」


 ショークリアは胸中で叫ぶ。


(完全にオフクロじゃねーかッ!!

 っていうか先生とオフクロ知り合いだったのかッ!?

 もう何に驚いていいのかわかんねぇ……)


 つまりショークリアもまた間接的にではあるが命名に関わっていたことになる。


(こんな重要な名称のアイデア出しだったのかよ……めっちゃ軽い調子で返事しちまったのに……)


 しかし、広まってしまっているならば仕方がない。

 ショークリアは気にしないことにする。


 そこへ――


「ハンッ、家出した女が天才とか笑わせる」


 鼻で笑う声が混ざってきた。

 声のした方を見れば、銀髪の少年がそこにいる。

 どことなくショークリアの母マスカフォネに似た風貌の少年ではあるが、顔つきや目つきの悪さ――というか性格の悪さのようなものを感じる雰囲気をまとっている。


 授業を受けている集団からだいぶ離れた場所にいるので、授業を受けていた生徒ではなさそうだ。


「パーキエス君か」


 その声の主を見、コールボットが小さく嘆息する。


「君がマスカフォネ殿を嫌うのは自由だ」

「そもそも天才だなんだとありがたがる意味がわからないんだがな。

 あんな女が広めた名称など使う気が――」

「君が彼女を嫌うのは自由だが――授業の邪魔をするな」

「コールボット先生があの女を……」

「授業の邪魔をするなと言っている」


 瞬間、先生が殺気を放つ。

 ――と言っても、周囲に拡散しないように極めて狭い範囲かつシャープに、パーキエスと呼ばれた少年にだけぶつけられた。


「ひっ」

「そもそも君は三年。しかも魔術科だ。わざわざ一年生向けの魔術科自由授業を見に来る理由はないはずだが?」


 ギロリと音が聞こえてきても不思議ではないような睨みを効かせるコールボット。

 それに、腰が引けたのか、パーキエスと呼ばれた少年はその場から去っていった。


「なにあれ?」


 思わずショークリアが小さく口に出すと、横にいたガルドレットが小さく答える。


「パーキエス・シル・リモガーナ。君の母方の従兄弟だよ」

「……仲良くできそうにない人ね」


 メルティオやガヴルリードと違って、敵愾心てきがいしんが強すぎる。

 いや、あの二人とてメイジャン本家からやや離れた位置にいるのだ。

 そう考えると、メイジャン本家も似たようなものかもしれない。


「ま、本家だか何だか知らないけど、変な喧嘩売ってくるなら買うだけよ。そんでもって誰に喧嘩売ったのか教えてあげないとね」

「ショコラはブレないね」

「少なくとも私とお兄さまは本家に対して何の感情もないもの。

 通すべき筋も、気にかける義理も義務も、ね」


 ドライとも言えるショークリアの言葉に、ガルドレットが何かを言おうとするが、コールボットが授業を再開した為、それが言葉として紡がれることはなかった。


 言葉を飲み込んだまま、ガルドレットはショークリアの姿を目で追いかける。


(本家が潰れそうになったらどうする……って聞くつもりだったけど、この様子だと、『その時は勝手に潰れれば良い』とか言いそうだなぁ……)


 かつての栄華があろうとも、ただそれに胡座をかいているだけの貴族に対して、王家による改革の刃は次々と振り下ろされている。

 ショークリアの祖父が当主であるリモガーナ本家もメイジャン本家にも、その刃が向けられているという情報をガルドレットは掴んでいた。


(義理堅く情に厚いショコラのコトだ。仲良くなった相手になら手を差し伸べるだろうけど、それがないなら逆に容赦なさそうだよね)


 ショークリアの横顔を見ながら、ガルドレットは思考する。

 その思考も、コールボットの言葉で終了した。


「さて、基礎理論はここまでだ。

 これからの時間は、今の理論を実践で体験してもらう。

 それぞれに相性の良い属性を聞き、それに応じた杖を貸し出すので、偽りなく答えるコト。私は無駄な時間を好まん」


 そうして、コールボットは端から順番に手招きして生徒を呼んでいく。

 身分順でないことに不満を覚えている生徒もいるようだが、文句を言おうものなら――


「つまらんコトにこだわって授業の時間を潰すな。お前たちは何のために学園に通い何のために自由授業の時間にここへ来た?」


 ――と、やや殺気混じりに言われて、黙るしかなくなっている。


 ガルドレットはそれを見ながら、微かな微笑を浮かべた。


(先生は感情よりも合理を優先する人か……。

 まぁそういう人だと分かっていれば、対応を間違えるコトもないけど)


 それから、ガルドレットはショークリアへと視線を移す。 


 彼女は自分の順番が回ってくると、目を輝かせながら赤属性の杖を受け取っていた。

 どうやら魔術を使うのが楽しみだったらしい。


(あの顔を見ると、政争だとか派閥だとか考えるのが馬鹿らしくなるな)


 そうして、ガルドレットも黒属性の杖を借りると気を改める。


(さて、とりあえずショコラに良いところを見せるとしよう)


 既に実家で習ってきている範囲だ。

 魔力の制御を手伝ってくれる杖もあるなら、失敗もしないだろう。


 ショークリアが少々ぎこちなく炎を放ったあとは、ガルドレットの番だ。


「次」

「いきます」


 ガルドレットは杖を構え、その先端から的に向けて魔力帯キャンパスを展開する。

 そこに刻み込むのは、威圧と恐怖、そして斬撃の記述。祈る神は黒の大神と、畏怖と威嚇の眷属神。


「大地にしるすは威迫いはくの爪痕ッ!」


 そして記述した術式を発動する為に、言葉に魔力を含ませて呪文を口にした。

 それに反応して魔力帯キャンパスが描かれた術式通りに変化して、現実と事象を書き換えていく。


 魔術は発動し、ガルドレットの杖の先端から魔力帯キャンパスをなぞるように空中を駆けていくのは、強い威圧感を放つ爪の形をした魔力。それは衝撃波を伴いながら的を切り裂く。


「ふむ。君は使い慣れているな」

「ええ。入学前から家で習っていましたので」

「無駄の少ない良い魔力運用をしている。これからも精進したまえ」

「ありがとうございます」

「下がっていいぞ」

「はい」

「次!」


 そうして戻ると、ショークリアが目を輝かせてこちらを見ている。


「すごいじゃないガルド!」

「ありがとう。君も初めてにしては悪くなかったと思うけど」

「まだまだよ。暇な時に教えてもらえたりしない?」

「もちろん。時間がある時に声をかけてくれ」


 媚びるのではなく、不出来を理由にすり寄ってくるでもなく、純粋な向上心と好奇心からのショークリアの言葉に、ガルドレットは笑顔でうなずくのだった。


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 書籍版、発売中です٩( 'ω' )وみなさん世死哭弐よしなにッ!!

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