第155話 廃墟食堂で密談を(後)
「これは美味いなッ!」
巨体の羅鶏のから揚げを一つ食べ、ガヴルリードが目を輝かせてそう叫んだ。
「こ、コラ! ガヴル……!」
それにひきつった顔をするのは、メルティアである。
ショークリアに誘われてホイホイと顔を出したら殿下兄妹がいるのだから気が気ではない。
「構わないよ、メルティア嬢。
ショコラの料理が美味しいのは間違いないし、声を上げてしまう気持ちも分かる」
「そうですわね。それに、非公式な場ですからそこまで堅苦しくなくて良いですよ」
「寛大なお心感謝します」
安堵しているメルティアを見て何か思うことがあったのか、ガヴルリードは頭を掻きながらしょんぼりとした顔をした。
「すまねぇメル。おれ、また何かやっちまったんだな……」
「今に始まったコトではないけれど、それでも気をつけて欲しいわ」
「おう」
二人のやりとりを見ながら、ショークリアは思わず嘆息する。
「彼らにもガヴル様くらいの殊勝さがあれば拗れなかったんでしょうねぇ……」
そして、ショークリアが唐揚げを一つ口の中に放り込んだ時、みんなの視線が集まった。
「な、なに……」
衣のサックリ感と、肉のプリプリ感の絶妙な案配を楽しむ余裕なく、ショークリアの顔がひきつる。
「ショコラ。食べながらでもいいから、そろそろ話をして欲しいんだけど?」
ガノンナッシュがそう口にすると、集まってきているみんなが一様にうなずく。
もぐもぐと口の中のものを租借し、飲み込んでから、ショークリアは兄にうなずき返した。
「もちろん話すわ」
さてどこから話そうか――と軽く思案してから、ショークリアは人差し指を立てる。
「来週、うちで食事会を開きたいのよ。もちろん、私が料理をするわ」
それだけで、殿下兄妹とハリーサは前のめりだ。
メルティアとガヴルリードも興味津々な様子である。
「それなら招待状だけ送ればいい。なのにわざわざ僕たちは集めた理由はなんだい?」
だが、さすがは兄だ。
非常に訝しげな顔をして問い詰めてくる。
「基礎科一年生、全員呼ぶつもりなのよ」
「ショコラ、どうして急にそんなコトを……」
ショークリアの答えにトレイシアは眉を顰めた。
だが、漠然と理由が見えただろうメルティアは、なるほど――と小さくうなずく。
「もしかしてショコラ。
ガヴルのお気に入りの平民以外も、みんなそうだったのかしら?」
「全員じゃないけど、半分くらいは」
「それはまた荒療治を思いついたものね」
マーキィとガリルを見ているメルティアは、どうやらショークリアがやろうとしていることと、あの夜の出来事が結びついたようだ。
「話が見えませんわ。分かる人同士で話してないで、ちゃんと説明していただけるのですよね?」
「もちろんよ、ハリー」
そうして、ショークリアは昨日の現地調査で遭遇したことや、平民たちから集めた情報を語る。
その上で、基礎科のクラスの現状なども説明した。
「――そんなワケなんです。
来月までには、ある程度は考えを切り替えてもらいたくて」
「来月?」
ショークリアが期限を口にすると、ガノンナッシュは首を傾げた。
それに、あ――と、ガヴルリードが手を叩く。
「遠征会までにやりたいんだな」
「はい。その通りです、ガヴル様」
「なんで遠征会までにやりたいのかは分からないけどな!」
がははははは――と笑うガヴルリードに、周囲は苦笑する。
だが、みんな納得もした。
「一年生全員で外出するワケだしね……。
どうしたって貴族の方が多いし、基礎科の扱いは少々悪い」
「キズィニー殿下の言う通りですわね。
ショコラが焦るのも分かります。クラス単位の行事ではなく学年単位の行事ですものね。どうしても我が儘で、遠征会の意義を理解しないで騒ぐ貴族と衝突するコトもありえます」
キズィニーの言葉をメルティアが補足する。
経験済みの先輩たちだからこそ、ショークリアの懸念が理解できるのだろう。
遠征会は泊まりがけの遠足のようなものだ。
ラーカトリ
それぞれの科の役割を果たしながら、二週間掛けて往復するの行事だ。
「俺の時も野宿程度で騒ぐ連中が多かったしなぁ……。
ああ――そうか、確かにマーキィみたいな平民は、そういう貴族に噛みつきそうだな。さすがに俺でもマズいと思うぞ」
下顎を撫でながらガヴルリードもうなずいている。
「なので原則貴族に逆らうのはマズいという意識を植え付けたいのよ」
ショークリアがそう告げれば、トレイシアとハリーサも理解を示したように相づちを打った。
「それならば、一つ追加の案があるのですけれど」
「奇遇ですねハリーサ。私も一つ思いついたコトがあるのです」
ニヤリと笑うハリーサとトレイシア。
それに、集まった貴族たちは同じような笑みを浮かべながら耳を傾けるのだった。
翌日――
1年、基礎科。礼節の授業。
「さてみなさん。授業の前にショコラさんからお話があるそうです。ショコラさん、どうぞ」
「ありがとう存じます、ミーツェ先生」
呼ばれて、ショークリアは前にでると、みんなの前で一枚の手紙を見せる。
「これから、みんなに招待状を配るわ。
今度の茶の日、お昼から――うちのお屋敷で食事会をするの。その招待状ね。詳細は中に書いてあるから各自読んでおいてね。
ああ、それと――これも中には書いてあるんだけど、せっかくの貴族の家での食事会だからね。ご実家が遠方の人には申し訳ないけれど、近場に住んでいる人なら、ご両親を呼んでくれても構わないわ」
そう告げて、ショークリアは教室を見回す。
途中でイズエッタと目が合うと、彼女は理解を示したように苦笑する。
それはそれとして頬に痛々しい痣風メイクがされている姿を見るに、少々申し訳なくなってしまうが、脇に置く。
それ以外にもショークリアの言葉の意味を即座に理解できたクラスメイトは難しい顔をしているが、そうでない人は面倒くさそうだったり目を輝かせたりと、反応は様々だ。
「あのー……ショコラさん、それって次の茶の日に絶対出ないとダメですか……?」
瞬間――イズエッタ筆頭とした面々は、顔をひきつらせた。だが、声を掛けてきた女の子はそれに気づいた様子はない。
モルキシュカとヴィーナも、不安そうにこちらを見てくる。
「私は別にどちらでも構わないのだけれど……そうね。貴女のご実家はどちら?」
「えっと、王都の商業区に……」
「なら、帰ろうと思えばすぐに帰れるのね?」
「はい……そう、ですけど?」
「なら、自分だけで判断せずにご両親へ相談しに行くといいわ」
「それはなぜ?」
そろそろイズエッタたちの顔色が悪くなってきたので、阿呆な質問はやめてほしいのだが――まぁショークリアとて、ある程度の想定はしていたので問題はない。
「貴族からの招待状の意味を貴女が即座に理解できてない以上、両親と相談するべきだと言っているの。
それ以上のコトは言わないわよ。言う必要がないもの。だって貴女を筆頭に、同じようなコトを考えている人たちにはどれだけ口を酸っぱく言ったところで理解してくれないもの」
軽く殺気を叩きつけると、彼女は小さく悲鳴を上げた。
それから、ショークリアは改めてイズエッタに視線を向けて声を掛ける。
「イズエッタ」
「はい」
「細かい相談事や問題点などは、貴女を中心とした面々で聞き取りをし、拾い上げて、貴女が私の元へと持ってきなさい」
「かしこまりました」
正直、イズエッタには迷惑を掛け通しだが、こればかりは仕方がない。
「招待状の件に関して――私も、モカもヴィーナも先生も、それ以外の方法での相談は受け付けません。
どうしてわざわざ礼節の授業中に、先生からの許可を取ってまで招待状を配るかといえば、これもまた一つの礼節の勉強だからよ。
そして、改めて言うわね。
――自由授業の単位に問題なく、午後や放課後に重要な予定がなく、すぐにもでも実家に帰れる人は、本当にすぐに帰って両親に相談するコト。いいわね?」
これだけ言っても通用するか分からない。
だが、平民にとって貴族からの招待状というのは、絶対に逆らえない召喚状でもあるのだ。
招待状なんてふつうに生活していると受け取る機会はないだろう。
それでも、現地調査の感じからすれば、クラスメイトたちはともかくその両親はちゃんと理解してくれるはずだ。
それを踏まえて、食事会に来なかったクラスメイトに関しては今後一切のフォローをするのをやめるつもりだ。
もちろん、実家が馬車でも片道一週間以上かかるような場所から来ている豪農の娘ミンティエなどはその限りではない。
そういう部分には臨機応変に当たるつもりである。
そして、そういう悩みに関しては、イズエッタが質問として持ってきてくれると信じている。
「私からのお話は終わり。今から招待状を配るわ。ちゃんと受け取ってね。すぐに両親と相談できる人はすぐにしてね。そして貴族から受け取った招待状は粗雑に扱わないコト。覚えておきなさい」
ショークリアはクラスメイトに招待状を配って回り、そして先生に頭を下げて席に戻る。
「あ、二人にも。はい」
「ありがと」
「モカも強制参加ね」
「だと思った」
これで下準備は終わりだ。
「大変な食事会になると思うけど、味は保証するわよ」
「それは楽しみね」
「減塩料理、か。
政治的にも立場的にも、味わって置かなきゃだし……仕方ないか」
ヴィーナは本当に楽しみにするかのように、モルキシュカはちょっと義務感強めに、二人はそれぞれにうなずいてくれるのだった。
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書籍版ついに明日3/20発売です٩( 'ω' )وよろしくねッ!!
醍醐時代のSSを書き下ろしましたよー!
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