第152話 やっぱ現地調査するしかねぇか?


 今日は、茶の日。前世でいうと土曜日にあたる日だ。

 茶色とは人間の色であり、人間が自由に過ごせる日の一つとされる。一週間においては、明日の休日――銀の日を楽しむ為の準備をする日、あるいは銀の日へと続く休みそのものの日という扱いだ。


 それは学園も同様であり、今日は授業はない。


 とはいえ、寮の食堂はやっているので、食事はそこでとることができる。


 食堂へと顔を出すと、そこで朝食を取っていた全員から注目された。

 もとより地棟の食堂は平民向けのもの。ショークリアが来るとそれだけで目立つのだろう。


 ただ、食堂の片隅を見るとざわつく空気をガン無視して食事をしている貴族もいる。モルキシュカだ。


(モカ以外のところに座ると、逆に困らせちまいそうだ)


 廃墟食堂と同様に、カウンターで自分で選びもらっていくスタイルの食堂である。

 とはいえ、選べるのはスクランブルエッグの付け合わせくらいだ。


 ソーセージかベーコンか。サイズは同じくらいだが、なかなかの難問である。


 恐るべき難問に対して、五秒ほど悩み抜き、何とかソーセージを選択したショークリアは、トレイを持ってモルキシュカのところへと向かった。


「横、いい?」

「ここ以外、選びづらいだけ……でしょ?」

「そうとも言うわね」


 許可をもらったショークリアはモルキシュカの左への席についた。


 今日のメニューは、ダエルブ、スクランブルエッグ、サラダ、スープだ。平民向けの食堂にしては豪勢な内容だろう。


「個人的には味が濃すぎるけど、悪くはないわね」

「低塩料理か……気にはなってる」

「明日にでも食べる? 食べたいなら作るわよ。うちのお屋敷に来てもらう必要あるけど」

「……悩む」


 あまり外出したくないモルキシュカからすれば、悩ましいのだろう。

 好奇心と引きこもり欲が戦っているようだ。


 悩みつつスープを口に運ぶモルキシュカを横目に、ショークリアもダエルブをかじる。


 その時、ショークリアでもモルキシュカでもない声が横に現れた。


「是非とも体験してみたいわ」

「……え?」


 朝食を乗せたトレイを置いて、ショークリアの左に座ったのは――


「メル姉様?」

「おはよう、ショコラ」

「え、はい。おはようございます。

 ……でもここ、地棟の平民向け食堂ですよ?」

「知っているわ。でも貴族がここで食事をしてはダメという決まりはないわ。実際に貴女や横にいる子もそうでしょう?」


 それを言われると否定はできない。


「まぁ正直、同じ注目されるでもこっちの方が気楽なところはあるのよ」

「わかる……だから、私も……天棟の食堂にはいかない」


 モルキシュカがうなずいているので、貴族の食堂事情にも色々あるのだろう。


「そういうものなのねぇ……」


 何となく他人事のように呟き、ショークリアは切り分けたソーセージを口に運んだ。


「うん。このソーセージ、良い味してるわね。どこのモノかしら?」


 この味なら、貴族の食卓に出ても評判は悪くないはずだ。

 そんなショークリアを挟んで、メルティアがモルキシュカに挨拶をする。


「申し遅れました。私はメルティア・イクス・ファルマルディと申します」

「ああ、だから……ショコラが姉と呼んだの、ね」


 メルティアの名乗りを聞いて納得するモルキシュカに、メルティアは目を瞬く。


「私を……いえ、母をご存じで?」

「面識は、全くないよ……ただ情報として、どの家の誰がどこに嫁いで、誰を生んだのか……みたいなコトを、ある程度……記憶してるだけ」

「さらっととんでもないコト口にしてますわね」

「名乗られたから、名乗り返さないと」


 若干、おののいているメルティアを無視して、モルキシュカが名乗る。


「私、モルキシュカ・ヴェルヅ・シュバルトルテ」

「……ッ!? シュバルトルテ家の方とは露知らず、私は大変な失礼を……!」

「ああ……。いい、いい。そういうのいーから……。

 必要な場面なら仕方ないけど、ここでは……いらない。モカでいいよ」

「はぁ……ではお言葉に甘えさせていただき、モカ様と」


 二人のやりとりを見ながら、ショークリアは難しい顔をして独りごちる。


「まぁふつうは、貴族も平民もこうなるのよねぇ……」


 そもそも貴族もいる学園である以上、最低限の礼節はテストされるはずだ。

 だというのに、マーキィとガリルの態度がどうにもよろしくない。

 二人だけではない。教室内の半数くらいは、二人と大差がないように見えた。


「馬鹿で片づけるワケにはいかない問題なのよね」


 モルキシュカの家名に驚きつつも、物怖じはないのか、メルティアはそのまま会話を続けている。

 モルキシュカもモルキシュカで、メルティアは喋るのが苦と思わない相手なのか、ショークリアを相手する時と同様に口が軽いようだ。


 そんな中、ショークリアは独りぶつぶつと言いながら思考をまとめていく。


「ふむ。やっぱ現地調査するしかないか」


 ショークリアが呟く言葉に、メルティアが眉を顰める。


「ショコラが、何か口走ってますね」

「これ、ミローナかハリーサ嬢を……呼ばないとダメな奴」


 モルキシュカの考えは正しいが、ショークリアはすでに動き出す前提で思考を回転させ始めていた。




 その日の午後――


 モルキシュカの奮闘むなしく、ミローナとハリーサが対応するよりも先にショークリアは寮を飛び出していた。


「ここがあの男のハウスね!」


 何でも屋ショルディナーの格好をしたショークリアが、腕組みをしながらその店の入り口で仁王立ちする。


 店の名前は『八尾はちお金鹿きんか亭』。

 あの男ことマーキィの実家である。


「よう、美食屋。何やってんだ?」


 そんなショークリアを見て、通りがかりの何でも屋の男性が訊ねてきた。


「敵情視察?」

「なんだ、食堂でもやるのか?」

「それも楽しそうなんだけど、そういう話じゃないのよね」

「なんだそりゃ?」

「まぁ色々あるのよ、色々」


 ショークリアの本来の身分は公然の秘密だ。

 それだけで、貴族絡みだろうと、男性は気がついた。


「顔の傷に関係あるのか?」

「無くはないわね」

「ま、深入りはしないでおくか」

「そうして。ところで、このお店のオススメとかある?」

「どれも悪くないが……その日の仕入れで内容が変わるコトが多いから、どのメニューってのはないな」

「そっか。ありがと!」


 ショークリアは礼を告げて、店の中へと入っていく。


「いらっしゃいませー」

「空いてる席へどうぞー」

 

 言われるがままに、店の隅の方の空いている席へと腰を掛ける。

 店内の雰囲気は良くある庶民向け――それも何でも屋筆頭のあらくれ者向けのようだ。


「嬢ちゃん何でも屋かい? うちの子と変わらないくらいないのに、珍しいね」

「まぁ珍しいのは認めるわ」


 席に着くと恰幅の良いおばちゃんがやってきた。


「おばちゃん、ソレ美食屋だぜ」

「そうなのかい!?」


 ショークリアの顔を知っている何でも屋の言葉に、驚いたおばちゃんはこちらの顔をまじまじ見てくる。


 どうやら、美食屋の二つ名は、食堂のおばちゃんにまで知れ渡っているらしい。少しばかり恥ずかしさを感じてしまう。


「おいしいモノを食べ慣れてるんだろ? うちの定食でいいのかい?」

「高級なモノばかりが美味しいってワケでもないじゃない? こういうお店で食べるのも好きなのよ」


 この言葉自体は本心だ。

 その土地ごと、その料理人やお店ごとの料理を楽しむのは、ショークリアにとってのライフワークの一つだ。


「それならそれでいいんだけどさ。

 今日の定食は、大鹿ノシネーヴのステーキか、大兎ギビ・チブバルのシチューのどっちかだよ」

「それは悩むわね」


 周囲を見回してみても、みんなそれぞれに食べている。どちらに偏りがあるわけでもなさそうだ。


「なら、大鹿を頼むわ」

「あいよ」

「果実水はある?」

「エルッパでよければ」

「じゃあそれも」

「あいよ。ちょいと待ってておくれよ」


 ちなみに、エルッパはリンゴに似た果物だ。

 この辺りで採取できるエルッパは、前世のリンゴと比べると酸味は強めだが、ジャムにしたり、バターで焼いたりすると、酸味が落ち着き美味しくなる。


 比較的安価で手に入りやすい為、平民のおやつとしても活躍している果物だ。


 おばちゃんがすぐに持ってきてくれたエルッパの果実水をちびちび飲みながらステーキを待っていると、店を手伝っているっぽいマーキィがそれを持ってきた。


「お待ちどうさん……ってアアアアアアアッ!!」

「うっさいわねぇ……」


 ステーキをテーブルに置き、こちらの顔を見るなりマーキィが指をさして叫ぶ。


「なんでお前がココにいるんだよッ!」

「たまたま入っただけよ。それと、今は何でも屋としてここにいるからいいけど、私が貴族として振る舞ってる時に指さしてきたら、その指切り落とすからね」

「なんだその理不尽ッ!」


 眦を吊り上げてマーキィが叫ぶが、それを見ていた客の一人が諭すように告げる。


「理不尽も何も本当の話だ。

 それに指で済めばマシな方で、相手によっては肩から腕を落とされるコトだってあるぞ」

「そうじゃなくても、いきなり客に指さして叫ぶとか失礼すぎるでしょ」

「そりゃそうだ」


 ショークリアが冗談じみた調子で口にしてやれば、聞き耳を立てていたお客さんたちが同意して笑う。


 その様子にマーキィは怒りとも羞恥ともとれる様子で顔を赤くする。

 それを誤魔化したかったのだろう。マーキィは、ショークリアの顔を見て訊ねる。


「そういや、その顔の傷どうしたんだ?」

「これ? アンタが学園内の貴族に対し、無自覚にやらかしてたコトを、貴族として謝罪しにいった時に相手からつけられた傷ね。

 いやぁ顔の傷だけで手打ちにしてもらえて助かったわぁ~」


 わざとおどけた調子で答えるショークリア。

 それに対し――


「ふーん。なんか大変だったんだな」


 反省とか怒りとかそういう理解してのリアクションではない。なんかよくわかってない感じの反応だ。

 自分のやらかしを自覚してなければ、どうしてショークリアが謝罪しにいったのかも分かってないのだと思われる。


「よくわかんねぇけど、女の顔に傷つけるなんて最低だな、その相手」


 ショークリアとマーキィのやりとりに、好奇心で聞き耳を立てている店内のお客さんたちも多かった。


 だからだろう。


 あまりにも他人事のようなマーキィの言葉に、店内の空気がまるで氷点下にまで下がったかのように凍り付いていた。


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 書籍版3/20発売です٩( 'ω' )و

 いよいよ来週に迫ってきました! 夜露死苦ッ!

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