第153話 やっぱ現地に来てみて良かったぜ
「この大馬鹿息子がァァァァァッ!」
凍り付いたような沈黙をぶちこわしたのは、おばちゃんの
同時におばちゃんの岩より硬く握りしめられた
「嬢ちゃん貴族だったんだね……いやだったのですね!」
「ああ、いいのいいの! 何でも屋やってる時は庶民扱いでいいから」
床にめり込む勢いで倒れ伏しているマーキィをよそに、おばちゃんはすごい勢いで平謝りしてくる。
それにショークリアは若干引きながら、落ち着かせるよう応えた。
「馬鹿な貴族はお忍び中でも貴族対応を求めるけど、私はそうじゃないから。ちゃんと何でも屋扱いしてほしいな」
「そうかい? それならまぁそうさせてもらうけど……」
まだ若干、怖がっているようだが、落ち着いてくれたようだ。
「それに今の学園の基礎クラスにはこういうのが多くて頭を悩ませてたから、現地調査に来たのよ。だから気にせず話し相手になって欲しいかな」
「どういうコトだい?」
こういうのが多い――と口にしながらマーキィを指さすとおばちゃんは首を傾げる。
ギャラリーのお客さんたちも不思議そうな顔をしていた。
「自己紹介の時に他の貴族の目がない時は、態度を改める必要はない――って自己紹介しちゃった私のせいだとは思うんだけど、他の貴族の目がある時も、教室での接し方と同じようにしてくる子が多くて……」
ショークリアの説明に、やはり店内のお客さんたち反応はイマイチだった。
「いや、そうは言ってもよ美食屋。
お前さんは実感してるだろうが、美食屋として振る舞ってる時と、貴族として振る舞ってる時で、俺ら何でも屋の多くは態度をちゃんと切り替えてるの知ってるだろ?」
「知ってるわよ。だから不思議なのよ」
ギャラリーを代表して訊ねてくる何でも屋の男性に、ショークリアは首肯する。
「まぁマーキィの場合、美食屋の正体が同世代の女であるコトが認められないって反発心も強いっぽいけどね」
「うちの息子はそれ以前の馬鹿かもしれないけれど、それにしたってこの子だけじゃないんだね?」
困った顔をしているおばちゃんに、ショークリアはうなずく。
「マーキィと良くつるんでる比較的真面目そうなメガネ君もそうだったわ。
私に助けを求める為に女子寮に駆け込んできて、私の顔をみるなり愛称で呼んでなれなれしく手を引こうとして……。
女子寮のエントランスよ? 平民だけでなく、私より上の階級の貴族も含めてみんなが利用している寮の出入り口でよ? ほんとやらかしてくれたわよね……」
話を聞いていたギャラリーのみなさんの中には手で顔を覆って天井を仰ぐ人まででてしまった。
わかっている人からすれば、途方もなく胃が痛い話だろう。
「ちなみに、マーキィが貴族相手に喧嘩売ってたから、私が頭を下げて顔の傷だけで手打ちにしてもらったの」
ここは素直に口にしておく。
おばちゃんが青ざめてしまっている姿は大変申し訳ないのだが、マーキィには親がこんなに青ざめる程のやらかしをしているという自覚をして欲しいのだ。
なので、いつまでも床で
そう思って足下へと視線を落とすと、マーキィが殴られたところをさすりながら起きあがった。
「
「マーキィ、アンタ! 美食屋の嬢ちゃんにとんでもない迷惑をかけてるじゃないの! アンタが嬢ちゃんを好きか嫌いか以前の問題だからね!」
「いやそもそもオレ、別に貴族に喧嘩売ったコトなんてねぇよ……」
その言葉で、天井を仰ぐ何でも屋の数が増えた。
「坊主、マジで言ってる?」
「え? だって訓練場でぶつかりあった貴族のガヴルは別に怒ってないって言ってたし」
「呼び捨てッ!?」
「いやアイツがそう呼んで良いっていうからさ」
あっけらかんとしている姿は大物に見えるが、ショークリアとしては頭が痛い。
「ガヴルリード様は人柄的に気に入った相手にはそういう許可をされるとは思うわ。
でもね。他の貴族の目がある時や、貴族が貴族として振る舞わなければならない場面で、平民であるアンタが中級貴族であるガヴルリード様を愛称で呼び捨てるなんてやらないでよ?」
「なんで? 本人が良いって言うんだからいいじゃん?」
ついに、ショークリアも手で顔を覆って天井を仰いだ。
ショークリアのその姿に、多くの何でも屋たちが同情の視線を送り、おばちゃんに関しては、ちょっと震えだしている。
「何度も言ったはずよ」
大きく嘆息し、気を取り直してからマーキィを真っ直ぐに見る。
「貴族が貴族として振る舞う場面は、貴族の常識が常識になる。
平民の常識すらまだ完璧でないマーキィの浅い常識感で良い悪いの判断をしないで」
「そんなコト言われたってさ、貴族の常識なんかよくわからないんだから、仕方ないじゃん! 無茶言うなよ」
「うーがー!!」
思わずショークリアは叫び声をあげた。
どうしようもない。これはどうしようもないのではないだろうか。
「やべぇ美食屋が吠えた」
「いやでも仕方ないだろ、会話になってない」
「美食屋の話だとああいう考えのガキが多いんだろ、学園」
「他の貴族の子供たちなら馬鹿な平民のガキをボコって終わりだろうが、美食屋はなぁ……」
「そうか今まで騒ぎになってなかったのは、美食屋みたいな平民を気遣う貴族が少なかったからか」
由々しき事態だ――と、何でも屋を筆頭にお店で食事していたお客さんの多くが戦慄する。
なんとかショークリアをフォローしようと、客の一人が声を掛けた。
「なぁ坊主。貴族や平民関係なくなんだけどよ、お前が通さなかった筋を代わりに通してくれた美食屋に礼は言わないのか?」
「その筋ってのがよく分かんないんだけどさ。なんでコイツがほっぺたに傷を付けなきゃならなかったんだ?」
その質問で、何でも屋以外のお客さんたちも漠然と見えてきたことがあった。
筋、ケジメ、仁義、責任。
言い方はなんでも良いのだが、身分どころか表社会か裏社会かも関係なく、とにかく円満に物事を終わらせる――人としての礼節が、マーキィにとって曖昧なのだろう。
「何の騒ぎかと様子を見に来たが……」
そこへ、かなりガタイの良い元何でも屋か傭兵だろう強面の男が顔を出した。
エプロンをしているので、従業員だとは思うが――
「あ、オヤジ」
どうやら厨房を担当していた彼の父親のようだ。
「お前、筋を代わりに通してくれた相手に礼をしてなかったのか?」
「だってよく分からねぇし。
それに、筋を通すとか通さないとか、何でも屋やるなら関係なくね?」
「馬鹿野郎がッ!!」
「ぎゃぁぁぁっぁ!?」
ぶつかった時にゴギン――という音が聞こえてくるかのような鉄拳がマーキィの頬を捉えて店の壁まで吹き飛ばす。
そのまま伸びるマーキィに、ショークリアがちょっとビビっていると、マーキィの父親は頭を下げた。
「すまねぇな嬢ちゃん。その顔の傷が、うちの
「それに関してはもう終わったコトなので気にしないでいいわよ。
それよりも、おじさんにもちょっと聞きたいコトがあるんだけど良いかな?」
「構わないぜ。それが礼代わりになるっていうなら、応えられる範囲で答えたい」
「助かるわ」
この場にマーキィの両親揃ってくれたので、確認がしやすくなった――とショークリアは内心で笑いながら訊ねる。
「マーキィを筆頭に、平民向けの基礎科とはいえ入学できる平民っていうのは、入学試験の時に、礼節の試験を突破したはずよね?
それが全く実践できてない子も少なくないんだけど、理由とか心当たりある?」
「そうなのか? 礼節や挨拶の練習したりしているのを見る分には、俺なんかより、よっぽどちゃんといているように見えたんだがなぁ……」
おじさんは腕を組み顎を撫でながら首を傾げる。
そうしていくつか質問してみたが、おじさんもおばちゃんも、少なくとも入学試験への勉強はちゃんとしていたから平気だと思っていたと――いう結論になった。
「つまり、礼節は試験を突破する面倒くさい仕草の勉強であって、それが実生活にどう生かされるかどうかまで考えてないってコトになるわね……」
「まぁ結論はそうなるんだろうけどさ……でも、どうしてそうなるんだろうね?」
おばちゃんも結論に納得しつつも、状況に首を傾げている。
実際、おばちゃんはショークリアが貴族だと知り態度を改めようとした。それを見るに、貴族対応という面では落ち度が出るとは思えない。
それに対して、ギャラリーの一人が声を掛けてきた。
「アレじゃね? オレたちは両親とかじーさんやばーさんから怖い貴族の話を散々聞かされてきたけどさ、坊主たちの世代はそーじゃねぇんじゃないか?」
彼の言葉に釣られるように、何人かが納得したようにうなずく。
「確かに! 戦争からこっち、理不尽な貴族は減ってないが理不尽に危害を加えてくる貴族は減ったモンな」
「あー! それだ! なんか気に入らないからみたいな理由で暴力振るってくるやついなくなったよな」
「暴力なら優しい方で、気に入ったからって理由で平民連れ去って玩具にするような貴族はいたしなぁ」
「実体験世代の語る怖さみたいの、おれらじゃ無理だもんな」
貴族や騎士として優秀でも平民からすれば恐ろしい貴族というのも多かったのだろう。だが、そういう貴族はその数を減らした。
その数を埋める為に、国王陛下の方針で、賄賂や脱税などで私服を肥やす貴族を去年まではある程度黙認していた。そういう貴族はヘタをうって甘い汁を吸えなくなるよりも、甘い汁を吸える状況を続けようとする為、不必要に平民を傷つけるモノが減っていたのかもしれない。
ただそれでもミーツェ先生の反応を見るに、学園内――特に基礎科に来る貴族は傍若無人だったのだろう。
その為、平民生徒たちは実体験として、礼節や貴族対応の仕方などを嫌でも学んでいくことができた。
だが、ショークリアたちは傍若無人を
ならば、その責任として、自らの尻拭いをするべきなのだろう。
「でも坊主が、筋を通すって話に反応が悪いのはどういう理由だ?」
「それだって似たようなモンだろ。何でも屋目指しているのに、筋の通し方や貴族対応がおざなりなのは、何でも屋って仕事と貴族対応が結びついてねぇからだろ」
「別に礼儀がなってないワケじゃないんだよ。ただ、筋を通すって考え方にピンと来てないってだけさ」
みんなが好き勝手ザワザワしていく話に聞き耳を立てながら、ショークリアはふむふむと、心のメモ帳に残していく。
イズエッタを筆頭に、ショークリアたちにちゃんと対応できているクラスメイトたちというのは将来のビジョンが明確だ。
あるいは、明確でなくとも、礼節や貴族対応などを身につけることは、将来的にどんな職業に就く場合でも役に立つと、勉学と実践が結びつているのだ。
何でも屋になりたい鍛冶屋になりたり商人になりたいなどと、夢を口にするのは自由だ。
だが、例えば……どういう何でも屋になりたいのか――どの辺りのランクの何でも屋をめざし、そのランクに至るに必要な要素はなんなのかが明確になっていない。
少なくともマーキィはただ漠然と、すごい何でも屋になりたいと考えているだけだろう。
高位ランクになった時、何をしたいのか。
貴族や商人からの指定依頼をメインにしたい?
誰もが怖じ気付くような大魔獣退治を専門にしたい?
世間を恐怖に陥れるような賞金首を狩って回りたい?
何でも屋の前身に当たる冒険者という仕事の志を受け継ぎ、未知なる地平を切り開く冒険家になりたい?
そういう夢が明確であるならば、その為に必要な勉学と今の自分が受けている授業内容が結びつくこともあるだろう。
イズエッタたちとマーキィたちの違いはそれだ。
目指したいものがあって学園に入ってきたはずなのに、学園の授業をその目指すべき場所へ至る糧へと昇華できていない。
「夢も希望も、恐怖も絶望も、実体験に勝る
学園に通う平民だけの問題ではないだろう。
世代が変わり、世情が変わり、変化はおきる。
考えようによっては、王侯貴族の権威や威光が平民に届きづらくなっているともとれるかもしれない。
その原因は戦争による貴族の数が減り、政治や威厳よりも甘い汁を選んだ貴族たちの怠慢によるモノかもしれない。
なんであれ……いずれは、王権制度や貴族主義のようなものは廃れていくかもしれないが――だけどそれは、今ではない。
そして、同世代のすべてが無理でも、学園の――クラスメイトたちくらいなら、面倒みるのはやぶさかではないとショークリアは考える。
「やるべきコト……見えてきたかも」
ミーツェ先生には相談が必要だろうし、他にも相談すべき相手は色々といる。
いつものように大事化してしまいそうだが――
「ま、なるようになるわよね」
まだまだザワつき盛り上がる店内で、ショークリアはそう笑い、マーキィはまだ目を回していた。
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3/20 書籍版発売です٩( 'ω' )و夜露死苦なッ!
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