第142話 学園での授業が始まるぜ


 昨日――入学の日は、授業らしい授業はなく自己紹介を終えたら終了だった。

 本格的な授業は、今日からとなる。


 昨日と同じ席について、先生が来るのを待っているとヴィーナが不思議そうに訊ねてきた。


「ショコラ、何だか楽しそうね?」

「実は、ちょっと学園に通うの楽しみだったのよ」

「基礎科で……やる気のある貴族、珍しい……かも」

「そうなの?」

「うん」


 なんでも、基礎科に来る貴族はやる気がない者がワケありの者ばかりらしい。

 そういう意味ではヴィーナとモルキシュカはワケありの者なのだろう。


「ショコラはどうして基礎科を選んだの?」

「え? 三年通して他の科より自由時間が多いって聞くしね。自由時間が多いってコトはそれだけ自由授業の時間に、他の科の授業を受けられるってコトでしょう?」

「あ、そうか! 確かにそうだわ!」

「あれ? ヴィーナにも、火が着いた……?」


 やる気がないのはあたしだけ――と、モルキシュカが首を傾げる。


「私はね、騎士、魔術、文官、侍従――全ての科をコンプリートを目指してるのッ!」

「こんぷりーと?」


 ヴィーナは首を傾げるが、モルキシュカは眉を顰めて、訊ねてきた。


「聞き慣れない、言葉だけど……意味は分かる。完遂とか合格って意味よ、ね? 全ての試験を合格、するつもり……ってコト? 本気?」

「本気も本気よ!」


 この学園の授業には必修授業と自由授業の二種類がある。


 前者は、自分が所属する科に関する授業であり、一定以上の必修授業を受講していないと、進級や卒業の為の試験を受けさせてもらえない。


 後者は、文字通り参加が自由の授業だ。これには、自分が職属する科以外の授業であっても受講できる。


 そして、自由授業も受講数としてカウントされる為、必要受講数を越えていれば、自分が所属する科でなくとも進級や卒業の為の試験が受けられるのだ。


 自分の科の試験をパスできていれば進級・卒業はできるのだが、箔付けとして複数の試験を受ける人が時折いるそうである。


「まぁ毎年、一人二人はいる……けれど、全部は……いない、かも」

「騎士科の授業に行くときは言ってね。一緒に行こう、ショコラ」

「ええ。その時は誘うわ、ヴィーナ」

「モカはどうする?」

「……基礎科だけで、十分……」


 付き合いきれないという様子で、モルキシュカは首をゆるゆると振った。


 そうしてお喋りをしているうちに、ミーツェ・ガッド先生がやってくる。


「はーい、みなさん席についてください。授業を始めますよー」


 メガネを掛けたミーツェ先生が、木製の差し棒を手に教壇へ立つ。


「さて。今日は記念すべき基礎科の最初の授業です。

 まずは基礎科では何をやるか――というお話ですが、文字通り基礎だったりするワケです」


 それでは――なんの基礎なのか……ということをミーツェ先生は黒板に書いていく。


「主に、読み書き、算術、歴史、礼節の四つです。

 入学できている以上は最低限の読み書きはできるかと思いますが、字の練習や文章の練習などもやっていきます。

 算術は文字通り算術ですね。こちらも最低限のモノとなります。

 歴史は最低限押さえておくべきところをやっていきます。

 これらをもうちょっと深く学習したい時は文官科の自由授業を受けるのをオススメします。

 最後に礼節ですが、これは貴族の方とやりとりするのに必要な最低限のモノとなります。

 もっとしっかりと覚えたい時は侍従科の自由授業を受講してください」


 話を聞きながら、確かにこれだと平民向けだな――とショークリアは思う。

 貴族であれば、その辺りは最低限できるはずである。


「また週に一度ですが、体術と魔術の授業もあります。

 こちらは基礎というよりも触りに近いモノです。

 しっかり勉強したい場合は、騎士科や魔術科の自由授業を受講してください」


 自由時間が多い理由もこれなのだろう。

 この科で教えてもらえるのは基礎と触りだけだからこそ、興味を持った内容をしっかりと勉強する為に、自由授業を受けて貰いたい。


 だが――


「先生」

「はい、なんでしょう?

 ええっと、イズエッタさん」


 手を挙げたのはイズエッタ・ブリジエイト。

 栗色の髪に朱色の瞳をした少女で、ショークリアも何でも屋としてお世話になっているブリジエイト商会の娘だそうだ。


「自由授業――平民の我々が参加しても問題ないのでしょうか」

「学園の校則上は問題ありません」

「……その言い回しはズルいですよ、先生」

「にゃうー……イズエッタさんには通じないかぁ」


 それは、ショークリアも懸念していた内容である。


「授業に参加される貴族による――が正しいのではありませんか?」

「その通りです、イズエッタさん。

 付け加えるなら、教師が貴族出身の場合はその教師にもよります」


 思わず、ショークリアは眉を顰める。


(それってつまり、平民はまともに自由授業を受けられねぇって話にならねぇか……?)


 わざわざ平民に門戸を開いておいて、こういう扱いというのはどうなのだろうか。


「あのー……先生」

「ショコラさん? なんですか?」

「私は色んな自由授業を受けるつもりなので、一緒に行きたい人がいれば行きますよ。時間が合う時に限りますけど」

「あー……それならわたしもです! 基本は騎士科だけのつもりですけど、それで良ければ一緒に行きましょう」


 ショークリアとヴィーナの言葉に、クラスメイトたちの表情が明るくなる。

 同時に、モルキシュカにも視線が集まるが――


「あたしに、期待は……しないよう、に。

 基礎科の授業、以外……出る気は、あんまり……ない」


 彼女は居心地が悪そうに、だけどキッパリとそう告げた。


「――というコトみたいだから無理強いはしないように」

「あと、自由授業に参加するなら最低限の礼節をお願いね。昨日も言ったけど、他の貴族がいるところで今みたいに軽い調子でやりとりされると、私もヴィーナも困っちゃうから」


 平民を見下したり、いじわるしたりするタイプの教師や生徒がいる以上は、貴族と平民の線引きをしっかりしつつ、守っていくしかないのだ。


「逆に言えば、お二人の好意を無碍にするような礼節の足りない人は、お断りというコトですからね。みなさん、しっかり礼節の基礎を身につけましょう」


 パンパンと手を叩きながらミーツェ先生はそうまとめ、それからイズエッタへと向き直る。


「イズエッタさん、そういうコトとなりましたが、よろしいですか?」

「はい。ヴィーナ様とショークリア様に感謝を致します」


 そう言って、イズエッタは下手な下級貴族よりもしっかりした一礼を見せた。

 商家のお嬢様だけあって、貴族とのやりとりには馴れていそうである。


「ショコラかヴィーナに頼れば騎士科の自由授業を受けれるんだよな! 受けたかったからマジ助かるぜ!」

「アンタはまず貴族に対する礼節を覚えなさい。話はそれかよ」

「えー、礼節覚えたって強くなれないじゃんかよー」


 上機嫌な声を出したマーキィに、ショークリアが思わずツッコミを入れてしまうが、その後のリアクションが大変よろしくない。


 ショークリア、ヴィーナ、イズエッタ、ミーツェ先生は同時に頭を抱える。他にも頭を抱えている生徒が多数いるので、絶望するにはまだ早そうではあるが。


 ともあれ、気を取り直したミーツェ先生は手を叩いた。


「はいはい。マーキィさんの礼節に関してはさておきまして、授業をはじめますよー!

 記念すべき最初の授業は、読み書きです。では始めましょうか!」


 内容的には、貴族三人娘には今更なモノだった。

 それでも苦戦する生徒はいたので、ミーツェ先生と協力して、ショークリアとヴィーナは、クラスメイトたちを見て回る。


 なお、モルキシュカは授業一発目から居眠りである。

 先生も苦笑していたが、こればかりはどうしようもない。実際、彼女にとっては退屈な授業なのは間違いのだ。


「ある意味問題児よね、モカ」

「いいのですよ、ショコラさん。やるコトはちゃんとやってくれていますし、何よりいちいち授業を妨害してこないだけ、モカさんは優秀な生徒さんなので、先生は助かってます」

「ミーツェ先生、これまで貴族の生徒にどれだけ苦労されてきたんですか……」


 猫系の獣人なのに、まるで虚無を抱く狐のような顔をして虚空を見上げる先生を、ショークリアとヴィーナは思わず抱きしめたくなるのだった。


「先生、一緒に飲みに行きます? 私は絡み酒も泣き上戸も気にしないので、付き合いますよ?」

「にゃうー……ショコラさんのお気遣いが優しすぎて心の傷にいっぱい染みるにゃ……」


 本当に、どれだけ苦労してきたのだろうか。


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 前世、醍醐視点とショークリア視点が交差する短編の書き下ろし収録されてます!

 

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