第143話 廃墟食堂で昼食を


 読み書き、算術、礼節と三つの授業を終えると、昼休みだ。


 ちなみにミーツェ先生は、妨害無く予定通りの内容で無事に授業が終わったことを喜び咽び泣いた後、上機嫌で退室していった。

 今度、本気で食事にでも誘ってこれまでのがんばりを労ってあげるべきかもしれない。


 ともあれ、今日の午後は自由時間だ。

 初日だからか、他の科では自由授業の体験会のようなことをやるようなので、出席するのも悪くないかもしれない。


 ――が、その前に昼食だ。


「昼食は校舎の食堂か売店、寮の食堂……ね」

「寮の管理人さんに一声掛けていけば、校外にも出かけられるみたいだけど」


 校舎の地図を見ながら、ショークリアとヴィーナは昼食をどうするか相談する。


「モカはどうするの?」

「寮で食べて、自室で寝る」

「礼節以外の時間をほぼ寝ててまだ寝るんだ」

「午後は自由時間。自由授業を受けないなら、寝るのに……最適」


 そんなやりとりの後で、モルキシュカは「お先に」と教室を出ていった。


「本気で人と関わりたくなさそうね」

「そういう気質でも上級貴族だからね。実家だとうるさく言われちゃうから、今を満喫してるのよきっと」


 呆れたようなヴィーナに、ショークリアは何となくフォローをするようなことを口にする。

 モルキシュカの振る舞いを見ていると、なんだかそんな気がしてくるのだ。


「校舎の食堂も売店も、貴族向けと平民向けがあるのね」

「……みんなが着いてくる可能性を考えたら、平民向けの食堂かしら?」

「あー……」


 ショークリアが周囲を見回しながら告げると、ヴィーナもそれに苦笑する。

 クラスメイトたちが、ショークリアとヴィーナに注目していた。


 場所によっては着いてくる可能性があるのだ。


「とりあえず、食堂でいいかしら?」

「うん。いいと思うわ」


 そんなワケで、ショークリアとヴィーナは食堂に行くことを決めた。




 二人が廊下を歩き出すと、クラスメイトの半分以上も廊下に出てくる。

 その気配を背後に感じながら、二人で苦笑を向け合った。


「もうちょっと、みんな話しかけてくれて良いと思うんだけど」

「無理言わないのヴィーナ。平民にとって貴族に話しかけるってそれだけで難易度高いモノなんだから」

「そういうモノなの?」

「そういうモノよ」


 ヴィーナは平民とやりとりすることに忌避感がないだけで、平民の感性を理解できているワケではないようだ。

 その辺り、常に平民と接しているショークリアとはやはり違うのだろう。


 基礎科の教室のある第一旧棟――通称オンボロ棟の廊下を進み、本校舎との連絡通路の辺りまでやってくる。


 渡れば騎士科、魔術科、文官科のある手入れの行き届いた綺麗な本校舎だ。

 ちなみに侍従科は、オンボロ棟とは本校舎を挟んだ反対側にある、第二旧棟にある。そちらもオンボロではないが年期が入った建物だ。


 何となく、創設者や歴代の学園長たちの考えが反映されてそうだと感じてしまう。


「贔屓が露骨すぎると思うコトはあるわよね」

「まぁ言いたいコトは分かるわ」


 連絡通路の先にあるピカピカの廊下を見ながらうめくヴィーナに、ショークリアもうなずく。


 平民向けの食堂はオンボロ棟にあるので、これを渡る必要はない。

 連絡通路に背を向けて、二人が食堂へ向かおうとすると、本校舎の方から、パタパタと誰かが駆けてくる。


「ショコラ!」


 連絡通路の方を見れば、見慣れた少女がこちらへと走り寄ってくる。


「ハリー? 少しはしたなくないかしら?」


 わざとらしくショークリアがそう告げれば、ハリーサは皮肉げな笑みを浮かべて返す。


「ショコラに言われたくはありませんわ」


 そしてどちらともなく小さく笑いあう。


「それで、どうしたのハリーサ?」

「そこを通りかかった時にお二人を見かけたので、昼食がまだならご一緒したいな、と」

「だって、ヴィーナ」

「それは構いませんが、ハリーサ様。私たちが向かうのは平民向けの食堂ですよ?」

「構いませんわ。ここ一年、ショコラに振り回されてそういうところにも連れていってもらいましたので。

 それと、ハリーで構いませんわよ。私もヴィーナと呼ばせて頂きたいのですけれど」

「そう? 改めてよろしくね、ハリー」

「ええ。ヴィーナ」


 そんな感じでハリーサを加えて、食堂へと向かう。


「ところで後ろの方々は?」

「私たちに話しかけたいけど貴族だから二の足を踏んでる感じ?」

「ではもう少し様子見ですわね。勢いで巻き込んでも良いのですが」

「礼節がまだまだなのよ。だから軽いノリをクセにされちゃうのはなぁ……っていうジレンマはあるかな」

「え? ショコラそこまで考えて話しかけないでいたの?」

「そうだけど?」

「確かに軽い調子がクセになってしまい、他の貴族相手にそれで接されるとその人の為になりませんものね」

「同じ光景を見ているのに、わたしは二人と違いすぎちゃうわね」

「馴れよ馴れ。領地持ちだから平民との接し方って大事なのよ」

「そうですわね。馴れるまでは大変ですが大事な視点です」

「うちは領地持ちじゃないから、それもあるのかなぁ……」


 そんな話をしながらやってきた食堂は――


「……平民向けとはいえ、これは……」

「第一旧棟がオンボロなのは良いけど、これは……」

「さすがに……これは、なんと言えばいいのか……」


 平民向けの食事処でもこんなのは滅多にないだろう。


 ボロボロのテーブルに、ボロボロのイス。

 どちらも足が歪んでいるのかガタガタだ。


 床も少し剥げたりめくれたりしている場所がある。

 廊下や教室に比べても、明らかにメンテナンスがされていない。


「っていうか、コレやってるの?」


 ショークリアのもっともな疑問に、ハリーサもヴィーナも答えられない。


「あれ? 新入生? いらっしゃい。ちゃんと営業しているよ。

 廃墟食堂ツサダ・クシオブにようこそ」


 そこへ、冴えない感じの男性が顔を出した。

 エプロンをしているし、店名も口にしているので、ここの従業員なのだろう。


「廃墟食堂はともかく、ゴミ箱ツサダ・クシオブって……」 

「通称? それとも正式名称ですの?」

「さぁ? 自分がココに勤めはじめた頃からそう名乗ってましたから」


 三人は思わず顔を見合わせる。


「ところでお貴族様ですか? ここは皆様向けの食堂ではありませんよ?」

「私とこの子は基礎科なので。あとこっちは付き合い」

「どっちにしろですけれど」


 男性は困ったように頭を掻く。


「どうしても食べたいって言うなら、お貴族様方は今回は無料でいいです」

「いや食事する以上は……」

「いえ。この食堂でお貴族様からお金を貰うのは心苦しいので」

「どういう意味?」

「……まぁ、食べて頂ければ……」


 酷く気になる言い回しだが、そう言うのであれば食べてみるしかないだろう。


「あ、給仕とかいないので、ご自身でお取りいただきますが」

「私は馴れてるけど、ハリーとヴィーナは?」

「ここ一年で、どれだけショコラに付き合わされたと思っています」

「わたしも気にしないよ」

「……っというコトで」

「変わったご令嬢方ですね」


 困ったような呆れたような様子で、男性は厨房へと戻っていく。


「今日はエッツァブしかないですので、そのつもりで」

「今日はってコトは、普段は違うの?」

「基本はエッツァブですよ。たまに具無しのスープとか付け合わせが付きますけど」


 男性の言葉にショークリアは眉を顰める。

 平民向けの食堂でももう少しラインナップはあるものだが。


 トレイの置いてある場所へ行くと、くたびれた感じの若い女性がいた。

 もう少し身なりを整え、背筋を伸ばせばできる女性っぽい雰囲気になりそうだが、放置された野菜のようにしなびた空気を纏っている。


「話は聞いていました。無料で構いませんのでどうぞ」

「普段はここでお金を払うのね」

「はい。一食、五十トゥードです」

「平民の食事処として見ても安いですわね」

「そうなの? ふつうはどのくらい?」

「だいたい平民の食堂だと三百から五百トゥードくらいかな?

 安いと百トゥードくらいのところはなくもないけど……」

「それと比べると確かに安いけど、安すぎて不安にならない?」


 ショークリアとしては前世を思えば、学食や社員食堂はだいぶ安いイメージがあるので、この価格も不思議ではないといえば不思議ではないが。


(それにしゃあ、人がいなさすぎるんだよな……)


 ショークリアたちと、その後をつけてきた基礎科の一年以外、この食堂にいないのだ。

 昼時だというのに、二年生や三年生の先輩がいないのはどういうことだろうか。


「まぁとりあえず、貰いましょうか」


 トレイを手にとり、お皿に我が国伝統のペースト料理エッツァブをよそってもらう。

 しなびたサラダと黒いダエルブパンも付くようだ。


 そのメニューに思うことはあるが、とりあえず三人は黙って席に着く。


「テーブルやイスはボロボロではあるけど、ちゃんと拭いたりはされてるみたいね」

「ええ。お仕事はしっかりされているようですが……」

「平民ってこんな食事なの?」

「平民の中でも結構ギリギリな食事よ、これ……」

「貴族にたとえるなら、準下級貴族の中でも貧乏な方々の食事……という辺りでしょうか」

「えぇ……」


 平民とはいえ、試験をパスし、安くない学費を払っている生徒たちに出す料理として、どうなのだろうか。


「まぁとりあえず味を見てみませんと」

「そうね」

「ええ」


 そうして、食神へと祈りを捧げて、三人――いや、他にもついてきたクラスメイトたちが、ランチセットを口に運ぶ。


「…………」


 全員が一斉に黙り込んだ。

 

 エッツァブが塩辛い。

 いや、それは仕方がない。減塩料理はまだ流行っていないのだ。

 だがそれを抜きにしても、これはない。


 幼い頃に食べたシュガール特製のエッツァブがどれだけ美味しかったのかを理解した。

 あれに苦手意識を持っていたが、あれでも十分に美味しかったのだ。


 これはとにかく塩味しかしないし、舌の上でどれだけ転がしても素材が分からない。素材不明なペーストほど怖いモノはない。

 あるいは、わざと素材が分からなくなるほどの味付けにしているのか。

 しかし味付けのバランスは決して悪くない。それどころか、この味からは想像できないほどに創意工夫を感じるのだ。


 しなびたサラダもひどい。

 葉野菜に歯ごたえがまるでない。根菜に元気がない。

 茹でてごまかしているようだが、そもそも鮮度がないのだろう。

 このサラダもまた塩気が強い。そして不要な酸味を感じる。しかし茹で方と塩での味付けも、まるでその酸味を誤魔化そうとしているようだ。

 しかし、その誤魔化し方が上手いと感じる。料理上手が料理の腕だけでは誤魔化せない何かを誤魔化しているような味がする。


 そして最後にダエルブ。

 ……これが食べれない。比喩抜きで食べれない。

 味がどうこうとかではない。この黒ダエルブは美味しいとか不味いとかいう次元を超越したところにある新感覚ダエルブだ。


 何せこの黒いダエルブ、ひたすらに堅い。堅すぎる。人が食べることを想定していないほどの堅さだ。

 舌でペロペロ舐めれば仄かな小麦の甘みと、強烈な塩気と強い発酵臭と酸味を感じられる。

 ……が、舐めるのが精一杯で、かじることができない。


 エッツァブでふやかそうとしても、ぜんぜんふやけない。

 ひたすら舐めても全然柔らかくならない。なる素振りもない。


 この黒ダエルブは何なのだろうか。実はダエルブの味がする金属で、炉で溶かせば剣を打てるとかそういうダエルブなのだろうか。むしろそう言われた方が納得する。そうであって欲しいとさえ感じてしまう。


「…………」


 無言のまま固まるショークリアに何か思ったのか、ハリーサが自分のトレイを手を取り、一個隣の席へ移る。

 ヴィーナにもハンドサインのようなモノで席を離れろと促す。


 何かを感じ取ったのか、ヴィーナもそれに素直に従った。

 

 次の瞬間――


「これを作ったのは誰だァァァァァァッ!?

 シェフを呼べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 ――ショークリア・テルマ・メイジャンは、その生涯のブチキレ度ランキングベスト5に入るだろう怒りを発露させながら、勢い良く立ち上がるのだった。


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 書籍版、3/20発売です٩( 'ω' )و夜露死苦ッ!!

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