第141話 バシっと自己紹介キメっとするか


「ショークリア・テルマ・メイジャンです。

 呼び辛いようでしたら、ショコラと呼んでくれて構いません。

 前の二人同様に、基本的にはふつうに話しかけてくれて大丈夫です。

 うちの領地は平民の協力無しには生活できない土地ですし、私自身も暇な時は何でも屋ショルディナーとして、強面の大人たちと魔獣を狩ったり、下町言葉でののしりあったりしてるんで、気にしませんので」


 どことなく、教室中から安堵が漏れる。


 ショークリアとしても、貴族に対する偏見や恐怖心みたいなモノは理解できる。


「つまり、おれがどんな口を利こうと問題ないんだよな?」


 男子生徒の一人――灰色の髪に黒い瞳をした少年――がニヤニヤとしながらそう言ってくる。

 それに同調するようにニヤニヤしている連中を見て、ショークリアは思わず嘆息しながら訊ねる。


「例えば?」

「バカとかブスとかな」


 半笑いで灰色髪の男子生徒がそう告げた次の瞬間――ショークリアは机を蹴って、その男子のところまで跳躍した。


 完全に予想通りではあるのだが、こういう頭の悪いヤツには、直接的な方法で理解させるしかない。

 あるいは、バカがバカやるとどうなるかの見せしめとしての意味もある。

 この男子生徒には悪いが、少しばかり痛い目にあってもらおう。


 ショークリアはその男子生徒の胸ぐらを掴むと、掴んだまま黒板の前へと跳ぶ。そして着地と同時に、加減しながら床に叩きつけた。


「いってぇな! 問題ないんじゃねーのかよッ!」


 案の定、文句を言ってくるバカにショークリアは鋭く睨みつける。


「ナメんなッ! アンタの口の聞き方は平民も貴族も関係ないッ! 初対面の相手に向かってバカだのブスだの口にするのが問題にならねぇと思ってんのかッ!?」


 突然のショークリアの行動に全員が驚いたものの、その言葉を聞いて、思わず納得をする。

 さらに言えば聞き慣れた言葉遣いだったのも、納得を感じさせる要因になったことだろう。


「さて、何なら今から何でも屋ショルディナーズギルドにでも行きましょうか? そこで女性何でも屋ショルディナーに正面から今のニヤケ面で同じ言葉を吐きなさい。どうなるかは予想が付くでしょう?」

「そ、それは……」

「貴族と対等に接せるからって、平民としての礼節すら失するなら話は別よ。

 貴族としても平民としても問題にしかならない発言って言うのは、誰に口にしても問題にしかならないの。それを理解出来ないなら、それこそこの基礎科で徹底的に礼節を覚えなさい。

 出来なきゃ、あっという間に五彩輪に還るコトになるかもよ?」


 吐き捨てるように告げてから、ショークリアは教室を見回す。

 ヴィーナと、多くの生徒たちはハラハラした様子を見せている。


 モカと一部の生徒は、呆れた顔をしていることから、この阿呆のやらかしの意味をちゃんと理解していることだろう。


「あー……あんまし言いたくはなかったけど、やっぱ言っておいた方が良さそうね」


 ヴィーナは貴族ながら、危機感が足りてなさそうだし、他の生徒も同様だ。

 モルキシュカはきっと分かってて黙っている。どうせショークリアがやってくれるだろう――ぐらいに思っててもおかしくない。まだ付き合いは短いがそういう面倒くさがりな面があるのを理解できていた。


 小さく息を吐いて、ショークリアは前二人が言わなかったことを口にする。


「みんな、改めて言う必要もないと思うけど、私を含めモカもヴィーナも貴族よ。

 さっきヴィーナがサラっと言ってはいたけど、貴族の振るまいが必要な場面であればそのように振る舞うわ。

 そして、私たちが貴族として振る舞っている時は、みんなも平民として振る舞って欲しいの。

 その境界線だけは、どうしようもないモノだからね。知らなかったではすまないわ。私たちがみんなをかばえる範囲にも限界があるから」


 教室でのやりとりになれすぎて、多くの貴族が集まる場で、クラスメイトの平民たちがそのように振る舞ってきた場合、ショークリアたちは彼らをかばいきれない。


 タメ口だとか、平民的な付き合いが許されるのはこの教室内における仲間内に限られるのだ。

 教室の隅で先生が強くうなずいているのを見るに、もしかしたら先生があとで言ってくれたかもしれない。

 だが、平民の先生が言うよりも貴族のショークリアが言った方が、理解してもらえるだろう。


「私たちが貴族として振る舞っている時に、愛称で呼んだり気軽に触ってきたりした時に、それを他の貴族に見咎みとがめられた場合――みんなが酷い目会う可能性が高いから注意するコト。

 私たちにその気がなくても、周囲の貴族がそれを不快に感じた時点で、どうにもならないコトも多いのよ。

 付け加えるなら、モカとヴィーナはともかく、私の場合は平民みんなの振る舞いを理由に、他の貴族から危害を加えられる可能性もあるからさ」


 最後に付け加えた言葉に、クラスメイトたちは何を言ってるんだという顔をする。


 ヴィーナもよく分かってなさそうだ。

 そんなヴィーナを見て、モルキシュカが小さな嘆息を漏らす。本来ならば口を挟みたくはなかったという顔をしながら、モルキシュカがおずおずと手を挙げた。


「えーっと、その……ショコラというかショコラの実家は、貴族の中でも……嫌われている方……。

 貴族の基準としては、準中級貴族同等の……位ではある。でも、それを……認めたくない大勢の、貴族から……平民よりもちょっと上、程度として……扱われて、る」


 モルキシュカの説明に、クラスメイトたちがますます困惑していくのが分かる。


「まぁ貴族のチカラ関係とか、考え方ってのは結構難しいからね。無理に理解する必要はないわよ。

 よく分からんけど、そういうコトだ――とだけ知っておいてくれればいい。

 ともかく、うちの足を引っ張りたい貴族はすごい多いから、クラスメイトである貴方たちが貴族に無礼を働いた時、一番平民に近い貴族である私に、矛が向くってだけよ」

「矛が向くって具体的にはどんなカンジなんだ?」


 尻餅をついたまま、さっきの男子生徒が見上げながら訊ねてくる。

 それに、ショークリアは一つうなずいて答えた。


「平民に近いお前が平民ばかりのクラスにいるくせに、ロクに平民のしつけができてないじゃないか! みたいな?」


 教室中の生徒が「は?」――という顔をする。

 ただ、ヴィーナとモルキシュカは理解できるところがありそうだ。


「貴族のケンカって基本それよね。因縁とこじつけと揚げ足取りをして、相手の被を大きくして貶める」

「それが、面倒だから……私は、貴族の少ない……ここを、選んだし」


 そして、二人が納得してしまっていることが、よけいにクラス中の困惑が広がった。


「さっきも言ったけど――みんなは、無理して理解しなくていいからね。

 貴族からしてみると、平民の直接的な罵りあいや殴り合いのような喧嘩を野蛮で下品だからと理解できないのと同じ。

 平民からすれば意味が分からないくらい回りくどくてややこしいのが貴族の喧嘩ってワケ。

 ようするに、貴族には貴族の、平民には平民の喧嘩の流儀ってモンがあるワケよ」


 そう告げて、ショークリアは尻餅をついたままの男子生徒に手を差し伸べる。


「叩きつけて悪かったわ。でも、あなたの言動も良くなかったのよ」

「……こっちこそ悪かったよ。確かにお前の言う通りだ。ふつうに相手が怒る言葉を言えば、怒るよな」


 謝罪しながら手を握ってくる男子を、ショークリアは引っ張って立たせた。


「分かってくれて何より」


 笑いかけると、その男子は何故かそっぽを向いて赤くなる。


「おれ、マーキィ」

「よろしく、マーキィ。でも自己紹介はクラスのみんなにしなきゃね」


 そう言って、ショークリアはみんなに向かって貴族らしく優雅に一礼してみせた。


「私の自己紹介で長々と時間を使ってしまい申し訳ございません。

 次はこちらの方が自己紹介をされるようですので、そこからまた順番に皆様の自己紹介をお聞かせくださいませ」


 そう告げてショークリアはイタズラっぽく笑う。

 その姿は男子よりも、女子ウケの方が良かった。しゃべり方や振る舞いがお姫様っぽいとかなんとか。


 世界が違えど、女子の優雅な女性への憧れというものはやっぱりあるらしい。


 ともあれ、ショークリアはみんなに笑いかけながら、自分の席へと戻っていった。


「なんか、おれの自己紹介に対する変な期待が増えてね?」


 顔をひきつらせながらも、マーキィは何とか自分の自己紹介を始める。


 フルネームはマーキィ・ボウヤン。

 庶民向けの食事処のせがれらしい。


(機会があったら何でも屋の知り合いと食いに行ってみるか) 


 そのあと、順番にクラスメイトたちが自己紹介していくのを見ながら、ショークリアはふと思う。


(前世のオレ――というか前世のオレに喧嘩売ってきたようなのは全くいないな……。

 マーキィみたいなお調子者というか、ちょっとイキったのはいるっぽいけど、そういう奴らですら、基本的には真面目ってカンジがするぜ……)


 そもそもこの学園に平民が入るにはそれなりの学力と財力が必要だ。

 基礎科だけは大本が平民向けなので、平民に限り平民価格になるが――それはともかくとして。


 学力や技術が足りてないのに、基礎科以外にふつうに入学している貴族の子供たちも多いがそれはそれ。さぞ学園は儲けていることだろう。


 ともあれ――この学園に来る平民というのは、基本的には上昇志向を持った少年少女ばかりということだ。


 マーキィも当然、その一人であり――自己紹介を聞く限りだと、この学園で貴族の相手もできるようになって、何でも屋として大成する機会を増やしたいという夢を持っているようである。


(……夢の割にはオレに喧嘩売ってきたあたり、夢のためになにをすれば良いかとか考えてねぇんだろうけどな……)


 思わず苦笑が漏れるが、決してバカにしているワケではない。


(みんながちゃんと目標を持って勉強している学校……お邪魔虫なんていなさそうで……なんかいいよな)


 前世ではロクに学校に通えなかったのだ。

 少なくともこの教室内においては問題なく学校で過ごせそうな空気を感じる。


 ショークリアにはそれがたまらなく嬉しくて、そして前世ではまともに通えなかった学校にちゃんと通えるという高揚感に、ワクワクしながらみんなの自己紹介に耳を傾けるのだった。


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 マーキィ以外のクラスメイトはそのうち。

 


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