第四部 転生少女ショコラの学園生活

第138話 学園の制服を試着するぜ


 お待たせしました、第四部開始です!

 書籍の発売日も3/20に決定しました!

 WEB版ともどもよろしくお願いします٩( 'ω' )و


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 新大陸歴605年。夜白月3月。最終週。第一日。


 十三歳となったショークリアは、王都にある別邸で朝赤月4月から着る予定の制服に、袖を通していた。


 白いブラウスの上に、黒を基調とし、赤い差し色の入った背幅広の上着を羽織る。下は濃灰色のズボン。

 ショークリアとしては前世のブレザータイプの制服を思い出す格好だ。


 一年前より身長が伸び、同年代の少女と比べるとやや高いくらいになった。

 身長と一緒に、不本意ながらも胸も膨らんだ。容姿と合わせて見ると悪くないのだが、動こうとすると邪魔なので何とも言えない。


 鏡の前でくるりと回る。


 制服のパンツスタイルはよく似合っているし、それでいて身体のラインはしっかりと女性的な為、非常にマニッシュな魅力に満ちた姿になっている。


(自画自賛になっちまうが、やっぱ今世のオレは美人だよなぁ)


 もとより動きやすい格好を好むショークリアには、この制服は理想に近い。


「もう、まだリボンタイを付けてないんだから動かないで」

「あはは。ごめんね、ミロ」


 彼女個人としては非常に動きやすくてありがたいのだが――


「そういえば制服って男女共通でズボンなのね。学園って女性蔑視が少ないの?」


 自分の着付けを手伝ってくれていたミローナになんとなく訊ねると、彼女は分からないといった様子で肩を竦める。


 答えてくれたのは、一緒に部屋にいる護衛戦士のカロマだ。


「お嬢様、逆です」

「逆?」


 何が逆なのか分からず、首を傾げるとカロマが苦笑しながら教えてくれた。


「元々男子のみしか入学を許されていなかった学園にが、時代の流れで女子も受け入れるようになった際、わざわざ女児用の制服を作らなかった――というだけです」

「なるほど」

 

 だからこそ、男女共通のパンツスタイルなのだそうである。

 それでも、首もとは、男子はネクタイ、女子はリボンと別れているだけマシといえるのかもしれないが。


「でも礼儀作法の授業とかあるのよね? スカートはどうするの?」

「授業用のスカートをズボンの上から履く形でやります」

「ええ……」


 前世のスカートの下にジャージを履いた女子の姿が脳裏に沸いて、ショークリアは思わずうめく。


(――あの姿って、貴族からほど遠い姿だと思うんだけどよ……)


 そんなショークリアの心境を完全に理解できている訳ではないのだろうが、カロマは何となく理解したような顔を見せる。


「わかります。あの姿は、女子生徒から大変不評ですので」

「カロマもしたんだ」

「もちろん。ワタシからも大変不評でした」


 会話中、現代学園的なジャージスカート姿のカロマを幻視する。

 何となく似合っている――と感じてしまったのだが、ショークリアはあえて黙っていることにした。


「リボンも終わり。ショコラ、動いてみて」

「うん」


 ミローナにリボンタイを結んで貰ったショークリアは、言われた通りに軽く動く。


「思ってた以上に動きやすいかも」

「そうなんですよ。学園制服の動き易さを知ると、女性騎士の制服とか残念なんですよね」

「動きづらいの?」

「多少は考慮されているとはいえ、スカートですから」

「あー……」


 ミニスカートはまだはしたないと言われるような価値観の世界だ。当然膝丈より長いスカートである。


 スカートとズボンを比べてしまうと、動き易さの差は大きいだろう。

 ましてやカロマは軽やかな足裁きで素早く立ち回るのを得意とするのだから尚更だ。


「そもそも学園の制服は、学園創設当時の騎士団制服を意識した作りになっているそうですから」

「確かその時代って、今よりも戦争も多かったのよね?」

「はい。今でこそ学園は基礎教養を教えてはいますが、当時は身分問わず騎士や兵士として使える男児が欲しかったそうで、戦闘や戦争に関する教育が主だったそうですよ」

「制服に着慣れておけってコトだったんでしょうね。

 なんなら有事の時には学生たちを制服のまま使ったのかもしれないわ」

「実際、そういうコトもあったそうですね」


 何事にも歴史や事情があるということだろう。


 やがて戦争の頻度が下がり、学園が教える内容が戦闘教育から教養教育に変わっていった。

 その辺りで、貴族女子への教育も必要だろうということで、女子生徒を受け入れだしたそうだ。


「女子生徒を募集しだした時点では、あくまで男子生徒のおまけだったようです」

「だから女子用の制服は作らず――それがそのまま現代いままで来ちゃったのね」


 根底には女は後回し。

 女に教養なんて意味がない。


 そんな思考があることだろう。


「学園の運営も男なら、指示を出す王宮の連中も男だろうしなぁ……。

 女を見下す癖ついているこの国の男が集まって頭を捻ったところで、女に関する事情を考慮なんて出来るワケないわよね」


 女のことなんて後回し。そうやって今までズルズル運営してきているのが目に浮かぶ。


 機会があれば、学園を通じて、女を見下す思考をぶち壊してみたいところではある。


「ショコラ、あんまり暴れちゃダメだよ?」

「え? 何言ってるのミロ。そんなに暴れ回る気なんてないんだけど」

「嘘だよね」

「嘘ですね」

「カロマまでッ!?」


 どうやら、二人からは信用されていないらしい。


「私も別に暴れたくて暴れ回ってるワケじゃないんだけどなぁ……」


 ぶつぶつと言いながら、制服の内側なども確認していく。

 そして、一通り確認をし終えてからうなずいた。


「まぁいいわ。

 そんなコトより鉄扇以外にも武装はしたいから、制服ちょっと改造しましょう」

「やっぱり暴れる気まんまんじゃないッ!?」

「やっぱり暴れる気まんまんですよねッ!?」


 ただの護身用のつもりだったのに、二人から思い切りツッコミを入れられてしまう。


(なんか解せねぇ……)


 ショークリアの試着は、そうして賑やかに過ぎていくのだった。




 同日。ゴディヴァーム家。王都別邸。


 学園の制服の試着をしていたハリーサに、プラネリテ・ノア・ゴディバームが優しく微笑む。


「制服、よく似合っておりますよ」

「ありがとう存じます、プラネリテ様」


 反応するハリーサはやや固い。

 プラネリテは厳しくも優しい女性だと分かっているのだが、厳しさの印象が強いため、どうしてもハリーサは態度が固くなってしまう。


 何より、自分はゴディヴァーム家にお邪魔している居候でしかないという意識が、どうしたって消えないこともあるだろう。


 そんなハリーサの心境を見透かすように、プラネリテは穏やかな眼差しを向ける。


「学園に入学すると寮生活となりますが、休日に帰宅するコトは認められております。

 我が家のように、この屋敷へと戻ってきて頂いて構いませんからね」

「はい」


 リュフレの母であり、女性として厳しい視線と非難を受けながらも、領主代行を立派に勤め上げたプラネリテの教育は大変厳しかった。


 一方で、教育以外の場面では、娘のように扱ってくれる。

 そんなプラネリテをハリーサは好ましく思っていた。


 その優しさはありがたくも、どういう態度を見せれば良いのか分からない一年ではあったのは間違いない――が、それはそれだ。


「母と思え――とまでは言いませんが、親戚の叔母くらいには思ってくださって構いませんからね」


 実際、プラネリテの子供はリュフレだけだ。娘が欲しいという願望もあったのだろう。

 そこへ、ハリーサがやってきたのだから、可愛くてしかたないのかもしれない。


 確かに母と思うのは難しい。

 何より、ハリーサは別にゴディヴァーム家と血がつながっているワケではないのだ。


 だからこそ、親戚や叔母――という考えかたもどうにも難しい。


「ハリーサさん。貴方が当家に遠慮をして、一歩引いているのは分かっているつもりです。分かった上で、敢えて言わせて頂きます」


 厳しさとは違う、優しくも真面目な顔でプラネリテは告げた。


「当家を逃げ場所になさい。

 ご実家を逃げ場所に出来ない以上は、貴方にはそういう場所が必要です。

 辛くて悲しくて、涙を堪えるコトがどうしても出来ないと思ったのならば、この屋敷に逃げ込んできてください。

 そういう時、この屋敷の中でならどれだけ泣いてくれても構いませんから」

「あの、それは……」


 戸惑うハリーサに言い聞かせるように、プラネリテは続ける。


「貴方が泣ける場所であるならば、この家である必要はありません。

 貴族である以上、涙が出そうな時は空を見上げて涙を堪えるコトは必要です。そのような場面、山ほどあるコトでしょう。

 そして涙を流すコトは弱点を晒すコトと同義。女だてらに政治や経済に首を挟むとなれば尚更です。

 ですが、上を向いて涙を溜めてばかりでは、いずれ限界を迎えて壊れてしまいますから。

 限界を迎える前に、人目につかぬ場所で、安心して俯むける場所で、その目に溜まった涙を吐き出してください」


 ハーリサの目を真っ直ぐに見ながら、プラネリテは思う。

 この一年教育してきたプラネリテからすると、ハリーサはとても優秀な生徒だ。実際に、その勤勉な態度と、何でも吸収する布のような姿は、感動するほどだった。


 しかし。

 同時に、プラネリテはハリーサをひどく危ういと感じる場面に良く遭遇した。


 トレイシア殿下やショークリア嬢を目標とするのは良いのだが、追いつくのに必死すぎて、背負う覚悟に張りつめすぎて、自分自身を蔑ろにしているように思えるのだ。


「貴方は、私の弟子です。大変優秀で自慢の弟子です。

 だからこそ、師として……私は貴方に健やかであり続けて欲しいのです」


 プラネリテは、自分を見上げるハリーサの前髪を払い、それから抱きしめる。


「肉体の破損は、魔術や霊薬などで直すことが可能でしょう。

 ですが、心の破損を修理する手段は無いと言われています」

「えっと、プラネリテ様……」

「心を砕くという比喩がありますよね?

 正直に申し上げると――貴方は、比喩でもなんでもなく本当に心を砕いて前に進もうとするのではないかと、不安なのです」

「…………」

「厳しく接してきましたが、わたくしはね――ハリーサさん。貴方を大変可愛く思っているのですよ。娘のような姪のような弟子の貴方を。

 家族を取り戻すという重いモノを背負っているのは存じておりますが、ですがそれでも……その為に、心を壊すコトだけはないようお願いしたいのです」


 抱きしめるチカラが強くなる。

 本当に、心の底からハリーサを心配してくれているようだ。


 ハリーサの心に、ここ一年ですっかり下火になっていた暖かいものが大きくなった気がした。

 だから、抱きしめ返しながら、言葉を返す。


 血が繋がっていないどころか、派閥的には敵対していてもおかしくない家の娘に、それこそ心を砕いてくれているプラネリテ。

 これだけの恩と優しさを貰いながらも、何も返せないのはハリーサとしても心苦しい。


 だから――というワケではないが、ハリーサなりにプラネリテの優しさに応えるような言葉を返したいと、そう思った。


 これまで一年間のお礼を込めて、そしてこれから先の四年間もお世話になるのだから、そのことへの感謝も込めて。


「母や、叔母のように見るのは難しいかもしれません……ですが、プラネリテ様。貴方は、私にとって敬愛すべき方なのは間違いありません。

 ですので――」


 プラネリテから身体を剥がし、ハリーサはその優しい女性の優しい目を真っ直ぐ見て微笑んだ。


「敬意と愛を込めて、師匠せんせいと呼ばせて頂いても良いですか?」

「ええ、ええ。もちろんよハリーサさん……いいえ、ハリーサと呼んでも?」

「はい。もちろんです、師匠」


 うなずき、今度はハリーサの方からプラネリテへと抱きついた。


 学園に行けば、ショコラがいる。トレイシアがいる。ガルドがいる。

 ゴディヴァーム家へ帰ってくれば、師匠がいる。


 だから大丈夫。

 家に帰る為の戦いに、手を貸してくれる人たちはいるのだ。

 自分一人で戦う必要はない。自分は、一人ではない。


 気の長い戦いになるかもしれないのだ。

 仲間や気を休める場所は、多いに越したことはないだろう。


 そんな師弟のやりとりを、周囲の従者たちは微笑ましいくも安堵した様子で見守っていた。




 王都、とある貴族の屋敷。


 ダメだ。何かがおかしい。

 祖父のことは好きではなかったが、それでも今の祖父はおかしい。


 あれは、自分の知っている大嫌いな祖父ではない。自分の知っている大嫌いな祖父が、まるで別のものにすり替わってしまっているような気持ち悪さを感じる。


 あれは誰なのだろうか。

 いや、そんなもの自分でもわかっている。変わってしまってはいるが、祖父本人であることには変わりない。認めたくはないのだが。


 母もだ。

 最近、同性であり娘である自分が見てもドキリとするような色気を放つようになっている。

 それだけなら良いのだが、日に日に幻娼のようになっている気がするのだ。

 気を抜くと、そんな母に籠絡されそうな気持ちになってくる。

 母に溺れるなど冗談ではないのだが、そういう幻視げんしに襲われることが増えてきている。


 おかしい。

 家の中がおかしい。


 父が死んだ時に、母と共に出て行く予定だった祖父の家。

 出て行きそびれてしまっていることに腹を立てていたのが懐かしい。


 この家は、おかしくなっている。


 家に勤める騎士も、従者も、使用人も。

 日に日におかしくなっている。


 当然――自分も。


「はやく、はやく学園に行きたい。寮に行きたい。

 ここはダメ。ここにいてはダメ」


 おかしな雰囲気が増していく家。

 その空気と雰囲気に飲み込まれている自覚がある。


 時々、自分の記憶が歯抜けになることがあるのだ。

 ふと気がつくと、直前の記憶と一致しない場所にいたりする。


 自室の机で勉強していた気がするのに、気がつくと浴室で湯船に浸かっていたりするのだ。

 何事もなく就寝したはずが、目を覚ますの母の部屋だったりすることもある。


 意味が分からない。あきらかにおかしいのに、誰にも相談できる気がしない。


 自分がいつまで自分でいられるかはわからない。

 あるいは、自分という存在などとっくに――


「違う。まだ大丈夫。あたしは、大丈夫。大丈夫なはず。まだ」


 祖父のように、母のように、使用人たちのように、自分もおかしくなってしまう前に――


 あるいは、完全にこのおかしな空気に飲み込まれる前に――


「お嬢様、お顔が悪いようですが大丈夫ですか?」


 この家のお抱えである狐目の薬師くすしに声をかけられて顔を上げる。

 こんな真横に人がいるのに気づけなかった。


 自分は相当参ってしまっているようだ。

 あるいは、とっくにこの空気に負けてしまっているのか。


 不安を飲み込み、誤魔化すように笑う。

 笑えて、いるだろうか。


「……ああ、はい。ええ、ちょっと体調悪くて。

 軽い栄養剤のようなモノで良いので、ありますか?」

「ええ、ございますよ」


 薬師から薬を貰い、自室へ戻る。


 もらった薬は飲まない。飲む必要はない。

 ただ、誤魔化す為に貰っただけだから。


 自室で、すでに何度も試着している制服に袖を通す。


 不思議と落ち着く。

 制服を着ると、普段の自分ではない自分になれる気がするから。

 この家に満ちる不穏な空気を、振り払ってくれる気さえする。


「はやく、はやく来週になって……。

 家に居たくないの……寮に入って、こんな家のコトなんて、忘れたいの……」


 強く目を瞑り、自分の身体を抱きしめ――


 ………………。


 ――次に目を開けた時は、四日後だった。

 入学前、寮に荷物を運び込む日。自分は、寮の自室に荷物を運び込む途中だった。



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 まえがきにも書きましたが、本作の書籍版の発売日が決定しました。


 新紀元社 モーニングスターブックス より 3/20発売です!٩( 'ω' )و

 イラストは古弥月先生が担当してくださいました。


 皆様、よしなに٩( 'ω' )و……いや、夜露死苦お願いします!


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