第135話 自宅に見知らぬ人がいるって怖くね?


 デュビュタントのパーティが終わり、ショークリアの食事会も終わった。

 ……となれば、普段は王都にいない者たちは帰路につく頃合いだ。


 キーチン領メイジャン家も、ダイドー領ゴディヴァーム家もそれは変わらない。

 両家は元々仲が良く、帰る方向も同じということで、共に帰ることとなった。


 そして、ハリーサ・チップ・ビルカーラはそんな両家の好意により、ゴディヴァーム家の馬車に乗せてもらっている。


「悪いなハリーサ嬢。ショコラ嬢ちゃんと一緒にいたかったかもしれないんだが……君を家に送り届けるとなると、メイジャン家の家紋は少々邪魔になる」

「ええ。理解しております」


 同乗しているリュフレ卿の言いたいことは、ハリーサも理解している。

 自分の両親はメイジャン家――というよりも、フォガードとマスカフォネが嫌いなのだ。

 それが結果として、メイジャン家が嫌いにすり替わっているようだが。


 自分自身、ショークリアと直接対面するまでは、二人の言葉を真に受けて嫌な家だと思い込んでいたのだが――


(考えてみれば、成り上がりだから嫌い……という程度の理由すらありませんでしたね。

 私がショコラを嫌っていたのは、単に両親からそう吹き込まれていて、それを信じてしまっていだけ。そこに私の意志などなかった)


 そのくらい、両親はメイジャン家が嫌いなのだ。

 もしかしたら、メイジャン家に匿われたというだけで、両親から嫌われてしまったかもしれないと考えると、少々憂鬱になる。


「どんな理由があろうと、子に迎えを寄越さないとなると、他家からの心証が悪い」


 こちらの表情を読んだのだろうか。リュフレ卿がそんなことを口にしだす。


「何らかの事情があるにしろ、一報くらいは入れるべきだ。

 それに、いくら嫌いだとはいえ、メイジャン家から君を保護したと一報は入れているのだから、それに対する反応くらいは必要だろう?」

「そうですね。仰るとおりです」


 ただハリーサへの連絡をしてこなかっただけではない。

 それに加えて領主会議の欠席だ。欠席することは悪いことではないのだが、するならするで、事前であれ事後であれ連絡をするべきだとは思うのだが――


「領主会議の欠席に関しても、事前であれ事後であれの連絡は必須だった。

 だが、それが無いとなると、王への叛意を疑われても仕方ない」

「はい」


 それも理解している。

 本当に叛意を持っているのであれば、両親ともどもハリーサも連座で処刑されてもおかしくはない。


 ハリーサは、メイジャン家で過ごす中で、そのくらいの想定はしていたのだ。

 ショークリアにだけは悟られたくない。そんな思いで、自分のその想定はひた隠しにしていたのだが……。


「そう悲壮に満ちた決意を固めるな。まだ決まったワケじゃない」

「ですが……」

「最悪の場合、我がゴディヴァーム家で君を預かる」

「え?」


 予想していなかった言葉に、ハリーサは目を瞬く。


「君の家は男児がいないだろう? それを利用させて貰う。

 いずれ領地を継ぐに辺り、女性領主経験者である私の母に、女性領主としての教授をして貰う――とかが良いだろう。

 一般的な領主では教えるコトのできない、中継ぎの女領主に必要なコトを学ぶ。それを名目として数年間、君を預かろうというワケだ。

 その上で、学習態度から君自身には謀反の意はないと私が証言をする。最悪、君だけは生き残れる可能性は高い」


 リュフレ卿の言葉は理解できる。それはハリーサにとってもありがたい申し出であるのだが、どうしても分からないことがある。


「リュフレ卿にとって何の利があるのですか?」

「ショコラ嬢ちゃんとの繋がりをより強固にできる。

 彼女は、義理堅く情に脆いところがあるからな。君を助けたとなれば、その義理も篤くなるというモノだ。

 彼女の持つ独特な視点と発想、そして行動力は劇薬だ。毒にも薬にもなる。毒としても薬としても、それは領地に莫大な利益をもたらすコトは間違いない。

 そしてその将来性も期待している。何せ両殿下と仲が良いんだからな。

 だからこそ、繋がりを保ちたい。彼女の真価を理解しない連中に、彼女を利用させる気はないんだ」


 ゴディヴァーム家と他家が、ショークリアの中で天秤に乗ったとき、常に自分側を選択して欲しいから、ハリーサを助ける。

 リュフレ卿の言い分を要約すればそういうことになるだろう。


 あくまでハリーサを助けるのは、ショークリアを囲う為でしかない――リュフレ卿はハッキリと口にした。


 だけどそれでも、ハリーサはありがたく思う。

 この手の話は貴族であれば、誰でもしているものだ。


 リュフレ卿はハリーサを子供と侮らず、真っ直ぐに語ってきた。

 だからこそ、彼の話は信用に値する。


「申し出、ありがたくお受けいたします。

 我が実家――ビルカーラ家に何かしらの問題が生じていた、あるいはこれから生じた場合、助力いただきたく思います」


 ハリーサから返せるものは何もない。

 ……今は、無力な子供だから。


 ショークリアのような能力はないし、両殿下たちのような権力もない。ただ中級貴族というだけの凡人だ。


 だけどそれでも、それは今の話でしかない。


「いずれショコラと同じくらい利のある女になってみせます。

 その時がきたら、助力に対する礼をさせて頂きたく思います」

「分かった。楽しみにしている」


 くつくつと笑いながら、だけどこちらの言葉を信じるようにリュフレ卿はうなずいた。


 現状、自分に出来るのはこのくらいだろう。

 あとは――実家がどうなっているか……ということくらいか。



     ○ ● ○ ● ○



 スーンプル領の領都に入ってきたのはゴディヴァーム家の者たちだけだった。


 メイジャン家は領都からほど近い野営できる場所で、ゴディヴァーム家を待っていてくれるらしい。


 領都にくれば良いのに――とハリーサは思ったのだが、リュフレ卿からは「君が思っているより君の両親はメイジャン家を嫌いなんだよ」と苦笑していた。


 それを見て、町に入って嫌がらせされるくらいなら、外にいることを選んだのだろうと理解する。


(野営を楽しめる方々だからこその選択ですね。

 一般的な貴族なら、事情はどうあれ渋々領都に入らざるを得ないでしょうし)


 つくづく規格外の貴族だな――と思いながら、ハリーサを乗せた馬車は領都の大通りを抜けて、領主邸へと向かっていく。


 そして、門の前で馬車を止めて貰い、リュフレ卿のエスコートを受けながら馬車から降りた。


 それを見、門兵が駆け寄ってくる。


「お帰りなさいませお嬢様」


 頭を下げてくる門兵を思わず睨んでしまう。

 気づかれる前に軽く目を逸らすが、横にいたリュフレ卿は小さく呟いた。


「それは八つ当たりだぞ。彼は職務を全うしているだけだ」

「ええ、分かっています」


 門兵である彼は王都で起きたことなど知る由もないだろう。

 両親が音沙汰ないせいで娘が困っていたなど、露にも思うまい。


「こちらは上級貴族ゴディヴァーム家のご当主であるリュフレ様。

 迎えが無かったので道中、同道させて頂いたの」

「迎えが……?」


 一瞬、門兵は目を瞬いたがすぐさま気を取り直した。


「ようこそゴディヴァーム様。お嬢様をお連れいただきありがとうございました」


 彼はそう一礼したのち、門を開けた。


「リュフレ様。このまま正道を進み、正面玄関まで行きましょう」

「いいのか?」

「はい」


 うなずき、ハリーサは告げる。


「そして玄関ホールで可能な限りのやりとりを済ませます。

 少なくとも両親のどちらかは、必ず顔を出すはずですので」

「わかった」


 それは言外に、問題があったのなら即座にリュフレ卿の手を取って逃げ出すという意味だ。

 もちろん、リュフレ卿も理解した上でうなずいているのだろう。


 そして、玄関が開く。


「お帰りなさいませ、ハリーサお嬢様」


 家で雇っている従者や使用人たちの挨拶を受けながら、中へと入っていくと聞き慣れない少女の声が響きわたった。


「あら? どちらさまかしら?」


 声のした方へと視線を向ければ、見慣れない少女がそこにいる。

 ハリーサに兄弟はいない。ならば、客人の類だろうか?


 そう思いながらも、拭いきれない不安と違和が澱となって心の底に溜まっていくのを感じる。


 だがハリーサとて貴族だ。

 表向きの表情からは悪感情を廃し、純粋に不思議そうな表情を張り付けながら問いかけた。


「あなたこそ、誰なのですか?」

「え? 突然、やってきていきなり何ですかあなた?」


 赤みの強い桃髪を揺らしながら、あざとく見える動きで首を傾げる少女に、ハリーサはイラっとして顔をしかめる。


 それに気づいたのだろう。出迎えの侍女の一人がおずおずと手を挙げた。


「差し出がましくもよろしいでしょうか」

「ええ。構わないわ」

「ありがとう存じます。ハリーサお嬢様。

 そちらはケイお嬢様――ケインキィ・ポリンク・ビルカーラ様です。

 私たちも驚いたのですけれど、旦那様がお連れしましたハリーサ様の妹君になります」

「は?」


 想定外の内容に、ハリーサは思わず変な声を上げてしまう。


「まぁお姉さまだったのですねッ!」


 一方のケインキィと呼ばれた妹だと言う少女は、高い位置で左右に結った髪を揺らし、黄色い瞳には喜色を灯して手を合わせた。


 ふわりと香る甘い匂いは香水の類だろうか。

 甘ったるいと感じるギリギリ手前のようなその匂いは、この少女の雰囲気には合っている。

 あるいは、似合い過ぎていると言うべきか……。


 甘いお菓子のように、ふわふわとつかみ所のない甘えた女。

 見た目、雰囲気、匂いから、ハリーサは目の前の少女をそう断じた。


 この女が振りまいているのは、腐り落ちる寸前の果実の芳香だ。

 今は芳醇と感じるが、腐り落ちた瞬間、全てをひっくり返すかのような悪香あっこうに変わり果てるかのよう……。


 ケインキィはハリーサと出会えたことを心の底から喜んでいる様子なのに、ハリーサの背筋には冷たいものが走り抜ける心地がする。


(この女の空気に飲まれたらダメッ!

 最悪、殴ってでも逃げないといけない気がしますわ……ッ!)


 理由は分からない。

 だけど、この女を妹だと認めてはいけないという警告が全身を駆けめぐる。


 どうしたものかと逡巡していると、すぐに別の声が聞こえてきた。


「あら? ハリーサではありませんか。帰ってきましたのね」


 その声の主は――


「お母様」


 まるで、日帰り旅行から帰ってきた娘を迎えるような軽い調子で階段を降りてくる母。

 そのことに強烈な違和感を覚えながらも、ハリーサは笑顔を張り付け挨拶をする。


「ええ。ただいま戻りましたわ、お母様。

 王都に誰も迎えに来てくれないのですもの。リュフレ卿にお願いして、同道させて頂きましたわ」


 とはいえ、その挨拶に多分な皮肉が含むくらいのことは許してほしいと、ハリーサは思うのだった。



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