第134話 王と宰相は帰路につく
「んふふふふふ~♪」
「がはははははは♪」
神域の食堂で、青と赤の上機嫌な笑い声が響く。
「ショコラちゃんの食事会サイコー!」
「本当になッ!」
ショークリアが作り出した料理を見て、食神クォークル・トーンがその手腕を振るって再現する。
食神たる
食材に関しても神の権能によって自在に生み出せるので問題ない。
そして、その振る舞われる料理の大半は、青と赤の二柱の胃袋に納まっていくこととなる。
「あー……美味しい! 絡まり魚ってあんなニョロニョロと変な見た目しているのに、料理になるとこんな美味しいなんてッ!」
「エリドコルクの唐揚げもいいなッ! 特に筋肉に変わりやすいというのが良いッ! 旨くて身体が強くなるとか最高だなッ!!」
テーブルの上の料理を上機嫌に――そしてスゴい速度で減らしていく二人を横目に、緑の女神は肩を竦めた。
「すっかりできあがってるじゃないか」
「ショークリアの料理を堪能する時は、酒精に対する耐性を落とすに限ると――二人は、良く口にしているからな」
緑の言葉を聞いていた黒の神は、小さく嘆息しながら、絡まり魚の白焼きを口に運ぶ。
「だが、分からないワケでもないな。
ショークリアのもたらす料理は、驚きに満ちている」
「食べるモノを思って作られているのも良いさね。
その驚きも、美味しく食べてもらう為。そして作り込まれた料理は、食べやすさや栄養面まで意識されている」
食事会のやりとりを思い出すだけでも、緑としては嬉しくなる。
王と宰相の体調を慮るばかりか、二人の体調に合わせた料理まで出してみせた。
元々は別の想定で作った料理であったかもしれないが、提供する時にそれの持つチカラを説明することで、料理に手を加えぬまま二人の体調を気遣う料理に変えてみせたのだ。
それは、生命を司る母神としてとても好ましい行いだ。
加えて――
「やむ得ぬ場合を除けば、生き物を殺す以上は有効利用する。道具の素材にしたり料理の食材にしたり――この考え方は、命を司るあたしは当然として、死を司る貴方にしても、とても好ましいものだろう?」
「ああ。死を無駄にしない。その考え方に好意を覚える」
本人に自覚があるかどうかなどは関係ない。
ただその在り方を尊く思う。
「そんなショークリアが作る料理だからこそ、みんな――あたしたちも惹かれちまうのかねぇ……」
「そうかもしれんな」
しみじみとした様子で、エリドコルクの唐揚げを口に運んだ時、もう一柱がこの場へと現れる。
「すまぬ。遅くなった」
「アンタが遅刻なんて珍しいじゃないか」
そう言って緑が笑った時だ――
「にゃはははははははは♪」
「くははははははははは♪」
青と赤の上機嫌な笑い声が響きわたった。
「何だ……アレは?」
「見るな白。関わってもいけない。
ただ静かに、目を付けられぬよう、そこへ座れ」
戸惑う白に、黒が淡々と答える。
白は直感的に、黒の言葉に従うべきだと判断し、緑の横へ腰掛けた。
「あの二人、酒に酔うコトにすっかりハマっちまってるのさ」
「ほどほどにして欲しいモノだが……」
「まったくだ」
白と黒は同時に嘆息するのを見て、緑も同意するように笑うのだった。
○ ● ○ ● ○
「素晴らしい食事会でしたな」
帰路を往く馬車の中、乗っているのは王と宰相の二人だけ。
子供たちは、もう少しメイジャン邸にいるそうだ。
もとより逃走……もといお忍びだった王と、王を探しにきた宰相は先に帰ることにしたのである。
ちなみに、お忍び故に馬車はそこまで豪華なモノではない。
とはいえそれでも、準中級貴族が使う程度には見栄えるモノだ。王族が乗っていると思わなくても、貴族が乗っているだろうことくらいは、すぐ分かるものになっていた。
そんな馬車の中、宰相が口にした言葉に王はうなずいた。
「減塩料理という手法もさるコトならが、真に心を尽くした料理というモノについて考えさせられた」
「食材や料理のもたらす効果を意識した上で、提供するというのには驚きましたな」
「加えて、ショークリア嬢自身の話し方や立ち振る舞いも上等であった」
「減塩料理の進め方の時でしたかな?
すぐにやめろではなく、郷土料理として残しつつ、移行させていくべきだと――あれは狙った言動か、素のままだったのか」
「どちらであれ、彼女はそういう話の組立方が出来るというコトであろうな」
どれだけ正しい言葉であっても、一方的に排除するような言い方ではカドが立つ。そうなれば受け入れることへの抵抗感が出てくるだろう。
一方で、正しい言葉を口にする際に、排除する対象――今回の場合、現状の料理――への敬意を示し、妥協案を同時に示した場合では、心証が異なる。
「成長が楽しみな希有な人材だ。だが――」
「ええ。今のままでは、女というだけで埋もれかねませんな」
その時、王の脳裏にはキーチン領やダイドー領での女性雇用が増えているという噂を思い出す。
「だからか……」
「陛下?」
訝しむ宰相に対して何も答えないまま、王の意識は思考の海へと沈んでいく。
確かダイドー領の先代領主が戦争で散ったあとに、現領主が就任するまでの空白を埋めていたのは、先代領主の妻だったはず。
また、先代領主の妻は現領主であり息子のリュフレ就任直後は、領地経営の素人であった彼を支えていたという。
しかし、それを賞賛する声はなく、むしろ「女のクセに領主のマネゴトなどを……」という言葉ばかりだった。
「なるほどな。サヴァーラもカロマも、キーチン領に奪われてしまうワケだな」
独りごちる言葉に、宰相は目を眇める。
疑惑や呆れからくるものではなく、王が何を考え始めたあのかを理解したからこその眼差しだ。
メイジャン邸で仕事をしていた二人の女騎士たちは、王子の母、王女の母それぞれを直接護衛する騎士として、見目も能力も完璧であった。
王はそんな二人を密かに信頼していたのだが、二人とも辞めてしまった。
色々と報告はあがってきたが、どれもこれもが「女だから長く続かなかっただけ」というモノばかり。
自分も漠然とそれに納得してしまっていたのは、だいぶ毒されてしまっていたのだろう。あるいはその毒が当たり前のモノになりすぎていて、視界が曇っていることに気づけなかったのか。
……あるいは、その両方か。
(両方で、あろうな……)
自嘲気味に笑ってから、王は改めて宰相へと視線を向けた。
「すぐには難しいかもしれぬが、キーチン領やダイドー領に習い、女性雇用を増やそうと思う」
「確かにすぐには難しいかもしれませんが、人で不足の今――ちょうど良いかもしれませんね」
「ロクな仕事もせず、女のクセにと見下す輩が居たら言ってやればいいのだしな。
ならば、その見下している女より仕事できないお前は何なのだ――と」
「そればかりが横行すると今度は王宮内が行き過ぎた実力主義社会になってしますがね。
それを防ぐ為の調整は必要でしょうが……そういう荒療治もやっていくべきでしょうな」
「近いうち、手紙で構わぬのでダイドー領やキーチン領における女性雇用の注意点や工夫などを聞くとしようか」
「素直に教えてくれますでしょうか?」
「教えてくれるだろうな。どちらも敵にすれば恐ろしいが、味方としては頼もしいぞ?」
「そこは否定しません」
気晴らしにしても、新たな気づきを得る機会としても、非常に有益な場であったのは間違いない。
「しかし最後に食べたサヴァランなる甘味。美味であったな。
あれを食べたら、もう甘いだけの宮廷菓子など口に出来ぬぞ?」
「私もそうです。ですので、レシピを貰ってきました」
「貰えたのか?」
「ええ。わりとあっさりと」
料理のレシピに限らず、職人の技術というのは秘匿される面が多いと聞く。それがよもやあっさりと手に入るは王も驚きである。
「ただ、メイジャン家の料理人曰く、一般の手法からかけ離れたモノや、新しい調理法なども使われているので、常識に捕らわれている限りは、レシピ通りに作れない可能性がある――と言っていましたな」
「レシピまでも常識外なのか」
驚いた顔をする王に、その上で――と宰相は付け加える。
「常識に捕らわれている限り難しい料理ながら、基礎や基本は必要な為、常識を疎かにしている者にもまた作れないとも言っていましたな」
「常識や基本を大切にしつつもそれを崩すコトで前に進む……か。
なるほど、キーチン領を中心に追い風が吹くわけだ」
急な改革はどうしても無理が生じる。
だから、基礎や基本といった土台はしっかりと押さえつつ、変えていける場所に新しい概念をもたらしていく――という手法を使っているのだろう。
「だが、その追い風は我らの元にまで届きだしたぞ、宰相」
「そうですな。次代の為に、老骨にムチを打っていくコト――躊躇いはありませぬ」
「この追い風に乗って行けるところまで行く。
無理をさせるが、最後まで付き合ってくれ」
「御意」
馬車の中で、宰相が恭しくうなずく。
怠惰の澱に沈んでいた国に吹き出した活力の風。
それを明確に感じ取った国王と宰相は、決意新たに仕事の山の待ちかまえる執務室へと帰って行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます