第133話 やっぱりそこまで難しく考えちゃいねぇんだが


 塩を摂りすぎるのは良くない――ショークリアの言葉に、それを初めて聞いた者たちは目を見開いた。


 とんでもない爆弾発言だ。

 今までの常識や贅沢が、根幹から覆るような、そういう話だ。


 ただの調理法だと思っていたが、根幹にこの考え方があったというのであれば認識を改めざるをえない。


「減塩料理の噂は聞いていた。

 だが、これまで報告を上げて来なかったのはなぜかね?」


 しかし、同時に王の中には疑問が生じる。

 そんな王の問いに、答えたのはショークリアではなく彼女の父であるフォガードだ。


「恐れ多くも陛下。それは当家の立場が微妙だったからです。

 直接、陛下たちへと報告する方法は無く、誰かを経由させれば握りつぶされるか、その内容を自分の手柄に変えてしまうか。

 内容が内容なので、間に誰かが入るコトで情報がねじ曲がってしまうのも嫌でしたので」


 そう言われてしまうと、国王としても言葉はない。

 今の貴族の多くにとっては、国にとって有益であるかどうかよりも、自分にとって有益であるかどうかばかりに囚われてしまっていると言われればその通りだからだ。


 あるいは、その情報を元にして何らかの政略が行われた場合、むしろ減塩料理を悪とする存在が生まれていたかもしれない。

 それが世論に後押しされてしまえば、減塩料理は失われていたことだろう。


「それは申し訳なかった……としか言いようがない。

 今後はもう少し、意見を通しやすい環境を作るコトも検討するべきだな」


 フォガードの言う通り、重要な情報を握りつぶされたり、改変されたりしたら堪らない。


 国王としては多少不正を働いていても、重要であるかどうかの情報を的確に判断できる者なら目こぼしをしてやってもいいとは思っている。

 そこの判断を出来る上に、ちゃんと奏上してくる者の不正であれば、極端な話――国に致命傷を与えることはないだろう。


 だが、今この国に蔓延している不正な政治家というのは、そこの判断が温く、重要な情報であろうと正しく判断できず握りつぶし、ねじ曲げて報告する。


「膿は出しているつもりだが、出し切れてはおらぬか」

「それでも、以前までよりはマシになっているはずです」

「そうだな」


 宰相の言葉に、国王はうなずく。


 ショークリアは――いや、キーチン領メイジャン家の活躍は、活力の風だ。

 これが追い風となっているうちに、王としてはできることをやるべきだと考えている。


「あー……それと、塩のついでに話すんだけどな……」


 そんなやりとりをしていると、ショークリア嬢が割り込むように、おずおずと声を掛けてきた。

 どうやら、塩以外にも何かあるようだ。


 王が先を促すと、軽く一礼してからショークリアは告げた。


「まぁなんというか、砂糖――というか糖も同じなんだ。

 こっちはあまりにも過剰に取りすぎると、病気になりやすくなり、傷も治り辛くなる。治り辛いだけならいいんだが、最悪の場合は治らず腐りおちるコトもある。

 さらには目が悪くなるどころか、目が見えなくなる可能性もある。

 詳しく説明しようとすると、どうしてもシモの話にもなるから、食事会である今はしねぇけどな」


 シモの話――という言い回しはあまり聴き馴染みのないものであったが、食事会ではしたくない……ということから、排泄に関することだろうと国王は理解する。


「塩も糖も、運動して汗として流したり、身体を動かす為の燃料に変えたりしちまえば体内から消費するコトは出来る。

 というか通常はそうやって使われるハズなんだが、取りすぎちまうと、それで消費しきれず身体に残る。

 あるいは適正量しか食ってなくても、運動量が少ないなら減らし切れずに身体に残るワケだな。

 そしてあまりにも身体に残りすぎると、やがて身体を患わせる毒へと変化していくって感じだ」


 国王はショークリアの知識量に戦慄もする。

 今、彼女が語っている内容は、下手な医術師や治療師が持ちうる知識よりも高度なものだろう。


 どういう経緯でその知識を身につけたのかは分からない。

 だが、彼女の語ることは真実であると漠然と理解できた。


「では貴族で流行っている砂糖の塊のような菓子は……」

「時々なら構いやしねぇが、毎日食ってるようならやばいな。

 ましてや、騎士や何でも屋ショルディナーみてぇに暴れ回る機会なんてないだろ?」


 そういえば先ほど、運動することで消費できると言っていたか――なるほど確かに、多くの貴族に運動は足りてないだろう。


「ショークリア嬢。其方そなたのその食事に関する知識――味ではなく、身体への作用に関する知識だが……後日、詳細を聞いてみたい。時間は取れるか?」

「ええっと……」


 ショークリアは、国王からの誘いにどうしたものかとフォガードへと視線を向ける。

 すると、フォガードは首を横に振った。


「陛下、申し訳ありません。

 すでに頂いている王命の都合、一度領地に戻らなくてはなりません。

 陛下にお待ち頂けるのでしたら、来年――ショークリアが学園への入学後に、お誘い頂ければと」


 チラリとフォガードはハリーサへと視線を向ける。

 その意味を理解した王は、それならば仕方がないとうなずいた。


「そうであったな。最近忘れっぽくていかん。

 ならば、先の命を優先してくれてかまわぬ。

 そしてショークリアよ。来年、其方の勉学の邪魔にならぬ形で、一度話し合いに誘わせて頂く」

「おう。その時は、事前の準備もするんで、早めに日取りを教えてくれると助かる」

「無論。明日明後日に来い――などと無茶な命は出さぬよう約束しよう」


 ホッとした様子を見せるショークリアの姿に、国王は思わず笑みをこぼす。


 知識はあれど相応の姿を持っているのだと実感できる。


「しかし、ショークリア嬢を見ていると思うコトがあるな」


 それに、彼女の今の立ち振る舞いは粗雑で乱暴なれど不快に感じない。


「臣下としての礼を尽くしているのであれば、言動や態度はあまり気にならぬのだな」

「態度や仕草が完璧でも不快に思う者がいるように、その逆もあるというコトではありませんかな?」


 思わず呟いた言葉に、宰相が反応する。


「なるほど。そうかもしれんな」

「何より彼女は魔術の代償として言葉と振る舞いが制限されているだけ。

 本人は無意識に正しい振る舞いをしようとしているのであれば、その心遣いから滲みでるモノもあるのでしょう」

「自分の出来る範囲で礼を尽くし、振る舞いに気を使い、言葉を紡ぐ――となれば、こうも感じるか」


 あるいは、常日頃よりショークリアの振る舞いもそうかもしれない……と、国王は笑う。


 言動や立ち振る舞いは粗野で乱暴であろうとも、その胸に秘めた気高さや気遣いなどは陰ることはない。


「これこそが貴き血――というモノかもしれんな」

「この場以外では口にしないで頂きたい言葉ですな」


 変な誤解が生まれても困る――と宰相は苦笑する。

 それに対して、王が分かっている……と返した時に、ショークリアはパンと手を叩いた。


 その音に皆がショークリアを注目する。

 彼女が注目されたのを確認してから、参加者を見回しつつ告げた。


「悪いな。少しばかり難しくて詰まらねぇ話を広げちまった。

 お詫びってワケじゃねぇが、甘いモンも用意してある。これがこの食事会最後の〆って奴だ。是非楽しんでくれ」


 甘味か――魚や肉と比べると、国王としては興味が薄い。

 どうしても王城で出される砂糖やハチミツの塊を想像してしまうのだ。

 ただ甘いだけのあれらは、どうにも好きになれない。


「しかし、ショークリア嬢の作る甘味なのだったな」

「先ほどの話もあります。甘いだけの塊など出てこないでしょう」


 宰相の言う通りだ。

 そう考えると、少しは期待できるかもしれない。


 そうして出てきたのは――黄金に輝くダエルブだった。

 恐らくはそういう色のタレなのだろう。薄切りされたダエルブが二枚。そこに白いクリームのようなものと、エニーヴの実が添えられ、美しく盛りつけられている。


「金に輝くダエルブとはな」

「美しさには申し分ありませんな」


 王と宰相がうなずきあう。

 そこへ、ショークリアが解説するように声を上げた。


「これはサヴァランって名前の料理だ。

 砂糖の塊をそのまま使うような甘味とは違う――砂糖を使い試行錯誤したコトで作り出された、本当の贅沢品だぜ」


 砂糖を使って試行錯誤して作り出された贅沢品――その言葉の意味が分からず、国王は目を眇める。


 疑問に思ったのは国王だけではないのだろう。

 誰もが少しばかり訝しんだ時、息子――キズィニー十三世が手を叩いた。


「なるほど。確かに贅沢品だ。

 試行錯誤をしたというコトは、たくさんの失敗作を作ったってコトだからね。高価な砂糖を使って何度も失敗できる。それは確かに財力を示すコトになるかもしれない」

「正解だ、殿下。

 そうしてたどり着いた、もっとも旨いと感じる砂糖の量を用いて作られたのがコレってワケだ」


 ニィと歯を向いて笑うショークリアを見て、国王も宰相も何ともいえない顔をしてしまった。


「発想が恐ろしいな。どうしてそういうコトを思いつける……」

「ですが、確かに有用な考え方です。

 美味しい甘味を作れる料理人がいるというコトは、同時に作れるようになるまで試行錯誤させるコトのできる財力を示している。

 たった一品の料理で、料理人と財力の両方を自慢できるのですからね」

「レシピ……なんとか売って貰えぬだろうか」


 最悪、ショークリアに頭を下げてでも貰いたい……などと王は考えているのだが、それをおくびにも出さずにサヴァランへと手を付けた。


「ともあれ、味を確かめるとしよう」

「そうですな」


 そうして――国王と宰相のみならず、サヴァラン初体験の参加者たちは、またも大きな声をあげることとなるのだった。


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