第132話 本当は自分らでやって欲しいんだけどな
尻尾のスライス肉を、ダシにくぐらせる。
身の色が白く代わり――そして固くなる前に引き上げ、水気を切って皿に盛る。
茹でられ甘くなった
そう。
ショークリアが用意したエリドコルクの尻尾肉。その食べ方とは――しゃぶしゃぶである。
さっと茹でて余分な油分を落とた肉は、柔らかい旨味を味わえる一品だ。
「茹で肉?」
「意外ですな……独創的な調理法をしてきた最後が茹で肉とは」
もちろん。それを訝しむ者も少なくない。
だが、ショークリアは自信を持って、この一品を
「ただ茹でただけではない味わいになってると思うぜ。
まずは一切れそのままで。あとは、小皿に用意した薬味や、テーブルに用意してある好きな調味料で好みの味付けにして食べてくれ」
尻尾は他の部位以上に脂が多い。
そのまま焼いて食べるのも美味しいのだが、どうしてもクドく感じてしまうし、多すぎる脂はエリドコルク特有の匂いの元にもなっている。
だから、ダシにくぐらせて余分な脂を落としたわけである。
さらにダシには
「見た目は茹でられた白いお肉ですが……」
受け取った皿を見ながら、トレイシアが首を傾げた。
ショークリアはただの茹で肉ではないと言っていたのだが、見た目だけだと分からない。
「シア様、まずは食べてみましょう」
「そうね」
ハリーサに促され、トレイシアはまずは一切れ口に入れた。
「まぁ」
「これは」
柔らかな歯ごたえ。口の中ですっと溶けていく脂。
魚のような淡泊さと鶏肉のような旨味は、この食べ方が一番強いかもしれない。あるいは、尻尾そのものが旨味の濃い部位なのか。
臭みはなく、肉のものとは違う仄かな甘みが、肉の味を引き立てているようだ。
少量の塩をかけると、肉の甘みがより引き立つ。
少量の花茶塩をかけてみると、それの持つ仄かな渋みが肉の旨味を引き立ててくれた。
使う調味料や薬味によって幾重にも味が変わっていくという体験は、トレイシアにとってもハリーサにとっても新鮮なものだった。
「二人とも、肉も良いけど
どうやらすでに食べて驚いたらしいガルドレットがそう声を掛けてきたので、トレイシアとハリーサは顔を見合わせる。
「では、ガルドの言葉に従ってみましょう」
「はい」
二人はうなずき合うと、お肉に添えられた
茹でられくたくたになりながらも、シャッキリとした歯ごたえを残すそれを噛みしめる。
すると、
「これ、甘いです……ッ!?」
「こんな甘い
しっかりした
「私も驚いたんだ。
「辛みもなく、本当に
ガルドレットの言葉にハリーサがうなずいた時、トレイシアは長ネギの切れ端を肉に乗せ、軽く塩をかけて口に入れていた。
「これはたまりませんね……。
仄かな塩気が、
幸せそうな顔で頬に手を置くトレイシアに、ガルドレットとハリーサは揃って笑う。
常に気を張っているだろう王族に、料理でここまでの表情を引き出せるショークリアの手腕はすごいものだ。
「未知なる美食を求めて戦う何でも屋――縮めて美食屋。
こうやってごちそうになると、彼女の二つ名の意味を実感するよ」
「ええ、分かります。
これらを食べてしまうと、ただお金を掛けて贅を尽くしただけの料理を美食と呼んでいる自称美食家の皆様の舌を疑いたくなりますわ」
自分の父親も含んでいるだろう皮肉を口にするハリーサに、ガルドレットはほんのわずかに目を眇めた。
一週間近く連絡の付かない家族に、色々と思うことが湧いているのだろうか。
「エリドコルク料理の〆は、今の茹で肉の茹で汁を使ったスープだ。
旨い
そうして出されたスープの中には、蝶ネクタイを思わせる小さな白いモノが入っていた。
「ショコラ。この蝶々のようなモノはなんでしょう?」
「ファルファッレって言ってな――小麦粉で作ったモンだよ。そんな形をしているが、パスタ麺みたいなモンだ」
「これが、パスタ麺……?」
この世界にも麺料理は存在しているので、ショークリアは簡潔にそう説明する。
ただ、見た目があまりにも麺という言葉から逸脱しているので、トレイシアに限らず説明を聞いていたみんなが目を瞬く。
スープの中には、ファルファッレ以外には野菜が入っている。
こちらが茹で肉を食べている間に、野菜を煮込んでいたのだろう。
「これまでのショコラが作った料理を思えば、まずいワケがありませんよね」
ファルファッレは変わった形をしているものの、小麦から作った麺のようなものであれば、特別変わった味はしないはずである。
トレイシアは、スプーンでスープと一緒にファルファッレをすくい上げると口へと運んだ。
「お肉が入っていないはずなのに……!」
最初に感じたのは、エリドコルクの脂の風味と旨味。
そこに野菜から出ただろう甘みや、今まで食べたことのない不思議な甘みを感じる。
滋味深い味わい――とでも言うのだろうか。
エリドコルクの肉自体は淡泊であっさりした味だ。
だからこそ、風味は強くとも決して主張しすぎず、野菜の甘みと調和することで優しい味わいになっている。
そしてファルファッレは確かに麺の味がする。
もっちりとした食感と、小麦の味。そして独特の形状のせいか、しっかりとスープと絡み合う。
麺も含めて、優しくほっこりとする味のスープだ。だけど、それだけではなく、一口食べるとまた次の一口が欲しくなる味でもある。
恐らくは仄かに香る
トレイシアはスープを食べながら何ともなしに、父――キズィニー十二世の方を見る。
すると、彼は猛烈な勢いでスープをかきこんでいた。
「なんとも元気の出るスープだな、宰相」
「ええ。不思議と身体も暖まっていきますな」
「これは温かいスープだから……というワケではないな。ショークリア嬢」
国王がショークリアに訊ねると、彼女は一つうなずく。
「おう。
「それは有益な情報ね!」
目を輝かせるのはガルドレットの母親だけではない。
恐らくは同様の悩みを持っていただろう商人の一人もだ。
「ついでに、エリドコルクの肉は低カロリー高たんぱく――まぁ言っちまえば、筋肉の材料になりやすく、脂肪の材料になりづらい食材だな」
それを聞いて、ゲストたちの護衛をしている騎士らの表情も変わる。
「まぁエリドコルクは難しくても鶏肉は結構似たようなチカラを持っているからな。特に胸肉やササミがいい。
ただ鶏にしろエリドコルクにしろ、皮は脂みたいなモンでな。この部分に関しては、身体の脂肪になりやすいから気をつけろよ。
とはいえ、脂肪がつかなすぎるのも身体にゃ毒だ。必要以上に食い控えるのはかえって身体には良くねぇ。特に女性陣な。太ったからって過度に食い控えすると身体に悪ぃ上に、反動で健康に悪い太り方するぜ」
この言葉に、会場内の大人の女性たちは心当たりがあるのか少し顔をしかめた。
「ショークリア嬢は、食材の持つチカラを考えながら料理をしているのかね?」
「全部が全部じゃねぇけどな」
国王からの言葉にショークリアは首肯する。
「生き物は食ったモンを血肉にする。その過程で、その食ったモンに含まれている様々な作用が、食った奴の身体に影響を与える。
食事ってのは日々を健康的に過ごす為の薬でもあるんだよ。そして薬と違って旨ぇんだからすげぇよな。
ただやっぱり薬だからな。食い過ぎるのはどんなに優秀なチカラを持つ食材だろうと、毒になる」
ショークリアの言葉を聞いている者たちは皆が一様に難しい顔をした。
平然としているのは、ショークリアのその理屈をすでに理解している者たちくらいか。
「この流れだから言うぜ。
これから言うコトは、この国の食の在り方の根幹を揺るがす話になっちまうが……王様に直接聞いて貰えるのは、今この時にしかねぇからな」
わざわざショークリアがそう前置く話とは何なのか。
一度言葉を区切ったショークリアが国王を見る。それに、彼はうなずくことで先を促した。
「塩は取りすぎるのは毒だ。
だがこの国の塩花料理は、成人男性が一日に接種して良い塩の量を、ただの一食で上回ってる」
メイジャン家の面々や、良く出入りしているというリュフレとその従者たち以外の表情が変わる。
「塩を取りすぎると、血の流れが悪くなり肩や首が懲りやすくなる。疲れやすくなる。最悪、頭の中の血管が詰まって死ぬ。
これは年を取れば取るほど、そういう症状に見舞われやすくなる」
キーチン領。
ダイドー領。
この二領地で減塩料理が流行りだしていた。
そして、この場にはいないが、ライフカシエ領の者たちの間でも徐々に広まりだしていたという。
その仕掛け人はおそらくショークリアだと、王族たちは思う。
実際はどうであるかはともかく、その影響は間違いなくあるだろう。
「オレとしては、この国にすむ人々の寿命を伸ばすためにも、今の花塩料理は伝統料理として残しつつ、主食から外していくべきだと思うぜ」
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