第131話 やっぱ旨い肉ってのは最高だ

前話の終盤、今話で披露する料理の作成過程をちょっと修正しました

本編には一切の影響はありません


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 焼きあがったエリドコルクの足ステーキが皿に盛られ、ゲストたちの手に渡っていく。


 焼けて焦げ目がついているとはいえ、鱗と爪がまだ残っている。

 その鋭さから、解体前の凶悪さを思い出してしまう。ただ、その先にある鶏モモを思わせるような肉は、美味しそうな小麦色に焼けていた。


 焼けた肉と塩、そしてローズマリーに似た香草イェラメソールの甘やかさが混ざった香りは、どうしようもなく食欲をそそる。


 王族や上級貴族の面々はカトラリーを使っているが、メイジャン家の面々は手でもってかぶりついている。


 様子を見ていたピカオ・タールことドンは、手で掴んで行くことにした。


 爪に気をつけてながら鱗の残っている部分を掴み、豪快に肉へとかぶりつく。


「おお!」


 肉汁溢れる鶏のササミ――とでも言えばよいのだろうか。

 アッサリとした口当たりながらも、しっかりとした脂の旨味を感じる肉だ。


「これはぁ、たまりませんなぁ……」

「先ほどの絡まり魚を思わせる淡泊さ……それでいて鶏のような食べ応え……なんとも不思議な味です」

「あの凶悪な姿からは想像できないほど、あっさりとした味わいですね」

「ええ。ですが、肉汁がしっかりと溢れ出てくるおかげで、肉を食べてるという気になりますなぁ」


 商人としての集まりの中にいるピカオは、商人としてなら自分よりも格上な者たちと共に感想を口にしあう。


 仄かに振りかけられた塩は、脂の甘みを引き立ている。

 それだけなら、食べ続けているとクドく感じそうだが、イェラメソールの香りのおかげでかなり和らげられているようだ。


「脂の甘みだけでなく、イェラメソールの甘い風味も良いですな。これがあるのとないのでは、味の品格が変わりそうだ」

「イェラメソールがないならないで、町の屋台料理のようになりそうですなぁ。それはそれで自分は好きです」

「ああ、わかります」


 この足ステーキも、絡まり魚の料理もそうだが、今日提供されている料理はどれも貴族、庶民どちらにも通用するだろう料理だ。


 王侯貴族のゲストが多いため、そちらに寄せた調理をしているようだが、もっと大ざっぱに、手軽な作り方をすれば庶民向けにもなるだろう。


 とはいえ、エリドコルクを狩ってくるのことの難易度がなかなか高いのが問題か。


「しかし減塩料理かぁ……」

「塩の値段があがってますからな」

「王族や上級貴族に振る舞うところを我らに見せたというコトは……」

「まぁそういうコトでしょうなぁ……」


 つきあう貴族の見極めが重要になってきそうだと、彼らは語り合う。

 真面目な顔をつきあわせるのも嫌いではない。だがピカオとしてはこの場において重要なのは料理を楽しむことである。


「大事な話ですけどねぇ、今はエリドコルクの味を楽しみませんかぁ?」

「ピカオ殿の言う通りですな」

「機会があれば、我らだけで集まるのも良いかもしれませんね」

「その機会には是非。自分も混ぜて頂きたいですねぇ」


 ピカオは料理が好きだ。する方ではなく食べる方だが。

 食べる者を楽しませようとする創意工夫が盛り込まれた料理であるほど、ピカオは好む。


 旨いのはもちろんだ。同時に、驚きや楽しみが盛りだくさんであると嬉しくなる。


 そういう意味ではこのショークリアが腕を振るう食事会は、最初の絡まり魚の時点で満点だ。いや満点以上だ。


(いやぁ、これはますますお嬢ちゃんから離れ難くなっちまうよぉ)


 こんな料理を時々振る舞ってもらえるかも――という欲に従うならば、ただキーチン領に幻夢館を置かせてもらうだけでなく、拠点ごと向こうに移動するのもアリでは? と思ってしまう。


「足のステーキだけでなく、ショコラお嬢様もまだなにか作っていますし、次の料理も楽しみですなぁ」


 嬉しそうにそう口にするピカオに、商人たちも同意するようにうなずくのだった。




 ショークリアは大振りの一口大に切ったエリドコルクの肉を、卵と小麦酒を混ぜて作った卵液にくぐらせる。

 それから、小麦粉や塩などを混ぜた衣用の粉をまぶし、油の中へと静かに入れていく。


 ジョワジョワパチパチと派手な音を立てる鍋に、みんな驚いたように目を向ける。


 揚げるという調理法がほとんど広まってない世界だ。

 油の中に食材を入れるだけでも驚いただろうし、その食材と油が組み合わさって起こる派手な反応も、ビックリだろう。


(オレからすりゃあ、テンションあがる光景なんだけどな)


 そんなことを思いながらショークリアはエリドコルクの唐揚げを揚げていく。


 そして揚がったモノを足ステーキを焼き終わって手があいていたシュガールとジンが盛りつけ、それを給仕たちが運ぶ。


 その淀みなく流れるような動きは、各人が連れてきていた従者たちも感心する。

 事前の打ち合わせがしっかりされ、当日流れなどがちゃんと理解、把握しあえている証拠だ。

 中には、それをうらやましいと感じてしまう従者もいた。


 ともあれ、くし切りされたエノミルレモンと、何やら白いクリームのようなものが添えられた皿だ。


「ショコラ、これは何ていう料理だい?」

「おう。唐揚げだ。エリドコルクの唐揚げだな」


 ガルドレットに問われ、ショークリアが笑みを浮かべながら答える。


「味は付いてるから、まずはそのまま食べてくれ。

 その後は、好みでエノミルの汁や、白いクリーム――タルタルソースなんかを付けて好きに楽しんで欲しい」


 エリドコルクの唐揚げ――それにガルドレットはフォークを刺すと、口に運ぶ。


 外側からサックリとした歯ごたえを感じたあと、内側の肉に歯が当たる。

 そのまま一気にかみ切ると、あつあつの肉が顔を出す。

 足ステーキを食べた時にも感じた、魚のような淡泊さと鶏肉のような旨味をたたえた汁が、噛むたびに口に広がっていく。


 そこに、小麦粉と混ぜていただろう塩や、いくつかの香辛料が複雑に絡まりあった味わいが、仄かに、だけど確かな存在感として口の中で踊り広がる。


「あっつ……熱いけど、これは良いな!」


 はふはふしながら食べたガルドレットの評価は上々だ。

 ガルドレットだけでなく、男性陣からの評判は良い。


「宰相、酒が欲しい……」

「陛下、我慢しましょう。今飲んだら我々は倒れます」


 むしろ飲んで倒れて一息入れるべきではないだろうか――とショークリアのみならず周囲にいる者たちは思うのだが、さすがに声に出してツッコミは入れづらい。


 女性陣は――と思ってショークリアが視線を巡らせていると、トレイシアとハリーサが並んでそれを食べていた。


「外はサックリとしていて、中のお肉は弾力があって柔らかくて……。

 エリドコルクのお肉が美味しいのもありますが、この調理法も良いですね、ハリー」

「はい。シア様。

 こちらのタルタルソースというクリームを付けると、また違った味わいになりますよ」

「エノミルの汁をかけるのも、よりさっぱりと食べられるようになるのですね」


 どうやら、ハリーサはタルタルソースが、トレイシアはエノミルを使うのがお気に入りのようだ。


「調理法を見る限りだと、他のお肉でも出来そうですね」

「そうなのですよ。エリドコルクも美味しいですけど、同じ調理法で鶏のもも肉を使ったモノも美味しかったですよ」

「まぁハリー。あなた、ショコラの料理を?」

「ええっと、はい。こちらのお屋敷で過ごさせて頂いてますので」

「少しズルいな……と思ってしまいました。

 時々、ショコラの料理を食べる方法ないかしら?」

「ショコラにあまり迷惑がかからない方法でお願いします」


 ハリーサ、そこはもうちょっとがんばってくれ――とショークリアは胸中で願う。


 他にも視線を巡らせてみると、マスカフォネやガルドレットの母親なども唐揚げに対して満足そうな顔をしている。

 女性陣からの受けも悪くないので、作った甲斐があったというもの。


 エリドコルクの唐揚げも成功だろう。


 となれば、次の料理もがんばらないといけない。


(さて、エリドコルクの尻尾を使うとするか!)


 まだ使ってなかった尻尾肉を取り出す。

 そして、ショークリアは尻尾の肉を布で拭いてから、薄く切り出していく。


 肉にはややヌメリがある為、非常に切りづらい。

 ギャラリーたちはその包丁捌きばかりに目が行っていたが、切る前に布で肉を拭いたり、切り終えた包丁を拭いたりしていた。


 前世であれば合間合間に包丁のヌメリをふき取りながらゆっくりやっていく作業になるだろう。


 だが――


彩技アーツで包丁の切れ味と、オレの動きを補強してやれば、包丁がヌメりが付くより先に切り出していけるってのは便利だぜ)


 他の部位同様に、ヌメりが包丁につかない速度で、どんどん切っていく。

 ヌメり具合が気になるところはさっと布で拭き取りながら、ショークリアはあっという間に薄切り肉の山を作り出した。


 一方で、二人の料理人たちは鍋に水を大量に入れて火にかけていた。

 その鍋の中に、黒いボロ布のようなものを入れる。


 あれはウブノク。前世で言う昆布のようなものだ。

 ショークリアがザハルの剣を見つけた時に、一緒に見つけた食材だ。


 海の中に生えてゆらゆらしているワカメのような姿をしていて、だけど海辺に生える陸上の草らしい。


(乾燥した奴しか見たコトねぇけど、実物みたら不気味そうだよな)


 ともあれ、その乾燥したモノを水やお湯に入れれば、昆布のような味の出汁がでる。


(醤油や味噌に近いモンが欲しいんだけど、それはなかったんだよなぁ……。

 大豆っぽい豆はあるとはいえ、発酵させて作るにはちょいとハードル高ぇしな……)


 醍醐ショークリアにできるのは、あくまでも料理だけだ。

 そっち方面の職人技術は、知識も技能も持っていない。


(無いものねだりしても仕方がねぇんだけどよ)


 尻尾を切りながら、シュガールとジンの様子を伺う。


 二人は、ウブノクから出汁を取った鍋の中に、ショウガレグニーグとネールグ・ノイノーを入れる。

 ネーグル・ノイノーは、前世で言うところの太ネギリーキに似た野菜だ。

 味も長ネギで、生で食べるにはやや辛いが、火を入れると甘みと旨味がグッと増す。


 そんな出汁を用意している二人を見ながら、肉を切り終わったショークリアは、薬味を作る。


 ――と、言ってもショウガレグニーグニンニクチルラーガを摺り下ろすくらいだが。


 今作っている料理は、様々な薬味と塩を組み合わせて、好みの組み合わせで楽しんで欲しいのだ。


 野菜も一緒に提供するので、ドレッシングなども複数用意してある。


(やっぱ、醤油にショウガとニンニクを加えた奴が欲しいよなぁ……。

 個人的にはそれが一番旨い気がするんだが……)


 ないので今回は塩だ。

 最初に出した抹茶塩も一緒に出す予定である。


(それはそれとして、やっぱ醤油……欲しいよなぁ……)


 そんなことを考えていると、ジンとシュガールはショークリアが切り分けた尻尾肉を手に取った。


 どうやら、そろそろ仕上げのようだ。



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