第130話 そこまで難しいコト考えてなかったぜ
(うん。味見した時にも思ったが、こりゃあ良いウナギの味だな)
王様と宰相のおかわりをキッパリと断ったショークリアは、白焼きの切れ端を口に放り込みながら、改めてそんな感想を思い浮かべる。
(思いつきで作った抹茶塩もいい塩梅だぜ)
元々、塩の味のする植物を乾燥させ粉砕して作られる花塩だ。
そこに、スカイトピーの中でも抹茶に似た味のする品種、アヤミヴァイ種を同じように乾燥、粉砕したモノを混ぜた。
これが思っていた以上に良い抹茶塩の味になってくれたので、ショークリアとしては大満足だ。
(白焼きは、
まぁ、作るにしてもまた今度だな。今日のメインは絡まり魚じゃねぇし)
マトロートはマトロートで美味しそうだな――などと思いつつも、次の料理に取りかかるべく、クローゼット――
それを作業テーブルの上にドンと置くと、見ていた人たちがどよめいた。
「なんと、恐ろしい姿の魔獣だ」
「あれは
「なるほど、あれがエリドコルク……」
「王都近郊で狩ってきたとなると
「実物は初めてみるな……だがまん丸の姿をしていると聞くが……」
この魔獣について知っている人――ガルドレットの両親や、ショークリアの両親だ――が首を傾げているので、少し説明することにする。
「この襟巻きみてぇな皮膜。生きている時は、何らかの方法でこいつに空気が入ってるんだ。空気が入るとこいつがまん丸に膨らむ。
そんでもって皮膜は弾力があるし丈夫で伸縮性も
もちろん。この状態みてぇに空気を抜けば、本来のエリドコルクとしての水中活動も可能なんだろうな。
空気が入ったままじゃ、潜水とかできねぇだろうからよ」
ショークリアの解説を聞いて、やはり実戦に勝る知識はないな――とガルドレットの両親が興奮している。
そんなことなど露と気づかず、ショークリアは皮膜をササッと切り裂いた。
「まずは商人さんたち。切れ端をやるから、使い道を考えてみてくれ。
他にも欲しい人がいるなら切り分けるぜ。個人的にはかなり使い道のありそうな素材だと思うしな」
洋服の袖などもそうだが、ズボンや下着の腰回り。コルセットなんかにも使って欲しいところだ。
「我々も頂いて良いかな?」
「ああ、もちろん」
ガルドレットと、その両親は嬉しそうに取りにくる。
そして当然――
「ショコラ。私にもくれるわよね?」
「おう」
ショークリアの母マスカフォネも、これを欲した。
(誰がどう使おうが、ゴムやそれに類するモノの普及に貢献してくれんならそれでいいや)
そうして皮膜を切り分けたところで、ようやく料理開始だ。
「それじゃあ――一気に行くぜッ!」
まずは
それから本体に包丁を入れ、皮をはぎ取っていく。。
剥がれた皮の下から出てきた肉は、透明感のある薄い桜色。商人たちは、見た目だけなら鶏肉っぽいな――などと感じていた。
「皮は皮で丈夫そうで使い道がありそうだから、捨てずに残しておくぜ」
そう言ってはぎ取った皮はクローゼットへ戻す。
それから肉をどんどんと切り分け、その一部をシュガールとジンへと手渡す。
ショークリアが捌くのは一匹だけではなかった。
クローゼットから何匹もの
そしてショークリアが二匹目を捌き始めたあたりから、シュガールとジンも動き出す。
二人は切り落とされた足を手に取ると、人間で言えば二の腕や腿に当たる部分の皮を剥いでいく。
それから、手袋のように皮や鱗がついたままのその足を、網の上に置いて焼き始めた。
みんなショークリアが捌き出す前に、魔獣としての恐ろしい姿を見てた。
だというのに、火に掛けられた足が、肉の焼ける良い香りを放ち出せば、その姿を忘れてしまいそうなる。
軽く塩を振られ、ひっくり返された。
その時、ポタポタとしたたる油が網の下に落ち、火を強くすると同時に香ばしい匂いを放つ。
「ところで、肉の横で空の鍋がずっと熱されているのは何なのかしら?」
「分からないな。確かに中身は何も入ってないから不思議ではある」
トレイシアとキズィニー十三世の殿下兄妹が首を傾げる。
鍋に気づいていた者たちも、同じように思っていたのだが、やがてそれの答えが分かった。
鍋が火の上からどかされる。
そして、その鍋の中へと焼きあがったばかりの足肉が放り込まれていく。
そこへ薫りの良い野草――イェラメソールの葉が複数枚投入され、蓋がされた。
ちなみにイェラメソールは、ショークリアからするとローズマリーに似た味と香りを持つ植物だ。
花こそ前世のローズマリーに似ているが、葉や茎はトゲのないバラという形状である。
「ガナシュ。焼きあがった肉を鍋に入れて何をしているのか分かるか?」
「うーん……鍋をずっと熱していましたよね?
その鍋に残る熱と、肉そのものが持つ熱で、仕上げの火入れをしているのではないかと。一緒に入れた葉は、肉の臭みを減らし、味と香りを高めるためではないかと思います。
直接火に掛けたままですと熱が入りすぎて焦げたりするみたいですから」
王子から問われて、ガノンナッシュも分かる範囲で答えた。
ショークリアたちが創る料理は、一見すると突拍子のない作業がある。だが、どうしてそれをするのかと問えば、ショークリアが極めて理論的に説明してくれる。
何度かその説明を聞いた時の記憶を頼りに、ガノンナシュが答えれば王子も王女も、納得したようにうなずく。
「ショコラは、いつもそのように考えて料理を?」
「どうでしょうね。ただ、美味しいモノを食べるコトには余念が無いのは本当ですよ。
そしてショコラからそういう話を聞いてて感じるのは、ショコラの料理はまるで学問のようだな……と」
トレイシアの問いにガノンナッシュが答えると、横で聞いていたキズィズニー十三世が不思議そうな顔をする。
「学問? 魔導技術論や、魔力運用論のようなモノか?」
「その通りです殿下。言うなれば、ショコラ流料理技術論とでも言うべきモノを下地に料理をしているかのようです」
ふむ――とキズィニー十三世がショークリアに目を向けた。
左右の料理人がエリドコルクの足ステーキを焼いているのを横目に、彼女は何やら小麦粉を水で解いたモノをかき混ぜている。
それが終わると、今度は別のボウルに、鶏卵と
「うむ。不思議なコトをしているようだ」
「殿下――あれは、一般的な料理人もやっている作業です。
レズティンクスなどを作るときには必要なモノですよ」
納得顔をするキズィニー十三世に、ガノンナッシュは思わずツッコミを入れる。
レズティンクスは、ショークリアからするとカツレツあるいはシュニッツェルに似た料理だ。
それが存在している以上、小麦粉や卵を、水や酒で解くという作業そのものはふつうにある。
「とはいえ、ふつうの貴族はあまり知らないとは思いますのでお気になさらず。料理を作る行程を知る機会というのはあまりないでしょうから」
ショークリアが率先して料理をするようになってから、料理について知る機会の増えたガノンナッシュだが、ふつうの貴族にそういう機会は少ないだろう。
やや恥ずかしげに赤くなっている兄を横目に、トレイシアは好奇心に満ちた瞳をショークリアの作業へと向けた。
「ではショコラは、エリドコルクのレズティンクスを作ろうとしているのでしょうか?」
「どうでしょう……。そこはショコラですからね。似たような作業で全く違う料理を出しても不思議ではありませんから」
ショークリアが作っている料理は、自分たちの常識では計りきれない面がある。
ガノンナッシュはそう告げる。
だが、トレイシアたち王侯貴族からしてみれば、魔獣の解体し肉に変える作業というのを目にする機会はあまりない。
「ショコラの調理行程が珍しいモノであるというのを抜きにしても……こうやって料理を作る様子など見る機会はありませんからね。
大変興味深いですし……何より、自分たちは何も知らずに出てきた料理を食べていたのだな、と実感します」
そして肉の塊から、料理へと変わっていく様子を見るのは、何事にも代え難い体験だった。
「トレイシアの言う通りだ。
動物の肉、魔獣の肉――などと口にするのは容易い。
だが、動物や魔獣が最初から肉だったワケではない――当たり前の話なのだが、その当たり前はどうしても失念してしまうからな。
こういう機会でもなければ、知識を実感するコトはないだろう」
知識としては当たり前のモノだ。
だが、動物や魔獣を狩り、解体し、肉にして、ようやく料理に使えるという知識があっても実感を持つ貴族は恐らく少ない。
実感を持っているのなら、
何せ彼らや専門の狩人たちが、動物や魔獣を狩ってきてくれなければ、肉は食卓に並ばないのだから。
多くの貴族は口では分かっているようことを言うだろう。
だが理解が及んでいないから、簡単に肉を寄越せとか、明日までに準備しろなどと口にできるのだ。
そして、用意できなければ――所詮平民。首を切れば良い……などと考えてしまえる。
それがどれだけ愚かしい行いなのか、理解している者も少ないのかもしれない。
身分差は重要だ。
だが、それを踏まえた上で、身分が下の者へ敬意や感謝を持つこともまた大事なのだろう。
それが出来ない者が増えすぎたからこそ、王や宰相が大鉈を振りはじめた。
キズィニー十三世は、トレイシアは、それを今、本当の意味で理解できた気がした。
「ショコラは、そんな難しいコト考えてないと思うけど」
「君の妹が何を考えているかは重要ではないな」
「そうですね。この場で私たちが何を感じたのか……それが大事なのだと思います」
殿下兄妹の言葉を聞きながら、全くもって真面目な兄妹だなぁ――などとガノンナッシュはのんびりとした感想を抱くのだった。
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