第129話 さぁ喰って驚いてくれッ!

本作の書籍化が決まりました٩( 'ω' )وやったー!

これも応援してくださっている皆様のおかげです。

ありがとう存じます!!

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 絡まり魚が焼き上がれば完成――というワケではなかった。


 焼き上がった絡まり魚は、弱火で熱されているフライパンに乗せられ、軽くエパルグの果実酒白ワインに似た酒を振りかけて、蓋をした。


「ショコラ、それは何をしているんだい?」


 ガルドレットが興味津々に訊ねると、ショークリアは丁寧に答える。


「焼き上がったばかりのパリッとしたのも良いんだけどな。

 コイツは焼き上がった後に、軽く蒸してやると、より旨味が増すし、フワフワとした口当たりになるんだ」


 ショークリアとしては掛ける酒は日本酒が良かったのだが、無いのでエパルグの果実酒で代用した。

 これはこれで悪くないし、塩花トールスの風味との相性も良い。


「……そろそろか」


 それぞれに蒸し上がった絡まり魚を切り分け、皿に盛る。


「泥土の絡まり魚の白焼きの完成だ」


 そして皿に、一般的な塩花トールスと、緑色の粉末を小さく乗せて、給仕たちの渡した。


 立食用のテーブルは用意されているので、それぞれの客人たちの近くのテーブルへとそれらが並べられていく。


「まずは何も付けず一口食べてくれ。

 それから、一緒に用意されている塩花トールスや、花茶塩トピートールスをごく少量だけ付けて食べて欲しい」

「トピートルース?」


 誰かの疑問の声が聞こえてくる。

 それに対してショークリアは笑うだけに留め、告げる。


「とりあえず食べてみてくれ。質問とかはそれからだ」


 作り手にそう言われてしまえば仕方がない。




「では、頂きます」


 率先して食べるのは、やはり馴れているメイジャン家の面々とリュフレだ。


「あら、フォークで簡単に切れるほど柔らかいのね」


 外で食べやすいように特注された小さな木製フォークで身を切りとったマスカフォネが驚く。


「中の身は、見惚れてしまうほどに白いな」


 焦げ目の下から現れた純白の身に、フォガードも唸った。


 そして、それぞれの感想を口にした後で、その純白の切り身を口に運ぶ。


「なんて柔らかな口当たりだ。それでいて魚の味もしっかりと感じられる……。ほのかに香るエパルグの香りも良いな!」

「これがあの絡まり魚だなんて信じられないよ」


 口にしたリュフレとガノンナッシュの反応も上々だ。

 そこまで見れば、ほかの客人たちもそれぞれに手をつけ始めた。




「何もつけないのはやはり物足りないが……だが、不思議な甘みや香りが心地よいな。エパルグの果実酒以外使った様子は無かったのに、しっかりとした味を感じるとは……」

「ええ、お兄様の言う通りです。お魚を甘いと感じるなんて思いませんでした……。

 それにこの柔らかな食感と、焦げた皮の香ばしさも良いですね」


 王子とお姫様の兄妹も、どうやら口に合ったようだ。




 兄妹が仲良く食べている横で、この国の王は難しい顔をしながら絡まり魚を味わっていた。


「宰相、軽く塩を付けて食べて見ろ。いいか、ショークリア嬢が言った通り、本当に少量だぞ」

「え、ええ……かしこまりました」


 言われた通りに軽く塩を付けて口にした宰相は目を見開く。


「陛下……これは……!」

「ああ。塩が絡まり魚の甘みをより引き立てている。

 それだけでなく、ほんの僅かな塩の味が、恐ろしいまでに味の品格を高めているではないか」

「絡まり魚の風味で塩を楽しむのではなく、塩の風味で絡まり魚を楽しむ……これが減塩料理というワケですな」


 二人はどこまで行っても為政者だった。

 味を楽しみながらも、この料理が国にもたらすものが何かを考えてしまう。



「この緑色の塩……トピートールスと、ショコラは呼んでいたかな」


 ガルドレットの家は先祖代々好奇心が強い。

 緑色の塩という不思議なそれに興味津々だ。


「まずはそのまま……」


 フォークで少しだけすくって舐める。

 それは塩気だけでなく、独特の甘みと渋み、そして僅かな苦みを持っている。

 その塩気以外の部分の味にガルドレットは覚えがあるのだが、どうにも思い出せなかった。


花茶塩トピートールス。これを付けて食べると、塩とはまた違う上品な味わいになるな」

「ええ。どうやって作ったのかは分かりませんが、これはスカイトピーのアヤミヴァイ種という品種の味ですね」


 ガルドレットの父と母も、食べながら色々と推察しているようだ。


茶花ちゃかで作った塩か。

 なるほど、それならこういう味にもなるか。しかし面白い発想だ。

 ショークリア嬢、興味深いお嬢さんだ」

「自ら率先して魔獣を退治し、捌き、味を確かめているそうですからね。

 本からでは得るコトのできない情報を色々とお持ちなのかもしれません」


 どうやら両親も、ショークリアに興味を持ったようだ。

 これなら、ショークリアにもメイジャン家にも悪いようにはならないだろう。


 問題があるとすれば――


(好奇心で暴走しすぎないかだけが心配だ。

 そういう意味での迷惑は、ショコラにかけてしまうかもしれないな)


 一族の抱える病気のような暴走癖を思いだし、ガルドレットはこっそりと嘆息するのだった。




 ハリーサは純白の身を口に運びながら、美味しい――と小さく呟く。


 この屋敷に匿われてから、毎日減塩料理を食べてきた。

 最初こそは味が薄いな……と思っていたものの、楽しみ方が分かってくるとどれこれも食べたことがないくらい美味しい料理だった。


 そして、この絡まり魚の白焼きは、今まで食べてきた減塩料理の中でも一番と言って良いほど美味しかった。


(これを食べてしまうと、お父様が自慢している美食なんて大したコトがなかったんだなって……イヤでも分かってしまうわね)


 その父からは、今も何の連絡も届いていない。

 領主会議を無断欠席し、フォガードが出した手紙への返信もない。


 メイジャン家の人たちは自分に良くしてくれるし、ショークリアも手が開いている時は一緒にお茶をしたり、勉強したりとつきあってくれている。


 それでもやはり、ハリーサの中には拭いきれない不安が渦巻いていた。


(私はどうなるんだろう……?

 どうすれば、いいんだろう……?)


 その不安感だけは日に日に募っていく自覚はある。


「ハリーサ様。次のお料理ができあがりました」

「ありがとう」


 給仕が、透明といって差し支えないようなスープを湛える皿を置く。

 これは何? と問おうとした時、ショークリアが説明をしてくれる。


「次は異国のスイと呼ばれるスープだ。

 今回、絡まり魚の肝を具として使ってるんで、肝スイってところだな」


 ショークリアの言葉を聞きながら、ハリーサはスープに視線を落とす。


「肝スイ……」


 魚の肝と言われると少々気持ちが悪い印象があるのだが、澄んだスープの真ん中にある不思議な形の塊には、嫌悪感は湧かない。


「そのまま食うと臭みが強いのが絡まり魚の肝臓だ。

 だから、生姜レグニーグニンニクチルラーガで湯がき、臭みを取ってから調理してある。

 旨味が強い部位だから、しっかりとスープに風味が溶け込んでるはずだぜ。

 肝そのものを食べるのに抵抗があるなら、スープだけでも口にしてみれくれ」


 確かに魚の内蔵と言われると抵抗感があるかもしれない。

 ただハリーサは滞在中にずっと減塩料理を口にし、不思議な食材をいくつも食べてきた為に耐性が付いていた。


「絡まり魚の肝は栄養価が高く、身体を内側から暖める作用もある。

 生姜レグニーグニンニクチルラーガもだな。だから、活力を高めてくれるチカラがある料理だ。疲れた身体に良く効くと思うぜ」


 そう言ってショークリアが笑う先にいるのは、陛下と宰相だ。

 二人はどこか合点がいったように笑い、スープを口にしている。


「あとは、その身体を暖める作用のおかげで、冷え性――指先や足先が冷え易い場合や、首や肩の凝りにも有効だ」

「まぁ! それは助かるわ!」


 ガルドレットの母親は、冷え性や肩凝りなどを煩っているのだろう。嬉しそうな反応していた。


 ハリーサもスープを口にする。

 白焼きよりも強い絡まり魚の風味と、優しい塩気。上品でありながら滋味溢れた味は、本当に魚の肝から作られたスープなのかと疑ってしまうほどだ。


 なんだかホッとするような、気持ちが落ち着くような優しい味わいは、今のハリーサの心に効き過ぎる。


 具として浮いている小さな茶色の塊。おそらくこれが肝そのものだろう。

 ハリーサは涙が出そうな感覚を、貴族らしい取り繕いで押さえこみながら、肝を口に運ぶ。


 苦みはある。だけどそれは決して不快な苦みではない。

 ほろ苦い風味と濃い絡まり魚の味。それを優しいスープが包み込んでいるようだ。


 穏やかに胃の中へと落ちていくと、ショークリアが説明していた作用のおかげか、本当に身体の内側から暖まっていく気がする。


 まるでハリーサの冷えた心まで暖めてくれているようだ。

 ハリーサが肝スイをじんわりとした心地で味わっていると、リュフレ卿がショークリアへと声を掛けていた。


「これはいいな! 嬢ちゃん、おかわりはあるか?」

「あー……無くは無いんだが……」


 おかわりを所望するリュフレ卿に対して、ショークリアはどこか歯切れが悪い。


「今、言った通り栄養価が高く、身体を温める作用があるわけなんだけどな……。

 時々、テキメンに効いちまって、夜に眠れなくなる奴がいるんだよ……」

「問題ないな。寝れないなら寝れないで仕事をするだけだ」


 爽やかな笑顔の裏には「いいから寄越せ」という感情が見え隠れしている。

 その凄みは、こうして客観的に見てる分には問題ないが、矢面に立たされた場合、今のハリーサには辛いだろうな――などと思う。


 それでもショークリアは取り立てて慌てたり怖がったりすることなく、後ろ頭を掻いていた。


(勝てないワケですね……)


 あれに平然と出来る人だからこそ、ハリーサと舌戦に勝つし、暗殺者を前にしても動じなかったのだろう。


 内蔵が暖まってきたからだろうか。

 全身が火照っていくような感じもする。


 それを心地よいと感じながらショークリアを見ていると、なんだかドキドキしてくるのはなぜだろうか。

 魔術の後遺症によって庶民の男性のような振る舞いと表情をしているショークリアの横顔は、下手な男性貴族よりもずっと魅力的に見えてくる。


(ど、どうしましょう……私、何を考えて……)


 ハリーサが勝手にドギマギしていると、ショークリアは爆裂魔術を放つかのように、とんでもないことを口にした。


「人によっては効き過ぎて、眠れねぇどころか夢が欲しくなっちまうらしいんだよな……」

「お前は何てモノを食わせやがったッ!」


 瞬間、リュフレ卿が思わず叫ぶ。


(つまり、このドキドキってもしかせずとも……)


 ハリーサの中に何とも言えない疑惑が湧く中、当のショークリアは平然と告げる。


「少量なら平気だって。

 大丈夫な人はいくら食っても影響ないらしいしな。

 おかわり欲しいなら、よそうぜリュフレの旦那」

「さすがにそれを言われると何とも言えないな……」


 苦笑するリュフレ卿。

 それを見ながら、ハリーサはどうやら自分はテキメンに効いてしまう体質ではないかと考える。


 ただ、この状態でショークリアを見ていると不思議と不安な気持ちが消えていくので、悪くはないな……と考える。


「ショークリア嬢。自分と陛下の分のおかわりを頂けますかな」

「え? 今の話聞いてただろ?」

「もちろんだとも。寝れなくなるのは大歓迎だ。夢が欲しくなるほど気力と活力が充実するなら、徹夜仕事にもってこいといえるであろう?」


 宰相と陛下の言葉に、ショークリアは非常に難しい顔をし、ややして何か重大な決断をするような重々しい口調で断言する。


「二人に食わせるとかえって身体に悪そうだから、おかわりはナシだ」


 その言葉に、二人の重鎮は非常に強い衝撃を受けたかのような顔をする。


 陛下と宰相相手に堂々と言い切るその姿は、ハリーサはもちろん、その手の影響を受けていないはずのトレイシアも、思わず魅入ってしまうほど、カッコ良い姿だった。





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前書きでも書きましたが、本作の書籍化が決まりました٩( 'ω' )و

詳細情報はまた後日となります。

続報はお待ち下さいませ。

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