第128話 ライブクッキングの始まりだッ!


 天を仰いでいたところでどしようもない。

 ショークリアはバレないように小さく嘆息してから、宰相ドリンコンドへと視線を戻した。


「宰相さんは、昼メシは食ったか?

 まだだったなら、是非王様と一緒に食っていってくれ」

「よろしいのかね?」

「ああ。

 王様もそうなんだが、アンタも顔色が良くねぇ。疲れてんだろ?

 忙しいのかもしれねぇが、根を詰めるとかえって能率が落ちるって言うぜ。

 それに、寝不足や疲労が蓄積している状態で、塩を大量に使うこの国のメシは身体にもあまり良くねぇんだ。

 今日出す予定のメシは塩気が少なく、滋養強壮の効くモンもあるからな。せめてそれだけは食っていってくれねぇか?」


 これはわりとショークリアの本心だ。

 あのデビュタント以降、キズィニー十二世陛下たちは非常に忙しくしていると聞く。


(優秀な王様やそのお付きのお偉いさんが倒れちまったら大変だしな)


 あのパーティ内にいた貴族たちの様子を見れば分かる。

 この二人が倒れでもしたら、全うに動ける人たちが減りかねない。


「ではお言葉に甘えさせて頂きましょう。

 ショークリア嬢の言うとおり、疲労と寝不足が重なっているコトは否定できませんので」

「そうしてくれ」


 ドリンコンドがうなずくのに、ショークリアも笑顔を浮かべうなずき返した。


「なんだこれは……」


 そのタイミングで、リュフレとガルドレッドもやってきた。

 どうやらガルドレッドの両親も今日は一緒のようだ。


 その四人のうち誰かの呟きだろう。

 陛下たちの姿を見て思わず口にしてしまったようである。


 とはいえ、そこは上級貴族たち。

 まずは主催者であるショークリアへと挨拶にやってくる。


「美食屋。何がどうなってこうなってんだ?」

「オレも知りてぇ……」


 リュフレの問いに、ショークリアは苦笑を滲ませて答えた。

 その姿を見て、リュフレも深く追求することはやめにする。


「まぁいいや。今日も楽しみにしてるよ」

「おう。今日も満足させてやるぜ」


 初めて会った仮洗礼の時以降、家族ぐるみでずっとつきあいがあるため、非常に気安い関係になっている。

 ショークリア主催の食事会の時の挨拶は、だいたいこんな調子となっていた。


 続けてガルドレットとその両親だ。


「来てくれてありがとうな、ガルド。

 招待状に書いた通り、魔術の後遺症でこんな調子なんだ。

 せっかく来てくれた親御さんたちにも、少し不快にしちまうかもしれねぇが……」

「大丈夫だよ、ショコラ。

 両親もそれは承知して来ているんだ」


 そうですよね――とガルドレットが両親に声をかければ、二人もうなずいた。


「むしろ、貴族としての疵になるだろう後遺症を気にするコトなく全力を出し町を守ったコト――敬意を表するよ」

「私からも敬意と感謝を。

 今回の件だけでも、町を救ってくれたコト、女のクセにという誹りを受けながらも気にするコトなく剣を振り切ったコト……挙げていればキリがありません」

「感謝や賞賛をこんなに口にされるのに馴れてなくってな……なんつーか、恥ずかしくていけねぇや……」


 照れ隠しするように頭を掻くショークリアにガルドレットもその両親も微笑ましいモノを見るように笑う。


「まぁともあれ、今日作るメシは食って損しただなんて絶対に思わせねぇから期待しててくれ」

「すごい自信だねショコラ。楽しみだ」

「これだけの面々に振る舞うコトに躊躇いはないのかね?」


 ガルドレットの父親の問いに、ショークリアは自信満々の笑みを浮かべる。


「妙にお偉いさんが増えちまったコトに戸惑いはするけどな。メシそのものには自信はあるぜ」


 その自信は絶対だ。

 少なくとも、上級貴族として王宮料理を口にしたことのあるリュフレすら満足させることのできる品々だ。


 他の上級貴族や、それこそ本物の王族だろうと、満足させてやれるだけの自信はある。


「それに、お偉いさん方が増えたり、ガルドの親御さんたちが来てくれたのは好都合ではあるんだよな」

「あら、それはどうしてかしら?」


 ガルドの母親が人好きする笑顔で訊ねてくる。だがその双眸は、情報を集める貴族の目だ。

 それを分かった上で、ショークリアはニヤリと笑ってみせた。


「ウチとリュフレさんとこの領地だけで流行らせていたメシ。

 そいつを王族と、王族に協力的な貴族や領地に流行らせてぇのよ」

「ほう。ついに減塩料理を広めてくれる気になったワケだ」


 ガルドレットの父親が減塩料理を知っていたことに少し驚く。

 だがショークリアは、ガルドレットの実家がどういう家であったかを思い出して、小さくうなずいた。


「そういや、ガルドの実家は情報収集が好きな一族だって話だったな。

 親父さんの言う通りだ。詳細は食事会が終わったあとで、うちの親父から何かあると思うぜ」


 最新の情報を得られるというだけで、この場に来た価値は十分ある。

 ガルドレットもその両親も楽しそうにうなずいて、ショークリアの前をあとにした。


 ゲストとしてはこんなものだろうか。


 家からは、兄と母が、居候中のハリーサを伴って出てくる。

 やはり陛下や宰相の姿を見て驚くも、そのあとにショークリアを見ることで何故か納得したような顔をされた。


(いや、なんでだよ……)


 解せぬ――そんなことを思っていると、遅れて父がタピオを連れて家から出てくる。


 当初の予定の通り、父フォガードは商談をしてたタピオも食事会に誘いたいとショークリアに訊ねてきたので、快く承諾する。


 そうして庭を見回し、招待客が全員来ていることを確認してから、ショークリアは告げた。


「人も揃ったし、そろそろ料理を出してぇと思う。

 今回、ちょっと変わった方法で料理を提供するつもりだ。

 その為に、ちょいと席を外させてもらう。もうちょっとだけ待っててくれ」


 言葉を終えるとショークリアは一礼をして、家の中へと入っていく。

 同時に、控えていた侍従たちが何やら不思議な形のテーブルなどを用意しはじめた。


「それは何かしら?」


 興味津々にトレイシアが準備中の従者に訊ねる。


 一見テーブルのようだが、明らかに違う。

 ワイングラスのような形状をしているのだ。

 テーブルとして使うには難しそうである。


「こちらはショークリアお嬢様が発案しました調理器具でございます。

 本日はこちらを用いて、外で料理をされるそうですよ」

「まぁ! では変わった提供方法と言うのは……」

「はい。お客様方の目の前で料理を作り、作りたてを味わって頂きたいと伺っております」


 トレイシアの話を聞いていたものたちは、みんな一斉に驚いた顔を見せた。

 わりと平然としているのは、ショークリアの突飛な発想に馴れている家族と、リュフレくらいか。


 さらに無骨で丈夫そうなテーブルなどが、調理器具周辺に並べられていく。

 加えて、一部のテーブルの上には丸太を分厚く輪切りにしたような板も置かれていった。


 ワイングラスのような形状のテーブルには、その窪みの中に木炭が入れられていき、火が付けられる。

 どうやって使われるのかの検討付かない者たちは首を傾げ、予想がついたらしい商人たちは目を輝かせた。

 

 そうして準備らしきものが終わった頃に、ショークリアが家の中から出てくる。


 伴っている男性二人は、どうやら料理人のようだ。

 本当に、この庭で料理をするつもりらしい。


「待たせたな。

 こっちは領地本邸の料理長シュガール。こっちは王都別邸の料理長ジン。

 そして、オレを加えた三人で、これから料理をさせてもらうぜ」


 ショークリア自らが包丁を握るということを知らなかった者たちが、またも驚いたように目を見開く。


 だが、ショークリアはそんな驚いている人たちを気にせずに、従者が土木作業用の台車に乗せて押してきた大きなクローゼットを開いた。


「まず最初に使うのはコイツだ」


 ショークリアがクローゼットから取り出したのは――


泥土のアイムガウク・絡まりエルグナート・ハシフッ!?」


 その魚を知っていた人が驚いたように名前を口にする。


「正解だ」


 それに、ショークリアはニヤリと笑ってみせると、丸太を輪切りにしたような木の板の上に置く。

 どうやら、まな板の代わりらしい。


 すると、釘のようなものをを絡まり魚の首の付け根辺りに突き刺した。

 音からして、魚を貫通し下のまな板にまで突き刺さっているようだ。


 その動作を、二人の料理人たちも同じようにやっていく。


「んじゃあ、行くぜッ!」


 ショークリアが気合いを入れるようにそう告げた――次の瞬間ッ!


 包丁を素早く振るい、絡まり魚の羽を切り落とす。

 ショークリアだけではない。料理人たちもそれに負けない速度で動いていく。


 続けて絡まり魚の背中から首のあたりに包丁を入れると、尻尾の方へ向けて一気に動かす。


 切れ目から身を開いて、内臓を丁寧に取り出し、中骨をこそぐように取り外し、首を切り落とす。

 その動作の全てが非常に速く洗練されて見えた。


 その後、身に付着した血を削り落とすように排除していき、中骨以外の骨を取り除いていく。

 最後に背ビレや尾ビレを切り落としそれに繋がる骨も丁寧に取り除いていった。


 そうしてキレイになった絡まり魚の身に串を刺していき、網をおいたワイングラス状のテーブルの上に乗せる。


 その時になって、気づいてなかったものたちもその使い道を理解した。


「なるほど。簡易的なコンロだったのか、あれは」


 何の柄も装飾も付いていない扇子でコンロを仰ぎながら、ショークリアたち料理人は、ジッと焼き目のついて行く絡まり魚を見ている。


 時折、塩を振りかけ、また様子を見て……。

 額に滲む汗すら拭わず、魚の様子の一切を見逃さないように――


 ジンが絡まり魚をひっくり返す。だが、他の二人は動かない。

 ややしてシュガールがひっくり返す。最後にショークリアだ。


 これまでは一糸乱れずというような動きだった為に、疑問に思う者もいた。


 それに気づいたのだろう。

 ガノンナッシュがショークリアたちの邪魔をしないように、解説を口にする。


「それぞれのコンロの火力、そして魚の身の厚さなどの具合。それによって火の入り方というのが異なるんだそうです。

 もっとも美味しい焼き加減がそれぞれの個体ごとに異なるので、焼いたり煮たりする段階となると、さすがに動きがズレてくるワケです」


 彼の解説に納得をしながらも、初見の者たちは戦慄する。

 料理とはこれほどまでに繊細な作業だったのか――と。


 そこへ、リュフレが苦笑混じりに補足した。


「ちなみに、これほどまでに細やかに調理をするのは世界広しと言えどもショコラ嬢ちゃんと、その影響を受けたメイジャン家の料理人くらいです。

 ふつうの料理人は――たとえ王宮勤めの料理人であろうとも、魚ごとの個体差は考慮しません」


 リュフレの言葉にほっとしたような納得したような心地でいると、ショークリア本人が付け加えるように告げる。


「オレらだって、特別な時以外にはこんな細けぇコトしねぇって。

 こだわればどこまでもこだわれるのが料理だけどよ。時間内に提供しないといけなかったり、量が必要になったりするんなら、それに合わせた調理をするだけだ。

 ここまで徹底的にこだわるのは、こういう食事会で自分が包丁を振るう時だけだからな」


 その言葉に、参加者の多くが改めて理解した。


『なるほど。美食屋という二つ名を付けた者の認識は確かだったんだな』と。

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