第126話 用意周到と言ってくれ


「そこの池の水は綺麗そうだな。

 そこで、こいつらを洗おう」

「わかりました」


 倒した泥沼のアイムガウク・絡まりエルグナート・ハシフを集めて、池の水で洗う。


「返り血なんかもあるなら、落とせる範囲で落としちまった方がいいな」

「そうですね。血が毒性を持つならなおさらです」


 そうして剣に付着した血なども洗い落とした時、サヴァーラはふと気づいた。


「ところで――この絡まり魚もですけど、エリドコルクも倒したところでどうやって持ち帰るつもりですか?

 ここまでは徒歩で来ましたから、馬車もありませんよね?」

「その辺りはちゃんと考えてあるって」


 サヴァーラの疑問に、ショークリアは袋を一つ取り出した。

 前世でいうところの大きめの巾着袋のようなものだ。口をいっぱいに広げれば、ショークリアの頭くらいなら入るサイズである。


「お袋からもらった神具アーティファクトがあるんだよ」

「もらったんですか? 神具を?」

「正しくは疑似神具っていうらしけど、詳細はよく分かんねぇ。

 まぁ神具を模して作った、魔導具とは別の概念で構築されたうんぬんかんぬんって饒舌だったけど、半分聞き流しちまってたな……」


 頭を掻きながら口にするショークリアに、サアヴァーラは敢えてツッコミは入れずに問うた。


「……それで、これはどういう道具なんですか?」

「見たまんま。入れ物だよ」


 そう言って、ショークリアはその袋の中へと絡まり魚を放り込んでいく。


「お袋の持ってる、でかいクローゼットあるだろ?

 あれの簡易版みたいなモンらしい。容量も口の大きさも当然向こうの方がでかいけどな。それでも見た目以上にモノが入るし、モノを入れても膨らまないから、中身が入ってようと畳んでおけるのは便利だぜ。

 まぁ現場で血抜きして適当に切り分けて放り込む分には、これで問題ねぇだろ」

「どれだけの容量があるかは分かりませんが……あのクローゼットもこの袋も、量産されようものなら兵站の概念が変わりますよ」


 言われてみればそうだな――と、ショークリアは考える。

 小さな馬車一台が、この袋にとって変わられようモノなら、物資の運搬効率が激しい変化を見せることだろう。


「クローゼットは完全に神具だけど、これはお袋が実験で作ったらしいんだよな……」

「それって、量産可能というコトでは……?」

「材料費がやばくて何個も作るのは難しいって話だけどよ……」

「裏を返せば予算次第で量産可能……と?」

「……なんかお袋、やべぇモン作ったんじゃねぇのか……?」

「奥様のコトですから承知の上だと思いますが……」


 これ以上考えるのは変なドツボにハマりかねない。

 そう考えた二人はどちらともなく、話題を切り替える。


「エリドコルクはもう少し奥地にいるみたいだぜ。

 サヴァーラが問題ないなら、そろそろ行きてぇけど、どうだ?」

「はい、問題ありません」


 洗った絡まり魚をすべて袋に入れ終えた二人は、池の縁から立ち上がると、林の奥へと進み始めるのだった。




「事前の情報だと、生息域はこの辺のはずなんだけどなぁ……」

「出来れば一匹くらいは捕らえたいところですね」

「だな」


 とはいえ、タイムリミットの問題もある。

 野営をするにしても、このスーイード湿林しつりんの中は、一泊するには向かない場所だ。


 常に湿気ていて、地面もぬかるんでいる。

 その上、その湿度のせいで気温が下がりやすい為、夜は非常に寒くなる。

 魔獣も常に徘徊しているし、当然夜行性の魔獣も生息している為、安全性という意味でもあまりよろしくないのだ。


 野営するにしても、日が暮れる前に林の外へと出てしまいたいところである。


 それらを踏まえ、安全に湿林の外へ出ることを考えれば、あと一時間程度が限度だろう。


「ここのエリドコルクに対して、下調べが足りなかったかねぇ……」

「かもしれませんね。

 エリドコルク自体が獰猛で危険な魔獣ですから。お嬢様のような明確な目的がない限り、好んで会おうと思う者も少ないでしょうしね」


 サヴァーラの言葉に、それもそうか――と納得した時――


「……ッ!?」


 頭上から強烈な殺気を感じて、二人は即座に動いた。


「キシャァァァァァァッァ――……ッ!!」


 鳴き声らしきものを叫びながら、頭上からそれが降りていくる。


「エリドコルク……!」

「こいつがそうなのか……?」


 それは、何というかまん丸だった。

 風船のようなまん丸ボディに、ワニの長い顔に、鋭い爪を持つちまっとした手足、ワニの長い尻尾が付いているような生き物。


 ワニ系の魔獣エリドコルクと言われれば、まぁそうなのだろう。

 まん丸ボディを除けば、そう言える要素は揃っている。


「しかし、頭上から来るとは思わなかったぜ」

湿地をグニッチヌーボ跳ねる・ハスラム・大顎エリドコルク……。

 なるほど、跳ねる大顎と呼ばれる理由を考えておくべきだったかもしれません」


 あの風船のようなまん丸ボディで湿地をポンポンと跳ね回っていることが由来なのだろうか。


「見た目がどうあれ、やるコトに代わりはねぇだろ?」

「はい。出来る限り傷つけずに倒すコト、ですね?」

「おう。やろうぜ、サヴァーラ」

「はいッ!」


 二人が武器を構えた時、跳ねる大顎は両手両足を地面に叩き付ける。

 盛大に泥を跳ねさせながら、ぽよよ~んとその巨体が飛び上がった。


「身軽な動きをする魔獣ですが……上から来ると分かっていればいくらでも対処できるッ!」

「エリドコルク種は初手の奇襲を捌けると、あとは倒しやすいって話、本当みたいだな」


 上から大きな口を殊更に大きく開きながら落ちてくる跳ねる大顎を見据えながら、二人は軽く肩を竦める。


 そうして、落ちてくる跳ねる大顎に、二人は剣が閃く。

 サヴァーラの剣は首を刎ね、ショークリアの剣は尻尾を斬り落とす。


 重い音を立てて首と尻尾が泥濘に落ち、まん丸ボディはぽよよんと、跳ねる。


「邪魔」


 手からこぼれたボールのように動くまん丸ボディにショークリアが剣を刺すと、そこから一気に空気が抜けてしぼんでいった。


「内側にはふつうにエリドコルクとして身体があるのか」

「確かに水棲であるコトを考えれば、膨らませたままだと水に浮いてしまいそうですしね。ある程度、膨らませたり萎ませたりできたのでは?」

「実際、そうなんだろうな」


 空気をため込んでいた柔らかな皮膚にふれると、伸縮性が高い。

 柔らかな触り心地とゴムのような弾力、そしてこの伸縮性……。


「これはこれで使い道がありそうだ」


 真っ先に脳裏に過ぎったのが避妊具なのは、我ながらどうかと思う――とショークリアは胸中で苦笑した。

 もっとも、それはそれで需要がありそうなので、母や女性戦士団ファム・ファタルの面々に相談してみるのも良いかもしれない。


「皮膚や鱗もそれなりに硬いですし、こちらも使い道があるかもしれませんね」


 前世ではワニ革のサイフや靴があったな――なんてことを思い出しながら、ショークリアは手早くゴム皮を剥ぎ、本体を解体していく。


 バラバラにしたそれらを袋へと放り込んでいると――


「サヴァーラ」

「はい。血の臭いにつられたのでしょう」


 周囲から魔獣が近寄ってくる気配が複数感じた。

 だが、二人とも焦ったり怖がったりするどころか、むしろ助かるとばかりに笑みを浮かべた。


 跳ねる大顎の最後の一片を袋に放り込むと、魔獣たちが姿を見せる。

 跳ねる大顎や絡まり魚以外にも、見慣れぬ魔獣が混ざっているようだ。


「時間いっぱい稼ぐとするか。

 倒すだけ倒して、持って帰れるだけ持って帰ろうぜサヴァーラッ!」

「はいッ!!」



     ○



「殿下、ショークリア様よりお手紙が届いております」

「まぁ! 何かしら」


 従者のチノが持ってきた手紙。

 トレイシアはそれに目を輝かせながら受け取る。


「領地に戻る前に、約束した美食を食べさせて頂けるようですね」


 自分だけでなく、ガルドレットとハリーサも一緒にと書いてある。


「律儀な方ですね。ショークリア様は」

「ええ。本当に」


 どうせ来年には四人とも王立学園に入学する身だ。

 その時にでも約束を果たしてくれても遅くはないだろうに。


「ただ調理器具や調理設備の関係上、メイジャン家の屋敷へと行く必要があるみたいね。

 それを恐縮してるみたいですが……気にしなくてよいのに」

「殿下。王族に声を掛ける以上、ふつうは気にします」


 チノのツッコミを敢えて気にせず、手紙を読みながらトレイシアは首を傾げる。


「それにしても、専用ですか……お城の器具や設備では調理が難しいのでしょうか?」

「魔獣を食すそうですしね。

 一般的な動物や家畜などと異なり、皮や骨が硬いものの為の刃物や、毒などを抜く為の特殊な器具など……色々あるのかもしれません」

「なるほど……それだと確かに必要かもしれませんね」


 トレイシアはうなずいてから、それに――ともう一つ思いついたことを口にする。


「お城の料理人たちは、よい顔をしないかもしれませんしね」

「ああ――それはありそうです。

 どうにも、王城で料理する許可を得た料理人というのは……許可を得ただけの平民であるという自覚が薄れていくようですからね。

 平然と、ショークリア様やその料理人を見下しかねません」

「ふふ。それに何より――どうやら当日は、ショコラ自らが包丁を手にしてくれるようなの」

「それは……」


 チノは思わず言葉を失う。


 料理する貴族など貴族の恥。

 女など厨房に不要。


 そういう価値観がまかり通っている現状において、貴族令嬢であるショークリア自らが包丁を握るというのは、驚くべきことだ。


「ショコラは、両親から料理をする許可をもらっているだけではなく、自分の家の料理人たちからも一目置かれているというコトよ」

「こう言ってはなんですが……ショークリア様と関わっていると、自分の常識がどんどんと瓦解していく音が聞こえてくるようです」

「そうね。でも、それがいいと思わないかしら?」


 大切なアタリマエはいつまでも守るべきだろう。

 だが、腐りはじめたアタリマエや、凝り固まってしまったアタリマエに関しては疑ってかかり、必要とあれば壊すべきだとトレイシアは考えている。


 過去に生まれ現在では無意味どころか足を引っ張るアタリマエなんて壊れてしまえばいいのだ。

 それに変わる新しいアタリマエをこれから始めていけばいい。そしていつか、その新しいアタリマエが無用の長物となったら、壊してくれて構わない。


 それこそが、時が未来へと進んでいくということではないだろうか。

 トレイシアはそう考えているからこそ、ショークリアの在り方を否定しない。むしろ期待すらしているのである。


「ふふっ、どんな料理が出るかとっても楽しみね」


 この時、トレイシアが浮かべた笑みは、先日までの張り付けたような笑みとは違うもの。それはもう純粋に楽しそうな笑みだった。



 


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