第124話 名付けるならナメるなよ宣言ってところか?
王子キズィニー十三世が下町に顔を出して住民をびっくりさせた翌日。
今日は魔獣騒動によって一日遅れになってしまった領主会議の日だ。
国王キズィニー十二世は、王女トレイシアを連れて、王城の会議室に座っていた。
ニーダング王国の領主たちが全員集まっているワケではないのだが、それでもほとんどの領主たちがこの場に集まっている。
(スーンプル領ビルカーラ卿……。
娘を放置している上に、両親はおろか代理人すら顔を出さぬとはな……)
元より領地と王都との距離が遠かったり、北の国境に隣接している辺境領地などの領主は、状況によっては欠席する場合も多々ある。
その場合は、事前にその可能性がある旨の手紙などを送るのが当たり前ではあるのだが……。
(コメンソール・ポップ・ビルカーラ、何を考えている……?)
表面に出すことはなく、キズィニー十二世は胸中で訝しむ。
ともあれ、今は会議の方だ。
基本的には領地の経営状況と、領地同士の取引などの話が主となる。
加えて、今回はもう一つの議題があった。
「さて、王都に魔獣が入り込んだ件だ」
王がそう切り出した瞬間の各領主の反応。
それを国王の横に座るトレイシアは注意深く観察していた。
(騎士爵や魔術爵を持つ領主や、国境近くで常に北への警戒をしている領主などは、やはり思うコトがあるのでしょう)
トレイシアは領主たちの様子を伺いながら、僅かに目を
ただ魔獣が入り込んできただけではない。
魔獣使いなる能力を持った者が、明確に魔獣進入を手引きしたのだ。
そんな能力を持つ者が、自分の領地に進入してきて暴れたら――というところまで想定しているのが、キーチン領メイジャン家を含む、理解ある領主たちの反応だ。
一方でまるで他人事のような領主たちもいる。
王都への進入とはいえ、平民たちの区画なのだから騒ぐほどではないという、あまりにも愚かな態度。
傭兵や何でも屋たちが水際でくい止めるのに失敗したら、どうなっていたと考えるのか。
もしかせずとも、かの魔獣など取る足らないなど思っているのではあるまいか。
(いえ、思っているのでしょう)
だが彼らは自分のチカラや自分のところの騎士や兵を過信しているワケでもない。
ただただ、分かっていないだけだ。
魔獣がどれだけの危機だったのか、今回の事件がどれだけの脅威だったのか、そして自分がどれほど無力なのか。
(それをまったく理解できていないというのは本当に度し難いですね)
トレイシアは気づかれぬように嘆息する。
「街に進入した魔獣といえば。メイジャン卿。
貴殿の娘は、その魔獣にはしたなくも立ち向かったそうですな」
そう発言するのはアーオドルフ・フォル・ブーヴェルボーン。
キーチン領とダイドー領に隣接するコーロン領の領主だ。
「下賤で野蛮な何でも屋や傭兵と一緒になって、口汚く叫びながら暴れ回っていたとか。
そのような娘をもって恥とは思わないのですかな?」
彼の言葉にクスクスという笑い声が聞こえてくる。
ショークリアの行いを支持する者たちは、その声の主たちを、一人一人しっかりと覚えていく。
あれは明確な敵である――と、そう思われていることに彼らは気づくことはないだろう。
「いや全く。むしろアイツはオレの誇りだ。オレには勿体ないほどの娘だよ」
貴族としてのしゃべり方ではなく、騎士としてのしゃべり方でもない。
アーオドルフが馬鹿にした下賤で野蛮な何でも屋や傭兵のようなしゃべり方で、フォガードは告げる。
「民あっての領地。民あっての国。だから貴族は、王族は、民を守る。
オレたち王侯貴族が税を取り、贅を貪るコトが許されるのは、身体を張って民を守る義務を負っているからだ。
そもそも贅を貪るに必要な税だって民あってのものだろう。民がいなくなればそれすら出来なくなるのだから、理由がどうあれ守る必要があるというのは、ふつうに考えれば当たり前の思考だ」
フォガードの言葉は、トレイシアの心を打つ。
(民あっての王侯貴族。民なくば王侯貴族もない……。
国を守る為に、王侯貴族は民を守らなければならない……)
恐らく、今の多くの貴族たちに足りない思考だ。
自分たちが贅を貪れれば、民がどうなろうが関係ないというのが、多くの貴族の思考になってしまっているのだから。
「守り方は人それぞれだろうけどな。
オレのように魔獣や敵兵の前に出て、チカラでもって民を守る者もいる。
戦うチカラはなくとも、文官として領地を整備し、民が苦なく暮らせるように奮闘するのも一つの守り方と言える。
他にもオレには思いつかないやり方で民を守ってる奴だっているはずだ。
何であれ、オレたちは民を守る必要がある。
繰り返すが――それは義務であり、贅を貪るコトが許される理由だ。
オレの娘は、その義務を果たした。見栄や虚言ではなく、文字通り身体を張って民を守り抜いた。体面を気にするよりも、民を守り抜くコトに全力を注いだ。
その
その通りだ――と、国王もトレイシアもうなずく。
だが、フォガードの言葉はここで止まらなかった。
それどころか、ここからが本番だ――とばかりに、魔獣に無関心で、魔獣と戦ったショークリアを馬鹿にすることにだけ興味のありそうな者たちを睨みつけながら、フォガードは告げる。
「翻って、テメェらはどうだ?
贅を貪るコトに余念がなく、それでいて民を守る気はサラサラねぇ。
社交の場では嫌味と自慢ばっかりで、気がつけば情報収集と情報交換なんて概念が希薄化している。
自分の権力を増やし、他人の足を引っ張るコトに終始して、国に貢献する気もありゃしねぇ……。
テメェらが生まれもって貴族なのは、テメェらの先代……あるいはそれ以前のご先祖様たちが有能だったからに過ぎねぇクセに、何でそれを自分の功績みたいにふんぞり返って偉そうにしてんだ?
今のテメェらの功績はなんだ? 国にどんな貢献をした? 民をどのように守ってる?
ロクに義務を果たしてねぇクセに偉そうにふんぞり返って贅を貪るだけの連中は、貴族と呼べんのか?」
フォガードのその迫力に、フォガードが『テメェら』とひっくるめた者たちが
「こ、これだから騎士あがりは! なんと不作法なしゃべり方を!」
言うに事欠いて、しゃべり方でしか揚げ足をとれないのだろうか。
トレイシアが小さく嘆息した時、パチパチパチ――と拍手をする者がいた。
「おお! ゴディヴァーム卿。貴方も彼がはしたないと――」
「いやぁ、さすがは英雄騎士フォガード様。
騎士あがりで作法に不慣れなれど、その心根はまさしく貴き者と呼ぶに相応しい」
アーオドルフが味方がいたと喜んだ顔をした直後、リュフレ・トリム・ゴディヴァームはフォガードを褒め称える。
その瞬間のアーオドルフの顔は、額縁に飾って保存しておきたいと思うほどに滑稽で素晴らしい間抜けヅラだったと、国王とトレイシアは後に笑いあうほどのものだった。
それに続くように、拍手する者も現れる。
「
これまで関わるコトが少なくその
いやはや、この国の貴族として正しき在り方を背負う者であったとは思ってはおりませんでした」
「デローワ卿……」
リュフレのあとにそうして出てきたのは、ガース領のゼルオッシュ・リブ・デローワ。
トレイシアと仲の良い少年ガルドレットの父だ。
デローワ家は基本的に王都在住の為、誤解されがちだが、王都からほど近い場所にある小さな領地ガース領を治める貴族でもある。
その後にも、続けて名乗る者たちが出た。
彼らの多くは、騎士爵や魔術爵を持つ領主や国境沿いの領主たちだ。
さらに続けてフォガードに賛同する者たちが出てきたが、恐らくは日和見の者たちだろう。
中立を気取りつつ、潮目を見て甘い汁が吸えそうな方へと鞍替えしていく者たちだ。
(お父様は日和見は日和見で使い道があるとは言っていましたけど……)
そんなころころと立場を変えて、言動を変え、責任の所在を変えていくものなど、信用するのは難しい。
旗色が悪くなってきたアーオドルフだが、それでもフォガードとショークリアを見下すような態度は改めない。
「ふん。どれだけ取り繕おうとも、穢された娘であるコトにはかわらんだろう!」
「穢された? 何にだ?」
フォガードの双眸が鋭く眇められる。
それに負けずにもの申せるのは、ある意味胆力があると言えるかもしれない。
「知らないとでも思っているのか? それとも本気で知らないのか?
おまえの娘は下賤な輩に誘拐、監禁されたコトがあるのだぞ!」
指を突きつけ勝ち誇るように告げるアーオドルフ。
思わずトレイシアは顔をしかめかけるが、ショークリアの顔を思い出して首を横に振った。
その時、横にいた父と目が合う。
(ショコラが誘拐されるなんてあり得ると思います?)
(誘拐されたとしたらワザとだろう。そこで何か仕掛けているとしか思えん)
魔力を封じたところでおとなしく監禁されるような人物ではないはずだ。
つきあいは短いながら、トレイシアもキズィニー王もショークリアについて理解がある。
だからこそ、アーオドルフが勝ち誇っている姿に苦笑しか浮かばない。
本人は勝利宣言かもしれないが、事実は恐らく敗北宣言なのだろう。そうなるように、ショークリアが何かを仕掛けていてもおかしくなかった。
「なるほどなるほど。ショークリアが言っていたマヌケはアーオドルフ卿でしたか」
ほら――それはもう楽しそうにフォガードが口の端をつり上げているではないか。
「マ、マヌケだと……!」
「普段は放任で、好きに何でも屋をやらせている子飼いの私兵がね。娘にはいるんだよ。その娘の私兵に、娘の誘拐を依頼した馬鹿がいるらしいって聞いててな」
瞬間、会議室の空気が変わる。
やらかしにもほどがある。
「依頼をわざと受けさせて、依頼人には誘拐と監禁に成功したと報告させたって言ってたな」
実際にそれを報告したのは依頼を受けたシャドウ・ワーカーたちではなく、ショークリアに頼まれてそれっぽく振る舞った戦士団の面々である。
それを見抜けない程度には、アーオドルフの関係者はシャドウ・ワーカーたちのことなど気にかけていなかったのだろう。
「つまり、ショコラが誘拐され監禁されたという偽の情報を掴んでいるのは、その依頼を出した本人やその関係者だけってコトになる」
「な、何を言っている……! そんな都合の良い嘘がッ、あるわけが……!」
「あるぞ」
そう言ってフォガードは一枚の紙を取り出すと、アーオドルフではなく国王の方へと差し出した。
「陛下、失礼承知で申し上げます。こちらをご確認して頂けませんでしょうか」
「よかろう」
国王にしろトレイシアにしろ、こちらへと差し出してくるのは正解だと考えている。
なにせ、オーレドルフに直接確認させようものならその場でこの証拠を破り捨てかねないのだ。
「私も見て良いですか?」
「はい。構いません」
フォガードから許可を貰い、トレイシアは横から書類をのぞき込む。
それは、ショークリアが傭兵団と私兵契約を結んだ時の契約書のようである。
日付を見るとかなり最近のようだ。
ショークリアと契約して間もない頃に、誘拐の依頼をしたのだろう。
あるいは――
(もしかしてショコラ……誘拐犯を勧誘して私兵にしたあと、日付をさかのぼって契約書作ったりしてないかしら……?)
彼女ならやりかねないという謎の信頼が、トレイシアの中にはある。
どちらにせよ、この書類が本物である以上、フォガードの発言の信憑性が高くなる。
こういう場面での切り札として。アーオドルフはショークリア誘拐の件を隠していたのかもしれないが、メイジャン親子の方が数枚も上手だったようだ。
極秘情報にしていたことが、かえって彼の足を引っ張っている。
「書類そのものは本物のようであるな。
これが本当であるならば、ショークリア嬢の誘拐・監禁なる情報は依頼人以外知り得ない情報であるというのもうなずける」
「そしてショコラの私兵がショコラを誘拐する理由もない。
そもそもが誘拐され監禁されたという事実そのものが存在しないのですね」
誘拐・監禁が成功しようが失敗しようが、そういう事実があったと吹聴するだけで効果はあったかもしれない。
だが、その誘拐の依頼を受けた傭兵団の正体が、そもそもがショークリアの私兵であったとなると話が変わる。
ぐぬぬぬ――とうなるアーオドルフに、そう言えば……とフォガードが笑った。
「ショコラからだ。
虚偽の報告をして成功報酬を貰うのはよろしくないので、成功報酬である五万は返金するってよ」
そうして金貨を五枚、アーオドルフへと投げ渡す。
「それと、アーオドルフ卿はあまり裏社会に詳しくはなさそうなので、警告しておくが……。
貴族の誘拐となりゃ裏の相場で百万はくだらない。相手がショコラなら、難易度を考慮して最低で三百万くらいはするぞ。
それを相手の無知につけ込んで、前金五万の成功報酬五万なんていう
あいつらにゃ貴族の威光なんて効かないしな。むしろ貴族を嫌ってさえいる。正しい情報を把握してない貴族なんてカモとしか思ってない。
狙われた時、せいぜい上手く立ち回ってくれ」
丁寧に説明しながらもどこか投げやりに言い放つフォガードに、トレイシアは訊ねる。
「フォガード卿はずいぶんとお詳しいのですね」
「昔、少々関わったコトがありまして。
それはそれとして今回の一件、その時に知り合った情報屋が大変喰いつきが良かったので、相応の価格で売っておきました」
わざわざ裏社会についてを丁寧に説明したのはこのためか――と、思わず苦笑する。
「今までは理由があって良い子ちゃんで居続けましたがね……状況が変わってきたんで、わかりやすい反撃を解禁するコトにしました。今後はやられたら徹底的にやり返すのでそのつもりで。
そして、これまでオレを――オレの家や領地を、殴っても反撃してこない訓練人形の類のように思ってた奴らは覚悟しておけ。
今までやられてきたコトはすべて覚えているし、顔も名前はもちろん。家族構成に関係者や人脈なども可能な限り把握している。
言動や行動に責任が伴うのが王侯貴族だ。その言葉の意味をたっぷりと教えてやるよ」
(ああ、やはりフォガード卿はショコラのお父君ですね……!)
いっそ痛快とも言える宣言は、従者たちを痛烈に批判したショークリアを思わせるに十分な言葉だった。
加えて、デローワにゴディヴァーム。同じように虐げられてきた成果爵の家々に、そして――
「確かに成果爵への執拗な嫌がらせや攻撃は度が過ぎていた。
今後、やりすぎだと判断した場合、王家からも口を出すコトとする」
王家はそちらの味方だ。
「キーチン領メイジャン家ではないが、王家もそれなりにナメられていたからな。
余は、それでも国が回るならそれで良いと思っていたのだが、それで回らなくなってきた故に、やり方を変えるコトにした。
家柄やその家の歴史は元より、今後は貴族としての実力も見ていく。それらが伴わぬ家はどんどん爵位を下げていくし、必要であれば廃爵も考える。
各員、努々覚悟しておくように」
何より今回の会議、一番の本命は――王自らが告げるこの言葉であった。
これこそが、後世の歴史の教科書にも乗るキズィニー十三世の『王家をナメるな宣言』である。
後にこの名称を誰が名付けたのかは、敢えて語るまい。
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