第123話 後始末ってのも大変だ


「さて、このまま帰っても良いんだが……まぁ武具屋にでも行くか」


 ドンと別れ、路地裏から出てきたところでショークリアはそんなことを口にする。


「何しに行くの?」


 クリムニーアの質問に、ショークリアはどこかシニカルなものを感じさせる笑みで答えた。


「こいつら武具。

 中古の安物でも良いから、もうちっとマシなモンを持たせる」

「ああ。それは確かに重要です」


 ショークリアの言葉にカロマがうなずく。


「あまりにも手入れが行き届いて無さ過ぎて、信用がいっさい出来ない空気纏ってますものね」

「無能を装わせるコトができるっつーんなら、それでもいいんだけどよ。

 今はそこんところもどうしようもねぇだろ?」


 敢えてみすぼらしいどうしようもない連中に見せかけて情報を集めるという手段はあるが、現状で彼らがそれをこなせるとは限らない。


「そんなワケで、オレのポケットマネーから装備を買ってやる」

「ぽけっとまねー?」


 首を傾げられてしまい、おっといけねぇとショークリアは言い直した。


「オレが自由に使える金。まぁオレの小遣いだと思ってくれて構わねぇよ」

「こ、小遣いで五人分の装備が買えるのか……?」

「ん? 中古の三流品くらいならな。一級品が欲しけりゃ、自分たちで貯めて買ってくれ」


 何やら戦慄しているシャドーワーカーたちをさておいて、ショークリアはさっさと歩き出す。


「あ、言っておくけどショコラは貴族だからお金を持っているんじゃなくて、自分で稼いだお金ちゃんと持ってるからね。

 美食屋って二つ名を持っているくらいには何でも屋として活躍してるし、領地では私と一緒にお父様や戦士団の仕事を手伝って、相応の給金を貰ってるだけだよ。

 仲の良い貴族の家には、時々料理人として招かれたりもしているしね。その時もお礼としていくらか頂いているんじゃないかしら?」


 唖然としているシャドウワーカーたちに、クリムニーアはそう告げると、先を行くショークリアを駆け足で追いかける。


「キーチン領メイジャン家は家柄や肩書きよりも、その能力と実力を見ております。

 ショコラお嬢様の私兵といえども、それは適応されるコトでしょう。いえむしろショコラお嬢様は誰よりも厳しく実力を見ます」

「裏を返せば、実力があがればあがるほど、お嬢様が評価をしてくれるわけです。

 精々お嬢様に見捨てられないようがんばってくださいね」


 そして最後に、モンドーアとカロマが脅すような言葉を囁き、主たちを追いかけた。


 彼女たちの背を見ながら、思わず赤髪のレドが呟く。


「俺たち、姐御の下で働いて……生き延びるコトができるのか?」


 その疑問に答えられる仲間は誰もいなかった。



     ○ ● ○ ● ○



「やれやれ。ショークリア嬢がいなかったらどうなっていたことやら」


 国王キズィニー十二世は、次々に舞い込んでくる報告書を読みながら、思わず嘆息を漏らした。


醜悪なるエタゲラッガ・群霊獣イルテシャーグ……。

 魔獣と戦い慣れ、そしてその生態に精通していた何でも屋ショルディナーや傭兵が街に滞在していなかったらと考えるとゾッとするな」


 王が独りごちる言葉に、横で同じように様々な書類に目を通していた宰相がうなずく。

 気むずかしく口うるさいとされる初老の男ではあるが、今の気持ちは王と同じである。


「今の騎士団では何も考えず突撃し、魔獣の養分になっていた者たちが多かったコトでしょうな」

「人間を――生き物を喰らえば喰らうだけ強くなると推測される……とあるからな。手のつけられぬ化け物になっていた可能性がある」

「そんなモノが街中に現れたのは本当に恐怖でしかありませんな。

 住民を迅速に避難誘導をしながら、対抗できる能力を持つ者たちですぐさま囲い込んで広場に釘付けにする。

 何でも屋や傭兵たちのこの動きも恐ろしいと感じます。

 何年も共に過ごしたワケでもない、昨日今日会ったばかりの者たちが即座に連携をとる。

 今の貴族には出来ませんからなぁ……」


 手と目は常に書類の為に動かしながら、口では辛辣なことを口にする宰相に、キズィニーは軽く肩を竦めた。


「ショークリア・テルマ・メイジャンの振る舞いは貴族淑女らしからぬものである。よってその貴族籍を剥奪するべき、か」

「山のようにある書類の何割かはそれですからな。

 破けたスカートから生足をはしたなく見せ、男のように勇ましく剣を振るい、平民の下品な男言葉を叫ぶ姿は、問題である――でしたか。実に馬鹿らしい」

「馬鹿らしいのではなく馬鹿なのだよ、宰相」

「申し訳ございません。少々言葉を間違えました」

「わざわざそれを盗み見する為の私兵の密偵を放っていたらしいぞ」

「密偵の報告を聞いてそれしか感じぬ無能なら貴族である必要はありませんな」


 王や宰相と共に部屋の中にいる者たちの背筋に冷たい汗が流れる。

 それどころか、二人が言葉を重ねれば重ねるだけ、部屋の気温が下がっていっているような気がしてならない。


「あまりにも状況を理解しなさすぎている。

 こればかりは平和ボケなどという言葉で許すわけにはいくまい」

「では?」

「いい加減、下らぬ罵倒と詰まらぬ自慢話は聞き飽きた。

 宰相には随分と苦労を掛けたが、ここらでお飾りの王はやめるコトにする」


 王は武人ではない。

 剣は嗜んでいるものの、騎士や戦士と呼ぶような腕前ではない。


 だが――


 この部屋にいる護衛騎士のうち、有能な者たちは王の放つ圧倒的な威圧感に背筋を震わせた。まるで強敵と相対した時のように。


 いや、王だけではない。宰相もだ。


 二人からは武人の気配はまったくない。

 だというのに、二人が放つ威圧感は、並の武人では腰を抜かしてしまうのではないかと思うほどのものだった。


(お二人は、今までずっとこの威圧感を隠されていたのか……)


 それは何故かと、護衛騎士の一人は考える。

 いや、考えるまでもないかもしれない。


(国の為……そう、国の為だ。

 お二人は国の為に、必要最低限のコトしかされてこなかったのだろう)


 そんな二人が、本気を出すことを決めたのだ。


「忙しくなるぞ宰相。身体は大丈夫そうか?」

「お気遣い無用です陛下。

 この老骨に鞭打ち、動けなくなるその時まで、お付き合いさせて頂きます」


 この時より一月ほど後、王と宰相についていた護衛騎士の数が半数となる。


 二人曰く、いてもいなくても変わらぬ護衛なら、いなくて構わないと思っただけだ――だそうである。



     ○ ● ○ ● ○



「一部の魔獣の死体は美食屋の実家が買い取ってくれるらしいぞ」

「一部ってコトは全部じゃねぇのか」

「とりあえず美食屋が食えると判断した奴だけだってさ」

「ただその場合、素材ははぎ取ったりしてない綺麗なやつのみらしいけどよ」

「うわ悩むな、それ。金は欲しいがそれはそれとして、鱗や爪なんか使い道があったりするからなぁ……」


 何でも屋ギルド、傭兵ギルドが総出で街へ繰り出し、瓦礫の撤去や魔獣の死骸などを片づけている。


 魔獣に関しては誰が倒したのかが明確であれば、それは倒した者たちの所有として、不明な者は双方のギルドで一度分けた。


「チッ、お前らッ! またお嬢をあざ笑う馬鹿が来たみたいだ。気をつけろッ!」

「王様や美食屋の実家なんかは金を出してくれてんのにな」

「静かにしとけ。耳に入って絡まれたら面倒だ」


 何でも屋も傭兵も、それどころか大工やどこにも所属してない一般の協力者であっても、同じようなことを口にする。


 それもそのはずだ。

 今朝には国王名義で、復興資金が用意された。

 これは王都の自治管理の担当部署への臨時予算となった。広場中心に荒れた街に頭を抱えていた彼らは喜び、そして迅速に仕事を開始した。


 だが王はそれだけでなく、何でも屋、傭兵、大工などのギルドにも、復興協力金を寄付してくれたのである。


 それぞれのギルドはそれを元手に、依頼という形で大量に人を雇った。

 瓦礫の撤去などに協力している者の多くは、そうして雇われた者たちだ。


 キーチン領メイジャン家は、貴族としては裕福ではないという話は聞いている。

 だがそれでも、国王同様に街への復興資金だけでなく、王と同じようにギルドへと寄付された。


 しかも、キーチン領メイジャン家はそれらとは別に、職人街や商人街の顔役へも、僅かながらの復興支援金を用意したのである。


 額として見れば大したことはない。

 だが、わざわざ支払ってくれたということは周知され、ショークリアの活躍も相まってメイジャン家の人気は高まっていた。


 ほかにもダイドー領のゴディヴァーム家。王都のデローワ家なども資金援助に名乗りをあげており、それらも各ギルドや庶民たちの間に名前が広まりだしている。


 その一方で、やはりというか何というか、多くの貴族は何もしなかった。いや、何もしない。我関せずなら良いほうだ。


 わざわざ瓦礫を撤去したり、倒壊した建物を建て直したりしている現場へとやってくる貴族がいるのだ。


 そんな貴族がまたやってきたと、先ほどから現場にいる者たちがざわめいている。


「……こんなになっていたのか」


 今回やってきたのは金髪の少年だった。

 女性寄りの中性的な顔たちのその少年は周囲を見渡し、心を痛めているような顔を見せる。


 彼を護衛する騎士たちが露骨にこちらを見下しているのに比べれば随分とまともな顔をしているな――というのが、彼を見ていた者たちの感想だ。


「お前たち、作業の手を止めてこちらを……」

「なぜ止めさせる必要がある。私がそれを望まないのに、君は勝手にそれを行うのか?」


 毎度のように嫌みったらしい貴族の言葉が護衛の騎士の口から放たれたものの、彼の主であろう少年はむしろそれを咎めた。


「君に何の権限があってそれを口にする?

 壊れた建物で暮らしていた者たちは、今住む家を失っているのだ。

 一刻も早く家を取り戻せるコトを願うべき場所で、なぜその作業の手を止めさせようとした?」

「そんなコトはどうでも良いではありませんか。

 貴方様がこの場に姿を見せた以上、国民であればまずこうべを垂れるべきで……」

「なら君が私に対して今すぐこうべを垂れてよ。

 重ねて問うが、何の権限があって君は私に意見しているんだ?

 君は護衛騎士だろう? まともな護衛仕事もできないお前ごときが、護衛以上の仕事をしようとするんじゃあない」


 少年が護衛騎士を見る眼差しは酷く冷めている。

 端で見ていた現場の者たちの背筋を震わすほどに。


 恐らく騎士はその眼差しに屈したのだろう。

 ひざまづくと、言われた通りに頭を下げた。


 それを見、少年はつまらなそうに鼻を鳴らしてから、花咲くような笑みを浮かべて周囲を見回す。


「馬鹿が馬鹿な発言をして申し訳ない。主になった覚えはないが、一応主という扱いらしいので、仕方なく主として謝罪しよう。

 だがどうかこの馬鹿を許してやって欲しい。何せ馬鹿だからね。私の持つ権力が、さも自分のモノだと勘違いしているんだよ。全くもって馬鹿だよね。

 私個人としてはこんなのを連れてきてしまったコトを謝罪したいくらいだ」

「お、お言葉ですが……!」

「黙れよ馬鹿。

 誰の許可をとって発言した? 誰が顔を上げていいと言った?

 私は君と言葉を交わす気なんてサラサラないんだよ。護衛だなんだって建前で勝手に君がついてきただけだろう?」


 あの少年――護衛の人のこと大嫌いなんだな……と、誰もが理解する。

 冷たい目で見下ろしてから、騎士が口を噤んだところで顔を上げて、また笑顔を浮かべた。


「私は君たちの邪魔をしにきたワケじゃないんだ。上からの指示でね。

 お金以外に必要なモノを確認しにきたってワケ。でも申し訳ないが、私には何が必要かわからないんだ。

 全てを用意できる保証はないけれど、必要なモノがあれば言ってくれ。可能な限り上に掛け合わせてもらうよ。

 ……って、突然現れた貴族の子供がそんなコト言っても信用できないか……」


 少年の言葉に皆で顔を見合わせていると、その様子に気づいただろう少年はその笑みを困った顔に変える。


「よし。私の友人の名前を口にしよう」

「その必要はありませんわ」


 彼の言葉を遮って少女の声が聞こえてきた。


「私が保証しますので」


 誰もがその少女の方へと視線を向ける。

 恐らくは彼女も貴族。だが今の服装は何でも屋然としたものだ。


 お忍び――という言葉が脳裏に過ぎるが、それにしてはかなり着こなせている。


「珍しいね、クリムが出歩くなんて」

「妹の護衛というか、まぁそんな感じです」

「……妹さん強いのでは?」

「代償魔術の後遺症が消えないの」

「なるほど」


 クリムと呼ばれた少女は、周囲を見回し笑みを浮かべた。


「皆様、私の友人が困惑を招いて申し訳ありません。

 ですが、彼の身元と信頼は、私が保証致します。

 私の名前はクリム。皆様ご存じの美食屋――ショコラの姉です」


 クリムがそう名乗った時、その背後からショコラとカロマが姿を見せる。


「マジだぜ。この人はオレのアネキで間違いねぇ」


 瞬間、周囲の人々は盛大に安堵する。

 同時に、信頼できたからそこ、少年の仕事に協力しようという気になった。


「すごいねクリム。

 君の妹の人気、絶大だよ」

「違うわよ。ほかの貴族の人気と信頼が無さ過ぎるだけでしょう」

「それもそうか」


 などとのんきなやりとりをする横で、騎士は頭を垂れ続けている。


「あ、あの……自分はいつまで……」

「発言の許可はしてない。私の仕事が終わって帰る時間になるまで、君はずっとそうしているように。

 ああ――現場のみんなの仕事の邪魔をしちゃダメだからね」


 無茶苦茶言ってやがる――と、誰もが思いつつも、誰一人として騎士に同情することなく、復興作業を続けたり、少年の元へ欲しいモノを頼んだりするのだった。



「ところでアネキ、その人誰だ?」

「え? 殿下だよ。キズィニー十三世殿下」


 瞬間――


「王子様ァァァァァァァ――……ッ!?!?」


 そのやりとりを聞いていた皆が一斉に声を上げるのだった。



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